◆第16話◆
漫画の立ち読みに夢中になっていた優子は、ふと顔を上げて入り口のガラス戸に視線を向ける。外はすっかり暗くなっている事に気付いた。
腕時計を見ると、もう6時を過ぎている。
優子は本来買おうと思っていた本を手にとって歩き出す。
コミックのコーナーは店内の奥に在って、小説や雑誌のコーナーを抜けてレジへ向う。
するとそこには忍の姿があった。
「あれ? 五十嵐」
「あっ、い、今帰り?」
「ああ、練習再開だからな。五十嵐も今?」
「う、うん……」
優子は反射的に手に持っている本を後ろ手に隠す。
――うわっ、コイツなんだか難しそうな本買ってる……あたし漫画だよ。しかもコテコテ恋愛コミック。どうしよう、今から棚に戻してくるわけにも行かないし……
忍は袋詰めの本を受け取って
「五十嵐も何か買うんだろ。レジ空いたぜ」
「う、うん……」
優子は出来るだけ手のひらで覆い隠すように、コミック本をレジカウンターへ置いた。
後に忍の気配を感じながら、そそくさとお金を払って商品を受け取る。
「帰るんだろ」
やっぱり忍は後ろで待っていた。
――な、なんでわざわざ待ってるわけ? これって普通な事なのか?
「うん……」
二人は並んで書店を出たが、忍が不意に立ち止まったので優子も思わず立ち止まる。
「俺ちょっと、叔母さんの家に寄ってくからこっち回っていいか?」
――えっ? それって、あたしもって事なのか? 何で他に寄るところあるのにあたしを待ってるんだよ。一人で行けばいいじゃん。
優子は一瞬返事に困って、言葉を捜した。
「急いでる?」
「う、ううん。別に……」
「用事は直ぐだから、一緒に来いよ」
――こ、来いよって何? それが寄り道に付き合ってもらう言い方か?
「うん、いいけど……」
結局優子は忍と一緒に何時もとは違う通りを入った。
自宅の通りとは随分離れた路地だったが、住宅街に沿う通りはほぼ碁盤の目になっているので、方角が一緒ならそう遠回りになるわけではない。
「直ぐ先なんだ。別に遠回りにはならないよ」
忍はさり気なくそう言って微笑んだ。
――どういうつもりなの? 学校では相変わらずほとんど、いや全然話なんかしないのに、どうして外で会うと声をかけてくるわけ? もしかして、今流行りのツンデレってやつなのか?
優子はそんな事を思いながら「別に平気よ」と笑って見せた。
「今日、安西に何か言われてたろ」
忍は歩きながら優子をチラリと見て言った。
「えっ、どうして?」
「なんか、声かけられてたからさ」
優子は苦笑して見せると「ちょっとね」
「俺の事、何か言ってた?」
忍が再び優子をチラリと見る。
「何かって?」
「いや、別に」
――な、何よ。こっちがカマかけてやろうと思ったのに、もう。安西と付き合ってたのって本当なの?
「な、なんでさ……」
――なんで、あんたは教室で知らん顔なの? どうしてあたしに話しかけないの?
「何?」
「ううん、別に……」
――そう言えば、前に高森が教室で声をかけて来た時、あたし逃げたんだっけ。だからか? それとも、今日みたいに安西に睨まれるから? だから、教室では控えてくれてるの?
優子はひとつ息をつくと、一端飲み込んだ言葉を思い切って再び切り出そうとした。
「あのさ……」
「ああ、ここだよ」
しかし、それを遮るようなタイミングで忍が声を出して、優子は結局何も言い出せなかった。
「えっ、何か言った?」
「ううん。何も」
優子はブルブルと大きく首を振って笑う。
「ちょっと待ってて、直ぐだから」
そう言って、忍は旧家の渋い茶褐色の門を潜って、中に入って行った。
優子は「ふうっ」と声に出して息をつく。
忍の入って行った旧家は、庭に大きな栗の木が聳えている、木造の立派な平屋だった。
庭の奥には石の塘路と小さな池が見える。
「こんな家、この辺にあったんだ」
優子は独り語をつぶやいて、ふと通りを見た。
周囲には古い住宅が多いので、古くからある住宅街なのだろう。街路灯もまだ蛍光灯の明かりで照らすタイプだ。
しかし彼女はそこで目を留めた。
――な、何やってんだ、アイツ。