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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
88/302

INDOMITABLE PLANTMAN#3

 若きヒーローは2人の学生の恋が上手く行く事を願っていた。やがて日が流れ、ニューヨークに異界の怪物が流入し…。

登場人物

ネイバーフッズ

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…ヒーローを始めて世の中の様々な側面を知ったエクステンデッドの青年。

―アッティラ…現代を生きるかつての征服者、ネイバーフッズのチェアメンの一人。

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…長年戦い抜いたネイバーフッズのチェアメンの一人。


以前プラントマンが関わった市民

―マクスウェル(マックス)・ブライソン…ヴァリアントを嫌う少年。

―エレナ・サマンサ・ローランド…マックスの恋人。


別時間線の住人

―ポール…向こうのアメリカ軍に所属するオペレイター。

―ショーラ…ポールに召喚された少女。



コロニー襲撃事件以前、アッティラとの話し合いの4週間前:ニューヨーク州、マンハッタン、ソーホー


 路面ががりがりと削れており、エレナが全身を未知の金属で覆った状態でマックスに飛び付きながら、2人揃って転がった事で轢かれずに済んだ。無論黒い金属の塊にぶつかられたのだから、マックスは少なからず打撲の痛みに呻いたが、どうやら本当にフットボール部であるらしいからそれ程問題はなかろう。それより問題は彼が彼女をどう思うかだ。ヴァリアントを嫌うこの少年は己の交際相手がヴァリアントだと知ったら? それともエレナは自身がエクステンデッドだと偽るか?

 苦悶しながらもマックスは立ち上がろうとしたが、エレナの硬い肉体に包まれているので思うように動けなかった。やがてエレナも気が付いて恐る恐る彼を離し、マックスは擦り抜けるようにそそくさと立ち上がった。その様子に己への恐怖を感じ取ったエレナは心がずきりと痛み、何もかも終わる予感がした。

「エレナ…君は?」

 両者共に強い恐れを抱いているようにも見えたが、その正体は『関係の終わり』への恐怖であるかも知れなかった。

「エクステンデッドなのか…?」

 お約束のようだが、マックスは自分にとって正解であって欲しくない方の選択肢を避けて質問した。人間とは往々にして『頼むからこっちであってくれ』と願うものだが、そこでけたたましいクラクションが鳴った――彼らは道路の真ん中にいたから、後続車が鳴らしたのだ。彼らはアールがいる方の歩道まで戻って来た。するとアールは無言で近付き、マックスの両肩に手を置いた。彼の背の高さと体格とが威圧感を与え、マスクの向こうからただならぬ何かをマックスに与えた。マックスは殴られるのかと思ってたじろいだが、新米ヒーローはそうはしなかった。

「彼女と真摯に向き合ってくれよ。彼女を拒絶しないでくれ、君の事を本気で好いてくれてる女の子をな」

 そう言われてフットボール部の少年はぼうっとしたままとは言え確かに頷いたから、これ以上は無粋に出しゃばるべきではないと悟った。

「駆け出しのヘタレヒーローを僻ませないためにも、上手く解決してくれよな。ここにも最低一人、君達がこれからも一緒にいられる事を祈ってる奴がいるんだからさ」と言いながら胸をとんとんと叩き、プラントマンは軽い助走と共に空へとゆっくり飛び去った。

 彼は世の中が案外己の思い通りに運ぶと考えており、今回もそれを信じていた。だが思わぬところで己の思惑を離れて、事態は収拾できなくなるものであった。



話し合い当日:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース


「あんたはあのMr.グレイと敵同士になった事があるらしいけど、それがこうしてヒーローになったのは不思議な縁を感じるよ」

「お前との縁か?」

 通常の馬よりは手の掛からない愛馬を撫でながら、王は面白がっている声色でそう答えた。王から10ヤード程度離れているアールは少し口ごもった。

「いや…まあケインとか」

「ふん、まあそれはいい。モードレッドの奴はよき宿敵であり、そして私は最終的にアーサーの〈強制力〉(ギアス)を打ち破り叛逆した。我らは共に進撃し、そして敵対関係は解消された。とは言え、私はあのような末路を辿ったアーサーにも同情している。奴は私とは違い、最後の最後になるまでマーズの影響下から脱する事はできなかった」

 アッティラはそう言うと己の愛剣を鞘に入ったままで虚空から召喚した。肉腫じみたものが脈動する鞘から抜き出された聖剣は神々しく、表面に走る血管らしきものが黄金に輝く何かをその内側で流していた。マーズすなわちあの忌まわしき軍神エアリーズの影響下から脱した事で、彼の愛剣たる〈ゴッズ・ウィップ〉は紛う事無き聖剣へと姿を変えたのであった。それ故アッティラ王という歴史上の人物に否定的な人々も、この自称アッティラ王が聖剣を振るって悪と戦う姿には満更でも無い事が多かった。

 王は振り向くと剣を振るい始めた。新たな生を受け、様々な影響によって神話時代の英雄のごとき肉体を手に入れた神の災いは、邪悪との戦いに備えて鍛えた己の技を披露した――幸いここは映画でよく見る地下の秘密基地並みに広いコンクリート打ちっぱなしの部屋であった。剣の状態で振り回し、やがて変形させて巨大な鉈のごとき大剣へと姿を変え、それを力強く振り回した。最終的には銘通りの鞭剣へと姿を変え、有機的に見える材質で作られた聖剣は何十フィートも伸びて(しな)り、かつてのフン族の支配者は舞うように跳び、そして回転して鞭を振るった。王の意志に応じて元の形状に戻った〈ゴッズ・ウィップ〉は鞘へと戻され、王がそれを手から離すと落下しながら虚空へと掻き消えた。

「私はあの軍神の影響から脱した。それが重要なのだ。それ故私は今ここにいられる。あの諸王による戦争を私は生き抜き、新たな偉業に挑戦している。今頃戦士王オラニアンや名も無きグレート・ジンバブエの偉大なる王もどこかで上手くやっているのだろうな。オドエイサーの小僧や建国の父アッ=サッファーもまた然り。あれは仕組まれた忌まわしき戦いではあったが、得られたものも少なくはない」

 だが、と王は嘲いヴィラムに近付いた。

「今この時はヴィラムとアホらしい痴話喧嘩に興じてるわけだがな」と言いながら王はヴィラムの胴をばしっと叩いた。黒馬は不機嫌そうに後ろを向き、王を後ろ足で蹴っ飛ばした。さすがにアールも吹き出し、辛い経験の事もそれなりに薄らいだ。蹴飛ばされて倒れたままの王は天井を仰いだまま笑い、それにつられてアールも笑い声のコーラスに加わった。


 エレナがマックスを助けてから何日か経ち、急にアールは彼らのその後が本当に上手く行ったのかが気になった。マックスの事をいけ好かないとさえ考えていたというのに、今やそのマックスの事も心配であった。だが彼らの連絡先は知らず、どこの学校であるのかもわからなかった。カンザスの田舎に住むホイットニーじゃあるまいし、俺が学生の頃もあそこまで傲慢な野郎はいなかったぜと血の上った頭で考えもしたが、あの事故を期に彼らの今後を本気で応援したくなったものであった。

「おいおい、ハンサムさんよ。今日はお休みかい?」

 巡回から戻ったベンジーが声を掛けた。彼らは歳が近いためすぐに打ち解け、そして既に苦楽を共にしていた。その時の体験はアールにとって相当辛かったものの、それでもこの新米ヒーローは持ち直す事ができた。

「え…ああ、そうだな」

「どうかしたのか?」

 ホーム・ベースの屋上は眺めがよく、立入禁止にはなっていなかった。そのため人気があり、歴代のヒーロー達はここでよく寛ぎ、語らい、ぶつかり合い、そして時には敵を迎撃した。

「色々あってな」

 アールはベンジーに経緯を話した。彼のように気軽に話せる相手がいるというのは随分気が楽であり、よもやメタソルジャーやアッティラに対して親しそうに話し掛けられるでもなかったから、息苦しさを感じずに済んでいた。レイザーは容姿自体は若いものの、長年活躍してきたベテランであるから、やはり雲の上の人であった。アールはたまたまかなり強力な能力を持っているものの、それでも巨人のごときネイバーフッズのベテラン達には未だに慣れない部分があった。憧れの存在というのは概してそういうものだとベンジーが以前語っていた。

 アールから詳細を聞いたベンジーは何も手が浮かばないなと苦笑した。

「じゃあボールドに頼むのは?」

 発電所のごときパワーを誇るプラントマンはあのケンゾウ・イイダ――すなわちあのマグニートーじみた強敵マインド・コンカラー――にさえ匹敵する強大なテレパシー能力を持つ仲間の名を挙げた。彼ならば確かに該当者を『検索』できるだろう。

「いや、そいつはやめとこうぜ」

「なんでだ?」

「なんでって、お前もヒーローオタクならアメリカのヒーロー様って奴が常に順調だったわけじゃないって知ってるだろ? 時には倫理観の問題にも直面したもんさ。そんでな、もしボブの奴がテレパシーをおいそれとそういう目的に使っちまったら、あいつ自身は律したとしても周りの誰かが『じゃあ自分もちょっとぐらい倫理的にアレな事しても…』と考えるかも知れねぇ。まあそういうもんさ。おっと、今のは補欠メンバーの俺にドクが教えてくれた教訓って奴だけどな」

 ジャンパーことベンジーの言ももっともであった。思えばこの体格に恵まれたハンサムな馬鹿が今まで読んだヒーローに関するコミックにおいても、様々なヒーローのアイデンティティや倫理を問う話題作があり、色々と考えさせられた。特に、こうしてヒーローになってからは尚更であった。そうである以上、確かにジャンパーが言うドクの受け売りにも説得力があり、彼もまた激動の時代を生き抜いてきたネイバーフッズの ベテランなのだろうと再確認した。

「あー…じゃあさ、どうすりゃいいのかな」

 アールは途方に暮れる他無かった。

「偉そうに講釈垂れたのはいいが、俺も方法が思い浮かばねぇな」

 そして最悪な形でそれは叶った。



アッティラとの話し合い以前:ニューヨーク州、マンハッタン、フラットアイアン


 後でドクから聞いた話によると、あの日の惨劇は彼の故郷の時間線を破壊した半ば伝説的な捕食者と関連があるらしい。その影響によってどこかの別時間線がこちらとごく一部重なり、マンハッタンに得体の知れない怪物達が解き放たれた。向こう側の人間によればニューヨーク事象歪曲ポイントなるものが向こうの現実(リアリティ)の地球に存在するらしく、そこは半ば異界化した影響によって変異したかまたはどこか別の次元から現れた生物が新たな生態系を作り、徐々にその生活圏を広げているらしい。

 いずれにしても、この惨劇はアールの希望を打ち砕き、彼に世の中が存外思い通りに行きそうでそうでもない時もあると実感させた――最悪な形で。


 科学的及び魔術敵なアプローチでひとまずこの限定的な有害環境への書き換えは食い止められ、最初の地獄は去った。だがもっとわかりやすい、異界的な怪物どもが悪意を滾らせて人々を襲うという次の地獄絵図がマンハッタンを紅蓮に染めた。山河を血に染めんとして暴れ狂う怪物どもは、恐らくニューヨークを己らにとって都合のよい環境へ書き換える事ができなかった事への怒りを携えていると思われ、向こうのアメリカ軍所属だと名乗った2人の男とその相棒2人――少し話してくれたがアメリカ軍所属のオペレイターとかいう魔術師であるらしい――はこの怪物どもは悪鬼そのものであるから排除する他無いと述べた。可能な限りの不殺を尊ぶネイバーフッズもそれに習って殲滅へと切り替え、こちらのアメリカ軍も加わって激しい攻防が繰り広げられた。驚く事に若い方のオペレイターの相棒はあのビリー・フィッシャーそっくりであり、やがて本物のビリー率いる本家のアメイジング・パワーズも参戦していよいよ激闘は佳境へと突入したらしかった。

「異界のお方、あれが迫って参りましたわ…!」

 野球帽に似た灰の戦闘帽を被る上官らしき無精髭の男に付き添って戦う少女が警告し、アールは舌打ちをした。というのも避難誘導中にマックスとエレナに再会してしまったのだ。もっとまともな再会でもよかっただろうにと毒を吐くアールは、なんとしても彼らを脱出させたいと考えていたのだが、その矢先で恐るべき巨大な怪物に目を付けられてしまったらしかった。

 見れば摩天楼の間を泳いでいたドールの眷属であるらしき醜悪な混血の怪物が、大蛇じみたその巨体をくねらせて方向転換し、彼らの方へと向かって来たのであった。

やれやれ(ファック・ミー)、あいつをブチのめすのは簡単じゃないな。ショーラ!」

 現在のアメリカ軍と似ていながらもその未来の延長線上であるらしきUCP迷彩の戦闘服――パワーアシスト付きであった――を纏ったオペレイターは歯を食いしばるような表情をしながら、相棒であり恐らくそれ以上の関係にあるアフリカ系の美少女に吐き捨てるような言い方で声を掛けた。

「はい、ポール様」

 近未来的にアレンジされたナイジェリア風かつどことなく和風な服を纏ったショーラは表情を引き締め、単なる戦友以上の関係にあるであろう己の召喚者に顔を向けた。市街には燃え滓が舞い、焼けた何かの匂いが充満し、あちこちで恐慌の声や怪物の奇声が鳴り響いていた。大蛇じみた怪物に攻撃を仕掛けたヘリが怪物の表皮からずるりと伸びた触腕に貫かれて撃墜され、近くのビルへと激突して轟音が鳴り響いた。怪物はアール達に向かって空中を泳いでおり、通りの向こうからやって来ていた。

「あのクソ野郎(サノバ・ビッチ)に仕掛ける。行くぞ」

 吐き捨てるような喋り方をするポールというオペレイターが右手に持っていた見た事も無い型のアサルトライフルが、リング状に繋げられた輝く文字列3本に包まれると、銃身の下部やストックががちゃがちゃと素早く変形して蒼く輝く半透明の刃が銃剣のごとく出現し、背部にたとまれていた銃身が左手へと移動し、三銃身式のガトリング式機銃へと変形した。彼はアシストとジェットパックが備わった戦闘服と魔術的に強化された身体能力とで、道端で燃えている車や落下した残骸の上を飛び越えながら突撃し、その恋人と思わしき少女は宙へと浮き上がると複数の魔法陣を出現させて緑色のブラスト群を発射した。

「よし、今の内に逃げろ!」

 彼らの様子に圧倒されていたアールは立ち往生していたマックスとエレナにそう叫び、己もあの穢らわしい畸形に攻撃を仕掛けようとした。

 だがその瞬間、まだここから4分の1マイルは離れているその巨大な怪物の歪んだ硬質な顔面から触腕が複数本伸びた。それらは凄まじいスピードでまず前衛のオペレイターを刺し貫かんとして迫ったが、するりと回避された後、魔力的な銃剣を押し当てられた事で触腕を突き出している勢いが仇となって、まるで麺を横に切り裂いたかのような悲惨な有り様となった。グロテスクな血液が落ち、オペレイターはその血液を触媒にして魂を傷付ける十四次元の刃を地面に付着した血の表面から発射させた。それらは300フィートを超えるこの怪物にもそれなりに傷を付け、そして美しい少女もまた己に迫った触腕をブラストで蒸発させた。

 だが触腕は何本もあったため、彼ら前衛が討ち漏らした触腕が6本、アール達の方へと伸びた。アールは何故わざわざあの怪物がこちらを狙ったのかと苛々しながら考え、もしや己が〈救世主〉とやらであるからあのような実体に嫌われ付け狙われるのかと推測した。そしてそれはそれとして、今はかなり不味い状況であった。アールは触腕の群れに突撃して民間人2人の盾になろうとした。幾ら肉体が頑丈であろうと、幾らエクステンデッドであるが故に己にはそのような能力があると知る事ができようと、やはり未知の攻撃を受けるのは身が竦みそうになり、もしもそれがとても痛かったり恐るべき副次効果を持っていればどうなるものかと恐れたものであった。だがそれを恐れるばかりでは彼らを助けられない。今も他のメンバー達、そして名も知らぬ兵士達が激闘を繰り広げているから、それを思えば負けてはいられなかった。

 そして迫る触腕の先端に恐れと勇敢さとが入り混じった強烈な拳をお見舞いすると、その凄まじい威力によって触腕は半ばまで破裂した。だが別の触腕が迫って4本まで捌いたものの、5本目に殴打されて近くのビルに激突させられた。頭ががんがんと痛み、意識が朦朧とする程の衝撃であった。守るべきであった背後、交差点の真ん中には彼がこれからも上手くいく事を祈っていた2人がおり、アールは手を伸ばした――だがまだ飛べそうにはなかった。

 見ればエレナが黒い金属で表皮を覆ってマックスを庇ったところであったが、触腕のあまりの威力に攻撃を受けた背中から流血し、彼女は蹲ってしまった。そしてマックスは次の攻撃がエレナに迫るのを見て…。

 やらせるか、とアールは口から血を垂らして気合いを入れたが、彼が飛び出すのは一瞬だけ遅かった。

 刺突によって肉が貫かれる音が響き、それを見たプラントマンは無我夢中で飛び出した。

 アールが怪物の最後の触腕を潰したと同時に怪物本体は頭上に乗ったポールの銃撃とショーラの大魔術によって全身を貫かれ、そして地響きと共に落下すると脱線した電車のごとく通りの上を慣性のまま滑った。やがてアール達の5ヤード手前で止まったが、アールは何も言えずに立っていた。

「マックス! 嘘でしょ!? しっかりして!」

「へっ…俺はどうしようもないクソガキだったけど…君を守れた…」

「駄目よ、行かないで!」

 血がどくどくと流れ、今からアールが全速力で病院まで運んでも既に致命傷であった。胴に大きな穴が空き、喋れる事さえ不思議な状態だったのだ。悍ましい程に血が流れ、口の中は真っ赤に染まって溢れていた。その惨たらしい様を見るとこの少年に初対面でむかついていた事などどうでもよくなった。

「君がヴァリアント…だって聞いた時は…驚い…け…ど。でも今なら…ありが…」

 だらんと首と腕が垂れ、マンハッタンに少女の慟哭が響き渡った。それを見て別の宇宙から来た2人は心を痛めたらしかった。

「ポール様…」

 英語で話しているが恐らく親族か誰かの影響から日本語の敬称である『様』を使用しているこの高貴そうなナイジェリアの少女は、不安そうな表情でオペレイターの腕を掴み彼の隣で寄り添っていた。恐らく10年以上軍属であったと思われる無精髭のオペレイターは何も言えず、腕を少女の体に回して押し黙った。だが他の怪物がまだまだいたため、結局彼らは仕方なく立ち去った。

「こんな事なら私がヴァリアントじゃなければよかった。ヴァリアントの力なんていらなかったわ(ノー・モア)…なんで? なんで私のせいで死んでしまったの? 一人にしないでよ…こんなに好きなのに!」

 彼の試合を見に行った時の事。一緒に隣の州まで出掛けた事。仲のいいメンバーも伴ってキャンプをした夏の事。クラブではしゃいでいて、ひょんな事から危うくギャングに因縁をつけられそうになった事。そして互いの誕生日を祝い合った事。

 もしも今日、自身がヴァリアントである事についてデートがてらに話し合おうと切り出さなければ。そしてもしも己が、ヴァリアントでなければ。

 濃密で吐き気がする燃える匂いや血の匂いが埃と共に漂う中、アールは何も言う事ができなかった。


 聞いた話によれば彼女はその後不登校になったという。少し前彼女に会いに行ったが、アールがヒーローとしての己の不手際を詫びると、閉じられたドアの向こうからは『自惚れないで!』という悲痛の叫びが聞こえた。築何年も経つアパートのドア一枚隔てているだけなのに、彼女との間には広い海峡が広がっている気がした。

 失意のまま逃げるように帰り、そしてベンジーとボールド・トンプソンに諫められるまでホームベースの一室で何もせずにいた。何がヒーローか。傷口を作ってそこに塩を塗った己の何がヒーローか。古いコミックでスーパーヒーロー達が辛い体験をしている場面が思い出された。



話し合い当日:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース


「それで? 今はどうだ?」

 屋上でアッティラは手摺りに腕を置き、市街の中心を眺めていた。どんよりとした雲が晴れ初め、月が見えそうな気がした。他の何人かと共同で巡回していたメタソルジャーが戻り、彼もお悩み相談に加わっていた。

「いや、よくわからねぇな。乗り切ったかと言うと多分嘘になる。でも少しだけ落ち着いた気がする」とアールは言ったが、それからふと自嘲した。「人間って自分の事を自分が一番わかってるようでそうでもないしさ」

 カジュアルな服に着替えたアールに、同じく着替えて白いシャツと楽なズボン姿で佇むケイン・ウォルコットが声を掛けた。

「多分この国の色んな人が知っていると思うけど、私もヴェトナムで辛い体験をした」

 全く違う状況ではあるものの気持ちは少しわかる、と。

「あんたのファンだったから、俺も動画で75年の会見を見たよ」

 ケインがヒーローとしてデビューした際の会見はネイバーフッズの歴史を纏めた市販のビデオなどでも閲覧できた。ネイバーフッズを率いる事となったメタソルジャーは己の会見が公共に知れ渡っている事を少し恥ずかしがったが、それはそれとして堂々と振る舞っていた。アメリカを揺るがす『ワークショップ事件』を乗り越えてきたこの偉大なヒーローは、己を補佐してくれる新たな友アッティラと共に若いヒーローの体験談について月下で話し合った――遂に月がその姿を見せた。

「先程調べたのだが」と王は切り出した。「お前が心配していた少女がカウンセリングを受け始めて復帰の一歩を踏み出したそうだ」

 プラントマンははっとしてアッティラ王の顔を見た。己よりも背が低いというのに凄まじい雰囲気を纏ったこの男は真剣そのものの顔をしており、また彼がそのような嘘を()くとは思えなかった。

 アールは安堵し、屋上に植えられた芝生の上へと寝っ転がった。晴れゆく空を見ると、明日も仕事やヒーロー活動を頑張ろうと思えた。まだ胸にはあの時の不甲斐無さがつっかえていたが、それでも辛い出来事にも屈しないよう振る舞える気がした。アッティラとメタソルジャーもまた、幾分か安堵しているかのような表情を見せて天を仰いだ。

 そしてドラムビートは鳴り続ける、まるで鼓動みたいに。

 書いてみると鬱展開に徹し切れなかった。

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