隼人の小さなウソ
「あー、ソラっち。き、今日はバスケ部に行って来るから先帰ってていいよー」
「そーか、じゃ、お先」
ソラちが教室から出るのを見届けると、ようやく生きた心地がした。悪いことはしてないけど、ソラちに嘘をつくのはとても疲れる。
しばらく経ってから、自分も教室を後にする。
向かう方向はバスケ部が活動する体育館ではなく、バスケ部の部室でもない。
今、向かっているのは....向かっているのは?
……あれ、どこにあるんだっけ?
ワッハッハ
大丈夫。こんな時は持ち前の明るさでカバーだ。(出来てないけど)
道がわからないなら聞けばいいじゃない。
通りすがった上級生の女子生徒に声をかける。
すみません、と言うとどうしたの?と受け答えてくれた。
優しそうな人だなぁ、と思いながら目的地の場所を聞いた。
「文芸部ってどこですか?」
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上級生の人は戸惑いながらも教えてくれた。
まるで、あの部屋になんの用だと聞きたがってる感じだった。
友達に、会いに行くだけなのになぁ。
歩いて三分程で文芸部の部室に着いた。
軽くノックをする。
コンコン。
ガタッ、バサバサ、ガシャン!
中から凄い音がした。
「失礼しまーす」
気になったので返事も待たずにドアを開ける。
「……ど、どうぞ」
文芸部室内の様子は、部員の真冬が一人、地面にうつ伏せになって倒れていて、周りには本が散乱して、椅子や机も横たわっていた。
そんな悲惨な状態から、虫のような小さな声で、室内への入室許可が言い渡された。
さすがの俺も、困惑する。
「ここって、文芸部だよね?」
「…は、はい。そうです」
「そんなとこでうつ伏せになって、何してんの?」
「こ、コケたんですよ!」
「この散らばった本は一体……」
「コケた拍子に錯乱したんです!」
「何故椅子があんな風に倒れて……」
「椅子から転げ落ちたからです!」
「なーんだ。ドジなだけか!」
「あなたにだけは言われたくありませんっ!」
おお、最後の言葉は真に迫るものがあったな。とても心外だ。
しかしまぁ、ヤンキーが暴れまわった後の様な部室をそのままにするわけにもいかないので、二人でせっせこ片ずけて、長机に隣り合って座る。
ふう、一息。
「お、お茶、出しましょうか?」
「あー、うん。頂こうかな」
文芸部の部室は思った以上に物が少なく、無駄な物がないどころか本棚の本さえもスカスカの状態であり、それ故棚の上に置いてある湯沸かしポットと紙コップが異常な存在を出していた。
「どうぞ」
紅茶でも出てくるかなーと思いきや。
抹茶である。
「結構なお手前で」
「え?ど、どーも?」
ズズズ、熱いので二人揃ってチビチビと飲む。
「ふぅ…」「はぁ…」
抹茶、意外と良いかもしれない。凄く落ち着く。
いやー、侘び寂びるなぁー。
しばらくして、抹茶から立ち昇る湯気の量が少し控えめになってきた頃を見計らって本題に入った。
「いやー、昨日は本当にありがと。真冬が来てくれなかったら今も桜の木の下で途方に暮れていたかもしれない」
「…ど、どーも」
「今日来たのは改めてお礼を言いたくて」
「そんな、別に気にしなくて良いですよ」
と、真冬は困った様に笑った。
なんだか、逆に申し訳なさそうな笑顔だ。
「あ、そーいえば、あの時泣いてたけど大丈夫だった?」
昨日、お互いが名乗りあった後、いきなり涙を流した真冬を見て、本当にびっくりした。
大丈夫かと聞く前に走ってどこかに行ってしまったから心配したのだ。
「大丈夫です。泣いてません」
「え、いや確実に泣いてたよ?てか顔真っ赤だよ、大丈夫?」
「大丈夫です。泣いてませんし、顔もいつも通りです」
「いやいや、百歩譲って泣いてたのは誤魔化せるかもだけど、顔は真っ赤だよ。ホラ鏡」
「ようやくいつもの調子に戻って来ました。これが絶好調の時の顔色です」
頑なに泣いていたことも現在顔が真っ赤であることも否定される。
恥ずかしいのかなぁ。
ズズズ、変な空気を抹茶の侘び寂びパワーで掻き消す。
危ない危ない。うっかり紅茶なんて出されていたらこの場を切り抜けることは出来なかったぜ。
「そういえば、真冬に一つお願いがあるんだけど」
「…おねがい、ですか?」
ほんの少し、警戒される。
「うん。実はね、俺の友達に文芸部に入りたいって奴が居るんだけど」
「……え?」
「かなりの変わり者でさ、だから友達も少なくって。仲良くしてやってくれないか?」
「入りたいって……」
「……………文芸部に?」