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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第一章~ 暇人と異邦人、そして巻き添え 3

 シンがこの街に来て数日が経ったある日。二人は計画を実行することにした。もうちょっとじっくり計画を練ってもよいのだが、生憎二人とも宿に泊まり続ける金が無い。おまけにシンは我慢が苦手だった。いや、2年も我慢したものが目の前にあるのだ。行動に移したくて仕方がない。

 「さて……そろそろだな」

 「うん」

 夕闇に身を潜ませ、二人は宮殿の近くにいた。この時間、法王は教会から宮殿に帰る。計画では、もう少し暗くなってから忍び込み、片をつける。裏口からなら、比較的警備が手薄な上に法王の寝室(と思われる部屋)まで近い。

 「……もし、だが」

 「?」

 周りが更に暗くなってきた頃、シンが宮殿を見つめたまま口を開いた。

 「もし、我が失敗したら、お前は北の砂漠のインチェという町に行け。そこに、我の荷物を預けてある。我が一族の装飾品や織物だ。売ればある程度金になるはずだ」

 「……おいおい、弱気にならないで欲しいな」

 眉をひそめるジズの方を向きもせず、彼女は微かに口の端を吊り上げて笑う。

 「もしも、万が一、在り得んとは思うが念のため、だ」

 「はいはい。じゃ、一応覚えとくよ」

 「うむ。では行くか。……!?」

 一歩踏み出そうとしたシンは、慌ててその足を引き戻す。

 「ど、どうした?」

 「不味いな」

 顎で裏口の方を示すシンにつられて見てみると、そこには数人の人影が。

 「あちゃ……巡礼かな?」

 「だろうな」

 大陸のあちこちから、この首都の教会に巡礼にくる信者は多い。そして宮殿にも法王の意思により礼拝所が設けられている。大抵はきちんと昼間のうちに表から入るのだが、如何せん旅人たちだ。迷っているうちに礼拝時間が過ぎ、裏口に廻ってきたのだろう。

 「……」

 「……どうする?」

 暫く様子を見ていたところ、なんと巡礼者たちは裏口付近にテントを張り始めてしまった。もう、辺りはすっかり暗い。

 シンの口から溜め息が漏れる。

 「……仕方あるまい」

 「諦める?」

 「いや……表から行こう」

 「え?」

 「正面突破だ」

 

 リディウス・カルローテ・インティグラは、15の少年で、神学校で優秀な成績を修めている。

 この学校では、いわゆる「カタブツ」であればあるほど成績も良いという比例関係が成り立っているのだが、リディウスも例に漏れず相当のカタブツであった。

 「リディ、お疲れ」

 そんなリディウスが何時もの様に教会から寄宿舎に帰る途中、近くの宿屋の主人が声を掛けてきた。

 「お疲れ様です、ロンテさん」

 丁寧にお辞儀をするリディウスに、主人は近寄って話し掛けた。この主人とは、6歳でこの町に来て以来の顔見知りである。

 「毎晩遅くまで頑張ってるね。偉いねえ。ウチの息子とは大違いだ」

 「はあ……」

 「でも、気を付けなよ。最近物騒でね」

 リディウスはいつも門限ギリギリまで自習や教会の手伝いをしてから帰るので、帰る頃には辺りは真っ暗で人も少ない。今日もその例に漏れない。

 「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。神のご加護がありますから」

 小柄な少年は大きく胸を張った。無邪気に、疑問もなく神を信じているその心の表れだ。

 「はは、違いない。じゃあ、一応気を付けてって事で」

 「はい、失礼します。ロンテさんに神のご加護がありますように」

 そしてエルレス教独特の動作である、手刀を顔の前に持ってきての会釈をした後、リディウスはその場を離れた。

 (さて、と……今日もすっかり遅くなっちゃったなあ。でも門限にはまだちょっと余裕があるかな)

 寄宿舎まではそう遠くない。教会から出て宮殿の裏を通り、すぐの場所だ。彼ら神学生は法王のすぐ近くで暮らし、学べることを誇りにしている。

 リディウスが大きな宮殿の近くに差し掛かったとき、騒がしい音に気が付いた。

 (え……何か、あったのかな?)

 思わず足を止めて音の方に目を遣ると、妙な二人組みがどたばたと走ってくるのが見えた。

 「どうしてそう無謀かね!?君は!?」

 「五月蝿い!すまん!悪かった!!」

 「ああもう!漢らしいなあ!」

 白い、布地のたっぷりとした砂漠の民のような衣装をまとった人物と、黒髪の23,4の青年がすごい勢いでこっちに向かってきている。そのあまりの勢いにびっくりして動けずに固まっていると、黒髪の方と目が合った。

 ここでこの男が内心、思いっきりにやりと笑ったのをリディウスが知るはずも無い。

 「おお!神学の徒とお見受けします!!」

 黒髪はリディウスの前で急停止すると、横を走る白い衣装の襟首を掴んでそっちも急停止させた。白い衣装の人物が思い切り後ろに倒れそうになったのを支えつつ、男は空いている手を手刀にしてエルレス風に挨拶した。

 「いきなり申し訳ありませんが、お助けいただきたい!私どもは巡礼に参ったのですが、法王の警備団を騙る奴らに襲われ、逃げてきたんです!」

 「ええ!?そ、それは大変です!あ、えと、こっちへ!」

 「ありがたい!」

 土地柄、法王の関係者を名乗り巡礼者を騙す犯罪が多いのを、リディウスは知っていた。ここは神に仕えるものとして、絶対にこの巡礼者たちを守らねばならない。そう決意する少年の後ろで黒髪の男は……ジズは、にやりと笑った。横でシンは何ともいえない顔をしている。

 三人は細い路地の物陰に身を潜めた。地元の人間でもあまり目に入らない、小さな路地だ。程なくして、目の前の通りを警備団の格好をした数人の人影が走り去っていく。

 「助かりました、神学の方。どうお礼を申せば……」

 「いいえ、良いんですよ。これも神のお導きです。神のご加護があったんですね」

 「……」

 リディウスはまだドキドキしている胸を何とか落ち着かせて二人組みをよく見てみると、白い衣装の人物はこの辺りでは珍しい、褐色の肌を持っているのに気付いた。やや乱れたフードからのぞく銀の糸が月の光を反射して輝いていたが、信じられないことに、美しいそれは髪であった。フードで見えないため瞳の色はわからないが、リディウスはその彩りをもつ民族を知らない。黒髪の方は瞳も黒で、この組み合わせの民族は東の方にいくらか居ることは知っていた。無愛想なシンに内心ちょっとだけ気を悪くしながらも、「もしかして言葉が通じないのかもしれない」と善意の解釈をしてリディウスは手刀を作って会釈した。ジズはにこにこと同じ動作で返す。

 「では、お気を付けて。この路地を抜けると大通りに出ますから」

 「どうも、ありがとうございました……と!?」

 暫くして路地を出た三人は、目の前に丁度戻ってきていた警備団の一人とばったり出くわした。思わず固まるリディウスとジズを尻目に、シンは相手が大声を上げる前に殴って気絶させる。

 「わ~お、素早いこって」

 「わ、わわわ、何を!!」

 「馬鹿者!声がでかい!」

 感嘆の声はともかく驚愕の叫びが上がってしまい、結局シンの素早い行動は無駄になってしまった。こちらに向かって複数の足音が迫ってくる。

 「逃げるぞ」

 「はいはい。……あ、君もおいで」

 「え?え、ええ!?」

 暴力沙汰にちっとも慣れていないため、狼狽えてしまっているリディウスを小脇に抱えてジズはシンの後に付いて走り出した。意外と力持ちである。

 「は、放してください!!」

 「いや~そうしたいけど危ないから」

 後ろから怒号とともに飛んできた矢をひょいとかわして、ジズはにっこりとリディウスに微笑んだ。すぐ横を飛んでいった矢に固まっている少年は、口をぱくぱくさせることしか出来なかった。

 「なんだ、持ってきたのか」

 小さな路地に入り込んだとき、シンはリディウスを見て興味なさげに言った。「も、持ってきたって、私は物ですか!?」と抗議の声をまた大声であげそうな少年をなだめて、ジズは笑う。

 「だっていざという時に役に立ちそうじゃない?神学生の人質」

 「んなっ……!?」

 絶句。哀れな少年に視線をやって、シンは溜め息をつく。

 「まあそうだが……人質というのは、気が進まん」

 「大丈夫だって。仮にも神の御許で働く人たちだから、人命を優先するよ……なんてね。見栄を優先するよ。『神の使徒が神学生を見殺しにした』、なんてのは避けたいんじゃない?じゃなきゃ流石に俺も人質は取らない」

 「どうだか」

 「信用ないな~」

 リディウスは目の前で繰り広げられている会話の意味が良く分からない。今頃気付いたが、この黒髪の男、初めと随分感じが違う。

 「あの……貴方たちは、本当に巡礼の……?」

 「推察通り、違うんだなあ」

 「では……あの警備団の方々は……」

 「ん。本物」

 「……」

 「あ、なんで追われてるかは訊かない方がイイな~。卒倒しちゃうよ?」

 くっくっ、と楽しそうに笑う。完全にリディウスをおもちゃにして遊んでいる。

 「おい、笑っている場合ではない。見事に非の打ち所も無く失敗したからな。街からどうやって抜け出す?」

 おもちゃに同情している訳ではなく、単に興味がないシンは通りを伺いながら考える。

 (まさか失敗して命があるとは思わなかったからな……ちっとも考えていなかった)

 ちなみに、成功した場合はそれこそ完璧に非の打ち所も無く成功するつもりだったので、誰かに見つかるより早く楽に逃げ出す予定だった。冷静沈着そうな外見に似合わず、考えることもやることも極端で大雑把な娘御である。

 「さあてねえ……とりあえず門まで行って、このコ放して……ってああ、このコに聞かれちゃ不味い?」

 そのまま逃走経路をベラベラと喋りそうなこの男は、どちらかといえば暗殺後のことを考えていたので、街の入り口である門まで隠れながら行ける経路を頭に叩き込んでいた。そこから北の砂漠に逃げ込むのも良い。あの辺りは環境が厳しく、大掛かりな追っ手はかかるまい。丁度、シンが荷物を預けている町もあるということだし、都合が良いだろう。意外と考えている男である。

 「君の荷物を取りに行かない?」

 「そうだな……では、行くか」

 「そうしよう」

 腕の中でじたばたともがく荷物を抱えなおすジズを見て、シンは何故か溜め息をついた。

 「……お前とは長い付き合いになりそうだな」

 「嬉しいねえ」

 「……微妙だ」

 そして駆け出す。足音も無く疾走するシンは、本当にしなやかで美しい獣のようで、ジズは見ていてなんとなく嬉しくなった。綺麗なものは大好きなのだ。呑気な御仁である。


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