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鼠の歌  作者: 足立かおる
16/17

ジャヒウセン自治領




 シーナは悩みに悩んで、何種類かの作物の種と迷宮のモンスター食材を土産に決めた。

 村は決して豊かとはいえないが生活に困るほどではないので、農具や生活用品などは必要ないのだという。

 付き添いのレントが選んだ土産は、日持ちのする菓子だった。3日の旅程を考慮したわけではなく、単純に数を揃えられるのがそれしかなかったせいである。


「じゃあ、行こうか」

「うんっ」


 2人の前には、まっすぐに道が伸びている。

 初夏の晴れ渡った昼下がり、遠くには雪の帽子を被った大アルクス山脈が見えた。


「あれ、僕がマクレールに来た時に歩いた街道より道幅が狭い・・・」

「田舎だから、徴税の馬車が通れる道幅しかないのよ」

「商人の行き来は?」

「あるけど必要最低限ね。私もマクレールに来る時は行商人の荷馬車に乗せてもらったけど、街に着くまで1台の馬車とも擦れ違わなかったわ」

「凄いねえ・・・」


 自治領。

 そんな統治形態を、レントも知識としては知っていた。

 戦争で奪った地域の住民を国民として国に組み込む際、自治領とすれば住民の反発は抑えられる。

 だが、過去の因習に捕らわれているからこそ住民の激烈な反発が予想されるのだし、独自の教育しか受けていない住民は、政治的にも商業的にも戦争に勝った国の貴族より能力が劣っている事が多い。

 故に自治領とするというのは、その地域の発展を捨てたという事に等しい。

 なので自治領などとして税だけ受け取る手段など愚王の証明であるから、もしそうなれば臣として王を諌めるべし、とレントは父に教わった。


「街道には危険な獣も出ないし、のんびりと行きましょ」

「迷宮を歩くよりずっと楽そうだ。いい骨休めだね」

「うんっ」


 途中で野宿して次の日の昼、2人はようやく初めての村に到着した。

 丸太を組んで防壁とした、いかにもな田舎村である。


「なんっ!?」


 村を守る守衛を見たレントは、己の背を冷たい汗が撫でるのを感じた。


「おっ。おまえさんはたしか・・・」

「ワヂ村のシーナです。友人と里帰りなの」

「友人? 婿じゃないのかい?」

「・・・もうっ。からかわないでよ、おじさん!」

「はっはっはっ、悪い悪い。指輪を見るにどちらも探索者か。通ってよーし」

「ありがとっ」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げて村に足を踏み入れてから、レントは守衛の男を振り返って見た。


「な、なんなのこの村・・・」


 レベルが見ようとしたのは守衛だが、見えたのは守衛と、街道からは見えなかったもう1つの村である。森のそばにあるので、街道からは見えなかったらしい。


「まさか・・・」


 視線を移した反対の森のそばにも、もう1つ村らしき防壁が見える。


「街道の正面にこの村。その手前、街道の左右に森に隠れるようにして2つの村がある。この村の門で敵を止めて、2つの村から兵を出せば絵に描いたような挟撃だ。まるで、攻められるのを想定して作ったみたいじゃないか。それにあの守衛さん、どう見たって2次クラス。下手すると3次・・・」

「何をブツブツ言ってるの、レント?」

「あ、いや。ねえ、シーナの故郷もこんな感じなの?」

「そりゃそうよ。ジャヒウセン自治領は、どこに行っても田舎だもん」

「いや、そうじゃなくって・・・」

「わあっ! カラネルさんだ!」


 シーナが弓を背負った青年に手を振る。

 笑顔で手を振り返されると、青年を目指して駆けて行った。


「あの人もハンパな腕じゃない。どんなレベルしてるんだろ・・・」

「数日後には説明がありますので、今はお気になさらず。出来ればシーナに、このジャヒウセン自治領の異常さを説明するのもやめていただきたい」

「・・・でないと、命はないとでも?」


 前を向いたまま、レントが囁くように言う。

 弓を背負う女は小柄だが、もう成人はしているようだ。やすやすと背後を取られて動けないレントには見えないであろうが、つややかな栗色の髪にあどけなさを残すかわいらしい顔立ちであるのに、胸と尻が見事な大きさとハリを誇っている。


「動いても構いませんよ?」

「ありがたい。シーナの友人で、レントという者です。よろしく」

「元セムスンド王国、カーネリアス公爵家嫡男。ついでに言うなら王位継承権持ち。煉獄のサムライ。3次職昇格を確実視される、新進気鋭の探索者」

「はじめまして。シーナの友人でレントと言います。よろしく」

「・・・良い性格をしてるじゃないのさ。サミーだ。シーナと話してる優男と猟師をやってる」

「そんな職業を信じろと?」

「事実さ」

「まあ、いつでも僕を殺せる人が言ってるんです。そうしときましょうか」

「敵じゃない。それだけは信じな。おーい、シーナ! サミー姉ちゃんもいるぞー!」


 シーナに走り寄るサミーを見てから、レントは空を仰いだ。


「トライアンエラ。・・・ジャヒウセン自治領は迷宮より不思議なところ。ジャヒウセン自治領は迷宮より不思議なところ。ジャヒウセン自治領は迷宮より不思議なところ。よし、心に刻み込んだ」

「レントー!」


 手招きするシーナに苦笑を見せ、レントは3人に歩み寄る。


「やあ、はじめまして。俺はカラネル。このサミーと猟師をしてるんだ」

「レントです。よろしくお願いします」

「カラネルさんとサミーさん、この村に獲物を売りに来たんだって。それで穀物を買って、私の育ったワヂ村に帰るところなの。しかも、馬車で」

「・・・なるほど。便乗させてもらおうという事かな」

「うんっ」

「おいシーナー。サミー姉ちゃんをサミーさんとか酷くねえか?」

「だ、だって私もう子供じゃないし・・・」

「ほうっ。おいカラネル。かわいいシーナが大人の階段を登って里帰りだとよ。帰ったら赤飯だな、こりゃ」

「そっ、そんなんじゃないからっ!」


 じゃれ合う2人を見ながら、レントはなんとも窮屈な旅になりそうだとため息を吐いた。これでは、とても骨休めになどなるはずがない。

 サミー1人でも接近に気づかず背後を取られたというのに、同程度かそれ以上の腕の持ち主、カラネルまで加わっての道行きなのだ。


「不満かい?」

「・・・こうして接近に気づかない自分に、不満を感じてはいます」


 いつの間にか隣に移動していたカラネルに、レントが苦笑を見せる。

 ポンポン。

 そんな感じでカラネルはレントの肩を叩くと、女性ならほうけてしまいそうな極上の笑顔を浮かべた。


「君はまだ若い。そう成長を急ぐ必要はないさ。ほら、サミー、シーナ。出発するよ」

「はーい。タダ乗りやったー!」

「タダで乗られたんか。レントちゃんをタダで乗せたんか、シーナー!」

「ちょ、やんっ。ドコ触ってるのサミー姉ちゃん!?」

「これは、出発を遅らせてでも見物したいな。ね、レントくん?」

「同意しかねます。ご両親に見せるための上級神官服が、シワになってしまいますよ」

「枯れてるねえ・・・」


 キョロキョロと辺りを見回すレントに、カラネルが不思議そうな表情を浮かべる。


「どうしたんだい?」

「いえ、昼食がまだなものですから、お弁当かパンに挟めるおかずでも売ってないかなと」

「こんな田舎に露店なんてある訳がないじゃないか。外食が可能なのは酒場だけだよ」

「・・・なるほど。では何か買ってきますね」

「準備してあるからいいって。大きなパンにイノシシ肉のタレ焼きと生野菜を挟んだ物だけど、いいよね?」

「シーナに待ち伏せがバレますよ?」

「あの人を疑う事を知らないシーナが? おしめを替えてあげてた俺とサミーを疑う?」

「今のシーナなら気づいて、くれるといいなあ・・・」

「賭けてもいい。ムダな期待さ。サミー、そのくらいにしておけ。行くぞ!」


 息もたえだえなシーナと諦め顔のレントは、村の反対側の出口で粗末な馬車に乗せられた。

 御者台にカラネルとサミー。レントとシーナは荷台の麻袋の上である。


「シーナ、行儀が悪いよ?」

「いーのいーの。脱穀した麦が入ってるから、ソファーみたいなもんよ」

「食べ物の上に乗るだけでも抵抗があるのに、その上に寝そべるなんて。ねえ、せめて座らない?」

「らない!」

「はぁ・・・」


 カラネルが言ったように、用意されていたパンをシーナはなんの疑いもなく食べた。

 馬車は休憩を挟みつつ順調に進み、陽が沈むと街道の真ん中で焚き火をして焼き肉と蜂蜜酒で、ささやかな宴が張られた。

 シーナは旅の疲れか、久しぶりに故郷へ戻る興奮からか、すでにサミーと荷台で眠っている。

 焚き火を囲むのは、レントとカラネルだけであった。


「煙草はやらないのかい?」

「ええ。息が切れやすくなると聞きました」

「そうか。俺はやらせてもらうよ。酒を飲むと、無性に吸いたくなるんだ」

「どうぞ」


 会話は少ない。

 どちらも酔わない程度にしか飲まないので、たまに木杯を置く音がする以外は、焚き火の薪が爆ぜたり崩れたりする音が聞こえるだけだ。


「・・・何も訊かないんだな」

「説明は数日後と言われました」

「それでも、気にはなるんだろう?」

「ならないと言えば嘘になりますね」

「ま、俺に言える事なんかないんだけどね」


 おどけた物言いにも、レントは反応しない。


「シーナはあっちでちゃんと生活できてる?」

「定宿の女将、常連客。迷宮の買い取り所のギルド職員。ドワーフの鍛冶屋の老夫婦。誰もがシーナと接すると笑顔になります。人徳なんでしょうね」

「そう。少しは安心したよ。クラスチェンジしたら村に顔を出せと、出発前にあれほど言ったのに帰って来ないからさ。心配してたんだ」

「僕がもっと早く気を利かせるべきでした。申し訳ありません」

「何を言ってるんだい。感謝してるんだ。謝られても困るよ」

「そうですか」


 続かない会話に業を煮やしたのか、カラネルが蜂蜜酒の入った革袋をレントの木杯の上で傾けた。

 レントの視線を受け、カラネルはニカリと笑う。


「シーナとパーティーを組むくらいだ。本当はもっと飲めるんだろう?」

「ですが、見張り中ですので」

「そう言うなって。俺はレントくんと仲良くなりたいんだからさ」

「・・・いつでも殺せる。何も訊くな。そして仲良くなりたい、ですか?」

「そうさ。レントくんより強いのは俺が悪いんじゃないし、何も言えないのだってそうだ。仲良くなりたいってのは本音」

「はあ・・・」

「まあ、これでも兄弟子になる訳だし?」

「はあっ!?」



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