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鼠の歌  作者: 足立かおる
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初恋




「じゃあ、開けるよ」

「うん。楽しみね」


 レントが宝箱を開ける。

 さして大きくもない箱の中には、金に宝石を散りばめた腕輪が入っていた。


「へえ、綺麗だね。きっと、シーナに良く似合うよ」

「冗談でもやめてよね。こんなの装備してたら、怖くて街を歩けないわよ」

「でも、防御力はなさそうだなあ」

「迷宮装備だもの。防御力がなくても、強力な品のはずよ」

「迷宮装備?」


 キョトンとして聞くレントに苦笑して、シーナは迷宮装備の説明を始める。

 火を吐く剣。魔法を反射する盾。投げても戻ってくる槍に、モンスターの目を外さない弓。


「まあ、そんなのは伝説レベルだけどね」

「迷宮って、なんでもありだね。これもそうなのか」


 レントが腕輪を取り上げる。

 太陽に透かしてみても、ただの装飾品にしか見えない。


「戦闘で出た宝箱の中身は、専用装備らしいわ。持っただけで、性能や使い方がわかったりしない?」

「ううん。まったくわからない」

「そんなっ。神様からのご褒美なのよ!?」

「じゃあ、シーナの装備品なんじゃないかな。ほら」


 腕輪を渡されたシーナは呆然とする。

 それはそうだ。なんの役にも立たずに終えた戦闘の褒美が自分の専用装備だなんて、シーナは想像すらしていなかったのだ。


「消費MP半減に、MP回復上昇。まるで宝物級じゃない。そして、なんでこんな名前・・・」


 名前と口に出すと、シーナの頬は赤く染まった。


「なんて名前?」


 言いながら、レントは腕輪を取ってしげしげと眺め回した。


「えっと、その、は、初恋の思い出・・・」


 言う方も聞いた方も、顔を真っ赤にして俯いてしまう。お互いに、これが初恋というものかもしれないと、ぼんやりとだが思っていたのだ。

 そこで貰った神様からの褒美の名前が、初恋の思い出。これではどうしても、意識してしまう。

 それでもなけなしの勇気を振り絞って、レントはシーナの白い腕にそれを嵌めた。


「よ、よく似合うよ。大切にしてくれたら嬉しいな」

「大切にするに決まってるじゃない・・・」


 ここにギルドのお騒がせコンビがいれば、2人をからかいつつも応援してカップル成立となったかもしれない。

 だが初心な2人だけでは、そこまでの進展は得られないようだ。


「それで、道案内を頼んでもいい?」

「う、うん。でも角を回収して、ハーゲンティの肉を持てるだけ取らなきゃ」


 レントは考える。

 【アイテムボックス】は、レアスキルだと聞かされていた。シーナにその所持を知られるのは良いが、ギルドの買い取り所でそれを使ってもいいのかと。


「わからないな。ねえ、シーナ。アイテムボックスってスキルを知ってる?」

「もちろんよ。1流のパーティーには、【アイテムボックス】が使えるメンバーが、最低でも1人はいるもの」

「そんなにレアって訳でもないんだね。ならいいか。収納っと」


 ハーゲンティの死体が消える。

 いつの間にか消えていた宝箱の不思議をレントが考えていると、シーナの叫びが森に響いた。


「モンスターが来るって、シーナ。道はどっち?」

「ご、ごめん。右」


 レントが先に立って歩き出す。


「走らないでいいから、少し急いで。獣みたいなのがこっちに向かってる」

「わかったわ。でも、【アイテムボックス】を持ってるなんて。そのレベルといい、すぐに有名パーティーに入れるわよ」

「そんな気はないな」

「ずっと1人なんて無理よ!?」

「また大声。お、あれが階段だね」


 シーナを先に階段に進ませ、すぐにレントも続く。


「あーっ!」

「ど、どうしたの?」

「焦って、下への階段に案内しちゃった・・・」

「5階層のボスっていうのは、ハーゲンティより強いの?」

「そんな訳ないじゃない。あんなのを相手にしてたら、私なんてとっくに死んじゃってるわよ」

「なら、転送装置とやらまで進もう。その方が早い」

「そりゃそうだけど、って待って」


 階段を下りかけたレントを、シーナが慌てて止める。

 踊り場に座って、シーナは自分の隣をポンポンと叩いた。


「階段を使えるモンスターはいないの。だから休憩したり、MPの回復を待ってから次の階層に向かうのよ」

「なるほど・・・」


 先達の言葉に学べ、そう聞かされて育ったレントは、素直にシーナの隣に腰を下ろした。

 ハーゲンティの肉ををさんざん斬った刀を抜いて、その刀身を布で拭う。


「綺麗な剣・・・」

「遙か東方の、刀っていう剣だよ。師匠から譲られたんだ」

「レントは、どこから来たの?」

「・・・セムスンド王国」

「っ、ごめん! 言いたくなかったよね」


 悪名高きセムスンド。

 それは王族や貴族を民衆の力で押し潰し、法すらない無法地帯となった国の名だ。

 国王を自称する民衆のリーダーは周辺各国の首都に、間諜を放っては揺さぶりをかけている。

 どんな風にクラスやスキルを持つ貴族を殺し、その婦女達をどうやって嬲ったかを流言で民衆に周知させたのだ。

 その街の民衆に貴族を殺して財を奪えとでも言うかのような挑発行為に、各国はそろそろ戦争を仕掛けるのではないかと噂されていた。


「もう帰るつもりもないから。それより、この先はどうなってるの?」

「4階層は1本道。大きな河が流れてるから、その河原を歩けば階段に着くよ」

「地下に河って・・・」

「迷宮は、ここではないどこか。地下じゃないって言う人もいるのよ。あまり気にしても意味ないわ」


 それにしたって限度がある。そう言いたいレントだが、シーナの言葉に素直に頷いた。


「水筒は準備してて良かった。お弁当を買えなかったのは痛いなー」

「お弁当なんて売ってるんだね」

「うん。転送装置の隣の食堂は、お弁当がメインだと思うわよ」

「明日は僕も買えるかな。でも、もったいないかな・・・」

「ちょっとちょっと。ネームドモンスターを倒したんだから、お弁当くらいいくらでも買えるわよ」

「もしかして、宿に泊まれたりもする?」

「あったりまえよー」

「布団で眠るなんて、1年ぶりだ。楽しみだな・・・」


 レントは薄く微笑んだ。

 あ、かわいいな。そう思ったシーナだが、もちろんそれを口に出したりしない。

 気恥ずかしさももちろんあるが、1年も布団で寝ていないというレントの、その旅路を思ったからだ。

 もしかしたらきちんとしたゴハンすら、レントはずいぶん口にしていないのかもしれない。そう思うと、早く迷宮を抜け出して行きつけの食堂に連れて行ってあげたくなった。

 ギルドの2階の女子大部屋住まいなので手料理をごちそうできないのは残念だが、ミーナおばさんの食堂なら味も量も保証できる。美味しい物を、たくさん食べさせよう。


「行こっか。4階層の敵は、大きなカニと魚人のモンスターよ」

「うん。そういえば、買い取り所に持ってくのってゴブリンは武器?」

「そうよ。2階層のゾンビは神官系のクラスが成仏させなきゃ、換金アイテムは落とさないの。3階層は犬とウサギのモンスターの皮と肉。4階層のカニと魚人は、どっちも丸ごと食材」

「モンスターを食べるとは・・・」

「モンスターの肉は強いほど美味しいから、どこの食堂でも大人気よ。この街じゃね」


 話しているうちに、2人はすでに4階層に踏み込んでいる。

 河原は砂利で歩きにくく、シーナはずいぶんと苦労しているようだ。

 しばらく進んだ2人の前に、カニと魚人のモンスターが立ち塞がる。カニが3、魚人が5。


「数が多いんだね。殺人ガニにサハギン、か」

「だから、パーティーを組むのよ」


 レントが前に出る。

 それだけでモンスターはもう、レントしか気にしていないようだ。

 手練がもう1人いれば、獣を狩るより楽そうだ。そう考えたレントは正しい。基本的に浅層のモンスターは、徒党を組んで焦らず当たれば、戦闘系ではない職業の者達でも狩る事が出来る。

 抜き打ち。

 東方の抜刀術で、サハギンの首が飛ぶ。


「なんか、弱すぎない?」


 レントがモンスターの集団に突っ込む。

 アンタが強すぎるのよ、そう呟くしか、シーナには出来ない。

 カニが足を狙う。

 それを見もせずに躱し、刀はサハギンを斬り裂いた。


「25階層までは大丈夫ってギルドで言われたけど、ホントみたいだね」


 また1匹、サハギンが倒れる。


「なに言ってんのよ! それはパーティーを組んでの話!」

「組んでるじゃないか、シーナと」


 サハギンを倒し終えたレントは、地を突くようにしてカニを減らす。


「普通は同レベル帯で6人パーティー! 2人でなんて、無理に決まってるでしょ!」

「そうなのか。残念だなあ・・・」


 ザクザクとレントは砂に棒でも指すように、殺人ガニを突き殺す。

 シーナ達の臨時パーティーではこの殺人ガニのために、魔法使いかハンマー装備の重戦士を広場で探し回ったりするのにだ。


「普通、その甲羅に剣は通らないんだけど・・・」

「そうなの? これで終わり、っと。あ、肉とかはアイテムボックスに入れとくから、換金したら山分けしようね」

「貰えないわよ。私、何もしてないじゃない」

「ヒールをたくさんくれたじゃないか。それも、無詠唱でね。シーナって凄腕?」

「必死だったのよ。普段は詠唱しないと、ロクにHPが回復せずMPを無駄にするだけ」

「すぐに普段も出来るようになるよ。要は慣れだって、師匠も言ってた。あ、道案内に迷宮探索の心得、シーナも僕の師匠だね」

「やめてよ、恥ずかしい。ね、地上に戻ったらさ、一緒にゴハン行こうよ」


 アイテムボックスに殺人ガニとサハギンを入れ、歩き出すレントをシーナが追う。スキップのような足取りは、一緒にゴハンという言葉の響きに軽く酔っているかのようだ。


「ゴハン食べても、宿に泊まれる?」

「もちろんっ。なんなら明日はお休みにして、マクレールを案内したっていいわ」

「迷宮探索って、そんなに儲かるの?」

「ピンキリよ。当然じゃない。私達みたいな駆け出しは、5階層までの狩りを3日繰り返して1日お休みが一般的ね。それでなんとか食べていけるし、装備を修理したり新調するための貯金も少しは出来るの。レントのレベルなら1度迷宮探索に出たら、1日か2日はお休みしてるはずよ」


 そうこうしているうちに、河原に箱のような階段の入口が見えてきた。


「楽しみだな。ゴハンも、ボスとかいうモンスターも」

「5階層は、ボス部屋っていう場所しかないの。転送装置は、その先よ。レントが強いのはわかってるけど、ボスは普通なら6人で倒すモンスター。単純に手数が足りなくて苦戦、なんて事態も考えられるわ」

「トライアンエラ。フドー神様に誓うよ。僕は、シーナを守るためならなんだってする」



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