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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第二章~ 渇き 7

 それから数日。旅は順調に進んでいる。砂漠が近づいた所為で日差しも気温も厳しくなってきており、しかも大きな街道は危険で使えないため険しい道を進むことが多いのだが、リディウスもなんとか頑張っている。シンは陰から、ジズは張り切って彼を支えているのを充分に理解し感謝しながら、彼もまた、二人を支えるために努力した。屋根のない地面の上で寝ることも慣れてきた。ジズに教えてもらって、鳥はまだ無理でも、魚なら、少なくともシンよりは綺麗に捌けるようになった(鳥や獣なら、彼女は圧倒的に綺麗に捌くのだが)。ちゃんと見張りもできる。大雑把な二人に代わって、食料や水の配分も彼が考えるようになった。

 逞しくなったものだ、とシンは密かに感心している。気難しそうな顔をしていても大抵あまり物事を考えていない彼女だが、人それぞれの生い立ちその他の事情を慮る心は持っている。自分のように生まれたときから遊牧の民である人間や、ジズのように旅慣れた人間とは違い、定住が基本になっている少年が、この環境に順応しようと努めている。健気だと、思う。責められて当然の自分たちに気を遣うその姿は、健気過ぎるくらいだ。


 やがて、ほぼ予定通りに次の町に着いた。例によってやや離れた場所で子供二人が留守番で、ジズが単独で町に入る。今回は、砂漠に備えて物資を調達するだけでなく、道中で捕えた獣や鳥、それにリディウスが採取した珍しい植物などを売って、資金も調達する予定だ。子供たちは前回以上に待つことになるが、ジズにしかできない芸当なので大人しく待つしかない。

 だが今回は、リディウスは待つことが苦ではなかった。シンの側に居ることも怖くはない。

 「シンさん。お茶、呑みますか?」

 話し掛けることに勇気も努力も要らなくなっていた。

 「ああ、貰おうか」

 「はい。ちょっと待ってて下さいね」

 茶を淹れる手付きも慣れている。細々とした日常の作業は、シンよりも向いている。というより、シンが大雑把すぎるのが問題であるような気もする。この間など、茶葉を直接カップに注ぎ、湯に浸して「茶だ」と言い切っていた。茶葉も無駄にしないという生活の知恵なのかもしれない、と男と少年は善意の解釈をしたが、生憎そのようにして「食べる」種類の茶葉ではない。第一、この娘の場合、どこまでが知恵でどこからが不精なのか分からない。もともと世話好きなジズはもちろん、リディウスも積極的に日常作業をこなすのは、そんなシンを放って置けないせいかもしれない。

 ともかく、二人は美味しい茶を楽しみながらのんびりと午後の時間を過ごす。自然と会話も出てくる。もっとも、会話といっても主にリディウスが喋ってシンが穏やかに相槌を打つ、というほぼ一方通行のパターンである。

 「そういえば」

 その中で、珍しくシンから口を開いた。

 「以前、言っていたな?お前の家の、ステンドグラスがどうとか」

 「え、あ、はい」

 正直、リディウスは焦る。その話題で、気まずい雰囲気になったのを忘れてはいない。

 「それが、どうしたのだ?」

 じっと目を見ながら喋られると、相手の顔が整っていることもあってリディウスはとても緊張するのだが、シンとしては単に気になっていたことを訊いているだけだ。訊くからにはきちんと相手の目を見て話すのは当たり前だと思っている。

 「あ、あのぅ……とても綺麗なんです、それだけです、すいません」

 「そうか。見てみたいものだ」

 「はい。……え!?」

 今度は驚いた。

 だって、教会、ですよ?僕の家は。

 「教会、だったな」

 リディウスの考えていることをシンは偶然にもそのまま口にした。わわわ、と少年はまた焦る。内心が非常に忙しい。

 「教会といえば」

 いわば「爆弾」をシン本人がつついている上に、無表情なので何を考えているか分からず、リディウスは気が気でない。

 「首都の教会だが」

 ああ、どうしよう!

 彼がここ数日、細心の注意を払って避けてきた話題のど真ん中に斬り込まれた。息苦しくなって、買ってもらったマントの胸の辺りをぎゅっと掴む。が、娘はそんな彼の様子に気付くことはない。リディウスの背中に冷たい汗が流れた。

 何だろう、何を言う気だろう?ああ、怒り出したらどうしよう!!

 「あれは、新しいのか?」

 「……え?」

 死刑宣告を待つ罪人の気分を理解しつつあった少年は、耳にした音の意味を把握しかねた。あたらしい……?

 「我には古そうに見えたが、あの教会は、最近建てられたものなのか?」

 相手はやはりご丁寧に言い直してくれる。それでやっとリディウスは理解した。シンは、ただあの教会の新しさを知りたいだけなのだ。

 「いいえ、歴史のある教会ですよ」

 そうなると、リディウスは誇らしい気分で微笑みながら応える。神学生ならば、あの首都の教会を誇らぬ者など居ない。

 「そうなのか……」

 対して、シンはじっと考え込む。「首都の教会」について、気になることがあった。

 「ちなみに、どれくらい前に?」

 「はい、聖ヴァース二世様が、今から四百四十一年前に建てられました」

 「何!?」

 「は、はい!ごめんなさい!」

 いきなり大声を出したシンに驚いて、リディウスは反射的に謝ってしまった。今度はそれに対してシンがきょとんとする。今の彼が冷静ならば、その幼い表情に更に驚いていたのだろうが。

 「何故謝る?」

 「え?あ、ごめんなさい!……あ、すいませ……いえ、その、ううん」

 頭を抱える彼に一つ首を傾げて、「まあ、良い」と割り切った彼女は、自分の中の疑問に没頭する。どうしても、気になることがあった。

 (あの男……)

 法王を狙う理由を告白した夜のこと。ジズは、あの首都の教会を話題に出した。

 『俺が初めて来た頃には、まだあの教会もなくて、一面ずっと田んぼだったんだ』

 その割には首都の教会は永い歳月を経ているように見え、頭の片隅で疑問を感じていた。

 (あれは、嘘か)

 そういえばあの時、あの男は何かを言おうとしていた。恐らく、彼女に復讐を思い留まらせるために。そのために嘘をついていたのだろうか。おせっかいなあの男なら、有り得る。

 (無駄なことを)

 だが……彼女には、何かが引っ掛かっていた。なんとも言いようのない「何か」だが、気になる。何かありそうな気がする。本人にあの時の会話の意図を確かめようとも思うが、あれのことだ、はぐらかすに決まっている。

 「シンさん?」

 「ん?……ああ、すまん。少し考え事をしていた」

 残りの茶を呑みきって、シンはカップを置いた。何がどう気になるかも自分で分かっていない状態なのだ。考えても仕方あるまい。

 そうして彼女は思考を止めたが、大事なことを忘れていた。

 彼女の直感は、滅多に外れないのだということを。


 「へえ、それはさぞかし美人だろうねえ」

 子供たちがティータイムを満喫している一方で、ジズはきゃらきゃらと笑っていた。隣で珍しい食べ物を売っている中年の男に、

 『兄さん、こないだ、あんたに似た女に会ったよ』

 そう言われた直後だ。中年の男は膝を打ちながらカッカッと大きく笑う。

 「兄さん、言うねえ」

 「謙遜はしない主義なんだ。あんまりね」

 男は今度は手を叩いて笑うと、売り物の果実を一つ投げてよこした。片手で危うげなくキャッチして、ジズは「ありがと」と微笑む。

 「姉妹は居ないのかい?その女も、似たようなことを言っていたぞ」

 「そりゃ気が合いそう。お近づきになりたいね」

 「イ~イ女だったぞ?」

 「そりゃあそうだよ。だって俺に似てるんでしょ?」

 笑いながらジズは果実をかじった。甘い芳香が口に広がる。シンとリディに買っていってやろうかな?無駄遣いするなって怒られるかな?

 幸せそうに果実を頬張る彼を見て、つられて幸せそうな顔になりながら中年の男は話を続けた。

 「黒髪で黒目だったし、あんたと同じ民族なんじゃないか?」

 「え」

 ジズの顔色が少し変わった。少し残っていた自分の売り物を脇にどけて、男の方に身を乗り出す。

 「お?やっぱり知り合いか?」

 「……ね、もしかして、こう、胸がこんなで腰もこんな……」

 「そうそう、イイ乳ええ腰の」

 「この辺に色っぽいホクロのある?」

 「そうそう」

 「黙って立ってりゃ妖艶な?」

 「そうそう!」

 「喋ると近所のおばちゃんの?」

 「そうそう!!」

 「……うっわ……」

 的を射た、とばかりに勢いよく頷く男とは対照的に、ジズは神妙な顔で自分の売り場に腰を戻した。予想が正しければ、かなり、いや、物凄く嬉しいようで嬉しくないような、逢いたいようで逢いたくないような。

 『身内』とニアミスなんて、滅多に無いハズなのになあ。

 「お、ワケありかい?」

 「まあね……ちなみに何時、何処で会ったの?」

 「二、三日前だな。ノキアの村付近だ」

 「え!参ったなあ、進行方向だ。独りだった?」

 「いいや」

 中年の男はにやりと笑った。

 「なかなか剛毅な女と知り合いのようだな、兄さん」

 ……ヤな予感。

 「その女、砂賊の一味だったぞ」


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