◆第27話◆
空が緋色に染まって辺りが暮色に変わる頃、二人は電車に乗った。
美菜が電車を先に降りるので「じゃあ、お願いね」と手を振って別れる。
修学旅行のグループ以来、普段あまり話もしない美菜だが、改めて一緒にいると何だか気も使わないしけっこう楽だった。
既に将来の目標が在ることに、ちょっぴり衝撃を受けた。
将来どうしたいかなんて、優子はほとんど考えた事もない。
それでも来年の今頃には少なくとも高校卒業後の進路は決めているのかと思うと、何だか気持ちが鬱屈する。
――高森は、やっぱ大学行くんだろうな。しかも、あたしが行けないようなところ。
美菜と別れた後、再び学校最寄の駅を通って優子の家まで向う。
電車が減速してホームに進入すると、複数の学生の姿が見えた。
もちろん、優子の学校の生徒が多いが、他の学校や中学生、サラリーマンやOLの姿もチラホラいる。
そんな景色の中で、優子は忍の姿を見つけた。
周囲の顔なんて全然見えてないのに、不思議と彼の顔ははっきりと見えた気がする。
電車の風圧を受けて、パタパタと髪の毛やボタンを開け放したブレザーがはためいていた。
――あっ、そうか部活が終わった時間なんだ。
優子は改めて腕時計に視線を向けたあと、ドアに顔をくっつけて通り過ぎた彼の姿を探した。
完全に停止した電車のドアが開く。
忍がいたのはホームの中央だった。降りる駅の改札口へ上る階段がその場所に在るからだ。
優子はさっきまで一緒だった美菜に合わせて先頭車両近くに乗ってた為、だいぶ距離がある。
彼女は忍が乗り込むであろう車両中央に視線を向けるが、人混みで見えない。
――な、なに探してんだろ、あたし。別にいいじゃん、どうでも。
優子はふと自分の行動が恥ずかしくなって、閉まったドアの窓から再び真正面の景色を眺めた。
電車の風圧で髪をたなびかせる忍の姿が、ちょっぴり凛々しく感じたのは事実だ。
電車が走り出して少しすると、乗客を掻き分けて誰かが近づいてくる気配がある。
「よお、何処か行って来たの?」
手前の学生とサラリーマンの隙間から忍が姿を見せて声をかけてきた。
――あたしが見えてたんだ……動体視力ってやつか?
優子は思わず心中が軽やかで晴れやかになるのを感じて、再びそんな自分が恥ずかしくなる。
少し俯いたまま上目遣いで忍を見ると
「うん、模擬店の買い物」
「ああ、そうか。やっぱメイドの格好するの?」
――そ、そんな嬉しそうに言わないでよ。
「うん、とりあえずね」
「服は?」
「美菜が作るって。彼女洋裁得意だから」
――あんたにカッコイイ服作りたいってさ。
「そりゃ、ちょっと楽しみだな。遊びに行くよ」
「う、うん……」
――ていうか、あんまり来て欲しくないっていうか……メイド服の自分が想像出来ないんだけど。
空は紺青に変わり、駅前周辺は連なる店頭の明かりが煌々満たして、住宅街には街の灯が燈っている。
優子は忍と一緒に駅のロータリーを出ると、何時ものように通りを渡って帰り道を歩く。
「ね、ねえ。あのさ、どうしてご飯は何時も独りなの?」
「えっ?」
「ほら、夕飯は何時も独りだって」
「ああ、夕飯以外も独りだけど」
――そうじゃなくて。家族でいるのに不自然でしょ。て訊いてんのよ。
「な、なんで?」
「ああ、ウチ、今の母さんは後妻だからな。話すと長いけど、母親は俺の事を息子とは思ってないんだ」
「最初のお母さんは?」
「さあね。俺が小さい時に出て行ったよ」
忍はわりと明るい口調で言った。
――な、何よその超ヘビー級な話は……やっぱり訊いちゃいけなかったのかな。ていうか、そんな事全然知らなかった……
「そ、そんなんだ……」
優子はそれっきり口を閉じた。下手な事は訊かない方がいいのだと思った。
下手に相手のことを知ってしまうと、その人の重荷を自分まで背負い込んでしまいそうな気がして怖いのだ。
安西の事だって事情はよく判らないが、独りで暮らす姿を見て以来、彼女に微かな哀愁さえ感じてしまう。
「そう言えばさ、日曜日空いてる?」
国道の歩道から住宅街に入ると忍が口を開いた。
――ま、まただ。どうして急に誘ってくるかな。しかも空いてる? とか言って、あたしがいっつも暇なの知ってるくせに。
「べ、別に予定は無いけど。でも、学園祭の準備で用事が出来るかも」
――ま、たぶんそれは無いけどね。
「じゃあさ、暇だったら朝電話くれよ」
――わわわわわっ、そんなの出来るわけないだろ。あたしから電話なんて絶対ヤダ。
「で、電話は……高森がよこしてよ」
「そうか、じゃあ明日の夜に電話するよ」
「う、うん……」
――はぁ、それならいいや。
優子は安堵の思いで忍に手を振って別れた。