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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第三章~ 「神のご加護があらんことを 」(後編) 6

 「フュレイラを助けて頂いて、本当に、どうもありがとうございました」

 白の神官装束を纏った女が、エルレスの礼をしながらまた深々と頭を下げる。横でフュレイラも倣う。

 「家」の前で立ち尽くした彼らに気付いた少年が、大声を上げて来客を皆に報せたのがつい数分前。あっと言う間に子供たちに取り囲まれ、更に身動きが出来なくなった彼らを救ったのは、「お客様をお通しなさい」というこの女の静かな一言だった。

 客間に通された彼らとフュレイラが、手短に事の次第を語って今に至る。

 「いえいえ、当然のことをしたまでです。お顔を上げて下さい。貴女のその美しい笑顔が何よりの……」

 「通りかかったついでだ。気にするな」

 神官を口説きそうな勢いの男を遮る……というよりは気にもせず、シンはぶっきらぼうに言う。神官と少女はまた軽く礼をした。

 幸いなことに、この「家」の住人たちは法王暗殺未遂犯が逃亡中であることも、その犯人たちの特徴も知らないようだ。

 「お礼をしたいのですが……」

 「気にするな、と言っている」

 「シン、そういう言い方は誤解を招くでしょ?……ああ、アディスさん、お気遣いなく。貴女のその素敵な笑顔が何よりの……」

 「そうだな。すまない。では食料を分けてもらえるだろうか。野菜を」

 再び男の言葉を遮って、シンはマイペースに言葉を続ける。相手の気が収まるなら、何か貰っておいた方がよかろう。彼女としては野菜が欲しかった。自分もそうだが、リディウスは育ち盛りだ。

 アディス・マイアスと名乗った神官は、嬉しそうに微笑んだ。

 「ええ、喜んで。ですが、その程度でよろしいのですか?もっと……」

 「じゃあ、泊まっていってもらおうよ、先生!」

 ジズに応急処置として包帯を巻いてもらった足をぶらぶらとさせながら、フュレイラが楽しそうに提案する。その提案に、

 「いえ、あの、僕達、急いでいますので……」

 ぎくり、としたのはリディウスで、

 「いやあ、是非」

 にやり、としたのはジズ、

 「迷惑がかかるのではないか?」

 そしてぴくりとも動じないのがシン。

 少しでもエルレス教関係から離れておかないと、いつ街の教会から伝令が来るとも知れない、と少年は考えるのだが、娘は「来たら来たとき、来るなら来い」、男は「そんなことより目の前の美しい神官とお近づきに」という考えしかない。

 「良い考えですね、フューリー。皆様、是非そうして下さい。豪勢とはいきませんが、精一杯、おもてなし致します」

 三者三様の胸のうちなど知る由も無く、神官はまた嬉しそうに微笑んだ。


 「ねーねー。いぬっておいしいの?」

 「おにいちゃん、あそぼうよ~」

 「ボクね、毛皮のマントがほしいの!頭、ついたままの!」

 子供たちが、庭先で野犬の処理をしているシンとジズに纏わりつく。幼さ故か、シンを怖がる素振りもない。

 「犬もね、調理によっては美味しいよ。今夜はお兄ちゃんが何か作ってあげるね。ああ、これが終わったら遊ぼうか。何して遊ぶ?おもちゃでも作ってあげようか。あ、マントも作ってあげるよ。この犬、ほら、君と同じくらいの大きさだ」

 笑顔で応えてやるのは勿論ジズの仕事だ。シンは、珍しい色の髪を触られたり、背中に乗られたりなどされるがまま、黙々と野犬に刺さっていたナイフを丁寧に拭いて仕舞い、手馴れた様子で毛皮を剥ぎ、腸を除け、肉を捌いている。昔も家畜を襲う野犬や狼をこうやって始末したものだ。

 「シンさん!」

 そこへ足を引きずりながら、フュレイラがやってきた。同じくらい、そしてもうちょっと上の年頃の少女たちも一緒だ。彼らを見て小さく歓声を上げている。滅多に人が来ないこの「家」に、見目も麗しい客たちが来たのだ。皆はしゃいでいる。

 「……まだ歩かない方がよい。引きずって歩くのが癖になると、厄介だぞ」

 「大丈夫です!」

 「根拠が無いな」

 「う……」

 容赦の無い物言いは彼女の特徴で、本人に悪気はなく、むしろ心配しての言葉なのだが、慣れていないフュレイラにとっては厳しく感じられる。言葉に詰まって俯く少女に、シンはかけるべき言葉を知らない。

 「ああ、ほら、シン。また誤解を招くような言い方を……」

 「誤解?真実だが」

 「あのねえ、ものには言い方ってのが……まあいいや。ああ、でもフューリー、ホント、まだ歩かない方がイイよ?あとでお見舞いに行くから、休んでおいで」

 「はい……」

 それでも、怒られた気分になっている少女は俯いたままだ。ジズは苦笑した後、

 「勿論、シンも一緒に連れてくから」

 と付け足した。

 「は、はい!」

 顔を真っ赤にして、少女は他の少女たちに肩を借りて「家」の中へ戻っていった。ジズはまた苦笑して、横の麗人に声をかける。

 「お年頃だねえ……君なんかよりずっと」

 「?」

 背中に子供たちをぶら下げたまま、ジズは独りで頷くのだった。


 「素敵な礼拝堂ですね」

 久々に祭壇の前で祈りを捧げた後、リディウスはついてきてくれたアディスに笑顔で振り返った。彼が笑顔を見せるのも久しぶりのことなのだが、彼女は知らない。

 「ありがとうございます、リディウスさん」

 年上の女性から丁寧に呼ばれて、なんとなく照れる。彼らは連れ立ってゆっくりと歩き出した。礼拝堂を出て、子供たちの横を通り抜け、「家」に戻る。彼は図書室として使われている小さな部屋で、お茶を頂くことになった。のんびりと会話を楽しむ。

 「お祈り、とても正式なものでしたね。神学を学ばれているのですか?」

 「はい、神学生です。あ、今は、その……旅の途中で、勉学に励めては居ませんが」

 彼女はまた静かに微笑んだ。その落ち着きに、リディウスの心は安らぐ。彼女は三十二歳というが、その落ち着きはもっと歳を経た者でも醸し出せないだろう。

 この孤児院には、零歳から十七歳までの子供たちが、二十三人。大人は彼女と、もう一人、二十一歳の神官見習の女性だけだ。その女性も、ここの出身だと言う。

 「イティ、という子です。イティは、私がここに来た頃……もう、十年前ですが、丁度その頃にここに来たんですよ。私もあの子も、なかなかこの『家』に馴染めなくて……一緒に頑張った、友達なのです」

 「まあ!嬉しいこと言ってくれますね、先生!」

 張りのある快活な声と共に、エプロン姿の若い女が部屋に入って来た。満面の笑顔だ。

 「あら、噂をすれば」

 アディスもにこやかに微笑む。

 「ご紹介しますわ。彼女がイティ。この『家』の一員です」

 「初めまして、イティさん。リディウス・カルローテ・インティグラといいます」

 「初めまして!ようこそいらっしゃい。今日からヨロシクね。お姉ちゃんって呼んでいいわよ」

 イティは、がっし、と彼の手を掴んで大きく振った。

 「イティ、こちらはお客様です。『家族』になる人ではありませんよ」

 「あら!まあ、失礼!」

 大げさに驚いて、イティは照れ笑いをする。元気な娘だ。

 「他にお二人、お客様がいらっしゃいます。今夜はお泊りになりますので、シーツの準備、お願いできるかしら?」

 「ええ!任せて下さい」

 「ありがとう。手が空いたら、ご挨拶に行ってらっしゃいね」

 「はい!じゃあ早速行ってきますっ」

 どたばたと走り去っていく彼女をにこやかに見送り、アディスはまたリディウスに向き直った。

 「ごめんなさいね。元気な子で……びっくりしたでしょう?」

 謝りながらもその笑顔は、どことなく楽しそうだ。

 「いいえ、お元気なのは良いことです。明るくて、優しそうな方ですね」

 アディスは微笑みながら軽く頭を下げた。「子供」の一人を誉められて、嬉しいのだ。

 暫くこの「家」やここに住む「家族」について彼女から聞いた後、話はリディウスたちのことに移った。

 「貴方がたは、ご兄弟……でもなさそうですね。お友達ですか?」

 「え、ええ、まあ、そうです」

 「お友達と、ご旅行?」

 「はい、ええと、一応」

 「でもこんな山奥まで、大変でしょう?」

 「僕は、いつもシンさんとジズさんに助けられてばかりで」

 急に歯切れが悪くなった彼を慮ってか、彼女は詳しく訊くことはしなかった。そしてふと会話が途切れたとき―――

 「アディスさん。神を信じるということは、如何なることでしょうか」

 リディウスが、切り出した。机の上を見つめたまま。

 「それは……」

 「神学で学べる定義、ではなくて……その……僕は……僕は、神を信じています。敬愛しています。ですが……ですが、エルレス教は、本当に……いえ……すみません……」

 押し黙った少年を、神官は優しく見守る。迷える者を、慈悲の瞳で。

 「悩んで、らっしゃるのですね」

 「……」

 「貴方は、とても純粋な信仰心を持っておられるのでしょう。そしてそれ故に、苦しんでらっしゃる。貴方は、神を信じていますね。ですが、今の貴方は、信じることが当然、というのではなく、義務のように感じている段階なのではないのですか?」

 「そんな……ことは……」

 ぐさり、と何かが胸に刺さる。少年は俯いたまま顔を上げられない。

 「ただひたすらに信じることはできない何かが、あるのですね」

 「僕は……」

 暫く沈黙が続いた。

 「……そうですね。少し、歩きましょう」

 冷めた茶の入った質素なティーカップを机に置いたまま、神官は少年を連れて再び外に出た。建物の裏手にあるやや広い庭では、子供たちが遊んでいる。

 「ほら、見て下さい。皆楽しそうでしょう?」

 「はい」

 子供たちは、無邪気に笑っている。歳の上の子供たちが、自分より下の子供たちの面倒をみている様子も見受けられる。

 「この子たちの心の支えは何だと思いますか?」

 神官は穏やかにリディウスに語りかけた。

 「犯罪や、事故、天災……あるいは親に捨てられても、彼らが笑っていられるのは……『家族』と、信仰があるからです」

 子供たちの中には、体の一部を失っているものも、少なからず居た。

 「貴方の問に、お答えできるかわかりませんが……私は、信じるということで皆が楽になるのならば……救われるのならば、それでよいのかもしれないと、思うのです」

 神官はゆっくりと、噛み締めるように言葉を紡いだ。

 「信じる対象が、何であっても……実在しても、しなくても」

 それは、神の存在がどうであっても構わない、という意味にも取れる。

 「そんな!貴女も、神に仕える身でしょう!?」

 何かを失いそうな気がして、リディウスは叫んだ。相手は哀しげに微笑む。

 「見て下さい。あの子たち……何故、敬虔な信者だったロペスのご両親は強盗に殺され、あの子は右腕を失ったのでしょう?それは、『日頃の行い』の所為と云えますか?」

 「それは……」

 「楽観的にみれば、あの子まで死ぬかもしれなかったのを、神が助けてくれた、ということもできるでしょう。ですが、何の苦しみも無く、人々の幸せを奪う者も、居るのです」

 「……」

 「フリーティア……あの子はここに来た頃、口もきけませんでした」

 視線の先には、明るく笑う少女が居る。小さい女の子に花の王冠を被せてやっていた。

 「目の前でご両親が殺されて、あの子も……」

 神官は言葉を切り、目を伏せる。それだけで、少年は少女の身に起こったことを推測できた。神官はまた目を開いて言葉を紡ぐ。

 「あの子は、口をきけるようになった瞬間、神を罵っていましたわ」

 ここにシンが居れば、どういう反応を示すだろう。少年は落ち着かない心の隅で、連れのことを思った。

 「ですが、今は……私と皆に逢えて、よかった、と。笑うのです。ここで暮らせることを、神に感謝する、と……ここで、神官になりたいんですって」

 静かな微笑。リディウスはそれを正面から受け止めることはできなかった。

 「僕、は……」

 俯く彼に、神官は静かに語りかける。

 「宜しいのですよ。これは、私の考えです。貴方は、貴方の信じる道を、しっかりとお歩きなさい。神学の徒は、一度は、悩まねばならないと思うのです」

 ゆっくりと顔を上げる少年に、アディスは穏やかな笑顔を向ける。

 「私は、もしかしたら『神』とは、私たちを幸せに向かわせる大きな意思のようなもの、かもしれないと思います。それは、私なりの、私だけの『神』かも知れませんが……」

 彼女はエルレスの礼をした。

 「貴方に、『神』のご加護があらんことを」

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