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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
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NYARLATHOTEP#10

 終わらない戦いに身を投じる三本足の神。あらゆる場所へと同時に現れては悪と闘争し続けるかの神は己の妻の待つ宮殿へと帰ったものの、やはり次の闘争のためあまり長居はできないらしかった。しかも同じ頃、全く別の領域で活動している己の別の側面が名状しがたい異常に見舞われている巨大銀河を発見する。

登場人物

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン

―エルクの女神…ナイアーラトテップの美しい妻。



約50億年前、アドゥムブラリ撃退後:無人の銀河、ナイアーラトテップの宮殿


 主観的時間ではつい先程のミ=ゴなる賢者達との邂逅以来、かの神が己の子らを庇護する使命は随分と楽になったものであった。黒々と広がる広大な宇宙に己の別の側面を無数に飛ばし、そしてここではない異宇宙や異次元にまでその手を伸ばす事ができた――一度訪れさえすれば戦鎚の力でそこへ赴く事ができる。星間宇宙の渡し船たる赤い結晶じみた戦鎚シャイニング・トラペゾヘドロンはかの神に力と希望を与え、仄暗い領域へ赴く際のよき相棒となった。無数の己を同時に動かす感覚は久しく喪われていたものの、すぐにその力を己のものとした。かの神こそ恐らく〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンズ最後の一柱なれば、その矜持は燦然と燃え上がり今後も宇宙を明るく照らすであろう。黯黒の実体が跋扈する今の諸世界は穢れに満ち溢れ、グロテスクな悪意が今この瞬間も無数の無垢をその牙で切り裂いているのだ。それ故美しい三本足の神の戦いに終わりなど到底無く、悲しいかな恐らくそれは永遠に続くと思われた。名状しがたい悪鬼どもを千も万も斬り伏せたが、それとて腫瘍のごとく増殖する悪という究極的な病巣を一掃するには程遠く、増殖速度が遥かに上回っていた。洪水で市街に流入する水を手桶で掻き出すがごとき徒労であり、しかしそれでも無意味ではなかった。助けられる命が現実に存在している以上は、それを続けるのが最善であり、生憎かの神は頑固でもあった。

 大いなる天球の片隅で冷え切った矮星に作り上げたかの神の宮殿は、凝縮された物質で作られた半透明の水晶宮であり、他にも既に滅んだ文明の後期精霊様式で立てられた緑色の焔の庭園が複雑怪奇な図柄を(えが)いて広がり、かの神に懐いたドールの眷属がプラズマの池を悠々と泳いでいた。池の畔には、大いなるトゥルーを最高神として祀る地球においてはエルクの女神として知られる三本足の神の妃がおり、プラズマの中から巨大な頭部を出して甘えてくる大蛇のごときドールの眷属の硫酸で覆われた体表を我が子のように優しく撫でていた。

 改造した連星に照らされる周辺宙域から矮星の表面へと降り立った三本足の神は、美しい己の妻の元へと歩いて行った。深緑の甲冑と漆黒の星空のマントを纏った美しい三本足の神が近付くと、エルクの女神は優しく微笑み、甘え盛りの巨獣もまた歓喜の嘶きと共にプラズマの池から上がってその巨体を蠢かせながらゆったりと宙を飛んで行った。まだ数十マイルの距離があったものの、三本足の神もすうっと飛んで行ったものだからすぐに彼らは再会した。巨大な頭部をかの神に擦り付けて甘えた鳴き声を発する様は到底あのドールの縁者とは思えず、その姿を初めて見た者でさえ恐らくは純粋に可愛いと思えるものであった。硬い殻で覆われた頭部を三本足の神が戦鎚で軽く、かつ一定の調子で叩くと、地球の犬や猫のようにごろごろと体を逆さ向けたりした。1000フィートを超える巨体の実体と戯れ、かの神が童心に帰った様子で可愛がっていると、背後から愛する実体の艶やかな声が掛かった。

「帰りましたね、美しい人。あなたがいなくなる事を想像し、数え切れない眠れぬ夜を過ごしました。ですがそれも終わりです」

 エルクのそれとも似た小さな角を頭部に生やす以外は地球に棲む〈人間〉と同じ姿をしたこの女神は、6フィートの背丈とふわりとした豊満で色艶のよい肢体を持ち、とある秩序の実体から贈られた機械的で無機質な黒と赤に彩られた衣服を纏い、右斜め前にスリットが入った黒のロングスカートが華氏9万度程度に冷えた太陽風に吹かれてそよそよと揺れた際に露出した眩しいまでの美脚が、ぞくりとするような妖艶さを放っていた――その様でさえ階梯を何個も登ったところにふんぞり返る実体でなければ耐え切れぬ程に致命的な魅力であろう。

 三本足の神はどことなく爬虫類じみた質感の手を伸ばし、指の甲側で愛する者の頬を軽く撫でた。彼女の存在そのものがある種の中毒性を持ち、永久にこの地で留まって己の殻に閉じこもりたいとさえ思った。それ故この女は天下に名を馳せ星間宇宙においても半ば伝説的なる妖女であり、〈神〉でもなくば寄り添うだけでその心身を腐らす――それは比喩ではなかった。エルクの毛と同じ色をした5フィートもの髪が展開するかのように外側へと広がり、地球人類のそれとは決定的に作りが異なる黄金の眼球は精巧なガラス細工のようにきらきらと輝き、吸い込まれるような錯覚を見る者に与えていた。伸びた後ろ髪とは対照的に顔に掛かった横の髪は顔の内側へと緩やかに曲がり、不思議な構造の目で妖しい笑顔を作り、それをどきりとするような口元の扇情的な笑みで補強していた。少女の年代を過ぎ、若き遊び盛りを過ぎ、それら数多の人生経験を経て熟れた魅力を備えるようになった女性らしい雰囲気を纏い、先天的な優雅さと合わさってまさに神々しく、そして紛れも無く廃人作りの妃であると言えた。

 だがここに顕現せしは窮極的な〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンなれば、天からこの混沌極まる人の世に下りたる、辺境の庵で暮らす魔性の女が放つほとんど呪いじみた魅力にさえ、その胆力と強壮さをもってして振り切る事ができた。だが両者はあくまでそれらを抜きにして純粋な夫婦(めおと)であるから、再び別れねばならないというのはとても悲しい事であった。

「また、お行きになるのですね」

 年頃の少女のごとき不安に満ちた隙だらけの表情を見せながら、彼女はかの神に寄り掛かった。影が一つに合わさるこの瞬間だけは彼らにも平穏があるようだが、それもまたすぐに忙殺の波に押し流されるだろう。三本足の神は己の愛する妻を抱き寄せながら、気丈さに切なさを微かに混ぜた声で答えた。

「全ては(ひとえ)に我が不甲斐無さ故に。ナイアーラトテップは愚かにも己の子らを汚染から守り損ね、その罰を永久に受けねばならぬ」

 この美しい三本足の神は常に、昨日以上に多くの悪鬼達を滅殺せねばならぬのだ。



同時期:遠方の銀河団


 全く別の場所で己の妻と再会しながら、本質的には各々の観測者の諸条件による時間のずれを無視して同時存在する三本足の神は、物理的に不可能な振る舞いをする事で光速度を超えて突き進み続けていた。この側面は新規開拓を行わず、既に一度だけ通った事のある巨大銀河の近くへとやって来た。既に訪れた事があるため通常以上に高速で飛ぶ事ができ、そして光速を突破する事で本来生じる重大な異常現象(アノマリー)を握り潰し、傍から見れば何も問題無いようであった。

 視覚はおろか脳をも潰しかねない銀河中心部の光量はかの神にとっては輝く宝石箱のようなものであって、その全てが大切な財産であった。故に何としてでも一つでも多くのそれらを守護せねばならず、この美しい三本足の神の主観的時間感覚からすれば昨日出会ったばかりとも言える、恐ろしいまでに美しい暴食漢のリーヴァーのような天体を喰らう怪物を見付ければ、問答無用とはいかないまでも立ち塞がらねばならないのだ。

 巨大な渦巻銀河は恐らく16万光年の直径があると見え、500万年前に訪れた時はまだ惑星の揺り籠から巣立った〈人間〉がおらず、まだまだ育ち盛りであるらしかった。しかしそれでもかの神の姿を認めるや否や、多種多様な住人達は盛大かつ敬虔に吉兆を喜んでくれていた。それを思うと今でも誇らしく、最初の被創造物の時代から永劫に永劫を重ねた長い月日の果てに生まれた現サイクルの生命が変わらず己を崇拝してくれる事は今の汚染され尽くされた宇宙における数少ない喜びであった。激烈な神の怒りに直面すべき狼藉を働く下郎どもだけではなく、まだ悪に屈してはいない愛する子らが無数にいるものだから、それを希望に明日も終わりなき戦争に赴けばよい。例え短い生から見た場合の相対的永久ではなく文字通り終わりが来ぬ永久だとしても、戦い続けられるだけの強靭な精神力が備わっていた。精神こそは恐らく最大の武器の一つであって、それがあれば心許ない黯黒の道を歩もうとも図太くいられるのだ――もっとも、黯黒こそはかの神が尋常ならざる力を発揮できる条件の一つではあるが。

 暗い情熱を捧げる邪悪どもを探し求めるというのは本末転倒ではないかとも考えつつ、それはそれとして何か異変が無いかと目を光らせた。あるいは守護神たる己の存在意義が消える心配のない現状を喜んでいるのかも知れなかったが、それはそれとして三本足の神は銀河へと分け入っていった。徐々に細部がより大きく見え始め、超光速の視力という生まれながらの奇蹟と共に全ての星系を見渡した。億を遥かに超えるそれらを目にして最初に感じたのは違和感であった――数千数億の知的生命体が生まれては滅んでいるにも関わらず、何故未だにそれらの版図は狭いままなのか? 星間戦争どころか、皆己の手狭な領土に引きこもっているのは一体何事か?


 ふと降り立ったその惑星は他の惑星と比べても何かが奇妙であり、どこかグロテスクであり、そしてわざとらしいぐらいの不自然さが充満していた。

 柔らかく輝く青空はのどかな田園風景が広がり、小高い山々が小さな巨人のように横たわっていた。まだまだ長い寿命を持つ太陽が燦然と輝き、恐らくこの惑星の住人達にとっては楽園と言える惑星環境だと思われた。6枚羽の鳥が数羽飛び、規模の大きな田畑の近くの(くさむら)に降り立ったかの神の足元では10フィートの環形動物の群れががさがさと濁流のように蠢いていた。濃い紺色のそれらはかの神を歓迎しているようにも見えた――だが別の見方をすれば、この狂い果てた惑星をお救い下さいと恭しくも嘆願しているかのようでもあった。

 田畑の青々とした春の香りが漂い、ふとかの神が周囲を見れば、惑星の周回軌道は綺麗な円であり、自転軸もほぼ傾いていないらしかった。気候は年間を通してほとんど安定し、特にこの地域は常に温暖で、しかし暑過ぎる事もなく、いつまでもどこまでも続く楽園。

 しかしそれ自体が、異様なまでに不自然極まりなかった。ひゅうっと春風が拭き、無数の星々が輝く漆黒のマントは穏やかにたなびき、腹立たしいまでに愚弄されているような気がした。そしてかような実体がそう感じた以上、それは事実なのだろう。名状しがたい悪意が惑星を覆い尽くし、そしてこの惑星こそがこの巨大な銀河全体を停滞させているのだ。

「下郎よ、私の忍耐を試すべきではないぞ。滅殺すると私が言えば、それが現実となるのだ。何故なら私こそかつてニルラッツ・ミジの保持者故に。例えそれが喪失された今であろうと、我が名において、全犠牲者の涙において…必ずや貴様が誰か特定する。貴様がどこに隠れようと見つけ出し、至高の恐怖でもってして打ち据え、貴様をただの塵芥(ごみ)として扱ってやろう。

「心せよ――まだ見ぬ下郎よ、貴様はナイアーラトテップの怒りに直面せんとしているのだぞ」

 暇な時に自作したアラサー清姫さんコラが今回の女の子を書く上で役に立った。他にもかなり前に作ったアラサー文香ちゃんコラも役立った。

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