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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
87/302

INDOMITABLE PLANTMAN#2

 活動を初めてまだそれ程経たぬ頃、辛い事件の事を振り返るアールはチームの中心人物である古き王にアドバイスを受ける。彼が振り返った事件について綴る。

登場人物

ネイバーフッズ

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…ヒーローを始めて世の中の様々な側面を知ったエクステンデッドの青年。

―アッティラ…現代を生きるかつての征服者、ネイバーフッズのチェアメンの一人。


以前プラントマンが関わった市民

―マクスウェル(マックス)・ブライソン…ヴァリアントを嫌う少年。

―エレナ・サマンサ・ローランド…マックスの恋人。



ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース


 まだ駆け出しだというのにきつい事が続いた。それでも他のヒーロー達はなんとかやっている。たまに大学時代に戻りたいとさえ思うが、それでも彼は頑張った。

 夜のハドソン川は街明かりを灯してぼんやりと流れており、ホームベースのガラス越しに見るこの景色はそれなりに好きであった。空は完全に雲で隠れていたが、雨が降らないだけましだろう。例え寒さを感じないにしても、雨はどんよりとした気持ちを更に加速させる。

 そうやってアール・バーンズが思案に暮れていると、誰かが歩いて来るのが察知できた。廊下を歩いているようだが、その足音はこの部屋の前で止まった。頼むから行ってくれ。アールは今の己を誰かに見られたくなかったか、あるいは一人でいたかった。電気が点いていないのに何故止まる? しかし結局廊下の誰かは入る事を決め、押ボタン式のドアがゆっくりと開いた。その誰かは暗闇にアールの姿を認めて声を掛けた。アールは振り返らぬまませめて自然にここで佇む風を装った。

「邪魔したか?」

 野太い声が響き、その正体を簡単に教えてくれた。その人物はドアを潜ってすぐの所で(もた)れた。

「いいや」とアールは静かに答えた。目の前の光景が現実から引き離してくれる気がした。何故己はヒーローになろうと思ったのだろうか? 何故思ってしまったのか?

「そこで何を?」

 どうやら彼は立ち去ってくれないらしかった。溜め息と共にアールは振り返り、そしてテーブルの席に着いた。ここは昔からある会議室で、時折文字通りの戦場にもなった。

「11時まで仕事して、それから1時まで見回りしたよ。帰るかどうかを迷ってたところでね」

 椅子の背に凭れて両手を頭に添えて特に意味もない欠伸をしたが、当然ながらそれはただのふり(・・)でしかなかった。

「そうか。何かあったみたいだな」

 古い時代の王は鋭い観察力でアールの様子を見抜き、見透かされたアールは不快に思った。ほっといてくれないか。

「まあ、そういう日もあるって」

 苛々した様子でアールは言ったが、男はそれに対して一切声を荒らげなかった。ただ人生そのもののベテランとして、王は目の前の状況を整理していたのだ。

「そういうわけにもいかん。部下の抱える問題は潰していった方がいい。チームのためにもな」

「部下ねぇ。確かにそうだけどさ」

 そう言ってアールは偉大なる古き王を見た。暗視できるため彼の表情が真剣そのものである事はわかった。あの男は寝ても覚めてもヒーロー活動という新たな偉業に取り憑かれており、幸いよくディストピアもののコミックで見かけるような、病巣を根本的に破壊するための強硬手段に出る事はない――むしろそれを嫌っているかのようでさえある――が、一体いつ休んでいるのだろうかと逆に不安であった。恐らくあの合理的な王は休める時に休み、無理をせず活動しているのだろうから、心配こそ無駄な労力なのであろうが。

「わかったよ、言うさ。俺ははっきり言ってヒーローを舐めてたんだろう。そんでキツい事件に遭遇してこうして黄昏れてる」

 全て言い切ったが、途端にアールは言いようのない不安に襲われた。もしかするとこの力強い男に何か説教でもされるのかと恐れたのかも知れなかった。沈黙は苦しいため、王がそれ程間を置かずに答えてくれたのは嬉しかった。

「私はこのチームを新しい時代のフン族だと思っている。それ自体は化石のほざく妄言と捉えて構わんし、実際さして重要ではない。重要なのは、辛い仕事や使命程その者を成長させるという事だ。我らが栄えあるリーダーは、それ故お前にその困難を与えたのだ。お前の優秀さを見込み、お前が苦難の果てによりよいヒーローへと成長する事を。お前は誰かの巻き込まれた事件を己の成長の糧とする事に嫌悪感を持つかも知れんが、ケイン・ウォルコットも私も決してお前の能力の限界以上の仕事を与えはしない。だがもしも我々が見誤っていたならば正直に申し出て欲しい。

「それに、糧だろうが何だろうが、誰かがそれらの事件などを引き受けなければただ単に犠牲が出るという結果だけが残る。最善を尽くして後悔するよりも、何もせず後悔する方が辛い。常に仲間を頼っては成長しないが、助けを求めるか否かの塩梅を培う事もまた、重要な事なのだ。私は国家の運営もヒーローチームの運営もさして変わらないと考えている。それに賛同者ばかりのリーダーはやがて破滅する。故に私、かつて王であり今ではこうしてヒーローという新たな偉業に挑戦するアッティラと、私が補佐する偉大なるメタソルジャーに対してお前が何か意見を持っているとすれば、それは遠慮するべきではない。何故なら我々はこの遠大にして馬鹿げた、そして崇高な理想のため進み続けなければならないからだ。故に私はこの新たなフン族をよりよくしたいと考える」

 プラントマンことアール・バーンズはこの男に何か言うべき事があるだろうかと考えたが、咄嗟には何も浮かばなかった。かつてキリスト教圏の大敵と見られ、復活して現代に現れてからもそのような不寛容や無理解を少なからず世間から受けるアッティラ王は、アジアとヨーロッパの両方の特徴を持つその威厳ある顔にただひたすら穏やかでもなく激しいわけでもない表情を浮かべ、凭れたまま腕を組んでいた。

「もっと背が低いと聞いてたけど」

 アールは気圧されて何も言い返せないのも今後に差し支える気がしたので、こういう時でも軽口が叩けるようある種の訓練に入った。唐突な話の内容を即座に悟ったアッティラは鼻で笑った。

「どこのローマの文献かは知らんが、私ならそんな不正確な歴史家は更迭する。だが勘違いするな、ドラマの『ローマ』は好きだとも」

 身長5フィート10インチの王はヴィラムの世話をしてくると言って踵を返し廊下に消えた。ゆっくりと閉じる自動ドアの向こう側から王が横柄に歩く音が聴こえた。

 ヴィラムとはアッティラと共に戦場を駆けた黒い魔馬であり、新たな生を謳歌するかつての狡猾極まる征服者と共にこの新世界で新たな偉業へ挑み続けている。だが王は最近ヴィラムの舌が肥えたと零していた。あの馬は大気に満ちる魔力その他を喰らっているため飲食の必要は無いそうだが、恐らく嗜好品という事だろう。馬もまた、このアメリカン・ウェイ・オブ・ライフの妖しい魅力に魅せられたわけだ。それを思うとアールは重苦しい気分が少し和らいだ気がした。


 アールはあの時の事を思い返していた。思い出すだけで頭痛がしたものの、それでもそこから教訓を得るべきだろう。

 ヒーロー活動中ソーホーで歩きタブレットをして轢かれかけた一人の少年を助けた際、その少年は彼の飛行能力を見てこう言った。

「あんたは遺伝子の腐ったヴァリアントじゃないよな?」

 正直言ってぶん殴ってやろうと思ったが、手加減しないと少年はおろか周囲の地形さえ歪めてしまうだろう。短めに切った茶髪の白人少年は体格的にフットボール部であるように思えた。身なりは結構裕福である事を示している。アール自身背が高く体格もなかなかがっしりしていたから、むしろ相手の方が萎縮、というより警戒している風に見えた。

「そういう事は言うもんじゃないぜ」とやんわり諭そうとしたが、相手は『いかにもインターネットで上辺だけ知りました』という具合の退屈なヴァリアント蔑視を語り始めた。どうせヴァリアントが起こした事件を根拠にヴァリアント全体を批判するのだろう。

「おいおい、お前の貴重な時間をわざわざ嫌ってるモンのために使うってか。それより女の子とデートでもした方が有意義だ」

「ちょうど待ち合わせてるんでな。じゃあな、独り身ヒーローさん」

 見れば反対側には黒髪の少女がおり、明るい表情で手を振った。少年は横断歩道を渡ろうと歩きだした。

「話し相手になって頂きありがとうございましたー」とアールが皮肉った口調と声色でそう言うと、少年は振り向かぬまま掲げるように手を上げて中指を立てながら立ち去った。やがて向こう側で合流すると、そのまま歩いて立ち去って行った。

 気に入らないな、と若きヒーローは思った。滑って転べばさぞ痛快だろうと彼が思った瞬間、通りの向こうで少年の上げた情けない声を車の騒音越しに拾った。見れば生ける爆撃機が小型爆弾を落下し、少年の頭の上に白い内容物を撒き散らして甚大な『破壊』を引き起こしていた。素晴らしい腕前だ。プラントマンと呼ばれるヒーローは小さな爆撃機に軽く敬礼してその場を飛び去り、彼は知らなかったが少年の隣で拭く物を取り出していた少女がその様子をじっと眺めていた。


 それから数日後、路上で互いの英語の訛りが聞き取れず発生した喧嘩を仲裁し終わった時に背後から声を掛けられた。見ればあの時の少女ではないか。

「君はあの時の」

「うん。話すのは初めてだけど」

 それから暫く歩いて比較的小さな通りで立ち話をした。彼女はエレナ・ローランドと名乗り、聞けばやはりあの少年――名はマックス・ブライソンだと言われた――と交際しているとの事であった。改めて見ると確かにクラスでも人気の出そうな少女であった。際立って可愛いわけではないにしても水準以上であり、そして性格もよさそうであった。

「ところでなんで敬礼してたの?」

 おっと、とアールは思った。不真面目ヒーローのプラントマンはあの少年に鳥の糞が落ちた事を喜んでいたではないか。バレたらスキャンダルだな。だが結局プラントマンはそれを全て話した。何故爆撃した鳥に敬礼したのかというそれまでの経緯を話すのは言い訳みたいで気に入らなかったが、できるだけ正確に物事を伝えたかった。

「なるほどね。そうね、それは…気持ちもわかる」

 不意にエレナの表情が曇り、アールは何か不味い事を言ったのかと危惧した。

「何か気に障ったかな」

「いえ、そういう事じゃないわ。そうね、ヒーローってお悩み相談もしてるのかしら」

「あー…今日は営業中だけど俺はまだ新人相談員なんで…」

 それから彼女は自身の抱える事情を語った。

 初めて気が付いたのは12歳の誕生日であった。友達がその手大丈夫? と不意に尋ねた。ケーキの蝋燭明かりに照らされた己の右手の甲が痣のように変色しており、その日は特に問題無いと判断して眠った。翌日になると消えていたので尚更であった。

 しかしそれから何日か経ち、積み上げられていた父親の本をテーブルから退けようとした時、力を込めると両手の色が変色した。え、と呆気にとられていると、指先から掌と甲の半分までが未知の黒い金属に覆われた。突然の事に鋭い悲鳴を上げ、本がどさりと落ちた。休日という事で昼間からだらしなくソファで寝っ転がってバド・アイスをがぶ飲みしていた父がソファから転げ落ちながらも大慌てで駆け付け、そして彼女の手を見ると一瞬恐怖の表情を浮かべたものの、落ち着かせるように抱き締めて安心させようと言葉を掛けた。一瞬たりとも恐れられたのは未だにショックではあるが、しかし同時にああやって必死に心配してくれた事にはとても感謝しているとの事であった。プラントマンは思わずいい話じゃねぇかと呟いた。

 両親は独自に色々と調べ、エレナが自身の変化について脳内にその詳細が流れないとすればそれは世間でよく言われるヴァリアントの特徴だと結論付けた。ヴァリアントだと露見すれば面倒な事になるのは目に見えていた。ヴァリアント差別の最盛期よりはましではあるものの、それでも今は厳しい時代だ。

 それ故黙って隠す事を選んだのもまた、仕方ないと思えた。


「ここじゃ見せられないけどあれから時々練習したの。最初はなんで自分がとか気持ち悪いとか、そうやって悪い方に考えたけど、でもこれが現実だから。神様は何か意味があって私にこれを授けたんだって考えたらちょっとは気分も晴れたわ。あ、学校じゃ黙ってるけどウチの一家って結構信仰熱心なのよ」

 彼女は笑ったが、アールはこの話の結末に予測ができていた。故に残酷ではあるが先を促した。

「世の中はこの街の冬みたいに寒くて凍えるが、こういう心が熱くなる話もあるよな。いい話だと思う、でもあいつは…」

「ええ、そうね。マックスには言ってないわ」

 ああ、畜生、とアールは天を仰いだ。あのガキめ、自分の彼女がヴァリアントだと知ったらどうするつもりだ? その瞬間鋭い聴覚を持つプラントマンは、反対の歩道でどたどたと走る足音を拾った。嫌な予感がしてぎろっとそちらを睨むと、今にも叫びそうなマックスがいた。少年は自分より大きなヒーローに睨まれた事でびくっとしたが、それでも通りの向こうから不愉快そうに叫んだ。

「おい、人の女に何してやがる! エレナもそんなヴァリアントとつるんでる奴と話しちゃダメだ!」

 そしてフットボール部らしき少年は車道を走って渡ろうとした。この野郎、マジでブン殴るぞ。アールはマックスの無知と愚かさにどこまでも腹が立ち、全身から怒りの色を放出させた。〈救世主〉とやらの片鱗からか彼の周囲で大気が歪み、空間が軋んで奇妙な異音を発した。もちろん実際に手を出す事はないにしても、その様子を見たエレナは絶句した。

 だがプラントマンは激怒のあまり我を喪ったのか、少年が周囲を見ずに道路を渡っている事で今まさに銀のダッジが突っ込んで来ている事への反応が遅れた。本来であれば彼は今この瞬間からでも間に合うが、彼が本で読んだ古い時代の騎士が、裏切った己の部下を助けようとした際の葛藤と同じ状況に置かれた。その部下を助けられる力を持つにも関わらず、結局騎士は彼を助けられなかった――無論このオタクのヒーローは知らないものの、アメリカ南部ではその悲劇の主従を含めた3人が普段はショッピングカートや廃車でバーベキューをしながら仲良く過ごしていた。

 ダッジの急ブレーキと共に重たい金属の転がる音が響き、運転手は気を付けろと言って走り去った。少女の皮膚は未知の金属に覆われ、彼女が能力をコントロールできている事を示していた。

 そしてドラムビートは鳴り続ける、まるで鼓動みたいに。

 例によって救いは言う程無い予定。

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