◆第35話◆
「どうしたの? 優子」
駅へ向う帰り道、何時に無く無口な彼女に一葉が声をかける。
「う、うん。なんでもない」
優子は何だか奇妙な憂鬱に囚われながら、とりあえず笑みを浮かべた。
――はぁ、こういうのってどうなんだろう。一葉に話して笑い飛ばしてもらった方が気がらくかな……
そう思いながらも、何だか手紙の事はいえなかった。
一葉と別れて電車を降りると、優子は思わず立ち止まった。
身体に電気が走るように、一瞬悪寒が走りぬけた。
――ヤバイ! 高森にメールするの忘れてた。
走り去る電車の音が遠ざかってゆくホームで、人の流れに逆らうように彼女はその場に佇んだ。
優子が気配に気付いて振り向くと、ホームの階段の下から忍が姿をみせる。
「ご、ごめん」
――もう、あの変な手紙を見たせいで記憶飛んでたよ。
「別にいいよ」
「け、けっこう待った?」
「いや、電車3本くらいかな」
忍はそう言って涼しい顔で笑った。
――なんだか微妙な数……
高森と優子は渋谷の街をぶらついて、ファーストフードでお茶をして、デパートの屋上なんかもぶらついた。
やはり学園祭や文化祭だった学校が多いのか、日曜日にしては制服姿の連中が目に付く。
ただブラブラと歩くような夕暮れの時間だったが、制服姿で歩く自分達に優子はなんだかドキドキした。
女子高生だけの集団に遭うと、つい注目されているような気がする。
高森を見ているのは判る。
ただ、自分が周りにどう映っているのか考えると、浮ついた気持ちの中に緊張感が過るのだ。
デパートの屋上からの帰り、二人は階段を下りると最上階のエスカレーターを使わずそのまま何となく階段を下り続けた。
裏陰の荒涼な雰囲気がなんだか二人きりの時間を強調させて、忍も優子も口数は少なかった。
話し声が周囲に反響して響くせいもあるのだろう。
しかし、3階分ほど下った踊場の手前で思わぬものを見て立ち止まる。
そこでは、制服姿の男女が濃厚なキスを交わしている真っ最中だった。
――ぎゃっ、な、なんでこんな場所でしてるのよ。
優子は思わず忍の腕を掴んで後戻りした。
忍も一瞬固まっていたのは確かで、あの場を平気で通れる雰囲気ではなかった。
「ビックリしたな」
足音を忍ばせながら小走りに階段から離れてフロアに出ると、忍が声を出す。
「う、うん……」
――あれってどう考えても高校生だったよね。あんなに……ていうか、あんな場所でおかしいって。でも、確かにひと気は無いか。いやいや、もう少し場所選べよ。
優子が忍を見上げると、彼は再び固まっている様子だ。
――なんだ、コイツも意外とウブなのか? こんなに固まらなくってもさ……
優子は視線を不自然に下げる忍を見て、自分たちの辺りを見回す。
すぐ横にいたショップ店員と目が在って思わず愛想笑いを浮かべる。
しかし、視線をちょっと動かすと、何時何処で着けるか疑問なほど派手な下着がずらりとハンギングされていた。
――うわっ、ここって、女性用下着のフロアーだ……しかも勝負下着?
二人は足早に通路を駆け抜けて、エスカレーターの在る場所へ急いだ。
しかし、気が焦って降り口が見つからない。
通路の両サイドに流れる、下着、下着、下着。
派手なショップより、シンプルで実用的な売り場の方が余計に生々しくて、思わず優子も頬を紅潮させる。
ようやく辿り着いたエスカレーターに足を乗せると同時に、忍が小声で
「なあ、優子もこういう所で買うのか?」
「あ、あたしは通販が多いかな」
――て、何答えてんの、あたし。ていうか、そんな事訊くな。
* * *
――なぁんか、高森と歩くと疲れるよ。今日はまた変な事あったし。だいたい周りの視線が妙なのよね。不釣合いな女だと思われてんのかな。
優子は夕食後の自室でベッドに横たわると、ファッション雑誌を手に取る。
読者モデルが煌びやかにページを占領していた。
――こんなの、プロのヘアメイクとかスタイリストが付いてるんだから、可愛くて当たり前じゃん。
その時携帯メールに着信が入った。
一葉からだった。
優子がメールを開くと、何かのサイトのアドレスが書き込んで在る。
『学校裏サイト』そう書いてあった。
「学校裏サイト?」
思わず声が出る。
優子もそれ自体はうわさで聞いたことも在るし、テレビで時々取り上げられて問題視されている事も知っている。
一葉は何処かの学校の裏サイトを見た事が在るといっていたが、優子自身は覗いた事は無い。
単純に興味が無かったから。
だから、メールに書かれているアドレスにも直ぐにアクセスしてみようとは思わなかった。
――一葉のやつ、あたしがこういうの興味無いって知ってるくせに。
すると、再び携帯が鳴った。今度は通話の着信だ。
「あ、優子。メール見た?」
「うん、見たけど、何、今度は何処のサイト?」
「ウチの学校だよ」
「ウチの学校?」
思わず優子の声が1オクターブ上がる。
「見てみなよ、凄い事かいてあるよ」
「いいよ、どうせ誰かの悪口とか、在ること無い事書いてあるんでしょ」
優子は携帯を手にしたまま、再びベッドに横たわる。
「安西の事が書いてあるのよ」
「安西の?」
「アイツ、中学で凄い事になってたんだね」
一葉はいかにも人の不幸を喜ぶワイドショーのレポーターのように声を荒げて
「優子も見てみなって」
「安西がどうしたって書いてあるの?」
「自分で見てみなよ。じゃあね」
一葉はそう言って電話を切った。