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鼠の歌  作者: 足立かおる
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連携と忠告




「4階層は敵もパーティーだったね。最初は見学かな、シーナは」

「見学? 何もせずに見てろって言うの!?」

「うん。次の戦闘、僕はシーナにこうして欲しいな、ってのを考えながら動く。シーナはそれを見て、戦闘が終わったら、僕がどう思いながら戦ってたのかを話してくれればいい」

「そんなの、先に教えてくれればいいだけじゃない!」

「それじゃダメなんだ。観察して、考察する。これはそこから正しい答えを発見するための訓練なんだからね。正解するまで、シーナは4階層での戦闘は禁止」

「えー・・・」


 不満気なシーナの言葉には構わず、レントは静かに歩を進める。

 その靴裏は様々な大きさの石を踏むが、それを蹴るような足捌きではない。シーナがそれに気づき、それを真似してさらに身に付けるとなると、クラスチェンジするまでくらいの時間では到底ムリであろう。


「カニが1しかいないね。まあ、いいかな。じゃあ、始めようか」


 レントがゆっくりと歩く。

 途中で1歩だけ右に歩を移したが、もちろん何がある訳でもない。

 その1歩の意味をシーナが考え出すと同時に、レントはサハギンの首を飛ばした。残るは殺人ガニが1、サハギンが3。


「今度は、モンスターの周囲を回ってる。どういう意味かしら・・・」


 シーナが呟いた通り、レントは襲いかかろうとするサハギンを引き連れるように、大きく円を描くように動いている。

 突出したサハギン。

 レントはその心臓を1突して仕留めた。

 シーナを見る。そしてレントは最後尾の殺人ガニのだいぶ手前まで走り、低い位置から刀を跳ね上げた。そこに、殺人ガニはいないのにだ。


「まさか、今のって!」


 その声が届いたのか、微笑んだレントが踵を返してサハギンに飛び掛かる。

 残る殺人ガニに突き立てた刀を納めると同時に、2匹のサハギンは倒れて動かなくなった。


「どうだった、シーナ?」


 獲物をアイテムボックスに入れながら、近づいてくるシーナに声をかける。


「最後のは、私に狙いを変えた殺人ガニを倒したのよね?」

「正解。よくわかったね」

「【ジャッジメントアロー】を使ってたら、そろそろ来そうな時間だったもの。でも、最初のはわからないのよ」

「右に1歩、だね。走らない僕を見て、遠距離攻撃をシーナが準備。刀は左の腰だから、シーナに向かうサハギンを仕留める抜き打ちの用意は出来てる。だからシーナは安心してギリギリまでHPを削ってって事だよ」

「はぁ・・・」


 シーナは言葉を失くす。

 たったあれだけの動きで、そんなに多くの事を読み取れる自信がないのだ。


「まあ、こうして説明してるのは、それがとても難しいからだよ。次は、もう少し簡単なのにするさ。行こう、もう1回は戦闘をしたい」

「が、頑張る!」


 歩き出す2人だが、そう簡単にモンスターは出て来ない。

 4階層の入口から出口まで歩いて、モンスターに出会う回数の平均は2だ。

 もしそれより多ければ、レベル1桁の初心者パーティーなど簡単に全滅してしまうだろう。


「階段と、サハギン。ラッキーだね。じゃあ、始めるよ?」

「うんっ!」


 レントは動かない。

 もちろん、シーナもだ。

 意味をわかっていないシーナの頭を撫でて、レントは苦笑した。


「えっと、バフ系のスキルってないの?」

「えっ、ああぅ! ぷろてくちゅ!」


 バフ系のスキルとは、シーナが無詠唱に失敗した挙句、なんとも可愛らしく噛んだ【プロテクト】のような、指定したメンバーの能力を上げるスキルだ。

 レントはレベルが違うのでシーナはこれまで使っていないが、臨時パーティーでは効果が切れる度に盾役のタンカーに掛け直す、定番中の定番スキルである。


「落ち着いて。かわいいのはわかったから、ね?」

「そ、そんなんじゃないからっ! すー、はーっ、すうっー、はあーっ。よし、【プロテクト】!」

「ありがと。じゃあ、改めて始めよう」

「うん」


 まだ遠いサハギンに、レントが歩み寄る。

 無詠唱の【ジャッジメントアロー】を使用したなら、走るサハギンがレントに辿り着く前に倒しきれる。

 そう思うと、レントは1歩だけ右に動いた。

 今、アタシは【ジャッジメントアロー】を撃ち始めた。シーナはそう自分に言い聞かせながら、減っていくサハギンのHPを想像した。

 そろそろ倒せる。サハギンが狙っているのはもう、レントではなくアタシだ。

 シーナの心の声に呼応するように、サハギンの頭部が爆ぜた。


「ええっ!?」


 レントがイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「まだ敵はいるんだよ、シーナ!」


 今回の敵パーティーはサハギンが2の殺人ガニが3。

 レントはサハギンの片腕を切り落とし、遅れている殺人ガニまで走って刀を突き立てた。

 後ろも見ずに、3匹を立て続けに屠る。


「片腕のサハギンは、アタシに任せたって事よね」


 シーナが呟くと、またサハギンは唐突に頭部を爆散させた。

 駆け寄るシーナを、微笑んでレントが迎える。


「見えた?」

「何がどうなってるのよ! サハギンの頭が砕けたのは、レントのスキルなの!?」

「見えてなかったか。これだよ」


 レントが差し出したのは、河原にいくらでも落ちている小さめの石だ。

 大雨の時に他の石に当って角を削られ、丸くなったただの石。


「石じゃない。これがどうしたの?」

「投げたんだよ。こうっ」


 レントが手首のスナップだけで、河原の横の森に石を投げる。

 シーナの目では、その動きさえマトモに見る事が出来なかった。


「凄い音がしたんだけど・・・」

「ああ、石に【硬化】を使ってなかったからね。木に当って、砕けたんでしょ」

「【硬化】はスキルよね。じゃあ、さっきの目で追えないほどの動きは・・・」

「修練の賜物だね。礫、師匠が教えてくれた技だよ」

「ツブテ・・・」


 シーナは信じられないとでも言うように呟く。

 それもそうだろう。

 この世界の常識では、スキルもなしにモンスターを倒すなど夢物語だと考えられている。

 実際はそんな事はないのだが、それに気づいているのはレントのようにある程度の修練を収めた武芸者か、セムスンド辺りの外道だけなのだ。


「まあ、これはシーナ向きじゃないから覚えなくていいよ」

「当たり前じゃない。どんなに練習したって、アタシにはムリよ」

「道具を使えばシーナでも、サハギンくらいは石で倒せるけどね。回収完了。さて、階段で休憩しながら、今の戦闘で僕が求めていたシーナの動きを聞こうか」


 果実の香りが移った冷たい水を飲みながら、レントはシーナの話を聞き終えて満足気に頷いた。

 安堵したシーナが、弁当を出してくれとレントに頼む。

 2人分の弁当を出し、自分の分を開けたレントは口をぽかんと開けているが、目は弁当の中身に釘付けになっている。


「ふふっ、驚いた?」

「かなり。昨日の夜はパンだったから、こっちにはお米がないんだと思ってたよ」


 弁当の中身は、3つの握り飯だ。

 レントの食べ慣れた海苔の巻かれたものではないが、ツヤツヤとした白米の艶にレントは生唾を飲み下す。


「お米は普通にあるの。ミーナおばさんのお店でも、頼めば出してくれるはずよ。朝、ギルドの図書室で読んだ本に、セムスンド辺りの主食は炊いたお米って書いてあったから、これがいいかなって」

「本当に嬉しいよ。ありがとう、シーナ・・・」

「どういたしまして。さっ、食べましょ」

「いただきますっ」

「いただきまーす」


 口いっぱいに米を頬張るレントの表情は、隠しようのない喜色に染まっている。

 それを見るシーナも嬉しそうだ。


「美味しいっ。これ、お肉が入ってるよ。初めて食べた」

「本場じゃ肉料理は入れないの?」

「うん。入れても焼き魚くらいかなあ」

「へーっ。探索者は体が資本だから、肉を入れるようになったのかもね。ん、美味しい」


 牛ステーキに続いて甘じょっぱいタマゴ焼き、焼き魚の握り飯と平らげたレントが大きく息を吐く。


「ああ、美味しかった。ごちそうさまでした。明日からの楽しみが増えたなあ。あ、そういえばシーナは、僕と合う前の日も迷宮に入ってた?」

「うん。でも、明後日が休みでいいよ。ごちそうさまでしたっ」

「ダメだよ。ゆっくり体を休めるのも修行。好きなだけ寝て、ダラダラ部屋で過ごせばいいさ」


 この機会にレントは、街を歩いてみようと思っていた。

 帰る場所のないレントだがここに迷宮がある限り、マクレールを離れる事はないだろう。衝動的に無駄遣いをする方ではないから、武器屋や防具屋を覗いてみようとも思っている。


「んー。じゃあ、そうさせてもらおうかな」

「それがいいよ。急いだって、良い事があるとは限らないんだ」

「ねっ、レントは明日どうするの?」

「そうだね。ゆっくり眠って、起きたら街の散策かな。武器屋さんとか、行ってみたいし」

「なら、案内するわ。腕の良い鍛冶師のいる武器屋さんがあるのよ。広場の屋台でお昼を食べてから、一緒に行こっ?」

「助かるけど、いいの?」

「もっちろん」


 どちらからともなく微笑み合うと、レントは階段から腰を上げた。


「じゃあ、しっかり稼がなくっちゃ。僕が尻尾を切り落とすから、【ジャッジメントアロー】ね」

「了解っ!」


 浮かれた気持ちでの戦闘だが、あまりに相手が格下ではアクシデントは起こらないらしい。

 危なげなくデイダラサソリを倒した2人が階段に戻ると、2階層で会った探索者の男女が面白そうに2人を見た。


「へえ。駆け出しがボス回しか。やるもんだなあ」

「普通なら、自分じゃ気づかないのにね。ボウヤ、誰かにこの方法を聞いたの?」


 ボウヤと呼ばれ、レントが苦笑する。


「いえ。昨日、試してみたら出来たので、今日もそうしようかと。あ、お先にどうぞ」

「その前に聞くが、何段階まで狩るつもりだ?」

「今のが初回。次をやったら、サハギンを倒してきます」

「それならいい。3段階になると、強さは10階層のボス並みになる。3段階以上を狩るなら、10階層まで進んだほうが得だぜ。経験値も、換金もな」

「なるほど。貴重な情報を、ありがとうございます」

「いいさ。見所のある新人へ贈り物だ」


 重戦士のウインクに、レントが頭を下げる。


「それと忠告。哀れな生贄として人生を終えたくなければ、50階層までの探索で満足しておく事ね。そこまででも、大金持ちになって面白おかしく暮らせるわ。絶対に、忘れないでちょうだい」

「お、おい・・・」

「いいのよ。この子なら、守れるかもしれない」

「・・・まったく。今のは他言無用だ。だが、決して忘れるな」


 重戦士の真剣な眼差しに射抜かれ、レントとシーナは条件反射的に首を縦に振った。

 それを見た重戦士はニヤリと笑い、ボス部屋の扉を潜る。

 それに続いた魔法使いがシーナの耳元に口を寄せて何事かを言ったが、その抑えた声はレントの耳には届かなかった。


「行ってしまった。どういう意味だろうね?」

「さ、さあ。でも指輪もしてたし、悪い人達じゃなさそうね」



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