◆第15話◆
「何よ、だいたい元カノに何の関係があるわけ。だいたいあんたの中学時代なんて興味ないっての……」
「優子? 何ぶつぶつ言ってるの。何だか考え事が駄々漏れになってるみたいよ」
一葉が優子の真剣な顔を覗きこむ。
放課後の駅までの道、一葉と一緒に歩く優子の口から思わず何時もの思考が言葉になって漏れていた。
「えっ? あ、あたし声に出てた?」
「何だか元カノとか、中学時代とか」
「あ、そう。あははは、何でもないのよ」
優子は声を出して笑ってみせると話をそらす。
「そう言えばさ、一葉ってブランドバック持ってたよね」
「うん、前に里香たちと一緒にバーゲンで買ったやつでしょ」
「いくらって言ってたっけ」
「バーゲンだったから、あたしのシャネルのバックは4万ちょいかな、里香が買ったのはもっと高かったけど」
一葉は急にそんな事を訊いてくる優子に怪訝な笑みを見せると
「確かあの時優子も誘ったけど、早起きがイヤダからって来なかったのよね」
――そうだった。あたしは元々ブランドバックには興味がないから、早起きしてバーゲンに列ぶのがアホラシかったんだ。ひとつくらい買っておけばよかったのかな。そうだよね、今時の女子高生はブランドバックのひとつくらい持ってないと、イケてないよね。
「どうしたの優子、ブランドバックでも欲しくなった?」
「ううん、何となくさ。1つくらい欲しいかも、とか」
「優子もプラダのお財布持ってるじゃん」
――あれは、お父さんがパチンコで取ってきたニセモノなんだよ……
「そ、そうだけど、財布は普段みえないしさ」
――まさかバックでニセモノはイタイしね。
「最近円高とか言って、あんまり安くないからねえ」
「まあ別に、異常に欲しいって言うわけじゃないけどさ。あたしの場合」
優子は早々に話題を切り上げると
「そ、そう言えばさ一葉、高森にあたしの携帯教えたりした?」
優子はずっと疑問に思っていた。初めて忍から掛かってきた携帯への電話。
彼はどうして自分の携帯番号を知っていたのか? クラス名簿で調べられるのは自宅の電話番号のみだ。
「ああ、そう言えば携帯に高森から電話があったんだっけ」
「うん、それが何だか謎でさ」
「言われて見ればどうして優子の携帯知ってたんだろ。他の娘に訊いてみようか?」
「あ、いいよ別に。たいした問題じゃないしさ……」
――アホか、そんな事みんなに訊きまわったら、あたしがバカみたいじゃん。全く事情を知らない連中は自意識過剰女って思うだろうし、だからって近況を説明するのは絶対イヤ。
「どっかで訊いたんだよ、きっと。それか、たまたま小耳にはさんで、それであたしにノート借りようと思ったのかも」
「ま、そんなとこだろうけどね」
――な、なんだよ。少しは否定とかしないわけ? 何が何でもあたしは、たまたまの存在なのか?
そして、優子は再び昼休みの出来事を思い出す。
「ねえ、安西って中学の時高森と付き合ってたってホントかな?」
「ああ、そう言えば1年の時にはそんな噂あったね」
「噂?」
チリリリン! と自転車のベルの音が聞こえて二人の視線は同時に後へ向いた。
自転車に乗った爺さんが、直ぐ後の路地をふらふらと横切る。
とりあえず鳴らして走るタイプの爺さんらしい。
一葉は直ぐに視線を前に戻し、そして優子を見る。
「ほら、安西は私立の中学だったでしょ。知ってる人いないのよ」
「へえ、私立なんだ……でも普通そういう所って中高一貫なんじゃないの?」
「何か理由があって、出たらしいよ。本人は家が引っ越したからって言ってるけど、高森と付き合ってたならそんなに遠くに住んでたわけじゃないでしょ」
「学校が違うのに、どうして二人は付き合ってたんだろ……」
「塾が一緒だったんだって」
「ふうん」
優子は鼻で頷いた。
二人で電車に揺られた後一葉と別れて駅を出た優子は、ドラッグストアの隣に在る大きな本屋に立ち寄った。
雑誌コーナーを眺めていると、ブランドバックなどが掲載された雑誌を見つけて何気なく手に取る。
――高っか。こんなのバイトでもしなくちゃ買えないよ。ていうか、あたしがバイトなんて、無理に決まってるじゃん……
友達の一葉はファーストフード店でアルバイトをしている。だから自由になるお金もけっこうあるのだ。
しかし、優子は自分が知らない人だらけの中でやっていけるとは、とても思えない。接客業以外のバイトも在るだろうが、他の従業員共々結局は知らない人たちの中に入るのだ。
絶対に些細なミスを繰り返してしまうだろう……どう考えても自分が、みんなに認められる対応が出来るとは思えないのだ。
里香は家が金持ちなのか、バイトもしていないのに何時も金回りはいい。
――はぁ、ウチのお父さんも株で一儲けくらいしてくれればなぁ。デートにブランドバックくらい持ち歩けるのに……
優子は思わず雑誌のページをめくりながら溜息をもらした。
――ハッ、あたし何考えてんの? また高森が誘ってくれるのを待ち望んで、今度はブランドバックでも持ってこじゃれたカッコウでもするつもり? そんなのムリムリ。
優子はパシッと勢いよく雑誌を閉じてそれを平台に戻すと、本来の目的であるコミックコーナーヘ向った。