パンダばくだん
星屑による星屑のような童話。よろしければ、お読みくださるとうれしいです。
ひだまり童話館第1回企画、「めでたい話」参加作品です。
新しい朝が、やって来た。
といっても、今日のは格別な朝だ。
なぜかって、今日は元旦。一年の始まりの日なんだもの。
部屋の空気がひんやり冷たくて布団から出るのがちょっと嫌だったけど、すがすがしい気分でボクはベッドから起き出した。
格好は、パジャマのまま。
向かった先は、いつもご飯を食べるコタツとテレビのある居間だった。
「ママ、あけましておめでとう!」
大きな声で言ってみたけど、どこからも返事はない。
部屋は、もぬけの空だった。
(あ、そうだった……)
ボクは、今日もママが仕事にいく日だったことを思い出した。
コタツの上には、ママからの置き手紙。
その横には、乾いてしまわないようラップのかかったお皿が二枚、片方はパンを、もう片方は卵焼きをのせて、置かれている。
『孝文、おはよう。そして、明けましておめでとう。いつもたよりないママですが、今年もよろしく!
本当はお正月をゆっくり孝文とすごしたいのですが、ママは仕事があるので、そうも言っていられません。ごめんネ。
今年は、孝文も四年生になりますね。ついに高学年です。おるすばん、ちゃんとできますよね?
では、行ってきます。なるべく早く帰ってくるね。 ママより』
さびしくて涙の出そうなところをぐっとこらえて、ボクは手紙をにぎりしめた。
だって今年は、高学年になるんだもの!
――ボクのうちは、ママとボクの二人暮らしだ。ふだんママは、スーパーのレジ係として働いている。
パパは、顔も良く知らない。「ものごころ」ついた時には、すでにボクの家族は二人っきりだった。
パパは、どこで何をしてるんだろう? ちっちゃかったころはママに何度も聞いたけど、結局ママはそれを一度も教えてくれなかった。
まあ今となっては、ボクにとってそんなことどうでもいい話なんだけどね――
とにかくまずは、顔を洗って朝ごはんだ――と思ったら、コタツの毛布のところで何かごそごそと音がした。
(ねずみでもいるの?)
そう思って、コタツの布団のあたりをじっと見る。
――おどろいた。おどろかない方が、不思議だと思う。
なんと、そこにいたのは――パンダだった。
大きさは猫くらいだろうか。まさに、熊猫。大きさからすると、まだ子どもらしい。
ふわふわ、もふもふ。
でも、普通のパンダと違うのは、その模様が赤と白、つまり紅白になっていることだった。
(紅白のパンダなんて、正月からめでたいな――って、めでたがってる場合じゃないっ!)
赤白パンダはもそもそ起き上がると皿に巻いてあったラップを器用にめくり、ガツガツむさぼるようにして、ボクの朝食を勝手に食べ始めた。
おいおい、まったく油断も隙もあったもんじゃない!
だけど普通、パンダって、「ササ」みたいな草を食べるもんだよね?
「ちょ、ちょっとぉ! キミは一体、何なの? それに……それはボクの朝ごはんなんだけど!」
ボクが文句をつけると、その小さな赤白パンダはほっぺに小さなパンくずを付けたまま、こちらをふり返って言ったんだ。
「何って普通のパンダだよ。名前も、そのまんま『パンダ』だし」
『パンダ』君は(その言葉の感じからいって、オスらしい)、そう言い終えると何事もなかったかのように、そのまま食事をつづけようとする。
ヒトの朝食をうばい、紅白のめでたい柄をして、人間の言葉をぺらぺらしゃべるパンダが普通のパンダだって?
思わず吹き出してしまった、ボク。
何だかとにかくおかしくなってくすくす笑っていると、そのパンダは「ふう、食った食った」と言ってコタツの布団の上に丸まり、そのまますぐに寝てしまった。
スース―とかわいい、寝息と寝顔。
生意気なやつだけど、見ているだけで何だか気持ちがやわらかくなる。
(だまっていればカワイイもんだ……だけどもしかしてこいつ、ずっとウチにいる気?)
その夜、ママはかなり遅くなって帰ってきた。
見れば、なかなかのぐったり加減。とても、ママに“パンダ”君のことを相談できそうにない気がする。
ママも、コタツにうつらうつらしてまどろむ子パンダを、ただの「ぬいぐるみ」としか思っていないようだ。
(ママ、疲れてるみたいだし……。ま、明日に話せばいいか)
晩ごはんもそこそこに、「明日も早いから寝るね」と言ってパジャマに着替えたママを見て、ボクはそう決心した。
◇◇◇
次の日になった。一月二日の朝だ。
なんだか居間の方が騒がしかったせいで、目が覚めてしまったボク。
(あれ? ママはもう会社に行って、いないはずなんだけどな――ま、まさか!)
いやな予感がして、ダッシュで居間に向かう。
――すると、なんともびっくりな光景がそこにあった。
なんと、昨日は一頭だけだった紅白のパンダがぞろぞろと増えていたんだ。
ああでもないこうでもないと言いあいながら、コタツの周りで似たような色と模様のパンダたちがごろごろと寝そべっている。
「ちょ、ちょっと! 『パンダ』君、これどういうこと? どうしてこんなにたくさんいるの?」
数を数えてみる。
どうやら、六頭いるらしい。その群れの中で一頭、そのふてぶてしい態度でわかる『パンダ』君が、こう言った。
「え? だって、この家、居心地良さそうだからさ、仲間も呼んだんだよ」
「なに勝手なこといってんだよ!」
と言ったボクのことは完全に無視して、そのちっちゃいパンダたちは整列し、自己紹介を始めた。
良く見ると少しづつ……ほんとにすこーしずつだけど、赤い模様の位置がちがっていた。
「私は『パダン』です。よろしくお願いします」
そういって、ぺこりと頭を下げた『パダン』。
どうやらメスらしい。行儀がよくて、目がやさしいからね。
「オイラは『ダンパ』。こう見えて、ダンスが得意なんだぜ」
短い手足で、まるでモップのように床を掃除……いや、ヒップホップダンスをしだした『ダンパ』。……ぜったいオスだな。
そんなこんなで『パンダ』に『パダン』、『ダンパ』、『ダパン』、『ンパダ』、『ンダパ』――。
全部で六頭、見た目は“にたりよったり”の彼らが、ボクの家に集結したのだった。オス三頭にメス三頭、バランスはいいけどね。
「じゃ、そういうことなんで、よろしく」
声からして『パンダ』君がそう言うと、皆でもう一度ぺこりと頭を下げ、再び思う存分、そして全力でごろごろを始めたパンダたち。
(そういうことって……何?)
それから、六頭のパンダたちは、ボクの知らぬ間に冷蔵庫を開けたりして、好き勝手の“し放題”。
くっちゃね、ごろごろのパンダ正月ライフを、マンキツしていた。
◇◇◇
夜になり、ママが帰宅した。
ボクは思わず、ママから見えないように物陰にかくれた。
「……」
言葉も出ない、ママ。
それもそのはず。わが家は六頭の子どもパンダに占領され、散らかり放題になっていたからだ。コタツの周りは、お菓子の食べかすと、パンダの抜け毛と、毛玉のように寝転がるパンダたちで埋めつくされている。
しかし、ママの最初の言葉は、ボクにとって意外なものだった。
「きゃー! 何これ、かわいぃー!」
てっきり、変な動物をいっぱい家に入れてしまったボクを、叱るのかと思っていた。ボクは物陰から出て、ママの前へと行った。
「え? ママ、赤白のパンダだよ。それにササじゃなくてお菓子も食べるし、言葉もしゃべるんだ。これって普通なの?」
「あら? 孝文、普通って何? それはあなたが勝手に決めつけていることでしょ? 私には、この子たちはごくごく普通に見えるわ!」
ママは、手に持っていたバッグをその辺にぶん、と投げると、紅白パンダたちの塊りへと、体ごとつっこんだ。
なんだかボクは、急にパンダたちが憎たらしい気持ちになった。
「でもさあ、六頭もウチでは飼えないでしょ」
ボクの言葉に、パンダたちの目の色が変わる。
「え? 私たち、一緒には暮せないのですか?」
この感じは、たぶん『パダン』だな。
「ち、ちきしょう! こまったぜ」
このぶっきらぼうな感じは、きっと『パンダ』君だ。その言葉を合図に、六頭のパンダたちは小さな円陣を組み、ひそひそと相談を始めた。
こくり、皆が同時にうなづく。
と、つぎの瞬間、六頭は今まで見たこともないような素早さで、立ちあがったボクのママを取り囲んだ。
「キミのママは、オイラたちが捕まえた。返してほしくば、オイラたち全員と一緒にここで暮らすと言え!」
何という、あつかましい要求だ。
ボクは怒ったが、ママの眼は笑っていた。
そして、「一緒に暮らすって言ってもいいわよ」という意味のウインクを、ぱちぱちとボクにしたんだ。
仕方ないな……。ママがいいなら、そう言うしかないな。
「わ、わかったよ。全員、一緒に暮らしてもいいよ」
その言葉に、六頭のパンダたちが一斉に感激の声をあげた。
ざわざわとなって、一瞬、ママの包囲網を解こうとしたけど、一頭のパンダが『パンダ』君にそっと耳打ちを始めた。
うなづく『パンダ』君。
にやりと笑うと、強気に出てきた。
「だが、それだけではダメだぞ! オイラたちを見分けられるようにならなければ、一緒には住めない!」
(は?)
ますます楽しそうな顔をする、ママ。
「今から、クイズを出す。それが答えられなかったら、バクハツだ」
(バクハツだってぇ? いつの間にバクダンを仕かけたの?)
とは思ったけど、本当は全然怖くなかった。
どう見ても、小さなパンダたちがボクのママに甘えて、ただしがみついているようにしか見えなかったからだ。
「あらあら、大変! 誰か助けてぇ!」
捕まってもママは楽しそうだ。
今まで見たことのないような笑顔でまぶしい、ママ。
「わ、わかったよ。出してみろよ。答えてやるよ」
ボクは、その挑戦を受けた。
その瞬間、団子のように固まった六頭。そして、その塊りから、一頭のパンダがボクの眼の前におどり出た。
「さあ、こいつの名前は、何だ?」
それは、『パンダ』君の声だった。彼は、あの塊りの中にいるらしい。
それにしてもこれは、ボクにとってかなりの難問だ。
(この子の模様は確か、えーと、えーと――)
ボクは、あらん限りの脳みその力をかき集め、昨日からの記憶をたどった。そして、閃いた。
「ンダパ!」
ボクの意を決した声が、部屋にこだまする。
けれどその瞬間、ブブー、というハズレの音が部屋に鳴り響いた。どうやら、塊になったパンダたちが、口まねで音を出したらしい。
「ざんねーん。そいつは『ンパダ』でした」
女の子の『ンパダ』がにっこり笑いながら、ぺっこりとお辞儀する。
ボクは、クイズの答えをまちがえてしまったのだ!
(しまったあああ)
そしてついに、『パンダばくだん』がバクハツした――。
◇◇◇
あれからというもの、アイツらの食欲はすさまじかった――そう、バクハツしたのは、彼らの食欲だ!
さすがのママも、「こりゃあ、食費が大変ね」と笑いながらなげいている。
そんなママが、ぽつりと言った。
「でもね、孝文。あのパンダさんたちに囲まれた時、ママを助けようとがんばってくれたこと、ホントにうれしかったよ。ありがとうね」
ママがボクをじっと見つめた。
でへっ、照れるじゃん。
「これは、お礼」
ポテチにスナック、チョコレート――お菓子を食べまくるパンダたちの横で、ママはボクのおでこに、キッスした。
〈おわり〉