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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第五章~ 暇人と異邦人、そしてやっぱり巻き添え

第五章はこの一話のみです。

そして次回が最終回です。

 大陸首都・聖エルレス。その中心には、白く大きな教会がそびえている。

 「……」

 その裏口側の高い位置に開かれている窓に腰掛け、路地を見下ろす娘が一人。まるで一枚の絵画のように美しい構図だが、夕刻ということもあり、見るものは空を舞う鳥くらいだ。

 軽い溜め息が形の良い唇から零れると同時に、星の粋を紡いだかのような銀の髪が揺れる。少し、長い。

 「まだ、来ぬか」

 呟いて、娘は空を見上げた。


 偽の法王に幽閉されていた真の法王の救出、という大事件から、そろそろ一年が経とうとしている。事件当時は全世界が震撼したが、今はもうだいぶ落ち着いている。真の法王も、その教えも、すっかり世界に浸透しつつある。穏やかで、平和的な思想が。

 教会に翻弄された一族の末裔は、それを冷めた目で見ている。首魁が変わればあっさりと世界は変わる。こんなにも、容易く。善くも、悪くも。人とは、そんなものなのだろう。

 だが、と彼女は素直に微笑むこともできる。そんな人の中に在って、確かなものも感じられる。例えば、共に旅した少年の強さと優しさ。身の危険を顧みず、なんとこの教会にまで自分を訪ねてきてくれた、砂漠の友人たちの気持ち。彼女は以前ほど、孤独を感じてはいなかった。

 しかし、とやはり彼女はまた眉をひそめる。身勝手に好き勝手なことをして彼女と少年の前から消えたあの男は、まだ自分の前に現れない!!

 事件の後、早速探しに行こうとした彼女を、少年が止めた。

 『逃げるあの人を探すのは、難しいですよ。待ってることを宣伝して、一年だけ、我慢してみませんか?』

 もう一度逢うつもりなら、出てきてくれる。そのつもりがないのなら、きっと巧く逃げ回る。あの男の性格を考えると、確かにそうだと思えた。だから法王に頼んで、全世界に

 『反逆者より黒髪の男に告ぐ。首都の教会にて、一年だけ待つ』

 との触れを出してもらった。それから今まで、法王は快くシンに教会の客間を提供してくれている。もっとも、教会内部には彼女のことを仇としてきつく当たるものも多いため、彼女にとってはそれほど居心地が良い場所ではなかった。散々彼らの身内や同僚を殺したのだからそれくらいは仕方が無い、むしろそのような相手の前でのうのうと暮らして申し訳無い、とは思っているのだが。

 それはともかく、もうすぐその一年が過ぎる。だが、相手からは何の連絡も無い。

 あの男は解っているはずだ。あの触れの意味を。

 一年だけ待つ。一年を過ぎれば、待たない。つまり、探しに往く。一年で諦めてやるのではない。自首する猶予を与えてやっただけのこと。

 「……」

 穏やかで無い光を宿した瞳を伏せて、口元は不敵に吊り上がる。狩猟は得意だ。

 また目を開くと、だいぶ夕闇が迫っている。窓に吹き込む風が、やや冷たくなってきた。さて、部屋に入るかと彼女が思ったとき。

 「深窓の令嬢が俺を待っててくれてたなんて、なんか昔の恋物語みたいだね」

 のんびりした、聞き覚えのある声が。下から。


 約一年前のあの日。男とその親類は焔に包まれた館の内部に居た。脱出を試みていたのだが、周りの状況に比して二人は呑気なものだった。二人一緒ならこのくらいのことで死ぬはずが無い、という根拠の無い自信があった。会話も「脱出すること」ではなく「脱出してから」の話ばかりだ。

 『なあ。俺、どんな顔して会いに行けばイイと思う?あのコたちに』

 『……厚顔無恥、という言葉もある』

 『…………まあ、どうやったってそうだけどさ』

 『では気にするな。面の皮が厚い替わりに髪が薄くなる』

 『……もぉっ!!』

 『なんだ、気にしていたのか?』

 『違う!違う違う!ぜぇっっったいっ!違う!!』

 『むきになるな』

 『違うってば!もう!お前の髪むしってやる!!』

 そして追いつ追われつ。そんな風に、大の男二人がじゃれあっていたのだが。ただ、その当時猛火に包まれていた館の床は。「大の男二人」の重さと「じゃれあっ」た結果生じる衝撃に耐え得るものではなくて。

 『『あ』』

 二人同時に気付いた時には、床が抜けていた。

 『っ、この阿呆―!!』

 『シスイの馬鹿―!!』

 罵りながら燃え盛る階下へと落下していったのである。

 

 「……色々あってねえ……」

 夕暮れの教会の前で、男は遠くを見る目つきで呟いた。

 「遅くなって、ごめん」

 あの後、やはり彼とそのはとこは死にはしなかったのだが、それなりに大怪我を負った。だが、「さっきあんだけ格好悪くあのコたちから逃げてきたんだから、今すぐこんな状態では戻れない」上に「シスイ、人見知り激しいもんね、斬っちゃうくらい」という訳で、近くにいた娘や法王たちに救助を求めることもせず、二人で悪態を吐きあって支えあって山中へ逃亡したのである。

 元々怪我の治りの早い彼らでも、治癒には暫くかかった。心の準備には、もっと。

 「……本当に、遅いな。待ちくたびれたぞ」

 「うん、ごめんね」

 薄暗い辺りは静かで。娘と男、二人の声は互いによく聞こえる。

 「だが、よく来たな」

 「追われる男ってのも魅力的だけどね。君が相手だと逃げ切れないだろうからさ」

 「よく云う」

 「本気だよ」

 男は静かに笑う。娘のよく知る、だが、微妙に今までとは違う笑顔。なにかを誤魔化したりしていない、笑顔。

 「ねえ、リディウスは元気?」

 「元気だ。神官になってここで働いている」

 「へえ!良かったぁ。本当に良かった……」

 嬉しそうに微笑む男の顔に、そういえば以前感じた寂しさも見えない。

 「……お前の『一族』のことは、シラタエ夫婦とギルバに聞いた」

 「ああ、うん、そっか」

 困ったような苦笑も、首を傾げる仕草も、見慣れているようで新鮮な印象を与える。

 きっと、男の根底に流れるものが変わったのだろう。覚悟を、決めたのだろう。

 「まったく……くだらないことで悩む」

 娘の声は、心底呆れているようで。微かな胸の痛みと、もっと微かな怒りを覚えて、ジズはやや俯く。

 「くだらない、か。俺にとっては、結構大切な問題だったんだけどね」

 「お前にとって、明日の天気は大切な問題なのか」

 「え……?」

 「同じ次元の問題だということだ」

 「え、と……ごめん、よく分からない」

 「自惚れるな、と云っている!」

 娘の声が荒いだ。驚いて顔を上げると、彼が知っているよりは険の無くなった瞳が、それでもぞっとするほどの怒りに燃えている。

 「お前の方が先に死ぬやもしれんではないか」

 「え」

 「寿命など、殺されれば意味は無い、と、昔云ったはずだが」

 荒いだのも一瞬で、あとは静かな、低い声。怒っている。

 「どうなるか分からないことに怯えて、悩むなど。くだらないだろう」

 「……うん、そうだね」

 男はふわりと微笑んだ。

 蓋然性、というのは考えない。もう充分に「あり得ない」ことにぶつかってきたのだし、考えたくない。いいや、蓋然性すらない。これまでの哀しみが、これからも続くと思っていただけだ。

 今夜星が出なくても、明日は晴れるかもしれない!

 「じゃあシン。俺が云ったコトも、覚えてるかな?」

 ジズは微笑みながら、大きく両手を拡げた。

 「『君がちょっと勇気を出してくれたら、俺、君を抱えて逃げてあげるんだけど』」

 夕陽が、教会の壁を照らした。真っ赤に染まる光の中で、娘は見る者の心を奪う微笑を浮かべ、そして。

 腰掛けていた結構な高さの窓から、飛んだ。

 白い布が風を受けて、翼のようにはためく。陽の光を受けて、少し伸びた髪が煌めく。

 ―――ああ、やっぱり

 眩しいものを観るように、ジズは目を細めながら、思う。これも以前、一度口にしたことだけど。

 ―――天使だ

 今度は、心から。

 その舞い降りる天使を受け止めようと、男は更に両手を拡げる。しかし

 「『無用だ』」

 天使は彼の両肩に手をつくと、綺麗に一回転して着地した。丁度背中合わせの形になったが、おかげで彼の残念そうな顔は見られずに済んだ。

 ―――ま、いっか。俺らには、こっちのが似合ってるや

 こっそり肩をすくめる。

 この娘は只でさえ鈍い上に、苛酷な環境で人と触れ合わずに生きた時期があるため、ちょっと……いや、かなり「そういった」感情に関しては未熟なのだろう。

 ―――でも、でもね

 男は密かに考える。

 一年後か、五年後か……いいや、二十年とか三十年とかの覚悟は必要かな。だけどね、いつか、解るはず。だから……だからね。いっしょに居れば、そのうち、うれしいことになるかもしれない。

 俺はね、待つよ?だって、嫌になるくらい、時間はあるんだから!

 ……でも百年後にはさすがに気付いてくれてないと、寂しいな。

 そしてジズが笑顔でシンに向き直ったとき、偶然教会の裏口が開いた。

 「おや、シン殿。こんな時間にどうなされ……!ジ、ジズ殿!?」

 かつて、共に法王救出に携わった神官の一人だ。

 「……今まで、世話になったな。これから旅に出る」

 「そういうこと!」

 「え!?い、今から!?あの、その、法王や皆さんにご挨拶を!」

 「……」

 娘の顔に浮かぶのは、「面倒くさい」という心の声を雄弁に物語る無表情。

 「いいよ!今すぐ攫ってくんだから!」

 それを理解して、ジズは朗らかに笑った。笑いながら、シンの手を取って走り出す。

 「皆によろしくね!」

 「ジ、ジズ殿!シン殿!」

 「またいずれ礼に来る」

 引っ張られるように、娘も。

 大声で教会内に何かを叫ぶ神官を無視して、二人は夕闇に駆け出した。

 「荷物は?」

 「常に携帯している」

 「……君の荷物はナイフだけか……あ、リディには逢いたいな」

 「この時間なら、教会の外回りに出ている。こっちだ」

 いつかのように、二人で街を駆ける。銀と黒の髪が、夕闇の中で光を反射して舞う。やがて二人を追う足音と声もしてきた。あのときと同じように。だが、あのときとは違って二人は楽しげだ。追う声にも、敵意はない。

 「この辺り……居た」

 「おっ!」

 追跡を逃れつつ、二人は空色の髪の少年を発見した。少年はこちらに気付いていない。

 「お久しぶりーーー!!!」

 「え……うわぁっ!?」

 抱きつく、というよりは飛びつくという表現がしっくりくる態様で、男は少年を抱きしめた。

 「うわあ、うわあ、大きくなったねえ!」

 目を白黒させている少年に構わず、男はきゃっきゃと笑っている。何時の間にか少し背も伸びている。まだシンよりも低いが、いずれジズをも追い越すかもしれない。それに、やはり華奢ではあるが、肩に逞しさも宿ってきている。成長が感じられて、嬉しい。

 「ジ、ジズさん!?あ、シンさんも!」

 「そうだよ」

 「お、お久しぶりです、けど、あれ?」

 気が付いたときには、少年はいつかと同じように男の肩に担がれていた。

 「なんで!?」

 「ちょっと追われててね……こうでもしないと君に挨拶出来ないから」

 「え?」

 あ、重くなってる、とまた子供の成長を感じて口元が緩むジズに代わって、シンが説明を引き継ぐ。

 「我らはこれから旅に出る」

 「え?え……え?」

 「これからねえ、二人で旅に出るんだ!ん~、できればこのまま君も攫って行きたいなあ、また」

 「えぇっ!?」

 「馬鹿者。よせ」

 「冗談冗談」

 二割方ね、とこっそり少年の耳元に囁いて、ジズはリディウスを肩から降ろした。砂漠へ続く門の前だ。後ろから慌ただしい足音と声も聞こえてくる。

 「リディ、前は本当に、ごめんね」

 「いえ……」

 「そして、ありがとね」

 「え?僕は何も……」

 「ううん。ありがとう」

 にっこりと微笑んで、男は少年の頭に手を置こうとして―――やめた。替わりに、肩に手を置く。

 「じゃあ、元気でね。また、遊びに来るから」

 「はい……でも、もうちょっとゆっくりしてくれても……」

 「シンが急かすんだ」

 「誰が」

 「君」

 溜め息をついて、娘は少年に向かい合う。

 「本当に、世話になった。迷惑も掛けたな。済まなかった。ありがとう」

 「いいえ!こちらこそ!」

 「また、逢おう」

 片腕で、シンはまだ自分より小さな少年の肩を抱いた。真っ赤になった少年の顔は、からかうように微笑むジズにしか見られていない。

 大勢の足音と、シンとジズを呼ぶ声がいよいよ迫ってきた。シンはリディウスから離れ、ジズは門に手をかける。

 「じゃあ、またね!」

 「また」

 「ええ!ええ、また!!」

 そして一人は明るい笑顔で、一人は微笑で、一人は泣きそうな笑顔で。

 手を振りながら、再会を誓った。

 「君を攫うのは今度にしよっと」

 もっとも、男は不吉な言葉を残して。

 

 「ねえねえ、シン」

 月と星の瞬く空の下。街道で、楽しそうな男と無表情の娘。男の口はやはり閉じることを知らない。

 「何だ」

 娘の返事もやはり律儀だが素っ気無い。

 「あのさ、これ、前はシンが嫌がると思って黙ってたんだけどさ」

 「?」

 「あのね、『シン』ってね、俺の一族の古い言葉で『信じる心』って意味の他にさ」

 男は娘の前に回りこむと、にやりと笑った。

 「『神さま』って意味も、あるんだよ」

 「……」

 一瞬きょとんとして。それから娘は

 「あははっ」

 大きく、笑った。

 


 ~第五章・完~


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