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鼠の歌  作者: 足立かおる
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5階層のボスモンスター




 突然の愛の告白とも取れる言葉に、シーナは心臓が飛び上がったのではないかと思うほど驚いた。

 突然言われても、ギルドの宿を10日分更新したばかりだし、徒歩で3日の実家に挨拶、ああ、ミーナおばさんに保証人を頼んで籍を、とシーナの脳はフル回転している。


「シーナを地上に送るまで、僕は死ねないんだ・・・」


 浮き立つ心に、そのひと言が冷水を浴びせた。

 踊り場の壁により掛かるように座ろうとしたレントの顔の横に、岩も砕けよという勢いでシーナの掌が叩きつけられる。


「今、なんつった?」

「え・・・」

「死ぬとか聞こえたんだけど?」

「えっと、別に自殺とかじゃないから、うん・・・」


 目を逸らしたレントの視界に、鉄色のナイフが迫る。

 それでぺちぺちと頬を叩かれるのだから堪らない。


「えっと、まずそのナイフを仕舞いましょう、シーナ」

「サーフィス神に仕える神官は、こうして自らの命を軽んずる者に説教をするのよ」

「嘘だっ!」

「ウソなものですか。シスター・シーマ直伝の説教よ。言ってみなさい。レントは、死んでもいいとか思ってたりするの?」

「か、顔が近いって!」


 もしこの場に別のパーティーが現れれば、シーナは美少年をナイフで脅してくちづけをせがむ痴女との烙印を押されてしまうかもしれない。それほどの、顔の近さだ。


「聞こえてる、哀れな子羊さん?」

「は、はい! 思ってなくもなかったり、なくなかったりします!」

「どっちだってのよっ!?」

「・・・わからない。何度も死のうと思った。でも、崖から飛び降りたりはしたくなかったんだ。生きる目的がないからと、簡単に死を選ぶのは違うと思う。僕は、剣士として生まれた。だから死ぬなら、剣で戦って死のうと、ここに来たんだ・・・」

「自殺じゃないから放っておけと?」

「出来れば・・・」


 シーナは袖口にナイフを戻し、壁に着いていた手も退けた。

 サーフィス神への祈り。

 毎朝と就寝前に跪いて祈る、その仕草はシーナの体に染み付いた動きだ。


「サーフィス様、貴女の僕たるシーナ・マリベルはここに宣誓いたします。死を望むレントを・・・」

「ダメだ、シーナ!」


 レントが必死の表情でシーナに手を伸ばす。

 だがその手が届こうとした瞬間、シーナは光りに包まれてその手を跳ね返した。


「宣誓するなんて・・・」


 両膝を付いた姿勢でレントが呆然と呟くと、光が収まってシーナが晴れ晴れとした表情で立ち上がる。


「シーナ、君は何を考えているんだ! 初対面の人間のために宣誓するなんて、正気を疑う!」

「はいはい。何を言ってももう、サーフィス様は宣誓を受け入れたわ。何をくだされたと思う?」

「知らない。僕の事を宣誓したりして、君に何かあったらどうするつもりなんだい」


 宣誓とは神への誓いである。

 己と己の信ずる神が成すべきだと判断した事が一致し、それが困難であれば神は人に新たなる力を与える。

 だがその宣誓が果たされなければ、その力どころかクラス、時には命まで取り上げられるという。よく知りもしない人間の事で宣誓するなど、レントでなくともシーナの正気を疑うであろう。


「ふっふーん。もうどうにも出来ないんだから、何を言ってもムダよ」

「宣誓は最後まで聞こえなかったけど、まさか迷宮に一緒に入るなんて言わないよね?」

「入るわよ。当たり前じゃない」

「だって、レベル・・・」

「ふふん。だからサーフィス様は、光属性の攻撃魔法を与えてくださったのよ。2次クラスでも出ない人が多い、レアスキルなんだから」

「でも、レベルは5なんでしょ?」

「当たり前よ。いくらサーフィス様がお優しくても、レベルを上げるなんて無理に決まってるわ」


 これは考えていないなと、レントは溜息を零したくなった。


「あのねえ。レベルが5の人が強力なスキルだけ手に入れたって、迷宮の深いところまで行ける訳ないでしょ。僕は迷宮初心者だけど、そのくらいはわかるよ?」

「なんでよ!? アタシはヒールも使えるし、迷宮装備でMPも他の人より長持ちするのよ?」

「だから、HPとか低すぎるでしょ。攻撃魔法が強力だったとしても、それで敵意を稼いでシーナに攻撃が来たらどうするのさ。ステータスが低いから避けられないし、攻撃を受けたらそのHPじゃヒールを使う前に死んじゃうじゃないか」

「あ・・・」


 シーナの顔には、考えてませんでしたと書いてあるかのようだ。

 潤んだ目を、静かに下げる。

 その頭に、レントの手が置かれた。


「仕方ない。5階層までを3日、だよね?」

「な、何が?」

「シーナがしているレベル上げ。3日連続で迷宮に入って1日お休み、なんでしょう?」

「うん。でも、レベルなんてそんなにポンポン上がるものじゃないから・・・」

「上がりにくいなら、数をこなせばいいんだよ」

「どういう事?」


 レントが悪戯っぽく笑う。

 その表情はまるで、街を走り回って遊ぶ少年のようだとシーナは思った。


「毎日やっている事を、もっと早くやるんだよ。最低でも、3倍かな」

「ボスを3回も狩るっていうの!?」

「毎日行ってもいるんだから、その日にまた行ってもいるでしょ」

「そうかもしれないけど・・・」


 レントは立ち上がり、シーナに手を貸して立たせた。


「とりあえず試してみよう。ボスってのを倒して、ここに戻ってくる。上手くいくといいな」

「そううまくいくかなあ・・・」

「ダメなら違う方法を考えるだけだよ。行こう」

「うん。ごめんね・・・」

「シーナの宣誓は僕の事が関係してるんでしょ。マナーだから宣誓の内容は聞かないけど、手助けはするさ」

「あ、ありがと・・・」


 レアスキルを与えられた興奮で忘れていたが、あの宣誓はちょっと恥ずかしかったかなとシーナは今更ながらに思った。

 ボス部屋に踏み込むレントの背を見ながら、ボスの説明すらしていない事に気がつく。

 待って、その言葉を発する前に、レントはボス部屋に入ってしまう。


「失敗したーっ!」

「どうしたの、シーナ?」

「ボスの説明してないじゃない!」

「ああ、あの大っきな虫?」

「サソリよ、デイダラサソリ! 尻尾には毒があるからね!」

「へえ、なら尻尾をどうにかすればいいんだね?」

「言っとくけど、硬くて斬れないからね。目を潰して、そこから奥の脳まで傷口を広げるのよ。6階層の猫モンスターの死体か、9階層のリンゴを投げれば動きを止めるらしいけど、それなりに高いから使った事はないの」

「ふーん。まるで怖くないけどなあ。HPなんて75しかないし。一応、トライアンエラ。じゃあ、行ってきます」


 そう言って、レントはデイダラサソリに向かって駈け出した。


「1人で突っ込むなんてっ!」


 走り寄るレントに、デイダラサソリの鋭い尾が迫る。

 それを半身で躱しながら、レントは刀の柄に手をかけた。


「【水面斬月】」


 その名の通り水面の月さえ断ち割る一撃は、呆気なくデイダラサソリの尾を切り飛ばした。


「ウソ・・・」

「うあ、気持ち悪いね・・・」


 攻撃手段を失い、カサカサと這って敵を噛もうとするデイダラサソリを見て、レントが呟く。

 なぜそのまま倒してしまわないのかとシーナが思っていると、レントはサソリを引き連れて早足で歩き出した。


「シーナ、攻撃魔法の練習!」

「え、あ、わかった」


 杖を握り直し、精神を集中する。

 詠唱文言は頭に入っている。自信を持って、シーナはそう自分に言い聞かせた。


「人の世に、其は産まれたり、神さえも、嘲る如き、生き様を、我は赦さず、【ジャッジメントアロー】!」


 杖の先端から、光の線が放たれる。

 それはデイダラサソリの体に命中し、ジリジリとHPを削ってゆく。


「へえ。光が出てる限り、ダメージが継続するのか。頑張って。残りHPは30」

「け、結構キツイわね・・・」


 それでも、50近くあったHPを30まで削っているのだ。【ジャッジメントアロー】というのは、強力なスキルに間違いはない。


「うおおおおーっ!」

「おお、カッコイイ。頑張れシーナ」


 デイダラサソリのHPが10を切る。

 もう少し、もう少しだけMPが保てば倒せると、シーナは確信した。


「どらっしゃー!」

「女の子がその掛け声はどうかと思うな・・・」


 レントが呟くと同時に、デイダラサソリはHPバーを散らして裏返しになって倒れた。


「た、倒した・・・」

「おめでとう。良いスキルだね」


 ぺたんと座り込んだシーナに手を差し出し、レントが顔をくしゃくしゃにして笑う。

 頬を赤くしながら、シーナはその手を借りて立ち上がった。


「あ、ありがと・・・」

「死体をアイテムボックスに入れればいい?」

「ううん。尻尾の先だけでいいわ」

「了解。シーナは階段で休んでて」


 デイダラサソリの尾を回収したレントが階段を上ると、踊り場にシーナが座り込んで水筒の水を飲んでいた。

 デイダラサソリを倒した時に2まで減っていたMPは、すでに5まで回復している。


「回収したよ。MP、回復してるね」

「ありがと。MPが回復するまでに、気力が回復してくれる事を願うわ・・・」


 レントもシーナの隣に座り、水筒を出して水を飲む。


「冷たくて美味しいな」

「そんなはずないでしょう。すっかり微温くなってるわよ」

「ああ、アイテムボックスの中は時間が止まってるからね。飲む?」


 半信半疑で水筒を受け取り、シーナはそれを口に運ぶ。

 地下水を汲み上げたばかりの冷たい水が喉を落ちると、シーナは驚きに目を見開いた。


「冷たい・・・」

「もっと飲んでいいよ。来る途中で汲んだから、帰りも汲めると思う」

「ありがとっ」


 上機嫌でまた水筒に口をつけたシーナだが、さっきこれをレントも口に運んでいたのを思い出して動きを止める。


「どうしたの?」

「う、ううん。なんでもない。それより、アイテムボックスって凄いね」

「迷宮とは相性が良いだろうな。獲物を腐らせないで済むし、温かい料理がいつでも食べられる。レベルが上って容量が増えれば、もっと楽になるね」


 シーナのMPが回復するまで他愛もない話を続け、2人は腰を上げた。

 そろそろシーナが入る予定だった、低レベルの臨時パーティーが来る時間かもしれないからだ。


「さて、いてくれるといいな」

「レントがいてボスの復活を待つなんて、反則級のレベル上げね。って、やっぱりいないかー・・・」

「いや、待って。いつ来ても、ボスはいたんだよね?」

「そうよ。他のパーティーが戦闘中で入れない事もあるけど、30分も待てば普通にボスはいたわ」

「ふむ。なら1度、4階層まで戻ろう。それでダメなら、1度は迷宮を出ないと同じボスとは戦えないって事になる」

「望みは薄いと思うけどね。じゃあ、行きましょ」



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