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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第24話◆

 外へ出ると、少し風が強くなっていた。

 浜風が吹くので内陸部より冷たい感じがするが、昨日とは打って変わって青い空が頭上高く広がっている。

 忍はさり気なく優子を観覧車の乗り場へ促して歩く。

 ――か、観覧車いくのか? 何気にあんた、乗りたいのか? そ、それとも二人の密室で何かたくらんでいるのか? 

「か、観覧車に乗るの?」

「ああ、せっかくだし。高いところ苦手?」

「ううん、そんな事ないけど」

 ――まあ、いいか。観覧車なんて何時ぶりだろう……確か小学校の時に西武園の観覧車に乗ったよね。

 観覧車のり場には行列が出来ていた。

 意外に女同士もいるし、中には男の三人、4人組もいる。

 制服姿は、何処かの修学旅行生だろうか。優子から見てもなんだか初々しい。

 列に並んで暫く待つと、優子と忍に順番が回ってきた。

 ゆっくりと動くゴンドラに、忍は優子を先に促すと彼も乗り込んだ。

 ドアが閉まって乗り場から浮き上がると、もう誰も手が届かない完全な二人だけの密室が出来上がる。

 優子はシートに腰掛けたまま地面が遠のくのを見て、奇妙な浮遊感に比例するように微かな不安が広がる。

 ――はあ、これで二人は宙に浮いてるのね……何も無いよね。まさか、こんな爽やか男が突然襲って来たりはしないよね。

 優子は袈裟懸けにしたカバンのベルトを思わず掴んだ。

「何だよ、大丈夫か? 高い所大丈夫なんだろ?」

 忍は向かい側の席で微笑んだ。

 窓から入る陽差が彼の頬を照らして、何だか少女コミックの表紙のようだ。

「う、うん。でもさ、この観覧車大きいよね」

 ちょっぴり引き攣りながら、優子も笑う。

 ――そうだよ、これデカくない?

 しかも、高度が上がる度に風が勢いを増しているのか、心なしゴンドラが揺れる。

 地上はどんどん遠ざかって、少し離れた場所にさっきまでいたホテルの全貌が見えた。

 そして、南側の青海の先には東京湾が広がってる。

 小波が午後の陽差を受けてキラキラと輝いていた。

 ――キレイ……こうして見ると東京湾も綺麗なんだ。

 水平線には何隻かの貨物船が小さく浮かんでいる姿が見える。

 ――ていうか、何か話した方がいいのかな。でも、何を話そうか。あ、そうだ、昨日の事。安西の事訊いてみようかしら……

 優子はチラリと忍の顔を見た。

 すると、彼も優子を見つめていた。

「なあ、そっち座っていいか?」

 ――えぇぇぇ?! そんなのダメに決まってるじゃん。なんでこっちに来たいの? 充分声も届くし、会話には問題ないでしょ。

「い、いいけど、こっちに二人じゃあ、ゴンドラ傾かないかな?」

「大丈夫だよ二人くらい。合わせても100キロくらいだろ」

 忍はそう言って席を立つと、優子の隣に移動して腰を下ろす。

 ゴンドラがゆっくりと小さく揺れた。

 ――こいつ、あたしの体重何キロあると思ってるんだろ……

「ゆ、揺れてるよ……」

「そりゃ、揺れるさ。支点がひとつだからな」

 忍はそう言って微笑む。

 ――そんな物理的な回答は要らないんだってば。

 風が強いのか、僅かなゴンドラの揺れは少しの間続いた。

 優子はお互いの肩がギリギリで触れないように、座る位置をずらす。

「優子は、好きなヤツとかいるの?」

「べ、べつに、いないけど。そんなの」

 ――何? どういう意図の質問? あんたの事が好きだって言って欲しいのか?

「じゃあさ、とりあえず付き合う?」

 ――なんだ、そりゃ? 何サラッと言ってんのよ。コクるわけでも無く、どうしてあたしに同意を求める? こいつヤッパリ自信家なのか? しかも、とりあえず、なのか? 

「そ、それって、あたしたち……て事」

 ――他に誰がいるんだよ。なに訊いてんだよ、あたし。

「ていうか、ここ俺たちしかいないし」

 忍のあまりに普通な笑顔が、優子をより困惑させる。

「そ、そんなこと急に言われても……」

 優子は少しだけ忍から身体を離すが、ゴンドラの中は意外と狭く直ぐに壁が在る。

 ――つうか、あんたはあたしと付き合いたいわけ? そこん所をハッキリしなさいよ。とりあえずって何よ……超失礼なんだけど。

「た、高森は他に好きな娘とか……いないの?」

「何だかさ、いないんだよなぁ」

 忍は両手を頭の後ろに組んで、天井を見上げる。

 少し長い前髪が、鼻の頭から目尻に向ってサラサラと零れるように落ちた。

 ――だから、あたしの事はどうなんだよ。

「あ、安西は? 彼女の事、昔は好きだったんでしょ?」

「ああ……」

 忍は不意に悲しげな目をして、反対側の窓から見える景色に視線を移した。

 ――な、なによそれ。まるであたしがタブーな質問したみたいじゃん。ていうか、訊いちゃいけなかったのか?

「あいつ、昔はもっといい奴だったんだ……」

「でも、別れたんでしょ……?」

「ああ、いろいろあってさ」

 忍は小さく微笑むと、優子の手をそっと掴んで振り返る。

 ――ず、ずるいよ。そんな悲しい笑みで迫るなんて……て、手が温かいじゃん。ヤバイよ。

 優子は身体の力が引き潮のように抜けてゆく気がした。

 忍の顔が近づいてくる。

 生まれて初めてのシチュエーションに彼女の鼓動が跳ね上がる。

 全身の力が抜けて、身を引くことが出来ない。いや、もう既に壁イッパイに背を着けていた。

 それでも忍との身体の間に、無意識に手を挟みこんだ。

 彼の息使いを、優子は鼻の頭で感じた。特大の瞳に虹彩の輝きが見える。

 ――つ、着いちゃうよ、口が。あたしの口に着いちゃうってば。

 優子は忍の胸に当てた手のひらを小さく握りこむと、目を強く閉じた。

 ――超ヤバイ。でも、そろそろ経験時だよね。いい加減経験しといていいよね。これくらい、今時誰でもしてるよね。たいした事じゃないよね。ね。ね。ね。

 心の中で観念した気持ちが期待の波に浸食されるのを、優子は感じた。

 唇に唇の気配が近づく。

 と、その時突然ゴンドラが停止した。

 停止した慣性でゴンドラはゆっくりと、しかし割りと大きく揺れる。

「きゃっ、何?」

 優子は思わず、目の前の忍に抱きついた。

「何? この揺れ。ていうか止まってない? これって止まってない? なんで……?」

「な、何だろう……」

 忍も優子に抱きつかれたまま思わず呟いて、窓の外の様子を見下ろす。

 下のゴンドラも小さく揺れているのが見えた。確かに観覧車は回転していない。

『ただいま強風の為、観覧車を一時停止します。慌てずそのままお待ち下さい』

 天井に着いた小さなスピーカーから、明るいのにくぐもった奇妙な声のアナウンスが流れた。

 ――ゲッ、これって強風で停止するの?




沢山のアクセスをいただき、大変嬉しい限りです。

お話はこれから少しずつ動いてゆきます。

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