ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION#8
次元違いの実体との決戦は人類の不利に傾いていた。地獄めいた狂人が見守る中、エクスカリバーがその輝きを増す…。
最後の最後で起きた逆転劇を描く。
詳細不明:未知の領域、ソヴリンの帝国
砲の表面が赤く変色し、放たれた無色のレーザーが大地を焼き払い怪物の群れが薙ぎ払われた。その反撃として名状しがたい異界の振動波がソヴリンの軍の航空機を撃ち落として無数の青い爆発が起き、戦場は混沌としていた。しかし大体はソヴリンが有利に立っているらしく、既にロキ側の先制攻撃の優位性は喪失されていた。ロキはソヴリン目掛けて時間経過の強烈な呪いを放ったが、この時間に詳しい人間の姿をした怪物には全くの無駄であった。無論それもただの時間稼ぎで、それらの次の手が迫り、それを上回らんとするソヴリンの次手も繰り出されるのであった。彼らは地の果てまで震撼させる壮絶な戦いを繰り広げ、ソヴリンは名も知らぬロキの小間使い――その悪魔ないしは妖魔の姿は無数の目が張り付いた磯巾着のようでもあったが、それが瞬くと空間がびりびりと音を立て、その一帯の分子が粉々に砕けた――の一体に、己に追従する砲台の高出力レーザー及びロキの呼び出す異界の実体用に調整された融合砲弾で攻撃し、その肉体は一点に引き込まれるようにして引き裂かれた。数千フィートもあるその巨体が空から落ちながら三次元世界から消滅し、続くバイナリー砲の斉射が他の巨大な悪魔達をも殺傷した。
やがて両者は再び近距離で激しい戦闘を始め、あちこちで起こる爆発や火砲の煌めきを背景に、終わらない戦争の一場面に彼らは身を置いていた。
「ロキよ、我が宿敵よ! 貴様とて今回の事件がどこか妙だとは思っておろう! 己の把握できない部分があるとは思わぬか?」
レーヴァテインが振るわれ、虚空から現れたドールの腐れ果てた眷属の醜い顔面がソヴリンに襲い掛かり、君主は大胆にもその口腔へと飛び込んで貫きながら逆側から飛び出た。
「ほう、かくも傲慢な貴様がそれを認めていると!」
「実に不愉快ではあるがな! しかし事実として我らは全てを預かり知る立場ではない!」
ソヴリンは持続性の短い強力なガスを噴出させ、ロキはそれを忘れられた種族が使っていた風の魔術で振り払った。擦れ違いながら彼らは何度も激突し、誰も手出しはできなかった。全くもって次元違いの出力を誇る攻撃が互いに繰り出され、それらは野を焼き遠くの山を削り飛ばした。地割れが戦死者を飲み込み、発生した時間と空間の歪みが全天の半分近くを覆った。飛散した砂や土が轟々と舞い、悪化した天候は大風と雷を巻き起こした。荒れた大地は血を啜り、魂の残り滓を貪った。
「確かに、貴様の言う通り今回の脚本には読み取りのできぬ箇所がある。愚かにもその下等生物は、己こそが真の脚本家であるとでも思っているのだろうがな! だがそれはそれとして、不可能であるか否かにはよらず、ロキは貴様を歴史の彼方へと葬り去らんとして混沌を広めるであろう!」
「無論それで構わぬ! 今回の戦いが終わってからその虫けらを探し出し、光の下へと引き摺り出してやろう!」
[面白いものですね、あなた方が私という実体を半殺しにできるのは計算上…あなた方の年月に換算すれば攻撃開始から56032年9ヶ月12日1時間59分37秒後の事でしたが、あろう事かあなた方はこうして既に折り返し地点に立っているのですから]
風の神格が嘲笑って神剣を振るうと、その更に強まった暴風があらゆるものを薙ぎ倒した。ビルが横に折れ、何トンもの車両が宙に浮いて吹き飛び、残骸の破片や細かなガラス片が乱舞して地上の兵士達を襲った。埃や残骸の嵐で地上は覆われ、飛散物が兵士達に牙を剥いた。それらは大抵の場合ウォードが全軍を守護している魔法で防がれたが、防護層の上にばしばしと音を立ててぶつかる飛散物には顔を腕で庇う他無かった。不幸にも神剣と直撃してしまった戦闘機は地球で観測できる最高レベルを遥かに超える宇宙的な大嵐の具現によってばらばらに引き裂かれて消えた。全てが地獄めいていたが、何より恐ろしいのはこの恐ろしい程美しい異星の神が未だ本気の片鱗さえほとんど見せていないというところであった。今彼らは神を名乗る頂点捕食者の気紛れの上で辛うじて生き延びており、それが地球人という種の尊厳をこれでもかと傷付け、愚弄し、そして激怒させた。しかしそれはこの混沌の実体にとっては新たな混沌の出現でしかなく、むしろ餌を与えてしまう行為でもあった。
モードレッド卿はエクスカリバーの赤い刃を振るい続け、それらは既に神々の下等なであれば100回は殺せるものであった。しかし単に地の雨を降らせるばかりで、マンハッタンを緑色に染め上げるだけの行為でしかなかった。この神が自称するところによれば、あともう半分同じぐらいの攻撃を繰り出し続ければ人類が勝利できるのやも知れなかったが、しかし次元違いのこの実体は完璧であり、美しく、どこまでも強く、ただそこにいるだけで絶望を振り撒いていたのだ。生物として見た場合の完成度には天と地程の差が開いており、本来到底太刀打ちできるような相手ではなかった。エクスカリバーの消費は大きく、ウォードの供給があるとは言え連続使用すれば容易く魔力が底をつきかけ、そのため卿は魔力を使い切ってまた落下してしまわないよう気を付けながら戦っていた。魔力が供給されて回復すれば再び振るったが、魔力減少時は己の拳こそが最大の相棒となった。元より蘇った後の彼は無手での戦いを追求し続け、それ自体は問題ないのだがさすがにこのような慄然たる実体を相手にする場合はエクスカリバーが無ければ心許ないものであった。父の力の象徴でもあったエクスカリバーを吸収し奪って逃げたものの、父がエアリーズから授かった呪いを彼にかけ、そしてその結果エクスカリバーはまともに常用できる代物ではなくなってしまったが、ここぞという時は皮肉にも彼を助け続けてくれた。やがて信頼を置くようになったこの剣が、傲慢な異星の神格に愚弄された事がグレイの逆鱗に触れ、彼は怒りを身に纏って激烈な攻撃に専念した。リーダーであるにも関わらず今やチームの指揮も二の次であり、ネイバーフッズの攻撃はそれ程連携が取れているとは言えなかった。一見適当に戦っているように見える風のイサカはそうした隙を見逃さず、絶妙なタイミングで彼らを分断するかのように攻撃を挟んできた。
吹き荒れる暴風を掻い潜って飛行可能なMr.グレイとウォード・フィリップスの攻撃が炸裂したものの、ウォードは今持続性の魔法を複数唱えているからそちらの維持のため無理な攻撃はできず、それ故チームの最大火力はやはり聖剣エクスカリバーの二振りを苛烈に振るうグレイに他ならなかった。両腕から伸びる赤い魔力の刃は聖なる輝きを発して邪悪を討ち滅ぼさんとして迫ったが、それらを楽しそうに眺める化け物じみた攻防の神王イサカは空中歩行の歩みを止め、そして大嵐そのものである神剣デス−ウォーカーを地面目掛けて投げた。この広い島の全ブロックを揺るがす凄まじい地震が起き、まだ生き残っていた倒壊寸前のビルに止めを刺し、少なからず死傷者を出したが、大赤班がごとく渦巻く神剣は次の一手の触媒に過ぎず、今回の攻撃による被害とて単なる副次効果でしかないという恐ろしい結末が待っていた。
神王は己の飛び散るままに任せていた鮮やかな緑の血を利用し、剣でそれをイス電離的に励起させて爆発させ、緑色の爆発で地上の車両部隊や歩兵部隊に甚大な被害を与えた。それは物理的な破壊よりもむしろもっと別の破壊寄りであり、ミッドタウンとその周辺を覆い尽くした緑色の光を浴びたものはその物理的な破壊に耐えたとしても猛烈な疲れに襲われた。幸いそれはウォードの加護で軽減されたものの、それが無ければ恐らく生命力を吹き飛ばされた屍がそこらに転がっていただろう。大体において神王は己が実施した攻撃の威力に満足したのもの、気に入らない点が無いわけではなかった。監視する神の隣にいる謎の実体にはどうにも苛々させられ、後で斬り伏せてやろうと考えた。そしてもう一点、『本来使用する予定であったもの』の存在がどこにも感じられず、そしてこの街に来ているはずの『獣』もその姿がどこにも見えなかった。何故なのかわからず、それらに関して言えば神王は人知れず機嫌を損ねていた。
神王たるイサカのそのような心境など誰も知らず、ネイバーフッズのリーダーは態勢を立て直そうとする軍隊を見やり、怒涛の攻撃を仕掛けていた卿もさすがにその攻勢の勢いを削がれた。酷く傷付けられた兵士達の姿と破壊された街並みが彼に大きなショックを与え、その一瞬の隙を突いてヤーティドの神王たるイサカは腕を大きく振り下ろし、それは時速千マイルをも超える海王星の嵐の一端を物理法則の改竄ないしは意図的な無視によって強引に巻き起こしたとしか言いようがなく、この現実を己の望む姿へと従わせる力の一端のようにも思えた――恐らく古代言語でニルラッツ・ミジと呼ばれた力であろう。それを完全に掌握しているわけではないにしても、こと風に関して言えばこの神はほとんど万能ないしは全能であるかも知れなかった。
そして最も恐るべき事実は、腕を振り抜いてその風速で地球全土をずたずたにできるにも関わらず、慄然たる風のイサカは手加減してその力の及ぶ範囲を極めて限定された範囲、すなわちネイバーフッズのリーダーたるモードレッドの周囲のみに発生させたのであった。恐らく気圧差などによる大破壊が起きぬようわざわざ大気を捻じ曲げたのであろうが、手加減や気遣いされたというその事実は魔術に精通するウォードとズカウバの心を大きく毀損し、プライドが泥の中に叩き落とされた。
かくして地球滅亡へのカウントダウンが事実上始まったらしかった。
同時期:ニューヨーク州、マンハッタン、イースト・リバー上空
穢らわしき不可視の実体は地獄めいた声を包み隠さず喋り続け、その男の一人芝居自体が既に世界に対する究極的な冒瀆行為となっていた。大気が腐り果てる寸前まで追い詰められるもイサカの放つ美で食い止められ、辛うじて正常が保たれていた。試作段階の新型弾頭なども投入される激しい戦いがニューヨークを緑に染め上げ、咽び泣く精霊や悪霊の聴き取れない叫び声が木霊していた。それらを全て把握し、耳を傾け、そして愉悦に浸るこのグロテスク極まる邪悪は、恐らく歴史そのものから忌まれ、時間線から弾き出され、己が身を置く現実からどうしようもない程に拒絶されているらしかった。マインド・コンカラーやソヴリンなどの怪物と呼ばれるものどもに列する事は言うまでもなく、しかして同じ怪物からすら蔑まれ気味悪がらせると思われた。果たして元が〈人間〉であったかすらわからず、あるいは異次元か異宇宙の戯画じみた実体が産み落とした多元宇宙自体の異物かも知れなかった。秩序や混沌とも異なる不可思議な性質であり、その本質が属する領域は生や死とも異なる。
«神にも抗う彼らの姿を見よ。迫る絶望に目を逸らし、精神の崩壊を先延ばしにしようと藻掻く。恐らく彼らとて勝ち目は無いだろう。あるいは私の干渉した箇所が別の結果を生むかも知れない。そのいずれであろうと、私はこれ程までに己の欲望が満たされる体験は久しく得られなかった! ドラマは最終盤へと向かい、脚本家は実演の出来に顔を綻ばせるだろう! 誰もが万雷の拍手を受けられる主役であり、誰もが引き立ての脇役なのだ! 私とて誰かの引き立てに使われ、そして時が巡れば然るべき時に主演俳優たり得るだろう! 今は観客として、視聴者として楽しもうではないか。命を危険に晒した怪物同士のゲームはやがて時間を飛び越えて燃え上がり、今こうして壮麗なる都市が獄炎に彩られている。だからこそ、全ては美しいのだろう。数多の否定に次ぐ否定の果てに歪み、擦り切れたこの私を置き去りにしてな»
男の声は今やあの慄然たる風のイサカ以外の全てに反応を示さなかった美しい肉塊じみた神をぶるぶると震わせ、その無関心の鉄仮面を半分近く剥がしていた。知識無きが故に地球人には地肌との境が見分けられない、飾り立てられた豪華絢爛な服の表面が奇妙に鈍く輝き、非ユークリッド幾何学的な何かが発生して異様な雰囲気を纏った。それに気を取られた兵士の一人が落下してきた瓦礫に潰され、気を取られた機体がビルに激突して耳が麻痺するような轟音を立てた。
言うまでもなくこの男が作り上げた一連のドラマでは夥しい血が流れ、多くの憎しみと悲しみと絶望を産み落とし、己は己の意志で行動していると考えていた実体達をも実験と観察の対象として利用した。この男の本質が邪悪なれば、かような理解の得られぬ独り善がりなどもまた、納得の行く話であった。夥しい理不尽な犠牲を齎し、己の巨大な掌の上で興じる人形遊びに多くの人々を巻き込み、尊厳を踏み躙り、そして怪物どものゲームに介入して少なからぬ悪影響を与えた。
この男は奇蹟的なまでに全ての怒りを買う行為を取り、しかしてその存在に気付く者はごく少数でしかなかった。
数分後:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン、停泊中のヤーティド駆逐艦ブリッジ内
ドクは腕のデバイスを艦に接続し、そしてその使用法を経験者のレクチャーを交えて学習し、そしてまず彼はシールド機能がオーバーロードしている事に気が付いた。敵が修理をほっぽり出したままになっており、彼はシステムにアクセスしてシールドの修復を開始させた。インターフェイスは高度で、いかに天才な彼とて初めて使う機材をかくも容易く扱えるのはどこか不思議に思えた。恐らく精神に何らかの干渉を図るシステムであると思われ、それが直感的に操作法を教えてくれていた。感覚としては電子の世界に生身で侵入しているようなものであり、無数の光や電気が見えているような気がした。未知の言語と図の海を泳いで目的地に辿り着き、そして彼は目的を達成したのであった。
次に駆逐艦の損傷を修理するための無人機と修復プログラムを起動し、それから3分程度はどうやってあの風のイサカをスキャンするかを考えた。ドクのデバイスには生物などをスキャンする機能がまだ無く、そのためこの艦に何か使える機能がないかとアクセスしたままで探した。やがて使えそうな機能を発見し、それをいつでも起動できるようにした。画面上には奇妙なシンボルが浮かび、それは恐らく彼らの知らない方法で『起動完了』を意味していると思われた。
ここまで上手く行った事にドクは驚き、そして奇妙だと思った。彼は後ろを振り返ってブリッジにいる他の味方を見渡した。どちらかというと軍人寄りな彼らと一緒にいると己がアウトサイダーであるような気がしたが、それはそうとして気になった事を言おうかと躊躇った。するとその様子を察知したカイルが尋ねた。
「何か問題か?」
腕を組んだ彼の姿は筋肉の鎧を纏った殺人機械のようであり、研ぎ澄まされた鉈でもあった。どこか不安を煽る意志の強い目付きに圧倒されながらもドクは答えた。
「それが…変な話だけどこうもあっさりシステムにアクセスできるのが不思議なんだ。普通ならアクセス制限のある情報や機能を使う場合はなんというか…鍵を求められるものなんだ」
カイルはドクの思考が発する色をぼんやりと読みながらその意味を察した。
「つまりあんたは部外者にも関わらず何故か敵の基地に入り込んで自由に立ち入り禁止の部屋にまで入れるわけだ。そいつは確かに奇妙だな。俺はこのすげぇ機械がどういうものかは知らんが、普通そんなに簡単じゃないんだろ?」
「そうなんだ。普通ならもっと鍵を抉じ開けたり…警備員のようなものと格闘させられるよ」
カイルは腕を組んで唸り、考え込んだ。他のメンバーも話にはついて行けているらしく、ドクは己の例え話がある程度わかり易かったのだろうと安心した。彼が滅んだ宇宙にまだいた頃、自分だけわかったつもりになって悦に入り、大恥をかいた経験があったため、あまりそういう事はしないように心掛けていた。
「まあ、いい。そういうのは暇な俺達が適当に協議しておこう。あんたは仕事に戻ってくれ」
カイルは危険そうに見え、そして戦闘になれば苛烈に戦うのだろうが、それはそれとして仲間だと認めた者にはこうして親切な言い方をしてくれるらしかった。あるいはそれは不要な諍いを避けるための処世術かも知れなかったが、別にどちらでもよかった。あまり社交的でない事もあって、この場にいる全員に対してドクは少なからず苦手意識があった。短い付き合いとは言え今まで色々助け合ってきたリードにさえ、彼は未だ複雑な感情を抱いていたが、リードに対しては徐々に好感が勝ってきたようでもあった。
カイルはドクの言葉が気になり、しかしどうやってそれを確かめるべきかで悩んだ。彼にできるのは内なる相棒であるテレパシー能力を使った探査であり、精神への干渉は不可能なものの偵察用としては素晴らしい力であった。外での壮絶極まる戦闘にも加われず、どうせ暇だった事もあり、見守るしかできない歯痒さを押し殺す目的で彼はテレパシーを開始した。カイルはふと、今まで目を背けてきた事に目を向けた――仕事に取り掛かっているドクはともかく、グレイやウォードのように強大な力を持たず、そういう意味では非力である己とここにいる他の4人は一体どういう心境なのか? 飛び入り参加のジョージはどうだろうか。彼はそこまで申告に考えているわけではないかも知れなかった。カデオも飛び入りだから、同様であるかも知れない。しかしリードはどうなのか? 彼はネイバーフッズの一員でありながら、あの慄然たる神格との最終決戦に参加できず、こうして不自然なまでに安全な駆逐艦内で燻っている。そして親友であるブライアンの心境は、わざわざテレパシーでその感情の色を探る必要さえもなかった。何せ彼自身、今己の力の無さを噛み締めているからだ。決して強力な兵器を持つ軍や強力な故人であるネイバーフッズへの僻みではなかったが、自分がどこか虚しくなった。
それらを振り払うかのようにカイルは不可視の思考の海へと漕ぎ出し、その水面下に隠されたものを探った。兵士達は様々な感情が入り混じり、恐怖もあれば勇敢さも散見された。家族への深い感情、今日の予定を切り上げて駆け付けた者の複雑な心境、破壊された街への悲しみや怒り。様々であった。禍々しく渦巻く混沌の黯黒がびりびりと伝わり、そちらには絶対近付かないようにしていた。神を自称する実体の精神を読むなど正気ではないし、接近するだけで発狂する危険性さえ考えられた。それは大嵐から名状しがたいどろどろの原形質へと姿を変え、刻一刻と姿を変え続ける混沌そのものが嘲笑っているかのような気がした。大気が平伏すイメージが浮かび、狂ったようにそれを信仰していた古代の異端者達の様子が脳裡を掠めた。重い扉に閉ざされた真っ暗な隔離房の中で終わらぬ譫妄に浸る、がりがりに痩せ皮膚病で醜く成り果てた狂人が夢見る宇宙の大嵐が星の世界を悠々と渡り、感染するかのように多くの混沌を振り撒く様子が浮かんだ。やがてそれはこのちっぽけな田舎の惑星にいるカイル・マンにその触腕を伸ばし、そして実際にはその美しい豪腕が彼の心を――カイルは気が付くと荒い呼吸をしており、ブライアンが彼の隣で大丈夫かと心配してくれていた。ドクは作業を中断して振り返り、見かねた他の3人も歩いて近付いて来た。カイルは背中が汗でひんやりとしている事に気が付き、艦内は快適ではあるものの額を流れる汗がどうしようもなく不快に感じられた。全身が冷え切っているように感じられ、あと少しで己があの慄然たる風のイサカによって心をばらばらに引き裂かれるところであったと悟った。〈人間〉があのような宇宙的美を纏った実体――その大抵は〈神〉であった――に対して精神的に接近するだけでもそれは自殺行為であり、磁力のようにそれは彼の心を引き付け、運が悪ければ一生精神病院で暮らす事になっていただろうと恐怖した。未だに己の心の中にあの実体がほとんど無意識に放つ暗く冷たい触腕の感触が残っているような気がして、言いようのない不快感に身を震わせた。それでいて精神そのものの『容姿』に関して言えば、あれ程にきらびやかで力強く、雄大な大地のごとく美しい精神を見た事は今までにない経験であった。ほとんどこの世のものならざるあのような実体との接触は彼の精神を竦み上がらせ、そして大きな傷を付けた。その裂傷はそうとう酷く、これが肉体であれば血がどくどくと流れずきずきとそこが痛んだだろう。心痛には慣れていたつもりだが刺すような痛みはどうにも耐えがたく、例え任務であろうとあのような実体に少しでも精神的に接近するのは可能ならばこれで最後にしたいところでさえあった。
「カイル…」
ブライアンは思わず冷や汗をかいて心配していたが、カイルは不敵に笑って見せた。
「心配すんな、あのクソったれに一発かましてやるよ」
同時期:地球及びその周辺
多くの裏の目がこの戦いを見ていたらしかった。いずこかでこれを見守るマインド・コンカラーは暴風のごとき己の精神的接触をもってして異星の神格に接近した。遥かな距離を跨いで行われたそれはしかし、風のイサカの精神性があまりにも〈人間〉とかけ離れ、あまりにも危険であるため中断されるに至った。怪物じみたあの男にすらヤーティドの神王が備える城塞がごとき精神の内側を見通す事叶わず、遥か遠くのどこかで歯噛みする他無かったらしかった。コンカラーとは相容れない別の怪物達である、金のためなら殺人をも厭わない2人のヴァリアントの行方はわからないものの、その一方で全てをどこかで監視しているクロウリーはこの惑星を離れる事も視野に入れていた。彼でさえ詳細はほとんどわからない現実からの追放者が暗躍しており、その点に関して言えばこの強大な魔術師をも不安がらせるものであった。彼は右手に持った、古代ナイジェリアの伝説的な魔女が残したという骰子状の物体3つをかちゃかちゃと弄びながらもその顔は険しく、暗い部屋の中で振るい型のテレビが映し出すマンハッタンの戦いに微かに混じっている、存在そのものを否定すべき黯黒の実体の片鱗を感じざるを得なかった。
それらの中には先の大戦で敗北した帝国の残党も含まれていた――南米に逃れたとされる他の残党とは違いどこかで独自の計画を練っているそれらの仄暗いものどもは、一段と背が高い男によって率いられており、その男は巨人のごとき筋肉の鎧を纏い、それを古い世代の軍服で隠していた。傍らには着崩したスーツ姿の洒落た黒人の男がおり、まるでモデルのようであった。
数十分後:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン上空
[そろそろ舞台は閉幕にするとしましょう。これは敢闘賞であり、あなた方に栄誉と死後の安寧を約束してあげましょう]
今ひとつ支離滅裂で本当は何を言いたいのか何をしたいのかわからないこの慄然たる風のイサカは、実際のことろ今回の攻撃も新たな混沌で別の惑星を飲み込むというその程度の事しか考えていなかった。破壊され尽くされた地球には究極的な平穏が訪れるだろうから、その点に関して言えば少々残念ではあるものの、しかし長期的に見れば、ここを拠点として抑えたケイレンがそうとも知らぬまま新たな混沌を作り出してくれるだろう。彼らは遅かれ早かれPGGと衝突するかも知れないし、あるいは長期的にこの惑星の所在を知られぬまま様々な工作の拠点として使われるかも知れなかった。そのいずれであろうと混沌であり、それはこの風の神格にとってはまさに望み通りの展開であった。神王としてヤーティドに君臨するのも滅んだ万神殿唯一の生き残りとして彼らの前に君臨する事で権力的充足を満たしつつ、信仰を受ける事で神としての権能を高めているに過ぎなかった。それ故今回の侵略劇とて本心ではヤーティドがケイレンから更なる技術支援を受ける事で強国として成長してゆく第一歩などではなく、己の目的のために己の臣民を『道具』として使用しているに過ぎなかった。『道具』に奇妙な愛着を持つソヴリンと比べるとイサカにとって猿人種族の民など永劫を生きる己の使い捨ての外縁部ですらなく、神王としての振る舞いなどはまさに偽善の塊でしかなかった。何せヤーティドの軍人達は己を慕い、地球侵略こそ自らの種族の明るい未来に繋がると信じ、この田舎の惑星で多くの兵士がその未来のために散ったというのに、当のイサカ自身はそのような善や正義をこれっぽっちも信じておらず、己の目的のために使い潰しているのである。それ故この恐るべき宇宙的美に彩られた大嵐の具現は、あるいはかつて人類とヴァリアントの対立を煽るだけ煽りながらその実ただゲームの内容を都合よく改竄しているだけに過ぎないソヴリンさえ超える、窮極的な偽善者なのであった。
風が薄まった一部分から地上が見えた。そこはちらりと届いた直射日光が一際高いビルに届き、その周囲に投げ掛けられたビルの影に不自然な大きな影が映っていた。すぐにそれは見えなくなったが、神王はにやりと美しく笑った――おや、そこでしたか。ならば一網打尽にできるでしょう。
「お前の好きにさせるものか!」
腹の底からの喉をも枯れさせる凄まじい叫びが妙な影のビルから響き、それは暴風吹き荒れるマンハッタンの喧噪をも貫いて神王に届いた。エクスカリバーの赤い輝きが竜巻の向こうで煌めき、風の層を貫いて卿は飛び出した。
[その力…まさか]
「そのまさかだ! まさかお前達が持ち込んだWMDがお前自身に牙を剥くとは思っていなかっただろうな!」
モードレッドのエクスカリバーは通常よりも更に強い光に包まれ、その魔力は計測不能なレベルにまで高まっていた。それもそのはず、卿は駆逐艦にいるカイルからテレパシーで作戦を説明され、彼はあの肉の骰子じみた兵器にエクスカリバーを突き刺してその莫大なエネルギーを全て吸い上げたのであった。
[鬱陶しいものですね]
イサカは厳つくも美しい猿人の顔を微かに歪め、全力で攻撃してきた卿に本気で打ち合いを挑んだ。剣戟は激しさを増し、物理的な制約を無視して動く巨神は今の己よりも遥かに小さいエクスカリバーの振るい手と斬り結び、巨体を感じさせない非現実的な動きで空を舞った。いつの間にか両手でデス−ウォーカーを握り締め、あまりのエクスカリバーの威力を前に他の能力の使用さえ制限されてしまった。簡単に吹き飛ばしてしまえるちっぽけな惑星の上で己が本気を出して剣戟に専念している事実は慄然たる風のイサカにとって激烈な怒りを呼び覚ますものであり、その苛立ちがつい冷静な判断にも影響を与えた。一度距離を開けて窮極的な風を起こせば片付くものの、それも妨害によって不可能であった――ウォードは今やズカウバへ主導権を渡し、彼の攻撃的な魔術及びグレイに対する攻撃力強化の魔術がイサカに仇成し、精神に関するものを除く全ての防御的な魔術が解かれたため軍は上空で戦う両者から距離を置き、離れた位置から遠巻きに総攻撃を仕掛けていた。平時であれば飛来する全てをデス−ウォーカーで打ち払えるにも関わらず、神速の剣技は卿との本気の戦いにその全てを費やさねばならなかった。補給から戻った戦闘機が20ミリの化け物じみたガトリング砲から魔蜂の針じみた凶悪な銃弾を吐き出し、それらが黒い焔の甲冑越しに出血させた。全くサイズの違う両者が鍔迫り合いをして拮抗しているところ向けて遥か洋上にいる『オクラホマシティ』のマーク16砲が唸りを上げ、130ポンドのAP弾が悍ましい音を立てて放物線を描き、そして神王の肩に直撃して凄まじい爆発が起きた。大気が割れんばかりの轟音に苛立つ風のイサカに更なる猛攻がかけられ、高層ビルのごときその巨体故にあらゆる攻撃が届いた。
そしてこの神格からは不可視となっていた駆逐艦が遂に猛攻を開始した。不可視光線のレーザーが照射されて神王の胴をなぞり、凄まじい出力のプラズマ砲が周囲を暗くする程の光量を放ちながら発射された。超加速された砲弾も続け様に放たれ、大気を割らんばかりの激突音が響き渡った。
高度な連携でモードレッドとウォードはレイザーとゴリラを受け止め、そして彼らを投げ飛ばして巨神の顔面を傷付けた。まるで映画のように空中遥か高くで飛び回り、そして跳び回る彼らの猛攻がイサカを追い詰め、最後の仕上げのためウォードがレイザーとゴリラをテレキネシスじみた術で受け止め、近くのビルまで退避した。
「お前の敗北だ!」
凄まじい総攻撃が30秒続き、空中で蹌踉めいた異星の神格は恒星のごとく燃え盛る双眸に怒りを滾らせて睨め付けたが、総攻撃の総仕上げとしてエクスカリバーの一閃が袈裟斬りのごとく右斜め上から放たれ、異星の大量破壊兵器のエネルギーを吸い上げて強化された聖剣の一撃は遂に慄然たる風のイサカを空中で膝付かせた。存在しない地面に片膝をついた。
[イサカが、天球を往くこの私が、敗北を喫する…?]
軽い気持ちで初めて半年近くイベントに費やしてしまった。やる気がまだ足りないようである。とは言え漸く私は次のステップへと進めるだろう。
ジョージ・ランキンの話を書くにあたってまず『コンデムド』シリーズを作ったモノリス社の素晴らしい廃墟アートワークに感謝を。今見てもシリーズ2作の荒廃した建物やスラムの雰囲気は色褪せない美しさを秘めている。
次に、『CoD:AW』を制作したスレッジハマー社のアートワークにも同様の感謝を。荒廃したデトロイトと廃校内の緊張感、残骸の転がり方などが現行機のマシンパワーで遺憾なく再現され、廃墟シーンを書く上でとても参考になった。
そして不定期かつ更新の遅い私のシリーズを読んでくれている方々にも感謝を。
今回のイベントは、残りはアフターマスを書く程度だと思う。ヴァリアントのチームも関わらせるかも知れないが、イベント本誌は今回で終了。




