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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
74/302

ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION#7

 イサカの強さに翻弄される地球人達。彼らに勝ち目はあるのか? 一方CIAのカイルはイサカを倒すためある兵器に目を向ける。

登場人物

ネイバーフッズ

―Mr.グレイ/モードレッド…ネイバーフッズのリーダー。

―ホッピング・ゴリラ…ゴリラと融合して覚醒したエクステンデッド。

―Dr.エクセレント/アダム・チャールズ・バート…謎の天才科学者。

―ウォード・フィリップス…異星の魔法使いと肉体を共有する強力な魔法使い。

―キャメロン・リード…元CIA工作員。

―レイザー/デイヴィッド・ファン…強力な再生能力を持つヴァリアント。

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士。


協力者

―ダグラス・カイル・マン…CIAから派遣された対超常事件の要員、軽度のテレパシー能力を持つヴァリアントの大男。

―ブライアン・ジェイコブ・マクソン…同上、カイルの戦友。

―ダン・バー・カデオ…かつてサイゴンで共に戦った南ヴェトナムの精鋭兵士。

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。


尋常ならざるもの

―イサカ…神王として猿人種族ヤーティドを率いて混沌を広める〈混沌の帝〉エンペラー・オブ・カオス

―肉塊の神…無反応のまま全てを見守る傍観者。

―不可視の男…肉塊の神に話し掛けた謎の人物。


攻撃開始から数分:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン


 無数の砲弾が撃ち込まれ、血飛沫が春のマンハッタンに舞った。緑色をしたその液体は鮮やかで、それさえも美しく見える程であった。何百ポンドもの重さを誇る爆弾がひゅうっと投下され、鼓膜が破裂しかねない凄まじい轟音と共に緑の血液が眼下のビルや地面に付着した。その様はまるで激しい戦闘に巻き込まれて傷付いたビル群や破壊された兵器の残骸が流した血であるかのように思えた。

 それらの攻撃を一身に浴びる風のイサカは、打ち寄せる激烈な攻撃の波を眺めながらマンハッタン上空をゆったりと歩き、そして時折思い出したかのようにその神剣デス−ウォーカーを振るった。ぶわっと押し寄せる風は戦闘機をウォードの加護の上から蹂躙し、防ぎ切れなかった暴風が戦闘機を何機かコントロール不能にさせ、内一機は僚機と激突して爆発し、その他は地面やビルに突き刺さった。それらの犠牲を踏み越えるがごとく正義の怒りに燃えるモードレッド卿は、最大である10フィートにまで伸ばした巨大なエクスカリバーの二振りを回転しながら巨神の右腕に打ち付けた。表面で燃え盛る甲冑越しに斬撃が皮膚までの距離を跨いで届き、明るい緑の血が雨のように降り注ぐと、ヤーティドの神王はそれら己に抗うものどもの様子を嘲笑った。その笑い声の美しい調べはウォードの呪文でブロックされたが、やはり少なくない者達がその優れた集中力に大なり小なりの雑念を捩じ込まれた。するうち黒々とした嵐がマンハッタンに現れ、それが消えたかと思うと今度は何本もの竜巻がそこらを蹂躙した。巻き上げられた死体などは戦意に少なからず影響したが、それらを見て怒りを滾らせる事で更に戦意を高揚させる者もいた。


「かくして人は階梯を幾つも隔てた実体と戦火を交える、か。いざこうして実際の出来事となってみれば、シミュレーションなどあくまでシミュレーションに過ぎぬと教えてくれる。私とて彼らがあの実体に出血させられるとは思っていなかったとも。予想とは覆すためにあるとも言えるだろう」

 不可視の男は隣に浮かぶ巨大な肉塊じみた神にそう呟いた。

「見よ、今や私には美がこの一帯を取り巻いているのが見える、文字通りにな。となれば私も己を曝け出してしまって構うまい、ある程度の段階までは」

 朗々と語る男は演劇でもしているかのように気取り、そして羞恥せず堂々と振舞っていた。その声を聞いている者などこの肉塊じみた神以外にはいないと思われたが、一切の曇りなきその言葉には妙な説得力が付与されていた――その隠し切れぬ悍ましさに目を背けるならば。男は不可視のまま何らかのデバイスを操作した。恐らくそれは思考を読み取るのだろうが、何やらひた隠しにされてきた古代の邪悪が解き放たれたかのような感覚が男の周囲を纏い、マンハッタン一帯にいる感覚の鋭い者は何かを感じ取った。そして解き放たれたるものは、ほとんど伝説的なマガツ二神の禍々しい御声とある意味では似通っていた。

«己の声でこうして話せる(よろこ)びが全身を駆け巡る。世に否定され、一般的な(ことわり)の外側に身を置く他ない私の苦労も、記録するには悪くあるまい?»

 吐き出される言葉の一つ一つが錆びたナイフのように有害で、躰の奥深くに突き刺さるかのような不快感を帯び、異星の神格との混血で身が崩れた穢らわしき混血の落とし仔とさえ、声のグロテスクさで言えば大差無かった。己の声を包み隠す変声装置が解除されるや否や、一体どのような外法の結果生まれ落ちたのかと疑問を持たざるを得ない怪物の声が海峡上空で解き放たれたのであった。声の持ち主はマンハッタンに満ちる美が己の醜を相殺するであろう事をいい事に、汚染源としては最悪の部類に入るその声を曝け出した。かくも醜悪な声はわざとらしい美しさを纏った忌むべき悪逆の徒どもぐらいであり、そういう見方をすれば〈混沌の帝達〉エンペラー・オブ・カオスに名を連ねる慄然たるマガツ二神の穢らわしい事この上ない声とさえ、全く別の種類の悍ましさであると言えた。かつてある戦士はこの実体を呪われるべき生まれながらのシャイターンと呼び、ある異星の甲殻騎士は忘れられた言語でこの醜悪な怪物を罵倒した。

 そしてそれだけではなかった――その穢らわしさ故に大気そのものが恐れ慄いて糜爛(びらん)し、この地に根付く精霊の類は一目散に逃げ出し、空間が厭わしい悲鳴を上げていた。だが風のイサカが放つ宇宙的な美麗さがこの実体の放つ醜悪さと拮抗し、この現実(リアリティ)に対する冒瀆を押し留めているらしかった。

«だが確かに私は今回あくまで裏方、ならば裏方らしくクライマックスの行方を見守るとしよう、捕食者に目を付けられたこの惑星をな!»


 かつて死せる魔術師達がこの実体を呼び出し、あるいはあまりの恐ろしさから追放した。愚かにもかくも恐るべき風のイサカを召喚した最初の莫迦が一体誰であったのか、架空と思いきや実在する本物の『ネクロノミコン』や検閲されていない版の『リヴァイアサンへの回帰』にすら記述がないため、知るためにはもっと古い時代の入手困難な書を探さねばなるまいが、その莫迦のせいでかような大事件が起きたのであった。死傷者多数、多くの心を傷付け、そうした悲劇の歴史を血のインクで記述するのだ。

 焔に覆われていない神の顔にはゴリラとレイザーが張り付き、ゴリラは広がる森林のごとき美しい体毛にしがみついて振り回されながらも、強風や歩行による揺れのタイミングを見計らい、振り回される勢いを利用して表皮を蹴った。レイザーは頭頂の森林で剣を表皮目掛けて振り下ろし、突き刺し、抉った。しかし血が出るばかりで、傷が付くでもなかった。更には『気紛れでイサカの巨大な手が迫って潰されるのではないか』という懸念が嫌な焦燥感を形作り、胃がじんわりと痛んだ。彼らはMr.グレイとウォードに運ばれて神王の顔に張り付いたが、実際に効果があるのかどうかは微妙であった。山のように聳えるその巨体は流血しながらも全く弱っているようには見えず、徐々に絶望が鎌首を(もた)げるのが見えるようでさえあった。

 慄然たる風のイサカは身に纏う黒い焔の甲冑の燃え盛る勢いを増し、それは触れてすらいない地上のビル群の上部を削り取り、凄まじい獄炎は周囲の戦闘機部隊にも襲い掛かった。幸いウォードの防護はこの手の熱に強かったため損失は無かったが、これから突き刺さる予定であった弾丸から爆弾まで、既に発射されていた雨霰のごとき兵器の数々が一瞬で消え去った。焔の勢いが元に戻るや否や神王は己の神剣に焔を纏わせると、黒い焔が巻き起こる尋常ならざる竜巻へと姿を変えた。ヤーティドを率いるこの実体が指を軽やかに弾き、その美しい音の反響が消え去る前に太陽風じみたプラズマがマンハッタン上空で乱舞し、ほとんど殺人的な電磁波はあと少しで魔術師の加護を突き破り、パイロットも人間も諸共蹂躙し尽くすところであった。地上に降り注ぎかけた不自然で暴力的なオーロラはビル群の削られた頂まであと少しのところで先回りしたウォードの張った巨大な力場の壁で防がれたが、さすがにそれはこの男をも疲れさせた。あと2回同じ事をされれば、全ての効果中の魔術は掻き消えてしまう。そうなれば戦線は完全に崩壊し、興味を喪った風の神格は言葉通りこの惑星を一掃するだろう。罰のためか絶望のためか、わざとイサカが手を抜いている事は不幸中の幸いであるが、本気を出される前に撃退しなければならない。不殺も何も、今の彼らにはかような混沌の実体を殺害する術がなく、実際のところ事実上の不死であると思われ、強いて言えば彼らがほとんどその詳細を知らないあの傲慢で狂い果てたソヴリンのような者にしか成し遂げる事は不可能なのだ。かような実体が〈神〉と呼ばれるのにはそれ相応以上の理由があるからであり、気紛れか何かの手違いで顕現したその延長線上の外縁器官や側面の一部を撃退する事でさえ万に一つの奇蹟に等しく、その本体ともなればもはや殺害どころか撃退ですら地獄めいた苦行であった。


 リードがドクを護衛しながら、彼らはあの駆逐艦までウィルで移動した。飛行可能なこの試作バイクでさえ登るにはあまりにも高度が高く、あくまでこのバイクは今のところ垂直方向にそのまま上昇するのは不可能であって徐々に車体前部を持ち上げる事で走りながら登る他ないから、彼らはエンパイア・ステート・ビルのふざけた音楽が鳴るエレベーターに浮遊バイクごと入り込み、そこから上階を目指した。やがてガラスが割れた高高度の階層まで辿り着き、そこは駆逐艦がビルに貼り付けている停泊用の力場が見えていた。割れたガラスの向こうから風が入り込んでおり、得も知れぬ恐怖が彼らの臓腑に染み渡った。駆逐艦は時折ぶうっと臓腑を震わす何かしらの轟音を立てており、それが恐怖を助長させている気さえした。ビルから見える駆逐艦の姿はほとんど窓の向こう、眼下に広がる街並みをも覆い尽くす程であり、これ程巨体の物体がこうして空中に停泊できているという事実が何らかの冒瀆か、物理法則への愚弄に思えた。この階からは駆逐艦の上部を見渡す事ができるが、甲殻じみたそれに大きく空いた穴は痛々しく、それらを小さな何か――ドクはそれらが修理用のユニットだろうと考えた――がその周囲を飛び回っていた。いざ一部が割れたガラス張りの箇所まで来てみると、この高層ビルからの眺めがとても恐ろしく思えた。外では無数の戦闘機が飛び交い、地上からもミサイルなどが発射されて巨大な風の具現を攻撃しているのが見えた。この角度からは慄然たる風の神格を見上げる形となり、その爪先まで覆う黒い焔の甲冑が燃え盛っているのが見えた。

「ここをケイン達が渡ったらしいな」とリードはバイクの後部座席から窓の向こうを見下ろした。その表情には少しだけ恐怖が混じっていたが、それでもやってやるという強い意志に満ちていた。

「あ、ああ」

「何だ? もしかして高い所では興奮して昼寝できない体質か?」

 リードは反発されるのを避けるために直接『高い所は苦手か?』とは問わず、適当にお茶を濁して尋ねた。

「ま、まあそんなところかな…」

 リードは溜め息を()いた。

「運転代わってやろうか?」

 無論運転した事など無かったが、バイクと同じだろうとも考えていた。

「いや…やるよ。渡るぐらい簡単だ。そう、ただ橋を渡るだけさ」

 そして、言い方を工夫すればドクがやる気を出してくれるとも踏んでいた。

「じゃあ行こうぜ。俺もそろそろチビりそうだからな、気が変わらねぇ内に出発だ」

 そう言ってドクの肩をリードが叩くと、それを合図にウィルと呼ばれるバイクは発進した。8フィート下には輝く半透明のエネルギーが見え、それの上を渡ってメタソルジャーとその友は駆逐艦に乗り込んだらしかった――大した勇気だ。

 浮遊バイクはすうっと割れたガラスから外へと踏み出した。彼らは既にウィルに乗って地面から何十フィートも浮き上がって走っていたが、それとこれとでは次元違いの恐怖体験であった。輝くエネルギーの橋のその下にはぼんやりと見える地面があり、そして橋の外側には街並みがはっきりと見えていた。そのようなものを見ていると気が滅入って死にそうであったが、ドクは前だけを見て下を見ないように努めた。要するにリードだけがそうした地獄めいた眺めを見ていたのだが、空で響く轟音によって彼らは思わずバランスを崩しかけ、臓腑が締め付けられる感覚を味わった。ドクは顔がかあっと熱くなり、リードは尻に嫌な汗をかいた――吹き荒ぶ風はそれらを嘲笑うかのようにひんやりとしており、汗をかいた部分が冷たく感じられた。

「一旦止まろう!」とドクは叫んだ。彼は下を見る余裕など持ちわ合わせていなかったが、同じように振り向く事さえできなかった。徐々に高さ慣れしてきたリードは口笛を短く吹いたりして己を鼓舞し、この状況に適応しつつあった。

「そうだな。それより見ろよ、空じゃみんな凄まじい勢いで戦ってるぜ!」

 リードは左斜め前方の上方を指差し、そこでは爆発や赤い一閃が輝いていた。ここから見ても神王は信じられない程大きく、彼らはあれを別に神だとは思っていなかったが、異星の慄然たる実体である事は深く理解できていた。ドクはああ、と上の空で答え、リードはふと彼が相当怖がっているのではないかと危惧した。

「ドク、こんな時にアレだがここからの眺めは最高だぞ」

 リードはドクのコスチュームは首元などが露出している事を思い出し、どうなっているのか見てみた――案の定汗が滲んでいた。

「いいから静かにしてくれ…」

 掠れるような声が天才の口から漏れた。

「わかったよ、とにかくどうでもいいから早く再発進してくれないか。俺達はあの神気取りの毛むくじゃらを追い出さないといけないんだ。わかるよな?」

 リードは先程イサカが上空へ浮き上がった事で、自分達はこれからどうやって戦いに貢献しようかと考えていた矢先に、駆逐艦を占拠している例の禿げ男から再びテレパシーで交信を受け、Dr.エクセレントと一緒に来て欲しいと頼まれた。確かに彼らは遥か上空にいる敵と戦う事ができないので、他にやる事があるならそれも悪くはなかったため、リードは特に反論もせず了承した。ドクにその旨を話し、彼らはかくして地獄めいた綱渡りショーに興じる事となったのであった。あるいは少し下にあるエネルギーの連結部の上を通ればまだ恐怖が和らぐかも知れなかったが、既にドクはそうした考えなど持つ余裕もなく、前を向いたまま駆逐艦の上部向けてバイクを走らせた。

 やがて恐怖が限界に近付いた時、漸くバイクは駆逐艦の上部へと辿り着いた。長くかかったのはドクが恐怖でスピードを出さなかった事に起因し、もしリードが運転していればほんの数秒で渡り切っていた。駆逐艦の生物の甲殻じみた表面がとても愛しく感じられ、こうして足が届く場所まで辿り着けた事がとても嬉しく思えた。リードは先程の恐怖体験の余韻に浸っていたが、ドクはそのような余裕もなく顔を青くして震えていた。バイクは既に駆逐艦の上部に降りており、地球の船と違って突起部がほとんどないそのデザインがここからよく見渡せた。こうして上に立つと気球式の細長い飛行船に乗っている気分であった。あるいは巨大なラグビーボールの上に立っているかのような。


数分後:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン、停泊中のヤーティド駆逐艦ブリッジ内


「よう、天才さんの方はなんか心ここに非ずって感じだが」

 改めて見るとこの禿げている男は非常に体格が大きく、あのグレイよりもがっしりとしていた。その目付きには虚ろであったドクも少し身じろぎし、当の本人は肩を竦めていた。他にはこの男の相棒らしき男と、ケインの友達だというアジア系の年若い精悍な男、そして以前の会見でケインに話し掛けた男がいた――何故彼がいるのだろうとドクは不思議に思った。

 今頃ケイン本人はどこかの高層ビルへと上り、敵のプラズマ銃を拾って猿人の神王を足元から狙撃しているだろう。

 艦内は薄暗く不気味で、ぼうっと浮き上がるような光が座席や何らかの肉塊じみた物体、そして巨大な装置などを照らしていた。

「あんたの人使いが荒いから、ウチの天才科学者は乗り物酔いしちまったみたいでな」とリードは軽い調子で言った。その声には大して嫌味を滲ませず、いかにも『私はこれからジョークを言います』という雰囲気が出ていた。

「そいつはすまんな、まあ賠償なんかはCIAに頼む」

「CIA? あんたCIAか?」

 リードは少し驚いた。

「ああ、そうだぜ。それにあんたらはいい人そうだから言うが、俺はヴァリアントだ」

 男は堂々と腕を組んで立ち、文句でもあるのかと言いたそうにして佇んでいた。リードは相手の少し張り詰めた感じを和らげようとした。

「へぇ、CIAも漸くヴァリアントを採用するようになったのか。今はヴァリアントのダチだっているが、現役時代の俺はヴァリアントに反感を持っていた。今思えばアホだよな」

 リードは自分でも思った以上に発言が相手を苛立たせるような言い方になった気がしたが、しかしあえて包み隠さず全てを打ち明けた。彼らはどちらともなく歩み寄り、4歳児の背丈にも満たない近距離で睨み合った。禿げ男の相棒は何も言わずに、まるでこうした事態に慣れ切っているかのように様子を冷静に眺めていたが、恐らくいざとなればすぐにでも飛び出せるだろう。一方のドクは虚ろな状態から帰還し、リードと巨漢が睨み合っている事に気が付き、そして口も挟めずに怯んだ。やがて彼らはどちらからともなく鼻で笑い、そして同時に手を差し出して握手した。

「キャメロン・リードだ。まあ会見で自己紹介したし知ってるだろうが、よろしくな」

「カイル・マン、あんたの後を継いだ若き工作員さ」


 やがて彼らは駆逐艦の機能について話し合った。ブリッジ内部は戦闘の爪痕が残っていたが、徐々に修復されているらしかった。虫の巣の中にいるかのような、あるいは洞窟の中にいるかのような雰囲気であり、地球人とはデザインや工学的な考え方が違うのだろうと思われた。異星人の戦闘艦に乗艦しているという事実はリードにとってどこかふわふわしており、未だに信じられない気分でもあった。薄暗い艦内でパネルやホログラムが輝き、硬質な内装がぼんやりと照らされていた。

「もうケインが話したかも知れんが」腰ぐらいの高さの戦術ボードか何かのような机に腰掛けて屈強なカイルは言った。「俺達は駅で連中が作動させようとしていた大量破壊兵器みてぇな物体を見付けた。さっきこの船を適当に操作してたらそいつを…なんというかこう、一瞬でこの場に持ってくる機能が見付かってな、それで――」

「待ってくれ、ケインはそんな事は言っていなかったけど…」とドクは口を挟んだ。

「まあ忙しかったんだろ」とリード。彼はケインが無断でチームを離れて地球を救っていた事に対しても、状況に応じて行動しただけだろうと思っていた。ドクはそれに思うところがないわけでもないらしかったが。

 カイルは話を続けた。「で。とにかく、さっき言ったようにその大量破壊兵器らしき物体は今この艦にある」

「テレポーターか」ドクは一人で納得していた。

「まあそんな感じのあれだな。あそこにあるのがそうだ」

 屈強な男が指差した先には硬質な材質の機械が上部に張り付いている、肉塊を強引に立方体へと纏めたかのような物体があった。広めのブリッジにはそうした物体を置けるスペースもあり、ここは艦船のブリッジというよりも所々に机などが置かれた金持ちのリビングであるように思えた。

 ドクはその物体に接近し、そして顔を顰めて考え込んだ。しゃがんだ状態で顔を近付け、その細部に目を凝らし、そしてやはり見ての通り妙だと合点した。

「ちょっといいかな、この物体なんだけど。明らかに別々の技術体系の複合物じゃないかな…なんというか、アメリカ産の戦車にソ連製の砲塔が乗っかっているとでも言えばいいのかな?」

 ドクがそう言うとカイルの相棒であるブライアンが同意した。

「だろ? 俺もそう思ってたんだよ」

「嘘言え、お前はこいつの免許を持ってねぇだろ」とすかさずカイルが茶化した。

「またそのネタかよ。とにかく、あの人肉骰子(さいころ)みたいな物体は明らかに上のパネルとは全然違うよな。クソ侵略者どもは明らかにそのパネルと同じ虫の殻みたいなデザインが好きみたいだしさ」

 そこでカデオが手を挙げて質問した。

「じゃあさ、そのヤバそうな爆弾? みたいな奴は別の異星人が作った代物だって事かい? その上に自分達用の操作パネルだけくっつけてさ」

「まあそうだと思うよ」とドクは初対面の人間の多さに少し疲れながらも答えた。カイルとは今朝の警告の一瞬しか会えなかったから、その人となりは今になって少しずつわかり始めていた。活動的なリードは既に彼らと馴染み、普通に会話できている。ジョージはヒーローの2人がここに来た事で、軍人でも工作員でもヒーローでもない自分がここにいる事がどか場違いに思え、黙って様子を見ていた。一方でカデオはそういう事も意識せず、普段通りに振舞っていた。

「つまり、どっかのアホがあのゴリラ…はホッピング・ゴリラに失礼だな。とにかく、あのイエティみたいな連中をどっかのクソったれが援助してる可能性があるわけだな。まあその件はそんなに重要じゃないな、問題はあのデカいイエティだよ。あいつを倒すために俺達を、というかドクを呼んだんだろ? ドクならこいつを更に詳しく動かせるかも知れないって」

 リードは言いながら手を広げ、今いる駆逐艦自体を指し示した。

「そうだな」

 カイルは腕を組んだ。ドクは自分に話が振られただろうかと思いつつ、自分に何ができそうかを話し始めた。

「確かに、私はあの先月に現れた忌々しい未来人のテクノロジーに干渉した事もある」

 カイルとブライアンは顔を見合わせた。

「カイル、今のは聞かない事にした方がいいな」

「ああ、でないと俺達Dr.エクセレントからすげぇ発明品の事やら何やら『聞き出さないと』いけなくなるしな」

 それを聞いてドクはびくっとし、この2人は本質的にはアメリカの国益のためなら大抵なんでもやりそうだという事を悟った。そして皮肉にも、ドクが元いた時間線のアメリカではヴァリアントがこちら以上に酷い扱いを受けていたのに対し、こちらの時間線ではCIAに愛国心が強そうなヴァリアントが採用されていたのであった――何事にも例外は存在する。リードはこれらのやり取りを見て溜め息を吐いた。ブライアンは肩を竦めて鼻で笑った。

「冗談さ、だから言ってるだろ? 聞かなかった事にしようって。ところで俺に考えがある」と言い、カイルは改めて全員の視点を自分に向けさせた。彼はゆっくりとモニターの方へと向かった。「俺はその危険極まりない、下手に分解したら爆発して人類絶滅なんて事になりかねない物体が大嫌いだ。そいつがヤバいって事は保証するぜ、俺は連中の思考をじっくり何度も読んだからな。で、そんな危ないモンだがもしかするとあのイサカとかいう勘違い野郎を倒すのに使えるかも知れねぇと思ってな。もちろん普通にぶっ放せば俺達纏めておさらばだが…あの野郎の体内にそいつを叩き込めば…って考えてる。あいつはいかれてやがるからな、何せ――」カイルは言いながらモニターの操作ボタンに触れ、あの猿人の神王を映し出した。誰かが誘導管制を行なったのか、爆弾ではない何かが放物線を描いて一瞬であの神王に激突したように見えた。実際にそれが何だったのか、ドクには想像もできなかったが、カデオが戦艦の主砲だと呟いた。

「見ての通りだ。あいつは確かに血は出すが、それだけだろ。全然弱っちゃいねぇ。世界中のボクサーをノックアウトして余りあるぐらいの攻撃を既に浴びせたが、笑いながら虫を潰す感覚で反撃してやがる。俺は思ったんだよ、あの野郎、もしかしたら体内であれを爆発させても平気なぐらいタフなんじゃないかってな」

 おいおいとブライアンは質問した。「マン先生、どうやってあのキング・コングがそこまでタフだって確かめるんですか? 先生が言ってるのってつまり爆弾をあいつの体内に入れてそこで爆発させれば被害は出ずに倒せるって事ですよねー?」

「畜生、キング・コングとはいい例えだな。まあいい、とにかく。俺はエクセレントならなんとかやってくれるんじゃないかと思ってる。相当な天才らしいしな」

「おいおい、丸投げの作戦じゃねぇか」とブライアンは後ろを向きながら笑った。だが当のエクセレントは、その期待に答えようとした。

「待ってくれ、君達が敵の機械を動かせたなら、私もレクチャーを受ければやれると思う。それに私には便利な相棒もあるし、こいつで解析できるかも」と言いながらドクは腕のデバイスを軽く叩いた。

「そいつはいい、つまり俺達が今まで温存してきたこの艦も役に立つわけだ」

 カデオは悪気なくそう言ったが、今まで駆逐艦から神王へ不用意に攻撃せず様子を伺っていたCIAの2人は気不味そうに咳払いした。

「よし」リードは大きめの声で言った。「そいつで決まりだな。ドク、あんた人類を救えるぞ」

 イサカはゲームの巨大ボス風味。ついでに今更だが風のイサカ=クトゥルー神話の風神イタカの別読みである。念のため。

 最初はリヴァイアサンの〈荒れ果てゆく神話〉(ルイニング・ミス)を召喚させ、イサカにそいつを押し付ける事で撃退しようと考えていたが、けしかけるための策略がいまいち思い浮かばず断念。

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