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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第三章~ 「神のご加護があらんことを 」(後編) 8

 「今日も主の与えたもうた恵みに感謝し……」

 蝋燭の灯りの下、神官の粛々とした祈りが続く。「安らぎの家」の食堂。子供たちも、神官見習いも、リディウスもエルレスの礼をしたままじっと目を閉じて食前の祈りを捧げている。ジズもにこにこと笑いながら形だけ真似をしていたが、シンは真似すらする気は無い。ただ先に手を付けるのが無礼に思われたため、憮然として待っている。連れの男が腕によりをかけたという料理だ。無駄に器用な男は、見た目も味付けも様々な料理を用意していた。

 (……まだ終わらぬのか)

 男の料理の腕前は知っている。かつ、このところ魚の干物ばかり食べていた。すぐにでも喰いつきたいのだが、この娘は妙に律儀である。

 「……ありがたく、頂きます」

 「いただきます」

 神官の言葉が終わると同時に、子供たちの声が響いた。ようやく食事の開始らしい。賑やかなざわめきが訪れる。シンも相変わらずの見た目に似合わぬ豪快な喰いっぷりを発揮し始めた。ジズは飽きもせずその様子を見つめながら、心の中で料理の腕を自画自賛。シンの隣に陣取ったフュレイラは、麗人の意外な一面を発見して小さく喜びながら、自分を食べようとした野犬を食べ始めた。生きていることに感謝しながら。

 「そういえばカルヤは?」

 「忘れ物したんだって~」

 「あはは。あわてんぼだもんね」

 楽しそうなお喋りもあちこちから聴こえる。平和なひとときだ。

 「そうだ、リディ」

 穏やかな時間が流れる中、男は、隣の少年に何時も通りの笑顔を向けた。

 「なんですか?」

 こちらに微笑み返す少年の瞳に翳りがあることを確認しながら、ジズは何気ない風に続ける。

 「ね、ここって、素敵なトコだね」

 「はい!」

 笑顔だ。曇りはない。そのことに少しの安心と幾らかの罪悪感を覚えながら、

 「だから、さ。リディは暫くご厄介になるのもアリだよ?十八歳になるまで」

 「え……」

 少年の笑顔は消えた。じっと考え込む。

 「それは……僕は、足手まといなのは、自覚していますが……」

 「それは違うよ!足手まといだとかどうだとか、そんなのは思ってない。でも、ね?ここんとこ、リディ、元気ないから。同い年くらいのコたちと一緒の方が、楽しいんじゃないかなあ、って。……まあ、留まるのと一緒に行くの、どっちが安全かは、分からないケドさ」

 リディウスは顔を上げない。

 「……考えさせてください」

 「……うん。でもどっちにしても、本当に、約束はきちんと守るから。それだけは信じてね」

 「はい……」

 ジズは少年の薄い肩を叩いて、明るく笑った。

 「さ!食べてよ。俺ってばかなり頑張っちゃったんだから!」

 ぎこちなく笑みを返して、少年は食事を再開した。確かに、料理した本人が「頑張った」と言うだけあって、旨い。ジズは久々に調理場を使えるとあって、妥協は(あまり)せずに仕上げたのだった。丁寧にアクと血を抜き、更に香草で臭みを消した犬肉と野菜のスープはかなりご自慢の一品だ。シンの喰いつきも良い。シンプルに焼いただけに見えるステーキも、下ごしらえの段階で臭みと硬さをとる工夫をしてある。シンの喰いつきもすこぶる良い。

 だが、リディウスだけは純粋に食事を楽しめない。彼の思考は、都合よく切り替わることができない。

 自分は、足手まといだ。そうとしか思えない。どうやったって貢献の度合いは迷惑の度合いに劣る。それに、ここに留まるのも素敵なことに思われた。貧しいながらも穏やかで、酷い争いもない。嬉しいことに、自分の労力と知識が誰かの役に立てる。粗末だがベッドもあり、そして、礼拝堂もあるし、神官も居る。自分の信仰の悩みにじっくり向き合って答えを探すために、相応しい環境かもしれない。

 しかし。

 リディウスは機械的に咀嚼しながら考える。

 しかし、この「家」の人々を諍いに巻き込んでしまうかもしれない。危険に晒してしまうかもしれない。それに、勿論「自分の両親のもとへ帰る」という夢を諦めてはいない。確かに、ここで待っていても、(成果は期待出来ないが)シンとジズは本当に自分との約束を守ろうとしてくれるだろう。だが、ただ待つだけというのは、少し卑怯に思われた。如何に生活環境や身体能力が違うといえど、一つ二つしか歳の変わらない少女が、命を賭けている。彼女自身の目的と、自分との約束のために。

 彼は溜め息をついた。

 どちらが皆のためになるのだろう。どちらが僕の望みだろう。

 

 シスイは目を細めた。

 目の前には、建物。情報どおり、山の中にポツンとそれは在った。夕餉の時間だろうか、暖かな蝋燭の灯りと共に、談笑する声も漏れてきている。

 最後の晩餐を、楽しむがいい。

 シスイは木陰に身を潜めたまま、腕を組んで目を閉じた。

 今宵も、よい月だ。

 夜とはいえ、まだ遅くは無い時間。漆黒の空にこそ発揮される本来の美しさを秘めたまま、薄闇に白く浮かぶ月。

 月華に散る紅は、この上もなく美しいだろう。

 シスイの口元が微かに綻んだ。

 そのままじっと待つ。漆黒が訪れるまで。月が映える、その時まで。

 次に彼が目を開いたとき。そこには、あとは彼とその獲物が上がるだけの舞台が整っていた。


 食後も、子供たちは誰も自分の寝る場所へ行こうとはしなかった。滅多にないお客さんが三人も来ているのだ。さっさと眠れるはずがない。

 三人の中でも特に、ジズは子供たち(と、イティ)に纏わりつかれていた。背中に抱きついたままの幼児も居るし、膝の上は取り合いになっている。ジズは笑いながら、木とナイフで訳の分からない玩具を作ったり、せがまれるまま旅の話をしてやったりしている。子供と過ごすのが好きなのだ。

 まるで老人のようだな、とシンは思う。

 彼女は彼女で、フュレイラを筆頭とする自分より少し若い少女たちに囲まれていた。話が上手な娘ではないが、旅の途中で見たことや聞いたことをそのまま伝える程度ならできる。少女たちはうっとりとそのかおに見惚れその声に聴き入っていたので、実は内容などどうでもよかったのだが。

 リディウスもアディスと食後のお茶を楽しんでおり、食堂には穏やかな時間が流れていた。だが、誰かが「カルヤはまだ?」と呟いたその時―――

 ばんっっっ!!

 大きな音と共に、食堂の扉が開け放たれた。

 視線が一斉にそこへ集まる。

 「……うっわあ~……」

 ジズは纏わりつく子供をゆっくりと体から離し、立ち上がった。

 「……まさか、あんたが追手とはねえ……」

 知っている顔だった。それに、できれば見たくない顔だった。


 シスイは男を追った。男だけを追った。

 建物の中には男以外にも子供を中心に幾らか人間が居たが、無視した。派手に開け放したドアもそのままに、男を追う。標的は彼を見てからすぐに逃げ出した。彼が誰であるか知っているのだ。当然の反応だろう。

 逃げるがいい。

 その方が、楽しめるというもの。シスイは薄い笑みを浮かべたまま、悠然ともいえる態度で追う。

 礼拝堂らしき場所に追い詰めた。天窓から、清廉な月の光が彼と対峙する標的を照らす。

 「逢いたかったぞ……」

 呟きながら、彼はすらりと刀を抜いた。月光を纏い、輝く白い刀身。

 さあ、幕を下ろそう。

 

 「逃げるぞ!」

 ジズは来訪者が動く前に、呆然とするこの「家」の住人に目をくれず反対側の扉へと駆け出した。シンとリディウスも倣う。ここで騒動を起こす訳にはいかない。年端も行かぬ子供たちを、危険に巻き込む訳にはいかない。

 「あ~あ、どうしよう」

 走りながらジズはうめいた。まさかこんなトコで逢っちゃうなんてなあ。

 「この廊下は礼拝堂へ繋がっているな」

 全身から殺気を発しながら、なんとか激情を押さえ込んだ声でシンが言う。リディウスを庇うために殿を務めているが、もし彼が居なかったのなら、ジズを放って追手の抹殺に向かいそうな勢いだ。

 やれやれ、物騒だなあ。

 男は溜め息をつきながら、礼拝堂の扉を開いた。天窓からは月の光。それを頼りに堂内に目を走らせると、奥の方に小さなドアがあった。構造からいって外に繋がっているはずだ。

 「よし!あそこから」

 出よう、と言いかけたときに、後ろで扉が開け放たれたのが分かった。

 仕方無いな、ここで対峙するか。

 シンとリディウスに視線で脱出口を示して、彼は来訪者に向き合った。腰の鞭に手をかける。

 「逢いたかったぞ……」

 そう言う相手の口元に浮かんだ、薄い笑みに眉をひそめながら。


 地に倒れた男は、白刃の煌き、というものを見ることはなかっただろう。シスイの振るう刃は、速さゆえに残像すら目に留めることが難しい。

 「……つまらんな」

 無造作に刀を振って血糊を落とし、滑らかに鞘に戻す。笑みは消えていた。予想以上に呆気ない幕切れだった。

 久々に、腕の立つ相手だと聞いていたのに。

 シスイは溜め息をつく。見る者が在れば、物憂げなその表情に抑えがたい衝動を覚えるかもしれない。

 前菜にしても味気ない。さて、主菜を追うか。

 彼が請け負っている仕事は一つではなかった。彼をこのところ笑わせて仕方ない標的は、今も何処かで笑っているに違いない。あの顔で。あの余裕で。あの声で。

 血の海に沈む、黒髪黒目の―――褐色の肌を持つ男にはもう目も遣らず、彼は歩き出した。

 お前は楽しませてくれるだろう?なあ、ジズ。

 

 「俺は逢いたくなかったね」

 シスイの予想に反し、その時ジズは笑って居なかった。思いっきり嫌そうな顔をしている。

 「まあそう言うな。私は夢に見るほどお前らに逢いたかったのだよ」

 応える相手は口の端を吊り上げてはいるが、その目は笑っていない。憎悪に燃えている。

 「え~、気持ち悪いなあ。夢の中で好き勝手してるんでしょ?」

 ジズは軽口を叩いて隙を窺いながら、シンの様子を気にかけている。何かきっかけがあれば、後先考えずに飛び掛っていきそうだ。

 「それが現実になるのだ。今度は逃がさんぞ、逆賊どもめ……!!」

 ジズは軽く溜め息をついた。

 (今度も、逃げるつもりだよ。ごめんね団長さん)

 今対峙する相手は、首都で彼らを追った警備団団長。シンにとっては、一族の直接的な仇でもある。

 「まさかあんたがこんなトコまで来るとはね。地方に出張?……あ、そっかあ。俺たちを逃がしちゃったんだもんね。こんなトコまで捜索に駆り出されてる訳だ?団長さん……ああ、もしかしてもう団長じゃない?」

 相手の顔色が面白いように変わる。図星だったのだろう。

 「これは試練なのだ!貴様ら悪魔を葬れば、私もまた法王の御側に戻れるのだ!」

 「ふぅ~ん、へえ~」

 興味もないので受け流す。今、彼にとって一番の心配はシンだ。この団長……元・団長の他に、何人追手が居るのか分からない状況で暴れられては困る。本当に困る。

 「余裕を見せていられるのも今のうちだ。貴様らに逃げ場はない。そこの扉の向こうにも、部下を配置している」

 元・団長はジズが脱出口に選んだ扉に顎を向けながら不敵に笑った。彼の後ろ、礼拝堂の入り口付近には、二、三人が待機しているのも見える。……二、三人しか、見えない。

 (おや)

 出口を固められていると言われたものの、ジズは内心楽しく笑っていた。

 (人数少ないな。肩書きがなくなったら人を使えないんだねえ)

 オマケに、できれば手柄を独り占めにしたいのだろう。だから、少人数で来ている。せいぜい十人かそこらだろう。普通の相手ならそれくらいで良いのかもしれないが、彼とシンにとっては軽すぎる数だ。

 さて、どうするか。

 ジズがその頭脳を脱出方法のために回転させていると、

 「逢いたかったのは、貴様だけではない」

 シンが、口を開いた。感情の感じられない、低い声。

 「我も、逢いたかったぞ……殺したいほどに」

 あ、と思う間もなかった。

 冷静に狙い済まして投げられたナイフは、元・団長の眉間に綺麗に吸い込まれていた。


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