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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第二章~ 渇き 16

 インチェに着いて三日。シンたち三人は買いたいものは一通り揃え、砂族関係の仕事を数件こなして収入も得、これといってトラブルも起こさずに過ごした。もっとも、インチェでは五人組の男たちが正体不明の一派に半死半生にされ、町から永久追放された、という事件があったのだが。

 そして四日目。砂族がインチェを旅立つ朝。それは同時に、彼らと行き先を異にするシンたちとの別れの朝。それを迎えた船内は、どことなく沈んだ空気を漂わせている。

 「……行くのか」

 隠し切れない翳りを滲ませ、ギルバは別れの朝食の後、友に向き合った。

 「ああ」

 無表情なのは相変わらずだが、シンも寂しくない訳ではない。ジズとリディウスは旅の連れと保護対象だが、それとは違い、ギルバは一族以外で初めての友だ。

 「すまないが、預かって欲しいものがある」

 だからこそ、託せる。

 シンは預かり所から受け取った荷物を、ギルバに手渡した。

 「これは?」

 「我の……未練。邪魔なら、売ってくれ。お前たちの役に立つならば、本望だ」

 どう考えても、不合理ではある。しかし、そうでなければならない。そうでなければ、彼女の気は済まない。

 彼女の横で、ジズは目を伏せて頷いた。

 「シン……」

 若き族長は、美しい友の心を察した。これは、大切なものなのだろう。それを、自分に預けるという。友として、信頼されている。それは、とても誇らしくて、泣きたいほどに嬉しいこと。

 「分かった。大切に、間違いなく、預からせてもらう。……だが」

 彼は、陰で可愛いと噂されている笑顔を惜しげもなく晒す。

 「俺たちからも、渡したいものがある」

 周りに居た砂族たちが、急いで席を立って何かを運んできた。

 「是非、受け取ってくれ。きっと役に立つはずだ」

 彼らが用意したのは、丈夫で軽いテント。携帯食料と水。そして、族長お気に入りの、果実酒。

 ジズは素直に、リディウスは恐縮しつつそれぞれ喜んだが、

 「すまない……いや、感謝する……」

 友からの餞を前に、シンは難しい顔をする。ギルバは不安を感じたが、

 「やはり、すまない。巧く、表せないのだ。どう感謝すればよいのだろう」

 真剣に悩む友の言葉を聞いて、破顔した。

 「はははっ。無理するな、俺たち相手に」

 周りの砂族たちも笑っている。

 「そうそう、他にもやりたいものがあるんだ。こっちに来てくれ」

 ギルバの後について、皆で移動した先は船倉。宝物庫として使われている。余所者は決して近づくことは許されないはずなのだが、文句を言うものは居ない。一緒に来ていた老人たちもにこやかに見守っている。

 ギルバは鍵をあけ、重そうな扉を開いた。眩いばかりの金銀、美術品、武器。あらゆるものが無造作に積み重なっている。

 「さあ。どれでも好きなモノを持っていってくれ」

 見るものが見れば、泡を吹いて倒れそうなほどの価値のある品々が転がっている。リディウスは学校の教本でしか見たことのない有名な絵画を見つけることもできた。そのようなものをどれでも持っていってよいとは。

 「……気前が良すぎない?族長さん」

 「いや、友として当然だ」

 「族長、シンくんに首っ丈だもんね」

 ラシャの茶々に苦笑するが、否定はしない。彼にとってシンは、歳は離れているが親友と呼びたい「男」だ。

 「モノでしか伝えられないのは口惜しいが、俺たちのせめてもの気持ちだ」

 遠慮するな、と周りの者たちにもせっつかれて、三人は宝物庫の中に足を踏み入れた。広いそこは、天井まで届かんばかりに財宝が溢れている。リディウスはすっかり恐縮してしまっていたが、ジズは楽しそうだ。

 「あ、これ綺麗~。これもカッコイイなあ」

 貴重品を貴重品とも思わないような扱い方で手に取って廻り、奥まで勝手に進んでいる。

 リディウスは恐々と近くのものを眺めていたが、ある一点に目を留めた瞬間、そちらに転がるように近づいていった。

 「これは……!!」

 彼が震えながら手にしたものは、古い書物。エルレス教の古い、古い聖典。現存するものは世界に数点のみと言われている幻の書物。それが今、彼の手の中に現実に存在している。

 感動や驚嘆や恐縮、その他複雑な想いでその場に立ちすくんでしまった少年の横で、シンは武器類を吟味していた。扱いやすそうな短剣を手に取ると、軽く振ってみる。

 「……よし」

 不敵な笑みが口の端に上った。気に入ったようだ。

 「あ~!見てみて!これ!」

 すっかり部屋の奥まで侵入済みの男から騒々しい声が上がる。何事か、とシンはそちらに足を運ぶ。今までの経験から考えれば、どうせくだらないことだと判断するのが普通だろうが、律儀である。

 「これ、見てよ」

 男が嬉しそうに掲げて見せたのは、黒い鞘に収まった、シンが見たこともない刀剣。話には聞いたことがある。

 「それは……カタナ、か?」

 「違うよ。『タマシイ』っていうんだ」

 にこにこと適当なことを言う。

 「なあに?どうしたの?」

 ラシャがやってきた。ひょい、とシンの肩越しにジズの持っているものをみて、複雑な顔をする。

 「刀ね」

 シンが不思議そうな顔をしているのに気付いて、ラシャは微笑みながら解説を加える。

 「ウチの一族独自の武器よ。昔は命より大事だとか『武士』の魂だとか言われていたの」

 頷くシンから刀を弄ぶジズに視線を移し、彼女はおどけた口調で彼に話し掛けた。

 「でも珍しい。あんた、刀嫌いじゃなかった?」

 「刀は嫌いじゃないよ。綺麗だろ。持ってるヤツが苦手なだけだ」

 共通の知人のことだろう。ラシャは苦笑したが、気にせずジズは慣れた動作で刀を左腰に構えた。軽く足を引き、右手で柄を握る。シンや砂族たちには見慣れない構えだ。

 「持ってる人も綺麗じゃないの」

 「性格が綺麗じゃない」

 喋りながら、少し腰を落とす。その瞬間、辺りの空気は張り詰めた。緊迫した、しかし殺意でも害意でもない、もっと澄み切った何か。剣気、と表現するものも居る。この男からはどうやったって醸し出されないと思われるのに、間違いなく、それはジズから発されている。

 「っ!」

 彼が短く息を吐き出すと同時に、一瞬、白刃の煌き。次の瞬間には、既に刃は鞘に収まっていた。

 誰も、動けなかった。

 もし戦う相手として彼と対峙していたならば、何が起こったか把握できないまま死んでいるだろう。

 「これは……見事だな……」

 しばしの沈黙の後、ギルバの口から感嘆の溜め息と共に賛辞が零れた。それでようやく、周りの者たちも動きを取り戻す。

 「ふふ、ありがと~。久々だったけど、やっぱカッコイイな、刀」

 先程の空気を欠片も残さず、にこやかにジズは刀をその辺に置いた。

 「それは持っていかないのか!?」

 「うん。俺は鞭の方が好きなんだ」

 けらけらと笑うと、また品物の物色を始める。

 「おい」

 その肩をぐっと掴む者。シンである。

 「なあに?あ、これ素敵じゃない?」

 「綺麗だな。いや、その前に、今の剣技だが」

 一々律儀に返事をしつつ、シンは男の手を取った。ぎゅっと握り締める。

 「うわ!?何!?どうしたの!?」

 純粋に驚いているのは、ジズだけではない。その場に居るもの皆がどよめいた。

 「あれは、何と言うのだ?」

 だが当の本人はまだ男の手を離さない。自分の手と合わせてみたりしながらまじまじと見つめている。

 「あ、あれは居合、っていうんだ……けど……ねえ、手……」

 「やはり我より大きいな……握力も強かろう?あれほど長く重そうなものを瞬間的に抜刀できるのだから……」

 我も握力と腕力を鍛えるべきか、と一人納得して、彼女はようやく手を離した。はた、とジズは我に返る。

 「あ、離しちゃうの?これからずっと手を繋いでてあげるよ?」

 いつもの軽口も出てくる。周りもやっと安心したようだ。

 「そんな歳ではない」

 「そういう歳なのに」

 手を繋ぐことが保護か愛情表現かで二人の考えは食い違うようだ。

 結局、シンは業物の短剣を、リディウスは古い聖典を、ジズは訳の分からない機能が備わった十得ナイフ……のようなもの、を貰っていくことにした。

 

 船の外には、砂族の大半が見送りに降りてくれた。皆未練がましい目をしている。シンは男たち、ジズは若い女たち(心は乙女の彼「女」を含む)と子供たち、リディウスはセシアスと中年の女たちに囲まれた。

 セシアスはなんと、顔面を覆う髭を綺麗に剃っていた。意外と若い素顔が、半泣きで歪んでいる。リディウスもつられて泣けてきた。

 「坊主、いや、リディウス。これ、持っていってくれ」

 涙声で男が渡したものは、彼の息子が使っていたと思われる服。

 「こ、こんな大事なものを……」

 「だからこそ、頼む」

 少年と男は、お互いに泣きそうになりながら頷いた。

 ジズは女たちと子供たちにべたべたと触られながら、にこやかな別れを楽しんでいた。彼曰く「十年後が楽しみ」な少女たちに再会をねだられ、女たちに結局部屋に遊びに行かなかったことを冗談交じりになじられ、彼の話した旅の話に感化された少年たちに寂しげな目で見られ、満更でない。

 シンは、やはり泣きそうな男たちに何を言ってよいのか分からなかった。

 「シン、またな!」

 「また遊びに来いよ!」

 「頑張れよ!」

 肩を叩かれたり握手を求められたり、青年から老人まで、皆が皆彼女との別れを惜しむ。ここまで強烈に別れを惜しまれるのは初めてのことであった。

 「シン」

 最後辺りにやっと順番が廻ってきた族長が、手を差し出した。彼女もその手を力強く握り返す。

 「……辛かったら、砂族に迎えるぞ。いつでも俺たちは歓迎する」

 「すまないな。だが、途中で投げ出すことはしない」

 彼は苦笑した。

 「そうだよな。失礼した」

 手を離すと、彼はその金の瞳でじっと蒼い瞳を見つめた。

 「死ぬな」

 「無論だ」

 「やり通せるよう、祈っている」

 「ああ」

 無言で、互いにそれぞれの前途を祝福する二人。そこにラシャがやってきた。

 「シンくん、ちょっと……」

 彼女は笑っている。だが、何故だろう。どこか泣き出しそうな目をしている。

 「あのね、ジズを、よろしくね」

 「……ああ」

 やはり身内だな、と思うシンだが、その辛そうな瞳が気に掛かる。

 「ねえ、シンくん。……あいつを見捨てるときは、早めにお願いね?」

 「?」

 「あいつ、ああ見えて情が深いから」

 首を傾げて困ったように笑う。それでも、哀しげな表情は隠せない。

 「……ついてくるのも別れるのも、あやつの勝手だ」

 「……うん。そうね」

 捨てはしないのだろう、とラシャは思う。だが、だからこそ、心配なのだ。でも、どうしようもないのだろう。

 「さて、そろそろおいとましようか」

 ジズの声で、とうとう別れはやってきた。

 三人を前にして、突然ギルバを筆頭に、砂族たちは全員拳を天に向けて高く掲げた。

 「友よ!汝らに幸あれ!」

 一斉に、大声で叫ぶ。

 「汝らに砂の加護を!太陽の祝福を!」

 そこまで声を合わせて叫ぶと、あとは各自に好き勝手叫び始めた。

 「死ぬな~!」

 「またな!!」

 「気をつけろよ!」

 砂族式の見送りに驚いた後、ジズは笑顔で手を振り、リディウスは感涙を浮かべながらエルレス教の礼をした。そしてシンは

 「ありがとう」

 呟くと、微笑んだ。透明な、柔らかな微笑み。砂族たちは思わず見惚れ、一瞬声を出すのを忘れたが、我に返るとまた心の限り叫び始めた。

 彼らの姿が小さな点になり、砂の彼方に消えるまで、砂族たちは叫び続けた。

 「……行ったな……」

 砂漠の王はぽつりと呟く。砂の民も、寂寥を胸に口を閉じた。

 「あいつが笑うとどんな言葉よりも感謝が伝わるってこと、今度逢ったら教えてやらなきゃな」

 そして笑顔で彼は彼の民を振り返った。

 「さあ!俺たちも『仕事』、頑張ろうか!」

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