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琥珀色の風  作者: 徳次郎
30/95

◆第30話◆

中間あらすじ

忍に誘われるまま、彼との時間が増えてゆく優子は、自分の気持ちが解らない。

人を好きになるのに、度合いの基準はあるのだろうか……

そんな中、安西ひとみの一言で、優子は学園祭で出す模擬店の責任者になってしまった。



 大きな平屋造りの軒先には、空っぽになったツバメの巣がひっそりと残っていた。

 縁側の長い廊下に置かれた丸い金魚鉢に朝の光線があたって、熟した鬼灯ほおずきのような魚たちの背はウエットグロスのように輝く。

 母親は何故か金魚鉢で金魚を飼うのが好きで、今時の水槽を使おうとしない。

「週末、学園祭ですって?」

「ああ、僕はあまり関係ないけど」

「やっぱり見に行った方がいいのかしら」

「別にそんなのいいんじゃない」

 靴を履いてから、振り返って応える。

 ……今まだでだって、来た事なんてないじゃないか。

「でも、他のご父兄とかは見に出かけるんでしょ?」

「みんながみんな、親が来るわけじゃないし」

 ……どうせ、たまたま同じ学校の父兄にでも会って情報を聞いたんだろ。

「昨日、久しぶりにほら、安西さんのお母さんと駅で会ってね……」

 忍は母親に向って微笑むと、彼女の話の続きを遮るように

「そんなの気にしなくて大丈夫さ。そういうのに来ない親はたくさんいるんだから」

 彼は玄関の引き戸を開けると、外へ出て陽差を頬に浴びた。

 僅かな開放感が、心の中に薄く漲る。



 * * *



 週明けの月曜日。

 美菜は早速自分で作ったメイド服を学校に持って来ていた。

 既に3着が出来上がっているらしい。

 とは言っても、これからレースの部分などの飾りを各々で着けるのだ。

 放課後みんなが帰った後で、美菜は大きなカバンを開けて係りのみんなに衣装を披露した。

 シンプルだが、確かにメイド服だ。

 みんな珍しがってとにかく手に触れてみる。

 黒い部分はサテンを使っているので、材料費の割りに高級感がある。

 早速衣装の飾り付けが始まった。

 レースは作り売りのモノを利用してスカート部分の裾、そしてエプロンになる部分の淵に取り付けるだけだ。

 美菜に教えられながら優子と一葉など最初に充てられた連中が家庭科室でミシンを踏む事に。

「ねえ、ボビンケースって、どっち向きだっけ?」

 ふと声の方を見ると、鈴香がいる。

「鈴香、今日はデートじゃないんだ」

 一葉が皮肉を込めて言った。

いつもさっさと返りたがるのに、珍しく残っているからだ。

「まあね、何だか自分の男が急にショボく見えちゃってさ」

 そう言って鈴香は優子を見る。

 ――な、なんであたしを見るのよ。ていうか、それってどういう意味?

「鈴香の彼って、北高でしょ。けっこう背が高かったよね」

 一葉の作業を手伝う美菜が会話に入る。

「背は高いけどね、顔が負けるよ」

「負けるって、だれに?」

 美菜がそう言って鈴香を見ると、彼女は再び優子を見ていた。

 ――だ、だからなんでこっちを見るのさ。自分の彼氏と高森を比べてるのか?

 優子はそんな視線を返しながら、ボビンの向きを彼女に教えてやった。





 優子たちは毎日居残りで模擬店に使う衣装を作ったが、他にもやる事があった。

 教室の飾り付けだ。

 自分たちだけメイド服なんかを着て教室がそのままでは、余計に浮いた存在になってしまう。

 教室内を見合う飾りで覆う事で、何とか恥ずかしさも凌げるというものだ。

 この週になると、どこも居残りして自分たちの模擬店の準備に掛かっていたので、放課後の校舎は何時に無く賑やかだった。

 廊下に出ると、何時もは閑散としている風景に明かりが灯っていて笑い声などが聞こえてくる。

 二つ隣のクラスは季節はずれのお化け屋敷をやるらしく、何だか妙に騒々しい。

 向こうは男子が多いようで、どうやら客の脅かし方の練習をしているようだ。

 男女を交えた大きな笑い声が、時折響いてくる。

 優子たち衣装が完成した連中は、大きな看板の制作に取り掛かっていた。

 ポスターカラーで模造紙に文字や絵を描いて木の板に貼り付け、周囲には色とりどりの飾りを立体的に着ける。

「ねえ、あんた高森とはもうしちゃったわけ?」

 筆や絵皿を洗いに洗面所へ一緒に行った鈴香が、優子に小声で訊いてきた。

 優子は洗っていた絵皿を思わず取り落として、それに当たった水道の水が大きく跳ね上がる。

「きゃっ」

 優子は急いで絵皿を拾うと、顔にかかった水滴をぬぐって

「そ、そんなの何もないってば。そんなんじゃないんだから……」

 ――なんでいきなりヤッタ話に飛ぶんだよ。

 鈴香は確かに日曜日にバッタリ会った事を誰にも言ってないようだったが、こうして二人の関係に興味深々だった。

「しっかし、高森の趣味があんたとはねぇ」

 ――な、なによ。まるで高森がゲテモノ好きみたな事言って。あたしだってあんたと比べたってそんな変わらないレベルでしょ。ちょっと影は薄いけど……あたしだってちょっと気の効いたボキャブラリーを覚えた日にはね……まぁ、いいか。

「だから、この前はさ、たまたま一緒にいただけなのよ」

「たまたまって、何よ」

「いや、だからたまたまお互い暇だったっていうか……」

 優子は何枚かの絵皿を洗い終えて、水道の蛇口をひねって水を止めた。

「暇だったら一緒に出かける仲なんでしょ」

「いや、でも何時もってわけじゃ……」

 ――どうしてそんなに突っ込むのさ。どうだっていいじゃない人の事なんて。あんたは彼氏がいるんだしさ。

 鈴香は洗った筆を何本か纏めて手に掴み、シュッと一振り空を切って水切りすると

「そういう二人を世間では付き合ってるって言うのよ」

「そんなの、おかしいよ」

 洗面所を出る鈴香を優子が追いかけるように言う。

「なに? 優子は高森の事嫌いなの?」

「そ、そういう事じゃなくて……」

「じゃあ好きなんでしょ」

「そ、そんなのまだ判んないじゃん……」

「なに中学生みたいな事いってんの?」

 鈴香は少し苛立ったように鼻で笑うと

「でもさ、何気に安西とかが知ったら、あんた睨まれるだろうね」

「ど、どうして?」

 優子はわざとしらばっくれて応える。

「だって、昔噂だったじゃん。安西が高森の元カノだってさ。同じクラスだとキツイね」

「そ、そういえば、そんな噂あったね……」

 ――ていうか、とっくに睨まれてんだよ。





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