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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第二章~ 渇き 10

 楽しそうに「花園」で笑っているジズと、泣き上戸らしい髭面の大男に捕まっているリディウスを横目に、シンは杯を傾けた。良い呑みっぷりに周りから歓声が上がる。

 「いやあ兄さん、イケるクチだね」

 「誰が」

 兄さんだ、と言おうとしていたら手にした杯に次の酒が注がれていた。

 「まあ呑め!ぱ~っと呑め!」

 「……」

 シンは無言でまた酒を呷った。再び歓声が上がる。

 「いいね~!ま、食べな、呑みな!」

 「うむ」

 酒は駄目ではない。彼女の一族では成人の歳だし、体質的にも。だが、特に好きという訳でもない。だからシンは主に料理を食べることにしたが、その見た目に似合わぬ豪快な食べっぷりに、やはり歓声が上がる。

 「そんな風に食べてもらえりゃ、料理長も大喜びだろうよ!」

 「さあさあ、これも食べな!珍しい南国の果実だ!」

 「うむ」

 旅に出てから、こんなに大勢の人間に親切にされたのは初めてだった。大抵の人間は、まず彼女に近づかない。冷たい美貌や、雰囲気がそうさせる。そしてたまに空気の読めない人間が近づくが、その取り付く島もない素っ気無さに諦めて去っていったり、危険な匂いを嗅ぎ取って逃げていったりする。……危険な香りに惹きつけられてきた例外もいるが。

 兎に角、砂賊というのは恐れを知らず人懐っこい一族だ。噂には聞いていたが、シンはそれを実感した。隣に坐った中年の男が親しげに肩を叩いてくるし、逆隣の男も彼女の皿にどんどん料理を取り分けて載せていく。

 「客人、楽しんでるか?」

 そこにギルバがやってきた。向かいの席に坐る。

 「ああ。感謝する」

 「そうか。良かった」

 笑うと、ギルバはシンの杯に果実酒を注いだ。

 「これは美味いぞ。呑んでみてくれ」

 「若は甘いのが好きだからな~」

 「いいだろ別に!」

 彼が仲間と会話している間に、シンはぐぐっと呑み干す。甘い香りだが、決して甘すぎはしない。元の果実の風味が舌に残る。

 「……美味いな」

 味わって呑むべきであった、と少し後悔すらする。

 「だろ?」

 「ああ。我は、好きだな」

 そして向けられた微笑に、砂賊たちは一瞬、言葉を失った。

 美しい。男だが美しい。その微笑で「好きだ」と言われたら……

 「男でもいい」

 誰かがぽつりと漏らした呟きに、ギルバ以外の男たちはうんうんと頷いた。

 「?」

 訝しげに首を傾げる彼「女」の真正面で、

 「おいおいおい!ヘンな気は起こすなよ!」

 少し赤くなっていたギルバがはたと我に返り、大声を上げた。それでやっと皆も我に返る。

 「そ、そうだよな、うん」

 「そ、そうそう!呑もう!兎に角呑もうぜ!」

 気恥ずかしさからか、無駄に勢いよく、そしてややぎこちなく男たちは呑み食べを再開した。

 「き、客人、気に入ってくれたなら幸いだ。さあ、もっと呑んでくれ」

 「ああ。頂く」

 

 「頂いてっちゃうよ?君を」

 「やあだぁ~、あはは!」

 一方、「花園」ではジズが「花」たちと戯れていた。美女と美酒に囲まれてご満悦である。

 「ねえ、さっきの話、もっと聞かせてよ。西の国の話」

 「ああ、あれね?でも俺は、それより君のコトが聞きたいな」

 「じゃあ今夜、部屋にくる?色々教えてあげるわよ」

 「それは光栄だね」

 「ちょっと!ズルいわよ!私の部屋に来てよ、ジズ」

 「こっちに来てよ!サービスしちゃうわよ?」

 「オカマは黙ってなさいよ!」

 「何よ!心は乙女だって言ってるでしょ!?」

 「この場合体が重要なの!」

 黄色い声に囲まれて、ジズはにこにこと笑い続ける。

 (ああ、幸せだなあ。人生には潤いが必要だよね)

 だって、乾くから。心が。

 「はいはい、ちょっとごめんね~。ジズ、後で族長が来てくれって」

 女たちをかき分けて、ラシャがやってきた。酒でうっすら上気した白い肌が艶かしい。

 「ん~、俺、そんな趣味はないなあ」

 「あら、そうなの?あのコは?」

 「……本人シンに言ったら殺されるよ……」

 「あっはは。あのコ、冗談通じそうにないもんね。ま、兎に角伝えたから。ああ、それから後で部屋を教えるから、子供たちを連れてあたしのトコに来てね。すぐ上の階の、船首からみて右側、前から三番目の部屋だから」

 「了解」

 ラシャが去った直後、また女たちがジズに群がった。

 「部屋なんて要らないわよ。私の部屋に泊まればさぁ」

 「ん、それもそうだけど、子供たちの面倒みなきゃいけないからね」

 「心配ないわよ、取って『食べ』たりしないから」

 「ふふ、どうだか?」

 「もぉ~」

 笑いながらしなだれかかる女に肩を貸し、ジズは杯を傾けた。

 そうそう。すっかり「子育て」に夢中だったけど、俺、こういう爛れた雰囲気も好きだよ。


 取って食べられるかもしれない。

 リディウスは髭面の大男に捕まったときにそう思った。彼の二倍くらいあるかもしれない太い腕に太い首。頬に走る大きな傷。まさに「賊」と呼ぶに相応しい外見。

 だが……

 「俺の息子がよぅ、ぐすっ、丁度お前くらいでよぅ……」

 相当の泣き上戸のようだ。

 「はあ」

 水の注がれたグラスを手に、リディウスは大人しく話を聞いている。酒を勧められたが、丁重に断ってなんとか水にしてもらった。酒は怖い。最初は雷のような声で「がはは」と笑っていた男が、今ではこれだ。

 「立派な息子だったんだぜ?俺には似ずによぅ」

 「え……」

 過去形が気になった。思わず声を出してしまったが、慌てて口をつぐむ。訊いてはいけないことかもしれない。人に気を遣う少年はそう判断したが、男は自ら喋り始めた。

 「去年だ。あいつ、砂族のクセに、空に逝きやがった。母親が恋しかったんだろうよ」

 男は鼻を啜った。

 「……」

 「俺の女房も出来た女でよ?なんでイイ奴は皆、空に逝くんだ?そりゃあ砂の暮らしは楽じゃねえが、悪くもねえのによ」

 なんとも返事のしようがなくて、リディウスは押し黙る。

 「砂嵐があったんだ。親子連れの旅人が巻き込まれそうでよ、あいつ、飛び出していきやがって。親子を助けて、自分は吹っ飛んじまいやがった」

 男の目から大粒の涙がぼろぼろと零れ、髭を濡らしていく。

 「なんとか体を見つけたんだ。あいつ、いい顔してやがったぜ。いっぱしの男の顔をしてやがった。……親としては、誇りに思う。砂族としてもだ」

 男は一気に杯に残っていた酒を呑み干すと、リディウスの目をじっと見詰めた。

 「だがな、坊主。いいか?誇りには思うがな、親より先に逝っちまうなんて、そんな親不孝なことはねえぜ?寂しいし哀しいし、俺、俺は、もう……」

 とめどなく涙が溢れる。呑んだ酒すべてを涙に変えているようだ。

 「生きてさえいりゃ、どう生きたって良かったんだ!叱れるし、正せるし、いつか笑える!立派に生きて立派に死にゃ、そりゃ立派過ぎる!立派に生きなくてもよかったから、立派に死ななくてよかったんだ!!……あいつは、立派すぎたんだよ……」

 男はまた杯に酒を注いだ。きっと、また泣くために。

 「だから、いいか?坊主。どんな風に生きてもいいが、親よりは、先に死んでくれるなよ……」

 リディウスは両親の顔を思い出した。

 「はい……!」

 そしてその薄く小さな胸に、男の言葉を刻み込む。

 僕は、死なない。愛する両親のためにも。僕は、死ねない。

 法王に追われていることで、どれだけ彼らを苦しめているかもしれないけれど、生きる。息子なのだ。先に死ねばこの男のように哀しんでくれる、と、それくらいの自惚れは許して欲しい。

 「よし!じゃあ、喰え!喰って大きくなれ!!」

 急に笑顔になった男は、リディウスの前にあった皿に凄まじい勢いで料理を載せ始めた。

 「好き嫌いはイカンぞぉ~!俺みたいにでかくなれんからな!」

 「は、はぁ」

 「あれ?セシアス、魚が嫌いじゃなかったっけ?」

 滑らかな、やや低音の艶のある女の声。ラシャだ。はしゃいでいなければなかなか色っぽい声をしている。

 「ん~、あ~、まあ、ん、そうだが」

 もごもごと口篭もる大男に笑顔を見せて、ラシャはリディウスの両肩に手を置くと、その頭に重量のある胸をのっけた。

 「~~~~!!!!」

 慌てふためくが動くに動けない少年の葛藤を明らかに楽しんで、彼女は子供のようにころころと笑う。

 「セシアス、後でリディウスくんを族長のトコに連れてってね。紹介したいから」

 「おう!」

 (ね、覚えててね?多分セシアス、呑んで忘れちゃうから)

 リディウスの耳元で囁くと、ラシャは真っ赤になっている彼の頭をくしゃりと撫でて去っていった。


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