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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第二章~ 渇き 12

 やがてシンたちはラシャに連れられ、酒場を出た。今夜から使わせてもらう部屋に案内してもらうためだ。ラシャが先に部屋で休んでいればジズがそちらに訊きに行くつもりだったのだが、結局彼女はずっと呑んで騒いでいたため、直接案内してくれることになった。

 「あのね、部屋は二つ空いているの。割り当てはどうする?」

 「じゃあ俺はシンと同じ部屋に……」

 「たわけ」

 リディウスが思い切り引いているのも気にせず、ジズは笑いながらなおも主張する。

 「イイじゃない。こないだまで同じ部屋に泊まってた仲じゃないか」

 「良くはない。何故ここまで来てお前と同室でなければならないのだ」

 「贅沢言っちゃ駄目だよ?」

 「当然の主張だ」

 ラシャが笑いながら間に入る。

 「あらら、シンくん、やっぱり恥ずかしがりやなのね~」

 「いや、そうではなく」

 「そうそう、シン、恥ずかしがることないだろ?リディにゆっくり一人部屋を提供してあげようよ」

 「む……」

 考え込んだシンを見て、はた、とジズは止まった。しまった、調子に乗りすぎた。リディに責任を感じているこのコに、こんなやり方はいけないな。ストップ酔っ払い。

 「ま、仕方ないか。シンの寝顔を鑑賞したいのはやまやまだけどさ。諦めるよ。俺も男だ」

 レディ・ファーストは心得てるよ、と続けようとしたが、ほっとしたらしいリディウスに遮られた。

 「も、もう、心配しましたよ!本当に、その、ジズさんが、その、そういう、嗜好の方かと……最近では認められてきてますけど、やっぱり、神の教えに、反しますから」

 「……やっぱり誤解してたんだ」

 シンは女の子だよ、と続けようとしたが、今度はむっとしたらしいシンに遮られた。

 「エルレスで同性を愛することが禁忌とされるのは、昔、飢饉の折に人口が激減した所為だ。人口を回復させるための政策であって、神の教えなどではない」

 ああ、うん、そういえばそうだったな、と思いつつ、ジズが間に入ろうとしたが

 「その話は知りませんが、でも……」

 真剣な目をしてリディウスが応える。ジズは完全にタイミングを逃した。……どうしよう。話がどんどんずれてっちゃうよ?

 「はい、ストップ!」

 論争が起きそうな二人の間に、ラシャが割って入る。

 「とりあえず部屋を決めましょ?ジズが一人部屋?シンくんが一人部屋?」

 ありがとうラシャ!と内心感謝して

 「シンを一人部屋にしてあげてよ。女の子なんだから」

 やっと本題に戻れたことを喜びつつ、ジズは色んな誤解を解ける一言を計算して放った。

 「………………へ?」

 「………………え……ええっ!!?」

 「ふふ、驚いてる驚いてる」

 嬉しそうな彼の横で、シンは溜め息をつく。「神の教え」という言葉に反論するより前に、まず「同性」ではないということを主張すべきであったな……

 「兎に角、そういう訳で別の部屋を頼む」

 「そういう訳で同じ部屋が良かったんだけどなあ」

 「馬鹿者」

 「ね、ねえちょっと」

 ラシャが今度はこちらの二人の間に入った。まじまじとシンを見つめる。

 「あらあらあら……そうなの?ホントに?……へぇ~」

 「残念でした!」

 何故か得意そうに胸を張るジズ。

 「ええ、残念……でも、そうね、この船の中では男のコって思わせておいたほうがイイわね。ウチの男ども、あの様子じゃ寄ってたかってアピールしに来るわよ」

 「それは困るなあ。夜這いにでも来ようものなら、皆殺されちゃうからね」

 「大丈夫よ~。ああ見えて皆純情だもの……っていうかシンくんの心配はしないの?」

 会話は続くが、硬直しているリディウスは置いてけぼりだ。やがてジズに引っ張られて部屋に連れて行かれても、暫く彼は思い悩むのであった。


 しっかりとした造りのドアを、三回、ノックする音が響いた。

 「ラシャ、起きてる?」

 囁くような声に、部屋の主はドアを開けて応える。

 「なぁに?あたしと寝たいの?」

 あっけらかんと言うが、

 「そんな気分じゃないなあ」

 訪問者も、あっけらかんと応える。

 「あたしも。ていうか人妻だも~ん」

 「じゃあ、逆に寂しいんじゃないの?」

 「やだ、あんたやらしい中年みたいよ」

 「あはは」

 ふざけながら、ラシャは訪ねてきた従兄弟を部屋に招き入れた。

 「どうしたの?」

 「ん、ちょっと訊きたいことがあってね……ああ、ありがと」

 酒の入ったグラスを受け取りながら、ジズはテーブルの上に腰掛けた。正面でラシャもベッドに坐る。大きな天蓋のついた立派なベッドだ。

 「それにしても良い部屋だね。バイトって嘘でしょ?」

 「うふ、ちゃんと働いてるわよ。でも、ま、同時に貴賓さんでもあるかしら。昔、ココの先々代と手を組んでお役人と戦ったことがあったの。ギルバも覚えてくれてたみたい。ちっちゃかったのにね~」

 ま、あたしみたいなイイ女は忘れられないわよね、と付け足して笑う。

 「成る程ね。よっぽど強烈だったんでしょ」

 ジズも笑うが、二人の間には何の疑問もない。

 明らかにギルバの方が彼らより年上に見えるのだが。

 「で?訊きたいことって?」

 「ああ、うん。法王のコト」

 「無粋ね。新婚生活についてかと思ってたのに」

 拗ねたような表情かおをしてみせるが、彼女は少し姿勢を正した。

 「知ってることなら答えるわよ。ただ放浪してるだけのあんたよりは、社会情勢に詳しいつもりだから」

 「だから頼ってるんだよ」

 「そりゃそうよね。で?どういうことが知りたいの?」

 「異教徒の迫害。いつ頃から厳しくなってる?」

 「そうねえ……」

 ラシャは少し考えてから、口を開く。

 「目立ち始めたのは五年位前。今の法王が即位して、暫くしてからだわ。丁度その頃、教団内部で騒ぎがあったの」

 「へえ、どんな?」

 「お偉いさんたちが、ごそっと投獄されたの。まあ、表向きは自主的な引退、ってコトになってるけど。消息も不明だし、もうとっくに殺されてるのかもね。内部で対立でもあったんじゃないかしら」

 「神の御許って、怖いねえ」

 二人は無邪気に笑った。

 「でもラシャ。今の法王はかなりリベラルな人、って噂を聞いてたけど」

 「うん、そうなのよね。即位した直後、異教徒を認めるってスピーチをして大騒ぎになってたわ……どうしたのかしらね」

 「ふぅん……ま、いっか。ね、二年くらい前に法王の私設軍が動いたって話は知らない?」

 ついでのように訊いてみると、ラシャは眉根をひそめる。

 「二年前もなにも、実は結構ちょこちょこ動いてるのよ、あいつら。異教徒の小さな集落だったら、何個か潰されてるわ。酷い話よね」

 「そうだね……」

 ジズの脳裏に、シンが時折見せる悲痛な表情が浮かぶ。あんな子供がこんな思いをしている。酷い話だ。

 「あ、それから。法王とは関係ないことだけど、教えとくわ」

 「ん?」

 彼女の表情が少し、翳る。ジズも何かを察したらしい。少しイヤそうな顔をする。

 「シスイも、南東に向かってるらしいの」

 「……へえ」

 ジズの声に、何時もの楽しそうな響きは一欠けらもなかった。目も笑っていない。

 「逢っても喧嘩しないでね」

 「あいつによるよ」

 予想通りの返事に苦笑して、ラシャは肩をすくめた。昔から、このコとあのコは仲が悪いものね。

 暫く他の『身内』のこと(主にタタンのことで、つまりラシャのノロケだが)やジズたちの道中、砂族のことなど、雑談が続いた。ふと、会話が一段落着いたとき。

 「ところで……ジズ」

 彼女はグラスを傾けると、ジズの目を見た。

 「シンくんって、あれでしょ?西の遊牧の……」

 「うん」

 シンの一族のことを、ラシャも知っている。その民族性……飛び抜けて長い寿命のことも。

 「ねえ……何時まで、あのコたちと居るつもりなの?」

 そして向けられたどこか寂しげな瞳から、にこりと微笑むことで逃れて、ジズもグラスを傾ける。

 「そうだねえ、ま、一段落着くまでかな」

 「ジズ、深入りしちゃ、駄目よ?」

 彼女の言っていることは、危険だから、という意味ではない。

 「分かってるさ。……ツラくなりそうだったら、逃げるもん、俺。ああ、でも約束は守るつもりだよ。あのコたちを見捨てはしない」

 それをよく理解した上で、彼は微笑む。よく、解っている。ずっと一緒に居られることで、自分が「辛く」なりそうなことも。

 ……言われると思ったんだ。だから、君に逢いたくなかったのに。思い知ってしまうから。

 ラシャは痛々しいものを見るような目で彼を見つめる。

 「あんたは本当に、人と……深く関わることを、やめないのね。寂しがり屋のクセに……」

 ―――「あたしたち」はいつも、置いていかれるのに

 「寂しがり屋だからさ」

 ―――いつも、置いていかれるけど

 「強いのね」

 「弱いんだよ」

 グラスの残りを一気に呷り、

 「ごちそうさま。ありがとね」

 彼はにこやかに手を振って部屋を出た。

 「……」

 残されたラシャは溜め息をつく。

 「……置いて逝かれて、泣いてたクセに」

 思い出すのは、遠い日のこと。

 『ラシャ姉ちゃん……俺、なんでこんな一族に生まれちゃったのかな』

 いつも笑ってすべてを誤魔化す彼が、静かに泣いて呟いた日。

 あの日のことは鮮明に思い出せる。あの意地っ張りは、教会が高らかに鐘の音を響かせるまで泣き声を漏らさなかった。

 「ホントに、馬鹿なんだから」

 辛そうに眉根をひそめて、彼女はベッドに横たわった。

 寝苦しい夜になりそうだ。

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