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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第四章~ ぜったい、ゆるさない。 8

 別の場所で。対峙する二人の黒髪の男は、無言のまま、じりりと距離を詰め、あるいは離し。居合の型に構えたそれぞれの武器を、握り。

 やがて両者の足が止まった。

 二人の間に流れる気は凪から嵐にまで高まり……

 同時に、手にした武器を抜いた

 ―――かに見えたが、違う。

 「!?」

 ジズの構えはフェイントだった。シスイが抜いた瞬間、その刃がぎりぎり届かない距離に、飛び退いていた。飛び退きながら、相手の振り切った手を狙って鞭を繰り出す。

 「っ!?」

 完全に捉えたかに思えたが、その革の触手が絡めたのはしなやかな白い手ではなく、艶光る黒い鞘。相手は刃を振り切ると同時に、鞘を持つ手で防御に出たのである。

 「おっと!」

 鞘に絡みついた鞭を断ち切られる前に、急いで手首を返して引き戻す。

 そして再び訪れる、沈黙。その後に。

 「……ふふっ」

 「はははっ」

 どちらからともなく、楽しげな笑い声。

 「やはり、お前でなければ駄目だな」

 「まいったなあ、熱烈な告白?」

 「ふふふ」

 「……否定してよ」

 全てを飲み込まんとする勢いの焔と、手にした武器、時折遠くから聞こえる怒号。それらに何を構うことなく、二人にはまた穏やかな笑みが戻る。

 「さあ、続けよう?」

 「仕方ないなあ」

 微笑んだまま、再び、二人は互いに向けて駆け出した。ひとつ間違えば決して笑ってはいられない、一瞬ごとの激しい応酬を繰り返す。

 緊張と愉悦。純粋な衝動と好奇心。

 二人は、遊んでいるのだ。

 だが、どんなに遊びに没頭していようとも、二人は状況を忘れはしない。周囲のすべてを味方としてこそ相手を出し抜ける。それが、永い年月の間に身に付いていた。

 そんな二人であるから、自分たちの闘技場が狭まっていることは重々承知していた。焔に、壁に、あるいは崩れた床に、閉じ込められつつある。

 「そろそろ、逃げない?」

 「いやだ」

 あまり期待はしていないジズの提案は、案の定却下された。

 「……わがままー!」

 「ふふっ」

 何でそんなに嬉しそうなの?とは野暮だから突っ込まず、ジズはあちこち破けてしまった自分の服を気にする。

 まいったな、こんなんじゃシンたちに逢えないよ。

 ……うん、逢わない方がいいかも。

 「もう、つまらないんだ」

 思考を遮る、低く小さな声。

 「こんなに楽しい時間を過ごして終れるのなら、きっといい」

 呟いて、シスイは虚ろな瞳でジズを見る。儚い笑顔を浮かべて。

 「シスイ……お前……」

 何かを言いかけたジズを遮るのは、今度は冷たく冷ややかな刃。

 「っと!!」

 崩れ落ちる床を気にしつつ、飛び退いて避ける。

 両者とも、分かっている。自分たちは、この一族は、刹那的な生き物だ。刹那を、永く連続する生き物だ。だからこそ愉しく生きたいし、最期も愉しく逝きたい。

 もう何度目になるか判らぬほどに武器をかわし、繰り出し。いよいよ焔は二人を閉じ込めるけれども。

 「……ここで終るのなら、それも、いい」

 「馬鹿」

 うっとりと呟くはとこを叱咤して、ジズはこの数分間でぼろぼろになりつつある鞭を構える。視線は逸らさず、自分と相手との距離を測る。床は大きく崩れ落ちており、階下も見える。相当、足場は悪い。

 「今ここで死なれたら、俺、後味悪いじゃん」

 「はは」

 「笑い事じゃないってば」

 そして、一撃を放つ。案の定、シスイは殆ど身を動かすことなく避けたが、狙いは彼自身ではない。

 後ろの、花瓶。

 「!?」

 その細身の花瓶に鞭を絡ませ、引き寄せる。シスイにとっては死角からの打撃になる。

 「小癪な……」

 それでも本能的に身を屈めてかわすシスイにむけて、ジズは一瞬意地の悪い笑顔を向けた後、

 「おまけ」

 返しの鞭を放つ。花瓶を放したその触手は、風を斬りながらシスイの胸元を狙った。

 「くっ……!」

 流石にかわしきれず、服が一文字に裂ける。その胸元から、

 「っあ……」

 乾燥した果物が、零れた。崩れていた足元から、燃え盛る階下へと落下していく―――

 シスイは反射的に手を伸ばしていた。その、果実に。老婆からもらった、果実に。

 ……ああ、間に合った。

 それを掴んで、微笑んで。彼は自分も階下へ落下し始めていることに気付いた。

 「シスイっ!?」

 もういい、これで死ぬなら。そう思う彼の手を、力強くジズが掴んだ。

 「ちょっと、なんでそこで落っこちるかな!?」

 掴んだ方は結構本気で焦っているのだが、掴まれた本人はただ、五月蝿い、と思う。振り払おうとも思ったが、刀を持つ手を握られているため、ままならない。

 「……貰い物は、大切にするんだ」

 「へえ!意外!びっくり!だからさっさと上ってこいよ!」

 自分とさほど体重の変わらない、大の男を引っ張りあげるのは一苦労だ。だが、相手はまるで協力する素振りをみせない。

 「放してくれないか?なんだかこれでいいような気がする」

 「それ、きっと、気のせい!」

 「いや、違う」

 「違わない!」

 大嫌いでも身内は身内。目の前で死なれては後味が悪いどころじゃない。……それに、自覚はしているのだが、お互い、実は嫌いであると同時に放っておけない存在でもある。笑顔か、拒絶か、手段は違えど心を閉ざしている、自分の分身。

 「なあ……死んじゃ、駄目だよ」

 今度は宥めるように、ジズは優しく言葉を紡ぐ。

 「俺ね、誰にも死んで欲しくないんだ。そりゃ全部は無理だけど、周りの人たちは、できるだけ」

 「……」

 「それにさ、まだまだ俺たち『若い』だろ?これから楽しいこと、いくらでもあるって!確実に『人並み』以上にはさ」

 つらいことも、勿論「人並み」以上なのだろうけれど。でも、諦めて欲しくない。

 諦めたく、ない。

 「……しかし……」

 「"しかし"じゃない!!」

 怒りを隠さない、大声。シスイは驚いて顔を上げた。そこには、いつもの余裕溢れた笑顔はなかった。

 ……ああ……なんだ、壊せたじゃないか。こいつの余裕を。

 くすりと微笑むシスイを見て、ジズは自分の態度に気付いたらしい。

 「っていうか、お前を死なせたら俺がラシャに怒られるじゃん!」

 いつもの調子のよさを急いで引き戻したが、シスイは笑ったままだ。少しむっとしたが、ジズはシスイを引っ張る腕に力を込める。

 「それに、タタン兄にも!兄、怒ると泣くんだから。泣かせたくないだろ?」

 「……ああ、そうだな」

 そうして彼は笑ったまま、大人しくジズに引っ張り上げられた。

 

 「…………」

 絶句。少年はただただ絶句。

 法王たちと別れ、兵士の残党から隠れて移動すること数分。探していたロープは見当たらず、代わりになりそうなカーテン類は既に燃えてしまっている。階段も見つからない。それでも諦めず探索していたのだが、彼が見つけたのは焔に囲まれて身動きできなくなった自分だけ。

 「……えーと……」

 床を見れば、所々穴が開いていて階下を見ることができる。一階の床は、かなり遠い。やはり飛び降りるのは無理だ。仮に降りられたとしても、無傷では済まない。それでは結局脱出できない。

 そして、合流を願っていた娘と男の姿もない。既に逃げたのだろうか?それとも……

 「……もう!しっかりしろ!!」

 自分を叱咤し、リディウスはもう一度辺りを見渡した。燃えている。窓やドアも目に入るものの、どこへ行こうにも、すべての方向を焔が塞いでいる。息苦しいし、頭もぼぅっとしてくる。体が熱い。

 打つ手が、無い……?

 思った瞬間、膝の力が抜けた。

 「駄目……!」

 立たなきゃ。立たなきゃ。

 ぐっと膝に力を入れて、リディウスは背筋を伸ばす。

 諦めちゃ、駄目だ。弱音を吐いちゃ駄目だ。いつも目の前で、それを教えてくれた人たちが居る。

 「シンさん、ジズさん……っ!」

 名を呼ぶと、自分の中で勇気が出てくる気がした。

 「呼んだか?」

 空耳まで聞こえた気がした。

 「…………あれ?」

 空耳、か?

 辺りをきょろきょろ見廻していると、

 「どうした」

 目の前の焔が、割れた。焔を割ったのは、白い布。そこから現れたのは

 「シンさん!!」

 少年は思わず駆け寄り、薄い胸に飛び込んでしまっていた。

 「……どうした?」

 戸惑いながらも、娘は少年を引き剥がすことなく、そっと肩に手を置く。周りに老人たちもあの男も居ないし、きっと心細かったのだろう。

 「僕、皆さんとはぐれてしまって、ジズさんも……って、う、うわぁっ!?すいませんっ!!」

 やっと自分が彼女に抱きついていることに気付き、リディウスは真っ赤になって体を離した。顔の火照りは焔の所為だけではない。

 「別に構わんが……逃げるか」

 「はい」

 シンは有無を言わさず、彼の手を取る。また真っ赤になっているのには少しも気付かず、適当に見当をつけた方向に進んでいく。焔は、途中で見つけた花瓶の水(すっかり湯になっていたが)を含ませたローブで払う。

 「あの……シンさん」

 「なんだ」

 リディウスは、娘が無事にここに居て、一緒に逃げているという現実から推理したことを確認しようとする。

 「……本懐を、遂げられたんですね?」

 「ああ」

 あっさりと返事は返ってきた。だが、娘の顔に晴れ晴れしさはない。

 「お前の手は……綺麗だな」

 繋いだ彼の手を見遣る瞳には、寂しささえ感じられる。

 「え?」

 「我の手は、もう、エルレス……弟を、抱けぬな……」

 娘はまた目を前方に遣って、前へと進む。やり遂げた、という気持ちはある。終った、という安堵もある。しかしそれで救われた訳ではない。逆に、思い知った。仇と自分が似ていたことを。自分の手が真っ赤に汚れていることを。

 気が引けて、白い手を握る手の力を弱めた瞬間、

 「でも」

 その白く小さな手が、ぎゅっと強く握り返してきた。

 「今は、この手が僕を助けてくれています」

 振り向くと、はにかんだ笑顔。

 「ね?シンさん」

 どちらが助けているのか、お前は分かっていないのだろう。

 「……ありがとう」

 救われるということは、こういうことなのだろう。


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