表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鼠の歌  作者: 足立かおる
15/17

過去あればこその、未来




「違う世界からの迷い人。神様方でも止められない偶然、か・・・」


 呟きながらレントは歩く。

 辻々に置かれている篝火の鉄器にはすでに蓋が被せられ、通りを照らすのは2つの月と小さな星々の明かりだけ。

 自然体でゆっくりと歩いていたレントが足を止めたのは、ありふれた民家の前だ。


「早く行った方がいいと思いますよ。彼は今、かなり辛いでしょうから」

「優しいのね、残酷なくせに・・・」

「伝えない方が残酷だと思いますが?」

「帰れた例はない、それはそうよね。だって帰れたなら、こちらにそれを伝える術はないもの。でもね、行方不明になった例はいくつかあるのよ。その人達は帰れたのかもしれない、故郷へ」


 レントの背中を見詰めながら、カーミルが言う。

 語気は荒くないが、何かを堪えているらしいのは容易に見て取れた。


「周りの人は確信できないから伝えず、ハルさんも確信できないから心の隅で期待していたのでしょう。ですが、帰れないのを知っている人間がいるのです。界渡りは1度だけ、そう伝えるように言われました」

「生涯1度しか答えてもらえない【託宣】スキルの、世界の謎に関する質問でも使ったって言うの?」

「そのようなものです」

「そう・・・」


 カーミルが瞳を閉じる。

 レントは少しだけ考えるような仕草を見せ、それから小さく頷いた。


「パーティー結成したばかりでなんですが、明日からしばらくお休みにしましょう」

「・・・理由は?」

「あの人が乗り越えて来た苦難は相当なものです。いつか帰れるかもしれない、そう思って耐えていたのにそれを否定されたのですから、何よりも時間、それと支えてくれる人が必要ですよ」

「なら、なんで引導を渡すような真似を!」


 振り返ってカーミルの視線を受け止め、レントはゆっくりと口を開く。


「帰れないと伝えろと言った人は、世の中には諦めなければいけない事もあると言っていました」

「・・・わかったような事を」

「私には想像も出来ませんが、世界を渡ってもこの世界の人間になり切れる人は少ないらしいですよ」

「・・・どういう意味?」

「いつか帰れるかもしれない、そう思いながら生きてゆくのだそうです。そしていつか死んでいく訳ですが、結婚もせずに帰れる日を待つ人も多いのだとか。世界の謎の事は私にはわかりませんが、界渡りとは偶然起こる現象のようです」

「偶然・・・」

「ええ。まあ、その地にいる神が許さないほどの悪人であれば魂ごと擦り潰されるらしいですけど。ですから、ハルさんは勇者でもなんでもありません。界渡りに巻き込まれ、その境遇を哀れに思った神から最低限の装備と、人より少しだけ恵まれたクラスを与えられただけです。そんな人がいつか帰れるかもしれないからと人付き合い、特に恋愛を自らに禁じているなんて、哀しい事だとは思いませんか?」

「それは思うけど・・・」


 そのカーミルの言葉に、レントは満足したようだ。


「なら早く行って下さい。帰れないと知って、自死を選ぶ人もいるそうですから。まあ、ハルさんなら大丈夫だとは思いますが・・・」

「っ! 休みはいつまでっ?」

「ちなみに、パーティー結成は取り消しでも構いませんが」

「シーナを放っとける訳ないでしょ。出会ったばかりだけど、私は彼女を仲間だと思ってるわ」

「・・・ありがとうございます。クラスチェンジをしてずいぶん経つのに、彼女は両親や恩師に上級神官服姿を見せていないんです。なので里帰りをしますから、・・・そうですね。10日ほどでしょうか」

「わかった。10日後に兎の晩餐に顔を出すわ。行けなかったら、まだマスターの所にいると思って」

「了解です。カーミルさんが来るまで迷宮には潜りませんから、ゆっくりとハルさんに付き合って下さい」

「そっちもね。ついでに結婚式でも挙げてくるといいわ。ああ、こっちでもちゃんと披露宴はするのよ?」


 思いもよらぬ言葉に、レントが目を丸くする。

 その表情を見たカーミルは、してやったりというように微笑んだ。


「・・・まったく、からかわないで下さいよ。あ、これどうぞ」


 レントがアイテムボックスから出して放ったのは、乾燥させて束ねた何かの葉だ。


「これは?」

「バッスルの葉です。煮出した汁に鎮痛と消毒作用があるんですが、なんと無味無臭なんですよ」

「へぇ、凄いじゃない」

「ええ。なので破瓜の翌朝と、それから数日間の行為の前後にはそれで局部を洗浄するそうです」

「・・・仕返しのつもり?」


 カーミルの頬は赤い。

 最愛の男が苦しんでいるのに、その男を自らの身体で慰める事になるかもしれないと思うと、心の何処かが喜びで震える。

 そんな自分を心の中で口汚く罵りながら、それでもカーミルは葉の束を懐に入れた。


「純粋な好意ですよ。では、10日後に」

「結婚はムリでも、くちづけくらいはして帰って来なさいよ?」

「・・・出来るはずがありませんよ。僕には、資格がない」

「あの状況でどれだけ暴徒を殺したって罪にはならないわ、レント・フジワラ・カーネリアス卿」

「どうして、その名を・・・」

「我が家にも、世界を渡った存在の血が入ってるもの。近隣の同じような家は調べるでしょ。その様子じゃ、知らなかったみたいね」

「・・・何をです?」

「私はこれでも見てくれだけはいいから、父は私をくれてやるのに一番家のためになる相手を見定めていた。まずはこの国の王子ね。でも第二王子までは既婚だから、第三王子が候補になるわ」

「はあ、それが?」


 長くなりそうな話だが、いいのだろうか。思いながらも、レントは礼儀として尋ねる。


「次に倍する兵力のゲーニストとの戦争で功を挙げ、爵位を与えられるはずだった異世界から来た勇者。これはバカ王女の求愛で手を出せなくなった」

「・・・残念でしたね、それは」

「次が隣国の公爵家。嫡男は王位継承権もあるから悪くなかったんだけど、国そのものが潰れてはね」

「なるほど」


 武門の家であったからか、幼い頃から婚約者が決められているような事はない。それが本当にありがたいとレントは思った。


「でもね、セムスンドの王位継承権を持つ人間はもう生き残っていない。望めば王になってセムスンドの再興も出来るのよ、貴方は」

「興味ありません」

「貴方は、ね。欲深い貴族ならどうかしら。娘を嫁に出し、それから娘の夫は王位継承権を持っているから分割統治されているセムスンドを返せとか言いそうじゃない?」

「まさか、自分に都合が悪いから僕にシーナと結婚しろと!?」


 レントとシーナはカーミルと出会ってパーティー結成を決めた帰り道、ハルという男の素晴らしさを滔々と語られてずいぶんと辟易したものだ。

 あの惚れっぷりでは、レントとの結婚を回避するためにシーナを生け贄に差し出すくらいは平気でやりそうだなと思える。


「第三王子は、マスターの友人。戦後、王家でマスターに本気で詫びたのは、彼だけだったそうよ。だから、王子は私という貢物を受け取らない。根回しはしてあるのよ。だから父は、自領で探索者をしているレント・フジワラ・カーネリアスを見つけたらほくそ笑むでしょうね」

「貴族なんてものにはうんざりしています。表に出る気なんてありませんよ」

「そ。でも、ちょっかいを出される覚悟だけはしておいてね」

「・・・わかりました。それより、ハルさんが心配ではないのですか?」

「私が惚れた男が、自死なんてするはずもないわ」

「さっきはずいぶんと焦っていたように見えましたけどね。まあいいです。では、今夜はこれで失礼しますね」


 そう言って、レントは歩き出す。

 その背中を、カーミルは黙って見送った。

 この様子では進展はないかもしれないが、シーナはあの村の出身だ。レントの義理堅さなら、どう話が転ぶかわからない。2人が帰ったら詳しく話を聞こう、そう思いながらカーミルはサキモリノトマリギへと足を向ける。

 歩き出してからのその表情は、まるで迷宮のボス部屋へと続く扉を押す前のようだ。


「私が支える。マスターを、いえ。ハルを・・・」




 翌朝、探索者が多く宿泊する兎の晩餐と心地よい眠り亭の食堂で、シーナはお茶を飲みながらレントを待っていた。

 丈夫な木製のテーブルに頬杖をつきながら、視線はチラチラと階段に向けられる。

 周りのテーブルにいる客や女将のミーナは何も言わず、そんなシーナを微笑んで見守っていた。


「あっ・・・」


 レントが食堂に姿を見せると、そう呟いてからシーナは視線を店の入口へと移す。

 待ち人はレントであるのだが、それを悟られるのは気恥ずかしいらしい。


「おはよう、シーナ。今日は早いんだね」

「いつもこのくらいよ。おはよう、レント」

「突然で悪いんだけど、しばらく迷宮には行けなくなったよ。あ、ミーナおばさん、僕にもお茶を。それと朝食をお願いします」

「あいよ。2人前ね」


 シーナと同じテーブルにレントが着くと、ミーナは厨房に「朝食2人前ー」と声をかけてからお茶の準備を始めた。


「あれ。食べてなかったんだ、シーナ」

「まあね。それで、しばらくってどのくらい?」

「10日」

「わー。蓄えはあるからいいけど、長いお休みねえ」

「うん。それでいい機会だから、シーナの里帰りをしよう。僕も着いて行って良い?」


 食堂から音が消える。

 木製の皿と木匙が鳴る音どころか、5、6人はいる食事中の客達の咀嚼音まできれいに止まっていた。

 ちなみにシーナはポカンと口を開けて硬直し、お茶を淹れていたミーナは頬に両手を当ててレントを見詰めている。


「あれ、ダメだった?」


 無言のままブンブンと首を横に振るのは、周りの客とミーナだ。

 シーナはぎこちなくはあるが、何とか笑顔を噛み殺すのに成功している。


「べっ、別にいいけど・・・」

「そ、良かった。楽しみだな、シーナの育った場所」

「レントちゃんっ!」


 感極まったような声を上げ、ミーナがお茶を運んで来る。

 どんっ、と置かれたカップは2つあり、1つをシーナに渡してからレントはお茶を口に運んだ。


「ああ、美味しい。やはり朝はこれですね、ミーナおばさん」

「それより、ついに決心したんだねっ!?」

「あのねえ、ミーナおばさん。レントの事だから、期待しているような土産話はないわよ。だって、レントだもん」


 酷い言われようだが、周囲の客の1人も「まあ、レントだもんなあ・・・」などと呟いている。

 レントもミーナの期待に気付いてはいるが、それに応えるつもりはないようだ。


「アンタ、弁当を2人前3日分だ。材料をケチるんじゃないよっ!」

「任せとけ。ついでにシーナの家族に、マクレールの味を土産に持ってってもらおうじゃねえか」


 厨房から顔を出した店主が、いつも厳つい顔を珍しく笑顔にして言う。


「そりゃあいい。シーナ、昼までに土産の料理は出来上がるからね。それまでに他の土産を見繕っておいで。シーナはもう、中堅探索者だ。両親や親類に、それなりの土産を買うお金ぐらいはあるだろう?」

「うんっ。何を持って帰ったら喜んでくれるかなあ」

「何でもいいのさ。要は気持ちだよ。レントちゃん、荷物持ちに着いてってやんな」

「もちろんです。朝ゴハンを食べたら行こう、シーナ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ