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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第二章~ 渇き 14

 店に入った瞬間、視線が二人に集まる。例によって起こるざわめき。何処に居てもこれからは逃げられないようだ。

 「どうだ、疲れてはいないか?」

 羨望や劣情や憧憬の眼差しを浴びながら、しかしそんなことには慣れている、というか気にしないシンは水を二つ頼むとさっさと席に着いた。

 「はい……」

 集まる視線に居心地の悪さを感じ、リディウスは俯く。どうしたらこうも堂々としていられるのだろう、この人は。

 「そうか。言っておくが、今後砂漠を歩くときは無理をするな。体調が優れぬときはすぐに言え。油断すれば死ぬことになる」

 「は、はい!」

 正直に言うと脅されているような気がして余計萎縮してしまうのだが、彼女(まだ信じられないが、彼女)はそれこそ正直にものを言っているだけなのが分かるため、なんとも言えない。

 「まあ、砂漠を越えたら多少無理をさせるかもしれないが……」

 「おい」

 突然、太い男の声が割り込んだ。驚いて横を向くと、いかつい男たちが五人。シンは不機嫌にそちらを睨み、リディウスは怯えて俯く。周りの客も店の主人も、何も言わない。自ら面倒ごとに首を突っ込むジズのような物好きは居ない。

 「なんだ」

 どうした早く要件を言え、とリディウスには言外に伝わる。彼女が不機嫌だと周りの気温まで変わるように感じられるのは、彼だけであろうか。

 「そう睨むなよ。綺麗な顔が台無し……でもねぇな。それはそれでイイ。高く売れそうだ」

 声を掛けてきた男が値踏みをするように……いや、実際に値踏みをしながら、二人を舐めるように視線を絡ませてくる。その視線で、彼女には彼らの職業が分かった。

 「……去れ」

 こういう手合いに声を掛けられるのは一度や二度ではない。こういう者たち―――人の売り買いを生業とする者たちの話に付き合うと面倒なことになる。シンは冷たく言い放ったが、

 「気が強いな。でもまあ、そういうのを好むヤツも居る」

 それで諦めるようなら、人身売買など成り立たないだろう。

 「なあ、大人しくついてきてくれればいい。傷は付けない」

 「去れ、と言っている」

 隠すことなく殺気を込めて、シンは相手を睨む。気の弱い者ならそれだけで逃げ出しているのだが、生憎、この男たちは当てはまらないようだ。気に障る笑い声を上げる。

 「益々高値がつきそうだ。こっちの坊やもなかなかイイ線だしな」

 「あっ」

 男が不意にリディウスの細い手首を掴んだ。

 「触るな!」

 言うより早く、シンは立ち上がりざまに懐から何かを投げつける。

 「!!!」

 自分の手首を掴んでいた力が急に抜けた隙に、少年は束縛を振り解いてシンの側まで転がるように逃げた。恐る恐る男の方を見ると

 「貴様……!」

 鬼のような形相でシンを睨んでいる。抑えている手首からは、夥しい出血。その下で形成されつつある血溜りの中には、ナイフが転がっていた。シンが投げたのはそれのようだ。

 「去れ。これが最後の警告だ。次は……眉間を狙う」

 いや、喉の方が良いだろうか。男たちから少し距離を取って少年を庇うように立ち、彼女はすっと目を細めて獲物を吟味する。

 「ふ、ふざけるな!この……!」

 「肺でもよいぞ?死の上に苦痛を望むのならば」

 その声はどこまでも冷酷に、冷徹に。ぞっとしたのは男たちだけではない。リディウスを含め、店に居る誰もが寒気を感じていた。誰も動こうとはしない。

 だが、負傷し彼女を睨んでいた男だけは不意に口の端を吊り上げた。

 「そうかいそうかい。だが、いつまでも涼しい顔をしていられるかな?」

 男は顎で仲間に指図する。頷く男たち。

 「俺たちが一斉に襲い掛かったら、さて、誰の眉間を狙う?」

 「……」

 さてどうするか。内心迷ったが幸いにも彼女は無表情だ。動揺を悟られることはない。

 さて、どうする?

 相手との距離が近すぎる。遮蔽物にできそうなものもない。一旦距離を取れば全員を殺る事も出来そうだが、それではリディウスを守れない。このままでは二、三人を殺れる程度だ。何の誇りにもならないが、彼女の「値段」はかなりのものになる、と昔殺した彼らの同業者に聞いた。今の彼らのように、誰かが死ぬ可能性があるとしても飛びつきたいくらいに。……どう考えても、一気に五人を退ける術は無いように思う。入り口と相手との位置関係上、独りでならともかく、リディウスを連れて逃げることもできそうにない。

 そうであれば……我ができるのは、一つだけだ。

 (リディウス)

 小声で呼ぶと、少年はびくりと肩を震わせた。

 (時間を稼ぐ。その隙に、逃げろ)

 そう、彼の盾になること。それが彼女の答え。

 (……!駄目です!)

 (五月蝿い。言うことを聞け)

 「嫌です!!」

 少年が叫んだその時だった。

 ―――!!

 男たちの後ろ側、入り口付近で鋭い音。男たちは、いつ投げられるとも分からないナイフが眼前にあるため流石に振り返れないが、シンとリディウスからはその原因が何であるかが見えた。娘は不敵に微笑み、少年は顔を輝かせる。

 「ねえ、ウチのコたちに何をしているのかな?」

 ジズだ。にこやかに微笑みながら、こちらにやってくる。その手には、扱いの難しそうな長い皮の鞭。先程の音はそれで床を打った音だ。

 「仲間か……」

 男たちは両方に背を向けぬよう位置をずらす。板ばさみにした形だが、シンたちの数の不利は変わらない。

 「違うよ。保護者だ」

 それでもジズは何時ものように笑っている。……いや、怒っている。少年には分かった。暫く付き合っているからこそ分かる微妙な違いなのだが、ジズは怒っている。

 俺のに手を出すな。彼の纏う空気がそう言っている。

 「じゃあ話は早い。金をやるから、この二人を俺たちにくれよ。言い値を払う」

 笑顔の奥に怒りを感じ取れない男たちは、無謀にも交渉に出た。にこにこと笑顔を絶やさぬまま、彼も付き合う振りをしてみせる。

 「ああ、そう?じゃあ頂こうかな……でも」

 ジズは声を上げて無邪気に笑った。

 「あんたたち全部の命でも足りないんだよ」

 刹那、風を切る音。

 「!?」

 ほぼ同時に、狂い無く。五人の男たちは目の辺りに熱を、ついで痛みを感じた。何が何だか訳の分からないまま、そこを押さえて蹲るしか術はない。

 「さ、おいで」

 言われるまでも無く、その隙にシンはリディウスを連れてジズの方へ駆け出している。

 「助かった」

 「うん。行こう」

 足を止めず、擦れ違いざまに短く交わされる言葉。

 三人は店の外へ逃げ出した。ジズは楽しげに笑い声を上げながら走っている。悪戯が成功した子供のような無邪気さだが……リディウスは気が気でない。

 暫く走って路地裏で足を止めた。首都での夜が思いだされる。ジズは路地の方を窺ったが、どうやら追って来る様子は無い。壁に背を預けて、彼は笑った。

 「あははっ。あ~もう。インチェで堂々と人買いなんて、最近はマナーが悪くなったもんだね」

 「全くだ」

 この町でこういうことが起こる確率は低かった。ここに集うのは流れ者。そういう者たちにとって、ここはトラブルとは無縁のオアシスだったのだが、どうやら先程の男たちは町の流儀を知らないらしい。今回がいい勉強になったであろう。

 笑顔の男と憮然とした娘の横で、肩を息をしながら少年は今頃になってこみ上げてきた震えと戦っていた。

 「大丈夫?」

 「は、はい、ありがとう、ございます……」

 何とか返事はするものの、しかしその場にへたり込んでしまった。

 「はは、気が抜けた?あ、腰もか」

 「ジ、ジズさん……!」

 「ん~、よしよし。怖かったね」

 頭を撫でる大きな手に思わず泣きそうになるが、しかし彼は違うことが気に掛かっている。

 「あ、あの人たち、どうしたんですか!?」

 「大丈夫。あんな風には言ったけど、無駄な殺生はしない主義なんだ」

 笑いながら彼はまだ手に持っていた鞭をまとめて腰に留めた。五人の男たちを跪かせた、皮の鞭。ナイフと違い、殺傷力には欠けるが一度に複数を攻撃できる。扱いに長けてさえいれば、あの場で最適な武器だったといえよう。

 「で、でも、目を……」

 「優しいねえ」

 ジズは目を見開く。ここまでお人好しなんだろうか、神学生というのは。

 「失明もさせてない。おでこ、狙ったから。目くらましみたいなもんだよ」

 暫くものっっっすごく腫れるだろうけど。それは言わずに少年を安心させるように微笑む。

 「そ、そう、ですか……良かった……」

 安堵の溜め息をついて、少年は男に手を借りて立ち上がった。怖かった。人買いに遭遇したことも怖かったが、この二人が人を殺したり傷つけたりすることも怖かった。すっかりこの二人に気を赦しているが、もともと「暗殺」をしようとしていたことを思い出して、怖かった。ジズが先程のように対処しなければ、シンは間違いなく、迷い無く、殺していただろう。

 「ごめんね?俺が居なかったばっかりに怖い目に遭わせて」

 「そういえば、お前は何処に行っていたのだ」

 少年と違い繊細さの失われた神経をしている娘が問うと、男は得意げな笑みを浮かべた。

 「ふふっ、見てみて!」

 そして懐から封筒を取り出す。

 「手紙、か?」

 「うん。これを配達して、引換証を貰ってくればお金が貰えるって訳」

 ジズは早速仕事を手に入れてきたようだ。

 「……待て。それだけか?」

 「そうだよ」

 「報酬は?」

 ジズの答えは、明らかに単なる郵便配達の報酬ではなかった。

 「……やはりな」

 シンは溜め息をつく。この男がごく普通の、たった一通の手紙を運ぶだけの仕事を選ぶとは思わない。故に、報酬が高いことは想像がついた。それに見合った危険を伴うのだろうという予測も。

 彼女の考えが伝わったのだろう、男はひらひらと手を振った。

 「やだなあ。そんな危険なことはしないよ?リディも居るし。これはね、ものすご~く条件が良かったんだ」

 「そう旨い話が」

 「あるんだよ。宛名を見て」

 封筒を受け取ると、シンはひっくり返して宛名を確認する。リディウスも覗き込んだ。

 「は」

 シンの口から思わず短い笑い声が漏れた。

 そこには

 『砂賊の長へ』

 という文字。

 「ね?これ以上ないほど好条件でしょ?」

 「確かにな」

 差出人は、高名な商人。彼らからすれば危険極まりない相手への手紙。なるほど、報酬も高いはずだ。

 「さて、これは船に戻ってから渡せばイイとして。ねえ、向こうに行かない?おっきな旅芸人の一座が来てたよ」

 面白そうなモノを発見するのが趣味であり特技である彼は、仕事を貰うついでにそれを見つけてきた。リディが喜ぶんじゃないかな、というか実は自分が見たい、と思っての提案だが

 「え!?」

 「何!?」

 「……おや、まあ」

 まさかシンまで喰いついてくるとは思わなかった。二人とも実に期待に満ちた目をしている。

 ……その目を見ていると思わず意地悪したくなるが、こんなシンが見られるのは貴重。だからぐっと我慢。

 「行こう!変わった動物も居たよ?前金で半分貰っといたから、飲み物とかも買おう。そうそう、お菓子も!色んなのがあったんだ」

 ジズは破顔すると、足取りも軽く歩き始めた。真面目にお仕事を見つけるのも、誰かとこんな風に遊ぶのも久しぶり。

 ああ、楽しいな。生きてるってホント、楽しいな。

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