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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第二章~ 渇き 5

 一方、リディウスは、小川の前で葛藤していた。

 「……うわぁ……」

 真っ暗な森の中の、細い水の流れ。綺麗な水なのは分かっているが、黒々と流れるその姿は不気味だ。そんな中に入るのは少し躊躇われたし、誰も見ていないとはいえ、こんな屋外で裸になることも初めてだ。暫くは小川の前でうろうろしていたが、しかし、あまりもたもたしていては後の二人に迷惑が掛かる。意を決して、黒流に足先を浸けた。

 「うわ、冷たい!」

 わざわざ声を出してしまうのは、心細いから。物音や鳴き声が聞こえる度に怯えてしまう。いざという時のためにシンはナイフを渡してくれたが、使ったこともないそれより、安心を与えてくれる灯りを貰ってきた方が良かったかもしれない。

 恐々と爪先で水面を引っ掻いていたが、徐々に冷たさにも慣れてきて、ゆるゆると流れに身を沈める。汗をかきっぱなしだった体は素直に喜ぶ。

 (ああ、気持ち良い)

 水でこれなら、温かいお湯だったらどんなにか良いだろう。

 (お風呂、入りたいな……)

 そう思った途端、

 (入るのが普通だったんだけどな……)

 自分でも、しまった、と思った。思考が働き始める。何も考えまいと思うが、思えば思うほど逆効果だった。怒涛の夜を抜け、今日という日を終える頃になって、やっと一人静かな環境に置かれたのだ。冷静に物事を考えるには絶好のタイミングだった。……自分も追われているという事実を思い知るまでなら、それはどれほどありがたかったことか。

 (……皆は、元気かな……僕のこと、どう思っているんだろう)

 学校の友人たちの顔が思い浮かぶ。町の人々の顔も。自分はお尋ね者とされてしまった。皆は、それを信じるだろう。自分が、何もかもを信じていたように。

 (……お父さんとお母さんは……)

 もう、あののどかな村にも報せは行っただろうか。いや、既に報せは行っているだろう。それに、恐らく待ち伏せも。身元不明の他の二人と違い、自分の故郷は神学校に記録がある。追手からすれば唯一手掛りとなる場所だ。見逃しているはずは無い。

 「ごめんなさい……」

 ぽつりと呟くと、涙が出てきた。

 両親はともに神官だ。立場的にも辛いだろう。どんなにか、心を痛めているだろう。大変な迷惑をかけてしまった。それになにより、あの優しく穏やかな両親にも自分の無実を信じてもらえてはいないのだろうと思うと、哀しかった。

 「っ……うっ……」

 堪えきれず嗚咽が漏れる。大声で泣いてしまいたいが、あの二人にばれてしまう。急いで水面に顔を伏せた。

 惨めだ。あまりにも。思い切り泣くことすらできないなんて。

 こんな暗い森の中で、獣に怯え、冷たい水で身体を洗う。

 惨めだ。


 「……でね、そのお姉さんが実はお兄さんでさあ……」

 数杯目の茶を呑みながら、男は喋りつづける。シンはずっと大人しく聞き、意見を求められれば一々律儀に返事をしていたが、そろそろ疲れ始めていた。この男、止まらないのである。元々よく喋る男ではあったが、この環境がよっぽど楽しいのか、今の勢いは凄まじいものがある。

 「……という訳」

 やっと一段落着いた時に、

 「おい」

 間髪いれず口を挟んでおく。でないと、またすぐに喋りだすのは火を見るよりも明らかだった。

 「ん?なぁに?」

 「……少し喋りすぎだ」

 この娘、言葉が端的な上に素直である。

 「あ、そうかな?あははごめ~ん。でね……」

 だがこの男は傷付かない上に反省もしない。すぐに喋りだしそうなのを今度は手の動きで遮ると、

 「ああ、ごめん。聞き疲れた?ついつい嬉しくってさ」

 にこにこと笑いながら、やっと止まってくれた。

 「何がそんなに嬉しいのだ?追われながらの野宿だぞ?」

 シンとしては、それが気になって仕方が無い。

 「え、でも楽しいもん。ヒマじゃないって素敵だなあ。それに、誰かと旅するのって、ホント、物凄~く久しぶりなんだ。独りでも楽しいけど、やっぱり誰かが一緒だともっと楽しいよね」

 「なら、何故『久しぶり』なのだ?」

 誰かと旅をするのが楽しいのならば、いつも行き先が同じ者を募って共に旅をすれば良い。実際、安全の面からも、そのようにする旅人たちは少なくない。

 「っ」

 ジズはほんの一瞬、言葉に詰まった。だがシンが気付く前に、

 「いやあ、俺って面喰いだから」

 いつもの笑顔。

 「……戯れ言を」

 シンは眉をひそめた。

 「我などと共に居っても、碌なことはないぞ」

 「またまた~」

 「……自ら『大罪シン』を背負うような人間だぞ」

 自嘲気味に呟くシンを見て、今度はジズが眉をひそめた。

 やはり昨晩から、この娘、どこかおかしい。やけになっているのだろうか。今までそんなことはなかったのに、昼間寝ていたときはうなされていたし、移動中はぼぅっとしていたし、精神的に疲れているようだ。直接的な仇を前にして、思うところもあったのだろう……まあ、あれで全く何も感じていないような神経の持ち主なら、復讐自体考えていなかっただろうが。

 「でも、俺は」

 言いかけたその時、

 がさっ!

 すぐ近くで物音がした。反射的にシンは短剣を、ジズは鞭を掴んで振り返る。

 「あ……お先に、浴びて、きました、けど……」

 そこには驚いて硬直しているリディウスが居た。ふっ、と二人とも力を抜く。

 「じゃあ次、シン、行ってきなよ」

 「うむ」

 「覗きはしないから」

 「当たり前だ」

 じろりとジズを一睨みして、シンは身体を拭くための布を手に立ち上がった。

 「あの、これ……」

 擦れ違うときにリディウスがナイフを返そうとしたが、

 「それはやる。持っておけ」

 シンはそっと押し返した。

 「は、はい……ありがとう、ございます」

 リディウスとしてはこんな物騒なものは返してしまいたかったのだが、どうやら無理のようだ。

 シンはそのまま通り過ぎようとしたが、

 「……どうした」

 何に気が付いたのか、不意に足を止めた。膝を曲げ、彼と目の高さを合わせる。

 「えっ!?」

 リディウスは目の前に綺麗な貌が迫ったことに思わずどぎまぎしてしまった。

 (う、うわ、やだ、僕もシンさんも男なのに!)

 そこに大きな誤解があることも知らず、焦ってしまった自分が恥ずかしくて更に赤面してしまうが、その美貌の主は無表情に彼を見つめている。

 「目が赤い」

 「あっ!……いえ、これは何でもないんです!」

 リディウスは俯いて、その蒼い瞳から逃げるようにジズの方へ駆け出した。

 「……」

 泣いていたのだろう、ということは分かった。……自分の所為だろうか。だが、自分に言えることなど、何も無い……それよりは、あの男の方が巧くやれるに違いない。シンは深くは追求せず、森の中に消えていった。

 「さ、お茶でも呑みなよ。体が温まるよ」

 大人は優しく微笑んで、少年の赤くなった目を無視する。この年頃の少年は、下手に気遣うと却っていけない場合がある。からかってもよいが、今の状態では本気で落ち込んでしまいそうだ。そこまで分かっていて虐めるほど悪趣味ではないし、シンに怒られてしまうかもしれない。

 (やれやれ。シンもリディも不安定なお年頃ってヤツか。大人の余裕で癒してあげようかな)

 割とまともなことを思ってはいるが、しかしこの男、リディウスに関して「自分が巻き込んだ」ということを綺麗さっぱり忘れている。

 「そうだ、東の国の話を聞きたくない?ちょっと前に旅したんだけど」

 返事も待たずに、ジズは再び、凄まじい勢いで喋り始めた。……癒してあげる、というのは建前で、自分がやりたいことをしているだけかもしれない。

 やがて戻ってきたシンが目にしたのは、嬉々として喋る男と疲れた顔でなんとか相槌を打っている少年だった。


 「……」

 「……」

 シンとリディウスは無言で揺れる焔を見つめていた。薪が爆ぜる音と、たまに聞こえる鳥の鳴き声のみが鼓膜を揺らす。ジズが沐浴に出かけたきり、ずっとその状態だ。

 リディウスは胃の辺りをさすった。気まずい。この上なく。しかもあの男、かなり長風呂だ。鼻歌でも歌っているに違いない。先程は話を聞き疲れたが、この沈黙よりはマシだったと思う。

 シンは時間を持て余していた。別に喋ることなどないし、今特にすべきことも無い。腰の短剣や投擲用のナイフは手入れをしてあるし、衣類も川で洗った。普段ならさっさと眠るところなのだが、夕方に眠った所為でそれほど睡眠への欲求もない。

 ……暇だ。あの男ではないが、シンもそれなりに暇は嫌いである。だが残念ながら、今のシンは暇つぶしの手段として道具の手入れ、睡眠、鍛練くらいしか思いつかない。昔なら、色々あったのだが。

 身体でも鍛えるか、と思い、立ち上がろうとしたときに

 「ん~、気持ち良かった!」

 上機嫌でジズが戻ってきた。濡れた黒髪をばさばさとやって、火の側に腰を下ろす。

 「流石に魚、大きいのは居なかったね。残念」

 そして独りで喋り始める。リディウスはほっと胸を撫で下ろした。ああ、人の声ってこんなにもありがたいものなんだ。少年の心中は知らず、ジズは自分の髪の水分を飛ばして遊んでいる。

 「なかなか乾かないな。シンはちゃんと髪の毛乾かした?拭いてあげようか?」

 「もう乾いた」

 今日は本当になにかと世話を焼きたがる男の申し出を、シンは再びにべもなく撥ね付ける。が、それで懲りるような男なら、そもそもそんな申し出をしていない。

 「ホントに?宿屋じゃいつも適当にしか乾かしてなかっただろ?」

 「……今日はもう乾いた」

 シンはむすっとしてそっぽを向いた。まさしく親に注意された子供そのものだ。ああ、俺、なんかホントに保護者っぽい、とジズはますます御満悦である。

 結局、ジズの意味の無い喋りに、健気な子供二人は付き合わされることになった。彼が喋ることに飽きるまで。

 交代で見張りをすることにして、三人はやっとこの一日を終えた。


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