CU CHULAINN#10
不甲斐無いところを見せたスカサクはキュー・クレインに演習の相手を頼んだ。師と共にいられる事は嬉しかったが、キュー・クレインはどうしても今後起きるであろうPGGとユニオンとのいざこざが相当な規模のものになると思えてならなかった。そして先日のイミュラスト侵入成功を喜んでいたユニオン高官は数年前、ユニオンと争ったキュー・クレインを殺すため彼を執拗に追跡した事があった…。
登場人物
―キュー・クレイン…永遠を生きる騎士。
―スカサク…キュー・クレインに様々な技を教えた女師匠、〈イモータルズ〉の一員。
―ロイグ…キュー・クレインに度々手を貸す馭者。
コロニー襲撃事件から標準時で2日後:PGG宙域、首都惑星イミュラスト、行政区
「え? 演習ですか?」
「そうだ。お前や友人達の前で随分だらしない様を晒したからな。〈イモータルズ〉に名を連ねてPGGのために働く者としてのプライドがあのような失態を許さないのだ。故に私は強くあらねばならん。というわけでお前がよければ付き合え」
ユニオンの攻撃が予想されるため己の意志によって暫くイミュラストに留まる事となったキュー・クレインは、師とこうして共にいられる事がどことなく非現実的に思えた。長い間離れ離れでほとんど忘れていたのに、今になって急に恋しく思えるようになった。告白は無惨にも拒絶されたものの、拒絶されたからこそ今こうして彼女の傍にいられる事がとても嬉しかった。進展も何も無く、どうせこれからも彼女は亡きケイレンを愛し続けるとしても。騎士は何故己が今更彼女に惹かれたのかを少し考えてみた。すると何となくわかった気がした――やはり寿命による離別を恐れて恋愛や結婚から遠ざかって一人で生きてきた事で相当寂しい思いをしていたのだろう。不死者故のアウトサイダー的感覚によって自分自身に障壁を作って生きていたらしかった。そうやって彼は自分の事ばかり考えていたため、師がどういう思いで今ここにいるかを全く知る由もなかった。
「犬ころめ、お前はまた空想の世界にいるのか?」
彼女は微かにむすっとしているように見えたが、彼はその原因を単に己が考え事をして話を疎かにしていたからだと解釈した。それは半分程度正解であった、あくまで半分程度には。
「え…あ、演習なら付き合いますよ。どうやら近い内にユニオンと何かあるのは明確ですし」
「そうか、付き合ってくれるか。ならばその礼に一ついい事を教えよう。昨日私が機密だから詳しくは話せないというような事を言ったな? あれはとあるギャラクティック・ガードに関わる事件だったのだ」
「そう言えば…確かそのような話がありましたね。薄っすらと聞いていたのですが、地球人の少年と機械生命体のギャラクティック・ガードがブレイドマンと交戦したというような。あれに何か機密が関わっていると?」
すかさずスカサクは否定した。
「いや、それとは別件でな。それとはまた別のギャラクティック・ガード、非常に優秀だった一人のゴースト・ガードが重大な違反を犯した。まあまだ詳しい事は言えないが」
「でしょうね」と騎士は肩を竦めた。
「まあそう言うな…そいつは規定260−3に違反していたとだけ言っておく」
外套を纏った女師匠は腕を組んでそう言った。まだ昨日の傷は完全には治っていないのに、彼女は気丈に振舞っていた。その芯の強さに彼は惹かれたのかも知れなかった。フードを脱いでいる彼女は固めの長い赤毛を持ち、悲しみを抱えたままそれはそれとして己のすべき事を遂行できる意志力を備えていた。
「260何某、聞いた事はありますが…じゃあ今からPDFで検索を…」
「後にしろ、今から久々にお前と手合わせするからな」
そう言うと彼女は彼の手を取ってヴァーチャル演習用の機材の方へと歩き始めた。彼女は頑なに演習をすると主張しているものの、騎士はその事をあまり深く考えていなかった。周囲では張り詰めた雰囲気を纏ったPGGの職員達が各々作業や演習に明け暮れていた。明日か、それとも今日か、あるいはもっと先か。ユニオンとの対決は避けられない気がしてならなかった。向こうは交渉の呼び掛けに全く応じず、今が開戦前夜ではないかという危惧がこの惑星全土に広がっているように思えた。キュー・クレインは師に手を握られた事で一瞬胸がどきりとしたが、これから何か相当大きな変動が起きるように思えてならなかった――境界を隔てて睨み合うPGGと賊の関係性を完全に変えてしまうような。
グランド・コーストを模した演習場データがヴァーチャルな大都市を作り上げ、騎士は暫くぶりにこうした機械に接続したため背筋がぞわぞわとした。己の師の姿は見えず、彼女は既に戦いが始まっていると言いたいのだと思われた。
騎士はふと投げ槍を呼び出して投げ付けた。達人技の早撃ちじみていたが、それは単に偵察ドローンを撃ち落としたのみであった。安価な銀色のそれは痛々しい大穴を空けられて爆発しながら墜落し、刺さったままの槍がすうっと霧散した後には不気味な静寂が訪れた。改めて見ると超高層ビルの内部に彼はおり、何故かそこら中が損傷していた。ガラスが割れた箇所から差し込む直射日光がビル内部の色を書き換え、死体は無いがいずれかの種族の流した血液がべったりと床を汚していた。砕けた床や壁が痛々しく、手入れの行き届いたこの都市が本当にここまで破壊されてしまったとしたらどういう気分だろうかと想像しようとし、そして実際であればそこら中に助けを求める苦悶の声や死臭が漂い、犠牲者の無残な死体が積み重なっているであろうと気が付いてその想像をやめた。注意深く頭上を見上げると上空でPGGの駆逐艦がユニオンで使われる揚陸駆逐艦と至近距離で交戦しており、その遥か上空の宇宙空間では主力艦を伴った要塞艦率いる艦隊が数百万マイルというそこそこの距離で対峙して激しく撃ち合っていた。
周囲を窺っていると一瞬だけ何かが光ったような気がして、キュー・クレインはすかさず側転で回避行動を取った。不味い予感がしたので何かが着弾すると思わしき、先程まで己のいた場所の向こうにある壁へと向き直って盾を構えた。直感に従ったのは正しかったらしく、10ヤード離れていたのに着弾箇所からの強烈なEMPと熱波が抉るように周囲を破壊したためその余波で吹き飛びそうになった。ぐっと踏ん張ってから彼は地を蹴って移動を開始し狙いを絞らせないようにした。師が狙撃したと思わしき平行方向へ目を向けたが、そちらは割れたガラスから外の景色が見えているのみであった――彼女は移動を続けているらしかった。幾ら演習であろうと、そして師がいきなりディスラプター兵器を使用したからと言って、あの恐るべき腹の槍を己の惹かれている相手に使うのは果たしてどうなのだろうかと考えながらも、ひとまず剣を右手に持ち槍を左手に持ってから、彼女に習った大ジャンプを使って一気にガラスの上へと飛び出た。40度の傾斜になっているガラスの割れた箇所から外へ出ると一気に視界を占める色合いが変化し、淡い赤の光に満ちたビル内部から黄色い空の下で激しい戦闘の音が耳を劈く環境へと移行した。見渡しても彼女はどこいもいなかった。
次に襲い掛かったのは、キュー・クレインの生前に師がよく使っているのを見た技であった。それは彼の実父であるルーを破綻させる遠因となった毒槍を模しており、実際のところルーがどうなったかをスカサクが知っていれば彼女はキュー・クレインに配慮してこの魔術を使わなかったと思われた。しかしいずれにしても騎士自身も暫く会っていない父の最近の消息など露知らず、行き過ぎた復讐は己に対する災いとなる事をかの大神は忘れていたらしかった――その事件の背後にいた軍神エアリーズもまた行方不明であり、そしてそれはそれとして、シミュレーション上とは言え実害としての毒槍の雨がガラスの傾斜上で滑らぬように立っていた彼目掛けて降り注いだ。実際のところこの演習を危うく現実だと思いかけていた騎士は猛毒を溜らせる悍ましい槍の雨を潜り抜けたが、鎧の表面に毒液が付着した時はぞっとさせられた。回避した毒槍がガラスを次々と割り、がしゃんという騒音を連続で立てて耳を嫌という程刺激した。飛散するガラス粒子が迫る前に騎士は風のように駆け、徐々にトリックがわかってきたような気がした。やはり彼女は強く、恐らく敵わないものと思われたがそれでもやり返せないわけではない。やられっ放しだとやはり苛立ちが募るので、何か状況を好転させる手段を常に考える必要がある。騎士は走りながらふと振り返って毒槍の雨が途切れたのを見届けた――その瞬間彼は毒槍の雨の方へと飛び込んで毒槍と共にガラスを砕きながら落下した。イランで恐れられた悍ましい槍が彼の眼前10インチの所を落下していたし、肩の後ろや腕のすぐ横にも槍が見えた。だが騎士はこの槍自体が強固な檻として働く事を知っており、落下する際の掩蔽となった。鋭い視線を向けて師が攻撃してくるかを窺ったが、結局何も起きず彼はビル内部の宙に渡された通路の上に着地した。幅は5ヤード程度あるため充分であった。霧散する毒槍が残した痛々しい落下の跡を一瞬だけ見てからゆっくりと彼は前方へと足を進めた。見たところ周囲の戦闘はリアルタイムで地形を変えたり流れ弾を飛ばしたりするでもなく、どうやら単にこういうシチュエーションとして設定されているらしかった。眼下の階では燃え滓がちりちりと舞うのが見え、よく考えてみればまだ一打とて師に浴びせていない事に気が付いた。
酷い茶番だと思った黒い髪の美しい青年は気付かないふりをしてスカサクの位置を把握しており、彼女は彼がいる通路が繋がっている先の、段々畑じみた階層の一番上で手摺りに隠れていた。直接視認はできないが落下する際に彼女が光学迷彩を起動して姿を消す前に一瞬だけあの赤い髪がほんの少し見えた――彼女なら避けると踏んで彼は唐突に右手の剣を手放しながら虚空から腹の槍を取り出したが、その瞬間どうにもやり切れない想いが駆け抜けた。
「これは予想外ですか!?」と言いながら同時に彼は尋常ならざるガー・ボルグを右手でぐっと投擲したものの、彼女が本当に避けてくれただろうかと演習ながら気になって仕方が無かった。何かの主砲のように信じられないスピードで発射されたそれは一瞬で350フィート以上離れた位置にいるスカサクの元まで届いた。見れば彼女は回避できており、既に空中へと大きくジャンプしていた騎士は安心した。彼女が側転して飛び退いた所へ砲弾じみた腹の槍が突き刺さって手摺りを吹き飛ばしていた。衝撃波が側転後に立ち上がった女師匠の固い髪を揺らしたその瞬間、彼女は今現在使っていない外套の触腕じみた飾りを己の意志で交差させ、触腕ないしは何らかの臓器にも見えるそれらはキュー・クレインが放った突き技を防いでいた。彼がかつて仕えた王から賜ったほとんど破壊不能のその槍はガー・ボルグを使うべきではない時などに役立ってきた。あの腹の槍はあまりにも殺傷力が高く、戦争でもなければあまり使いたいとは思えなかった。そもそも大振り過ぎて通常の戦闘にはあまり向いておらず、まさに必殺技と言えた。
槍による背後からの渾身の一撃を受け止められた騎士は「余裕のつもりですか?」と少し意地悪く背後から囁いた。
「ふっ…ちび犬よ、私に余裕があったように見えたなら嬉しいな。お前はいつも私を買い被ってくれたものだ。ところでファーガスはまだ元気か?」
彼女がそう言った瞬間騎士はふと悲しみが胸に込み上げた。己にすら比肩する技量を持っていた名将ファーガスはコナートと手を組み、その原因を思うと彼はかつて仕えた親愛なる王へ複雑な感情を抱かざるを得なかった。
ところでスカサクはどこか誇らしいというか、得意そうな態度を取っていたものの、騎士はそれに気付かず再び思考を別の事に割いていた。その様子は冷徹な女師匠を再びむすっとさせた。
数年前、レッドナックスとの遭遇から標準日で数日後:PGG高危険宙域、境界付近、無名の惑星
この惑星は星系全体の資源が惑星自体のそれと同様に乏しかった。拠点が作られているわけでもなく、境界の向こう側であり、完全にPGGの興味から外れていた。重金属、放射性の金属、希少な金属、そして様々な材質として使える石油資源、並びに地球人が想像すらできないその他の資源もまたほとんど枯渇しており、予算を考えるとここを訪れるのは経済的とは言えない。故に無人の星系であり、既に滅んだ文明の残した遺跡が点在するのみで、他には雄大な自然が広がるのみであった。誰も名前を付けない1000フィート級の切り立つように隆起した小さな山々の一つは古代のディスラプター兵器ないしは空間振動兵器――あるいは桁外れのコンカッション兵器――によって頂上が抉られており、まるで流血したかのように長い年月の浸食が何かの流れた跡のようなものを山頂から下向けて何条も垂らしていた。かつてファーガスが虹の刃を振るった時のような大破壊の爪跡は数百万年もの月日を閲してなお、その戦闘の壮絶さを物語っていた。もしかするとこの惑星は宙賊に抵抗して滅んだ文明の首都であったかも知れなかったが、あるいは単に戦争中に放棄されたコロニー群の一つかも知れなかった。
キュー・クレインとロイグは天を駆けるチャリオットに乗って地面すれすれを移動し続けていた。背後には稜線と地形を盾にしてエラディケイター級マルチロール機らしき敵機が迫っており、恐らくユニオンの追っ手だと思われた。採算を度外視して様々な能力を持たされたその機体は本来濃い茶色の装甲を持っているが、今はより目立たない色に変化していた。潰したペットボトル型をした100フィートのマルチロール機はあまり執拗には攻撃して来ず、こちらの出方を見るかのように散発的なミサイル攻撃を敢行していた。騎士が投げ槍で何度かそれらを撃墜するという茶番が続き、どうにも相手のやり方の奇妙さが気になって仕方がなかった。
「俺達を捕まえる気なのか?」とロイグは怪訝そうに呟いた。
「わかりませんが確かに妙ですね」
「この先はどうなってる?」
そう問われて騎士は少し考えた。確かこの先は…。
「記憶通りなら朽ちた市街だったかと…まさかそこで待ち伏せを?」
昼間でも星が見える紫色をした空の下でキュー・クレインは嫌な予感に臓腑をきりきりと痛ませた。高速で流れ去る風景には大きな植物というものがほとんど無く、下草程度の大きさをした動物の面も併せ持つ不思議な植物がまばらに生えているのみであった。彼らは大きく開けた山間部に到達し、これを抜けると市街であった。両側に切り立つ山々の間を蛇行し、微妙にスケール感の狂う雄大な自然の中で彼らは追跡劇に興じていた。
「さっきの話だけどよ、まあお約束みたいに待ち伏せって事は…ないよな?」
「そう願いたいですね。昔境界付近で見たぼったくりの安い演劇を思い出しますよ」
するとロイグは背後へと振り向いて座席にいる騎士の肩を軽く叩いた。
「あの時か、あれは酷いもんだったな!」
天馬に牽引されるチャリオットが高速で地表の少し上を飛び去り、やがて開けた古代都市へと差し掛かった。都市のある平野部は山間部からがくっと下りた所にあるため、ちょうど山間部の端から飛び降りる形となった。ゆっくりと下降しながら都市の方へと踏み込んで行ったが、ふと眼下を見ると小型の対空兵器が設置されているのが見えた――連中は降下した際に別働隊を降ろしたと思われた。
「もっと酷い事ってあるんだな…」とロイグは発射された多数のミサイルを見て呟いた。
「ええ、でも多分ですが我々には今よりもっと酷い時もありましたよ」
キュー・クレインがそう答えた次の瞬間、ミサイルが数発近接信管で炸裂してチャリオットは墜落した。彼らを追い掛けていたマルチロール機の広く薄暗い機内ではパネルの明かりに照らされた猿人の男が腕を組んだままその様子をじっと眺めており、彼は横に控えていた己と同じ二足歩行種族の男に目配せをした。いよいよ狩りの始まりであった――そしてまさかレッドナックスと同格の幹部自らがその追跡を現場指揮していようとは。
どや? 私やっぱ強いやろ? をしたいけど何かにつけて上の空の弟子にぐぬぬする女の子の図。




