◆第31話◆
ここ数日は毎日6時頃まで残るのが当然で、優子たちは暗い中を帰るのが当たり前になっていた。
もう明日が学園祭初日の校内公開。明後日は一般公開だ。
「もう準備万端だね」
一葉がそう言って、当日は廊下に立てる予定の大きな看板を教室の壁に立てかける。
室内は色画用紙で作った飾りでいっぱいになり、けっこう華やかだ。
テーブルは机をくっつけて使うが、その上にはギンガムチェックの布が掛けられているので、かなり可愛らしい装飾になっている。
「食材は明日の朝届くんでしょ?」
一葉は優子に確認する。
「うん、二日分届くから」
「しっかし、ウチの男共は薄情だよね。全然手伝わないじゃん」
結局模擬店関係者以外は度々様子は見に来るものの、ちゃんと手を貸す生徒はいなかった。
確かに運動部は今日も練習があったようだし、文化部は各部の出し物でバタバタしている。
それだけに、各学年6クラスあるにも関わらず、クラスで模擬店を実行するのは全部合わせても6つなのだ。
他の模擬店は部活単位で出すと言う事だ。
それでも一般教室を使う部が入り込んできた為、今日は何時もに増して放課後の校舎は賑やかだった。
一葉がふと視線を下げると、もくもくと輪飾りを作る舟越が教室の隅にいて、彼女をチラリと見た。
「な、なによ。あんたはクラス委員なんだから、やって当たり前でしょ」
同じ存在感が無いにしても、今となっては舟越が優子を完全に上回っている。
「ちょっと、輪の大きさが全然違ってるじゃない」
舟越の作った輪飾りを見た一葉が再び声を上げる。
いままで彼の存在同様、その作業に誰も注意を払っていなかったのだ。
かなりの量の輪飾りを船越が作ったが、大きさが全部バラバラだった。
「ほんとうだ、ちょっと笑えるんだけど、これ」
鈴香もその飾りを手にとって見る。
「自分だってたいしたもの作れないくせに……」
舟越がぼそりと言って、一葉が作った色画用紙のいびつな花飾りに視線を向ける。
「あ、あたしはそれなりに頑張ってんのよ。あんたみたいにボケッとやってるわけじゃないし、他にも忙しかったんだからね」
「まあ、もう時間ないしさ、これはこれで大丈夫だよ」
優子が仕方なく割ってはいる。
「そうね、こんな輪飾りもいいかも」
美菜も飾りを見て言った。
――つうか、もう充分足りてるのに、なんであんたは輪飾りしかやらないの? しかもまだ作ってるし……
優子は思わず息をつくと
「舟越も、もう帰る準備しよう」
彼女にそう言われた舟越は、ようやく作業をやめて辺りを片付け始めた。
「優子、最近ちょっと強くなった?」
そんな光景を見た一葉が、優子の肩に手を置く。
――なによ、その強くなったって表現は? じゃあ、今まであたしは弱かったのか?
優子は苦笑しながら「な、何がよ……」
「優子は弟さんいるから、元々はお姉さんなのよ」
美菜がほのぼのと笑って、最後まで舟越が作っていた輪飾りを壁に貼り付けた。
優子たちが校舎を出る時、もうほとんどの準備は終わっているようだったが、1年と3年のクラスにまだ明かりが着いていた。
途中で別れる連中に手を振ると、優子と一葉と美菜、それと鈴香が同じ駅まで行く。
美菜と鈴香は優子たちとは逆方向に向かう電車に乗り込んだ。
優子は車内の一葉に手を振って別れるとホームに降り立って、何時ものように駅の階段を上る。
この駅は、階段を上り切って少しで改札口があり、その先が左右の出口に向かって分かれている。
優子は改札を抜けてふと反対側の出口へ向かう通路に目が留まった。
――安西だ……どうしたんだろう。
安西ひとみは年配の女性に腕を掴まれて何かを言い合いしている。
――補導か? いや、まさかね……もしかして、お母さんとか?
そう考えて見れば、二人の骨格は何処と無く似ている気がする。
二人が何を言い合っているのか声は聞こえてこなかった。
ただ、引っ張る女性の手に、安西は首を大きく振ったりして拒絶を露にしている。
――おかしな勧誘って事はないよね。安西がそんなものに引っ掛かって立ち止まるはずないもんね。
優子が思わず立ち止まって見ていると、安西は年配女性の手を強く振り解いて駆け出し、そのまま階段の先に消えていった。
残された女性は安西の消えた先を何時までも見つめている。
その眼差しと装いに、彼女が安西の身内の人間だという事が確信できた。
――人それぞれいろいろあるんだな……
優子はこの前見た、安西が独りで住む淋しげで殺風景な部屋を思い出した。
確かに安西は好きではない。
クラスでも表向きは親しげに会話を交わしているくせに、彼女に嫌悪を抱いている女子は多い。
でもそんな安西の孤独な暮らしの一面を見た優子は、どうしても彼女を本気で嫌う事は出来なかった。
安西の荒々しい気性の影には、どうしても悲しい過去が……何か大きな影が見え隠れしているような気がした。
それはなんだか、忍の笑顔の裏側に見え隠れするものに似ている気がして、胸の奥がほんの少しだけキュッと締め付けられる。
安西と絡んでいた女性がふいに振り返ったので、優子は慌てて自分が降りる方向へ歩き出した。