表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
73/302

ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION#6

 猿人種族ヤーティドの神王にして、〈混沌の帝〉エンペラー・オブ・カオスでもある慄然たる風のイサカとの決戦が始まるも、神を自称するだけあってその力はおよそ抗えるようなものではなかった。一方ソヴリンは、己らよりも更に裏方としてこれらのゲームを弄ぶ何らかの実体がいると予測しており…。

登場人物

ネイバーフッズ

―Mr.グレイ/モードレッド…ネイバーフッズのリーダー。

―ホッピング・ゴリラ…ゴリラと融合して覚醒したエクステンデッド。

―Dr.エクセレント/アダム・チャールズ・バート…謎の天才科学者。

―ウォード・フィリップス…異星の魔法使いと肉体を共有する強力な魔法使い。

―キャメロン・リード…元CIA工作員。

―レイザー/デイヴィッド・ファン…強力な再生能力を持つヴァリアント。

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士。


尋常ならざるものども

―イサカ…神王として猿人種族ヤーティドを率いて混沌を広める〈混沌の帝〉エンペラー・オブ・カオス

―ソヴリン…未来人の征服者。

―護衛の男…ソヴリンに同行する分厚いアーマーを着込んだ護衛。

―ロキ…ソヴリンを怪物へと変えた〈混沌の帝〉エンペラー・オブ・カオス



マンハッタン制圧後:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン


 Mr.グレイは窮極的かつ暴力的とも言える美の洪水により、己の健常な精神を尽く麻痺させられていた。それはこの場にいる皆にも言え、彼らは海峡上空で未だに浮かぶあの不干渉の神をも超える、未経験の美によって心をいずことも知れぬ領域へと誘拐されているらしかった。精神構造が地球人とは異なるズカウバとて例外ではなく、かような美の暴力に耐えるのは困難を極めた。彼とウォードは魔術的な訓練を積み、精神力を鍛えていたお陰で奇跡的に行動が取れそうであった――地球人と異星人の混ざり合った、しかし不思議と不快感は無く調和の取れた声が、灰と白の古い時代の鎧で身を包んだモードレッド卿の名を轟々と叫んだ。空に突き刺さる勢いで放たれた声は、卿に迫った悪魔の鉤爪がごとき鷲掴みへの注意を喚起した。

 腕を振るって猿人の神格の手を振り払ったグレイは、腕にじんわりと残る衝撃に顔を歪め、彼の人並み外れた強靭さや怪力をもってしてもこのイサカなる神は強敵であった。当のイサカは振り払われた己の左手を興味深そうに眺め、その様子でさえ史上最高の画家に描かせた絵画でさえ及びつかぬ次元違いの美を振り撒いていた。対岸の安全なエリアで生中継をしているメディアが慄然たる地球外的な美を不本意ながらも世界中へと振り撒いてしまい、慈悲深く隠されていた猿人じみた神格が地球人の社会へと流出してしまった。現在のところ直接その姿を撮影していないため被害は小さいものの、もしあれを直接撮影してしまえば世界の裏側でひた隠しにされてきた尋常ならざるものどもの中でも最悪な部類のものを解き放ってしまう。第一直接撮影せず、不気味な風が巻き起こっているマンハッタンを撮影しているだけにも関わらず、既にアラスカでテレビに張り付いて大事件の様子を見守っていた老人の心肺が危うく停止しかけ、そしてサンパウロで露天のテレビに群がっていた若者達が手に持っていたコップを落とし、名古屋でテレビの中継を見ながら野菜を切っていた主婦が己の指を包丁で傷付けてしまうも全くそれに気づかぬままであった――彼らはテレビが映す破壊の爪痕が残るマンハッタンから発せられる得体の知れぬなれど魅了されてしまう何かの虜となってた。世界は皮肉にもこの瞬間高度な平等化が図られ、民族や国境をも飛び越えた。

 そしてそれらの皮肉を知ってか知らずか、名状しがたいものは優雅に腕を組んでモードレッド卿から距離を取った。風のようにすうっと滑り、路上に立ち尽くすネイバーフッズを面白そうに眺めた。優雅であり、しかしてそれは確実に死の担い手であった。モードレッドは回復したばかりの魔力を今使う他無いと即座に悟り、彼の両腕を赤い二振りの剣が覆った。ネイバーフッズのリーダーは刃を3フィート以上伸ばし、先程駆逐艦に大打撃を与えた時よりも短いなれど、その刃が発する魔力と破壊力はさして変わらぬままであった。

「イサカよ! 人々を守護するネイバーフッズとして、いや…一人の地球人として貴様に宣言しよう! 貴様が降参も撤退も選ばないなら、我々は全力で迎え討つ!」

 グレイは刃に覆われた右腕をイサカに向けて言い放ち、その半透明の刃が持つある種の美しさによって目が覚めた他のメンバー達も即座に戦闘態勢を取った。

 イサカはしかしグレイ以外には別段興味を払わず、それとて本人ではなく赤い半透明の剣に対する興味でしかなかった。

[聞いた事はあります。すなわちそれがかのエクスカリバーという事ですね。おおよそ人が振るえるように設計された剣、禍々しい程の魔力を秘め、伝説から時代を越え姿を変え存続し続ける名剣]イサカは腕を組んで優雅に微笑んだ。その予兆を察したウォードはすかさず精神に対する防壁をネイバーフッズのメンバー全員に張り巡らせ、リードはなんとか耐えていたがドクは今のが間に合わなければ危うく即死するところであった。心肺が停止し、脳は情報量を処理しきれず、精神は暴力的な美によって尽く破壊されたであろう。走者のようなコスチュームを纏ったホッピング・ゴリラは、人とゴリラの心が同居する己の内部を鑑み、同居人のゴリラの精神が死んでいないかと危うんだ――幸い無事では合ったが、神秘と賢者の象徴たる獣の精神は驚愕によって混乱をきたしていた。

[ですが所詮それは人の剣。〈人間〉が振るうための武器に過ぎず、その程度も知れるというもの]その言葉に卿は歯軋りし、複雑な事情を抱える父との確執を思い出したが、彼はふとある種の確信によってこの男神の正体があの鼻持ちならぬ混沌の軍神エアリーズと同質である事を悟り、尋常ならざる美による精神の麻痺を強引に気合いで打ち払いながら両手のエクスカリバーを構えた。

「貴様、まさかあのロキの同胞か!」

 風のイサカはその怒りに満ちた問いに答える事なく、先程の続きを言い放った。静かな口調であり、そして星間宇宙のごとく冷え切っていた。

[私の剣は〈神〉が振るうために作られた神造の武器。あなたのお粗末な品とはそもそも階梯がかけ離れ、到底及ぶものではありません]猿人の神王はそう言うと右手に風を纏わり付かせた。やがて右手から縮小した竜巻が伸び、それは凄まじい勢いで渦巻きながらこの神格の身長の6割程度にまで大きくなった。まるで無造作に丸太か街灯を持っているかのように力強く、そしてその勢いは地球で発生する最大級の嵐でさえ矮小に思わす程の強大さを秘めている事は明らかであった。

[思えば私の剣は無銘でした。そのエクスカリバーの矮小さを際立たせるため、私はこれよりこの剣をデス−ウォーカーと呼びましょう]

 慄然たる風のイサカは大嵐のごとく暴力的な美声でそう発声すると、彼の躰を覆う見事な造りの神造なる黒い焔の甲冑が一段と燃え盛り、それは恐らく今までとは違い物理的な――そう形容してよいかは甚だ疑問である――破壊力を放っていると思われた。ふわりと浮かぶこのMr.グレイよりも遥かに長身である屈強なる美形の神の脚を覆う具足が、既に地面のアスファルトをどろどろに溶かし始めていた。

[私と戦う気であれば、それは無駄であり、愚かとしか言いようがありません。死は変えられない結末であると知りなさい、そして冒瀆に走る事なく、その命を捧げるのです。さすればあなた方にもここではない高次の世界において永遠の安寧が与えられるでしょう]と森羅万象を魅了する声がマンハッタン全域へと響き渡った。即座に肉体を共有する魔術師はこの実体の声そのものが激烈なる精神への攻勢であると判断し、それを防ぐための広域に作用する呪文を唱え始めた。その傍らでは気を取り直した他のメンバーが身構えた。猿人の神王はそうした様子を邪魔するでもなく見送り、何をされようと結果は変わらないという、既に自信ですらない予定をひしひしと感じつつ、穏やかながらも邪悪極まる笑みを浮かべた。

「よし。モードレッド、私は君に魔力を供給する術をかけた。これで君は遠慮なく聖剣を振るう事ができるぞ」

 中年の老人の言葉に卿は驚き、そして彼の方を一瞬振り向いた後、噛み締めるような感謝を示した。

「ありがとう…こいつは随分力を消耗する代物だからね。もし可能なら、他にも平行してこの街の戦士全てを守護する魔法も唱えて欲しい」

「それなら既に行使してあるとも。私は抜け目ない方でね」

 言われてみると、気のせいかと思ってはいたが体の周りを何かの層が包んでいるかのような感覚をメンバー全員が覚えた。そして恐らくマンハッタンの全軍にも。

[お祈りは終わりですか?]

 神王は足元の焔を弱めて降り立ち、デス−ウォーカーを地面に突き刺すとその上に両手を置いた。その余裕に満ちた態度は相手がいずこかで畏敬される神格であろうとも、ネイバーフッズの心に怒りを植え付けた。すなわち、その余裕ぶった顔面をぶん殴ってやろうと。

 一迅の風が通り過ぎたかと思うと、それは風よりも速く駆けたMr.グレイが神王へと突撃した時に起きた、物理法則の逸脱によって本来より遥かに弱められた衝撃波であった。イサカは防御の構えさえ取らず、風が通り過ぎる際に右脇腹向けて放たれたエクスカリバーの斬撃に無反応のままであり、そして両手を交差させて振り上げられたX字の斬撃を背中に受けながらも、それを一瞥する事も衝撃で身じろぎする事もなかった。神の権威は今のところ人の剣では破れず、それは古来より続いてきた予定調和の一部でしかなかった。

 卿の攻撃を合図に他のメンバーも攻撃を始めた。全身至る部分をプラズマの高温で焼かれながらも肉体そのものは既に回復しているレイザーの剃刀刃じみた無銘の剣が、彼が飛び掛かった勢いのまま美しい風のイサカの頭上から振り下ろされた。球形のフィールドを展開し、その内側からドクとリードが射撃を浴びせ、メタソルジャーが跳弾を利用した四方八方からの弾丸の嵐を浴びせながら接近しつつショットガンへと持ち替え、顔面に強烈な回転飛び蹴りをお見舞いし、超至近距離で顔面目掛けて電流を発生させるショットガンの特殊弾を素早く叩き込んだ。ホッピング・ゴリラは猿人の神王の周囲を跳び回りながら拾った瓦礫片を投げつけ、ウォードは魔力で強化した折れた鉄筋を手にして本気で殴った――普段の彼らしからぬ激烈さであった。そうやって10秒間の猛攻を加えた後、ネイバーフッズはイサカを包囲しながら距離を取って様子を見た。

 しかしあろう事か、ヤーティドに君臨する神王たる風のイサカは、穏やかながらも邪悪な笑みを崩す事さえなく、全くの余裕であるように見受けられた。ネイバーフッズはヒーローとして、男として、地球人としてのプライドに大きな傷を付けられ、それ故更にこの神王に対する怒りが増した。どこまでも我々を見下す異郷の実体めが、その傲慢さはかの怪物じみたソヴリンにも劣らぬ。許すまじ、とメンバーの全員が同時に思った程であった。それらを尻目に慄然たる風のイサカは相変わらず突き刺さった剣の風で作られた柄に両手を置いたままでせせら笑った。その声はウォードが掛けた防御の上からその精神を虜にしようとがつがつと噛み付き、彼が優れた魔術師でなければ今頃その笑い声がこの星を蹂躙し尽くし、惑星規模で骨抜きになった哀れな犠牲者達が無数の事故を起こして大惨事を巻き起こすところであった。しかして弱められたとは言え、テレビ越しにその笑い声を微かに耳にしていた人々は目を見開いて己が今聞いたものが信じられないという表情を作った。そして当の風の神格は両手を漸く剣から下ろし、緩慢な動作によって右手で剣を引き抜き、竜巻そのものであるその剣の切っ先を斜め下方の前方へと向けたまま、構える事さえせずゆっくりと歩き始めた。それを見たネイバーフッズは再びこの生ける大嵐をも飲み込まんとして風のように舞いながら凄まじい猛攻を加えた。燃え盛る黒い焔そのものである甲冑はびくともせず、やがて風のイサカはぞんざいに剣を振り上げて立ち止まった。それを見たネイバーフッズの動きが一瞬警戒や未知の攻撃への恐怖で止まり、それに満足した神王は彼らが反応さえできない神速をもってして路面向けて右手の渦巻く非実体じみた剣を叩き付けた。その轟音さえ掻き消してハリケーンのごとき風圧が神王を中心に広がり、ちょうどここは交差点であったが周囲の残骸も瓦礫も、奇跡的にまだ倒れていなかった標識や信号機も、そしてネイバーフッズさえも分け隔てなく放射状に薙ぎ倒され、周囲のビルはまだ生き残っているガラスが全て吹き飛び、脆くなった部分の壁があっさりとその内側向けて吹き飛んで行った。神として己の権能を振るう実体は適当に放った攻撃でさえこれ程の破壊力を持ち、それと対峙するネイバーフッズの心に一抹の絶望が入り込んだ。そしてそれを楽しそうに眺めながら、イサカは起き上がろうと藻掻くネイバーフッズに神々しく言い放った。

[私を超える風があろうとでも? あなた方は所詮その程度、風と混沌が受肉した私を超える事など叶いません。わかりますか? 私は息を吹き掛けてこの惑星を吹き飛ばし、億千の破片を太陽に投げ込む事で(しま)いとするわけにはいかないのです、こちらにも色々と事情がありますので。ただし、適当にあなた方に高次のものとの相対という行為に伴う根源的な恐怖を刻んだ後、あの兵器の代わりに私がこの惑星全体を嵐で包んで差し上げましょう。あなた方ではこれまで決して体感できなかった宇宙的な風速というもの、それはあなた方の種族も既に宇宙の研究過程で知り得ているはず。今日はそれを体感しながら世界最後の日を迎えなさい、肉体の殻を破ってよりよい場所へと旅立つ事を夢見ながら。幸い私にはそれを許すだけの寛大さはあるのですから、深い絶望に浸る必要はありませんよ]

 その声は聖歌隊が奏でる調べのようであり、タイの高僧達の斉唱のごとき荘厳さをも併せ持ち、そしてアンデスの山々に吹く風めいた雄大さを纏っていた。その恐ろしいまでの魅力に耐えながらもケイン・ウォルコット以外のメンバーは『兵器』という言葉が気になった。艦隊や戦闘機の事を言っているようにも思えず、彼らは束の間それに気を取られたが、やがて立ち上がると反撃を開始した。風を纏った混沌はそれらを防御するでもなく受け切り、恐るべき硬度を誇る黒い焔の甲冑は反撃としてぞんざいにその勢いを増して黒炎が広まった。フォース・フィールドの内側にいたドクとリードはその黒い焔が半透明のフィールドの上でグロテスクな音を発しながら獲物を求めて喰らいつくのを目撃し思わず身震いした。咄嗟にジャンプしたものの回避し切れなかったゴリラは防護の上から焼かれて毛が幾らか切断され、少なからず火傷を負って呻き声を上げながら着地し、彼の内で同居する獣の精神はこの異星の神格を心底恐れた。ウォードは即座に分厚い鋼鉄の壁を作り上げて己とグレイを守り、そしてその上から更なる防御魔法で遮断しようとした。音を立てて溶解する鋼鉄の壁は何とか攻撃終了まで耐え切り、ケインとレイザーは危険を察知してフィールドの内側へと滑り込んだお陰で難を逃れた。

「あの炎には焼かれたくないな。さっきまでの青いビームだってとんでもなく痛かったし苦しかったが…あいつはそんなチャチなもんじゃない」

 クールなレイザーは珍しく焦りを見せ、リードは彼を心配した。

「ゴリラは大丈夫か?」とケインは辺りを見回し、火傷を負っている彼の姿を見て心を痛めた。もっと酷い火傷をヴェトナムで見た事を思い出し、己の新たな仲間がそうならなかった事を神に感謝した――己に尊厳を取り戻すための切っ掛けを作ってくれたあの天使じみた女にも同様の感謝と敬意を捧げた。

「俺なら大丈夫だ…畜生め!」

 言いながらゴリラは落ちていた車のドアを蹴って神王にぶつけた。それは顔面に命中したが不思議な音と共に捻じ曲がってばたんと音を立ててこの異星の神の左手側に落ちた。表面が蝋のように溶けた鋼鉄の壁をエクスカリバーの赤い刃が切断し、卿はそれを投げつけて自身は飛び上がりながら振り下ろすように斬りかかった。エクスカリバーの二振りの刃は神王の頭上から振り下ろされ、それを契機に斬撃の嵐が繰り出された。ほとんど無敵であった駆逐艦のシールドを破壊し、船体にもかなりの損害を与えたエクスカリバーの双撃はウォードからの供給があるため惜しみなく放たれ、枯渇せぬわけではないにしても凄まじい連撃が仕掛けられた。強健な肩と背中によるタックルやがっしりとした脚部から放たれる蹴り技も加わり、その凄まじさ故に他のメンバーは見守る他無かった。彼がリーダーで正解だったなとリードはフィールド越しに見守りながらぼんやりと考えた。彼はこのような強大な実体を前にしてはあまりにも無力な己に歯噛みするでもなく、持ち前の率先的な性格で己にできる事を探した。やがて彼は他の誰も気付いていなかった、イサカを守る不可思議な力が徐々に擦り減っている事を悟り、そして駆逐艦攻撃時並みに巨大化させたエクスカリバーの斬撃が横一閃に放たれ、凄まじい異音がマンハッタンを満たした。リードはその正体を見破って叫んだ。

「野郎を守る何かが吹っ飛んだ! 今だ、攻撃しようぜ!」

 一瞬面食らったものの他のメンバーもリードの言葉を信じ、新たな猛攻を仕掛けた。

「こいつは早々死ぬような奴じゃねぇ。使ってもいいよな、ドク!」

「あまりいい気はしないが…好きにしてくれ! こいつは本物の怪物だ!」

 リードは既に非殺傷設定を解除し強烈な衝撃を与える弾丸を放ち、それは神王の着込む黒い焔の甲冑に突き刺さると絵の具のように鮮やかな緑色の血を流させた。エクスカリバーが命中する度に同様の血が飛び散り、ケインはショットガンを連射して強烈な電撃を浴びせた。かこんと転がり落ちるショットガンの排莢音が響き、そしてそれを掻き消すようにゴリラの顔面ドロップキックとレイザーの斬撃が襲い掛かった。鮮やかな緑色が傷付いた路面を染め上げ、それが赤ければさぞかしぞっとする光景に思えただろう。

 神王たるイサカはそれらを興味深く眺め、己が流血しているというのに傍観しており、そして神王はふとその目をあらぬ方角へと向けた。その先にはあの海峡上空に浮かぶ肉塊じみたいずこかの神格がおり、その神はこれまでで初めての反応として、びくりと身震いした。

「おや、今の臓腑に刃物を刺し込まれた時に似た感覚は。宇宙に吹き荒ぶ風が私の存在をも察知したか」

 不可視の人物が発したどこかグロテスクながらも高らかな声が隣に浮かぶ肉塊じみた美しい神に投げ掛けられた。

 そうした様子に少々思うところがあったのか、神王は凄まじい攻撃で次々と流血しながらも意に介さず、傍観者の隣にいる男が何者なのかを推測しようとして、結局は判断材料不足から諦めた。その代わりとして神剣たるデス−ウォーカーを斬り上げるように振り上げたが、モードレッド卿はその風圧と剣圧とをエクスカリバー、そして己自身の強壮さと気合いとをもってして受け止め、鎧や防護の上から蹂躙せんとして迫るそれらに真っ向からぶつかる事で味方への被害を相殺した。

 ほう、と首を傾げて感心を示した慄然たる風のイサカは、空いた左手を持ち上げ、それを斜め外側向けてさっと振り下ろした。するうち風が巻き起こり始め、それはやがて30フィート程度の小さな竜巻を3つ作り上げ、そしてそれらとは無関係に強風が吹き荒れた。かくして神王は攻撃の頻度を上げたものの、地球の戦士達はそれにも臆さず、やがてそれら攻撃の不規則性さえも見切り始めた。己ばかりが血を流し、それは少々、それこそ広がる砂漠の砂一粒程度でしかなかったものの、確かにこの風の神格を苛立たせ、その実体はこの周囲を取り囲んでいるであろうこの星の軍隊の事を思った。実際のところ、空にはネイバーフッズへの誤射を恐れて攻撃しないにしても機を伺っている戦闘機部隊がおり、地上には再編成された歩兵部隊及び機甲部隊、そして援軍として現れた超人兵士の部隊が展開されていた。ここから幾らか離れた沖には海軍が展開し、そこから艦載機も飛んで来ているだろう。

[いいでしょう。ちょうど暇をしている者達が多く存在しているのなら、その全員を相手にしてあげても構いません]

 神王の美しい声は何を指しているのか不明瞭であったため、ドクは何の話だと訝しんだがリードに集中しろと一喝された。その疑問に答えたのは慄然たる風のイサカ自身であった。

[つまりこういう事です]

 生ける風は既に竜巻であったが、それは大赤斑や大白斑がごときより大きな流れへと変化した。



詳細不明:未知の領域、ソヴリンの帝国


「脆弱な虫けらどもを殺し尽くせ! 所詮我らが帝国に踏み潰される弱者ではないか!」

 現代で言うヘリかガンシップらしき役割の機体が支援を開始し、更には前方に未起動のまま打ち捨てられたロボット兵器を発見していた。炸裂する砲弾が放たれて10フィートを超える巨大な怪物の肉体をばらばらに引き裂き、荒野は穢らわしい血で染まった。ソヴリンは狂気じみた笑い声と共に軍を鼓舞した。既にアーマーのリブートは終了したから、『可能性』の一つは消えた。この帝国に君臨する君主はぐしゃりと踏み潰した怪物の頭から足を上げ、それから通り掛かったホバー式の車両に乗り込んだ。一つ懸念すべきは、あの75年の人間の報告が奇妙であったという事であった。ソヴリンは向こうからのコンタクトがあったのでそれに応じたが、科学者が作り上げた尖兵が仕留めたロキ信者は時間の果てにいるロキに使命を授けられる前から既に一連のオカルト事件に関わる準備を始めていたらしかった。尋問から得られた情報を纏めると、ロキ以外の誰かが干渉している可能性が考えられた。また、別の報告ではニューヨークの戦いでヤーティドの駆逐艦が上空向けて正確かつ強力な砲撃を放ち、友軍艦隊に甚大な被害を与えたとの事であった。乗っ取りなどは別段戦争において珍しい話ではないが、しかしあの時間線における地球史の西暦1975年時点だと、駆逐艦に搭載できる兵器がより上位の艦船を一隻ならともかく複数同時に甚大な被害を与えるなど不可能のはずであった。どこかで歴史が変わったのかと考えたが、その兆しは見られなかった。第一、大気圏を跨いでの砲撃が苦手で計算などに時間がかかってしまうヤーティド艦にそのような砲撃が乗っ取った後瞬時に可能とは到底思えなかった。そもそもヤーティドのインターフェイスはアドリブや見様見真似で使えるような親切設計ではない。猿人種族のテクノロジーは無許可な異種族へのプロテクトが大したものではなかったにしても、何者かがユーザーが地球人の時限定で起動する簡易インターフェイスのプログラムを侵入させたのか? では誰が? 厳密に言えばソヴリンが干渉しているのは彼自身が属していた時間線ではなく、歴史には異なる部分も多々あったのだが、異なる宇宙同士の歴史近似現象はよく観測されているし、彼が知る限り両宇宙は大きく歴史が異なるという程でもない。では誰か、彼にも探知できない異常現象(アノマリー)が今回の大事件の裏にいるのか? それを考えるとロキは少々不愉快であった。

 彼が脳の使っていない部分でそれらを思案しつつ戦っている間にも車両が吐き出すレーザーやプラズマの数々が敵を肉袋や染みに変え、飛び散った組織が車体や兵士達の戦闘服を汚したが、誰もが戦意を高揚させていた。遥か数百マイル上空では異界から召喚された名も知れぬ百目の巨大な悪魔やそれに類似したロキの他の小間使いどもがソヴリンの艦隊と交戦しており、ソヴリンは艦隊の指揮にも口を出して死傷者や被害を最小限に抑えていた。あらゆる事を眼前の戦闘と同時進行させ、空を飛ぶ有翼の畸形を撃ち落とし、ソヴリンは狂気に身を浸しながらも抜け目無く状況を窺い、判断を下し続けていた。ネイバーフッズと交戦した時のような遊びは無く、純粋にロキとの裏の掻き合いを心から楽しんでいた――己の属する現実を舞台に己自身をも含めた命懸けのゲームを行なうこの男は、やはり狂い果てた怪物である事は疑いようもなかった。この男は既に一生のトラウマになるような事態を何度も経験し、そして何度も死にかけていたが、その程度で止まるはずもなかった。かくして専制君主は荒野に立ち、軍の指揮を執りながら前線で戦い続けていた。しかしどうにもロキの姿が見えないのは気掛かりで、別の『可能性』を予想していた。そうなればそろそろ仕掛けてくるはずであって…。

 ざくっという音が鳴り響き、ソヴリンは己の胸に激痛が走るのを感じた。


「ソヴリンよ、貴様がここで終わるとは思えぬが、果たしてどうやって切り抜ける?」

 永遠なるロキはソヴリンの背後から恐るべき魔杖レーヴァテインを突き刺し、背中から貫通したそれは彼の心臓をわずかに逸れたが片肺を貫かれていた――咄嗟にソヴリンは体をずらして難を逃れた。車両に乗り込んでいた他の兵士が慌てて射撃しようとしたが、ロキが手から発した光に飲み込まれ、アーマーだけを残して消滅した。大穴が空いた己の胴が発する激烈な苦痛によって呻きながらも、ソヴリンは投与していた薬品がレーヴァテインの予想される腐食作用などを食い止めた事に満足した。しかしこうして重傷を負った事はいかんともしがたいものであった。胸が燃えるように痛み、ぽっかりと空いた断裂の痛みと臓器の痛みはなかなか(こた)えるものであった。

 ロキがレーヴァテインを使えないよう、予め用意していたアーマーが使用不能になっても起動できるロック機能を使用し、ロキはレーヴァテインを突き刺したはいいもののそれ以上レーヴァテインによる術は使えず、引き抜く事さえできず固定されていた――無論それがなくともこの実体は混沌の大魔道士であった。過去で侵略を続ける風のイサカと同質の存在であるこのラグナロクを呼び起こした神格は、レーヴァテインを右手で持ったまま左手を振って接近してきた他の兵士達を時間経過などの術で皆殺しにした。ソヴリンは口から血を吐きながらもにやりと笑い、宿敵がこうして己の背後にいる事を喜んだ。無論ロキこそは、かつては勇敢で異星からの侵略に対抗していた青年であったソヴリンを狂わせた張本人なのであった。古い貴族の血を引く青年は全てを混沌に飲み込まれて喪失し、その絶望は彼をどうしようもない程に狂わせ、新たなる脅威に仕立て上げてしまったのであった。

「我が宿敵よ、嬉しいぞ。貴様はかくして漸く姿を表し、断層で私の首を切り落としながら同時に分子分解を行使するであろう。確実な手段だ」

 ソヴリンが予想していたもう一つの『可能性』が当たった――ソヴリンはロキとの闘争でお互いの次の手やその次の手という風に読み合い、そのためお互いに幾つもの手札を用意し、そしてお互いの手札を読み合うという不毛な争いを続けてきた。そのため次に考えられる『可能性』として、アーマーのリブートが完了する直前にロキが仕掛けてくる事を予測し、そうでなければリブートが完了したとアーマー側に誤認識させ、見せかけ上では機能復帰させて糠喜びさせたところで再度シャットダウンさせて狙ってくるという『可能性』を予測していた。攻撃手段そのものは多岐に渡るものの、狙う手段としてはそれ以外には考えられなかった――あの空にいる図体だけ大きな悪魔どもとてソヴリンその人の殺傷という任務には不向きだとロキは考えており、ソヴリンもそれを知っていた。なればこそあの混沌の神格は己自身の手で仕掛けてくるだろうと踏んでおり、見事それが当たった。かくしてソヴリンは胸を貫かれた間抜けな姿のままだらだらと血を流しており、一応予備のシステムで止血など応急処置は施しているもののなかなかの苦痛であった。それとて彼が今までに味わった最大の肉体的苦痛には程遠かった。

 ロキは己の手が言い当てられた事に苛立ちを覚えたが、無駄とは知りつつソヴリンに止めを刺そうとし、空間のずれと分子レベルの分解という別々の魔術をソヴリンに行使しようとした。

「せいぜい苦しめ」

 即死させるような手段には似合わぬ言葉をロキが吐いたその時、彼の放たれようとした魔術は背後から放たれたコンカッション・ブラストで中断された。強い衝撃はソヴリンがロキにも通用するよう改良し、ロキのような実体相手ではむしろ詠唱の妨害などに使われた。ロキは無言で詠唱できるが、それでも妨害そのものは有効であったから、強い衝撃でがくんと躰が揺れたロキは背後に強烈な有毒の霧を放った。しかし全身をアーマーで覆った男はソヴリンが設計したアーマーを着ているためその程度では倒れず、その男はコブラじみた銃を発砲しようとした――ここまでソヴリンもロキもほぼ予想通りであったが、全く出し抜けに想定外の事態が起きた。

「陛下!」

 あの女兵士の声が聴こえソヴリンは何か未知の事態が起きるだろうかと身構え、その女はロキに背後から銃で殴りかかった。予定では先程まで追随させていたレーザー銃に細工をして隠しておき、ロキに攻撃するつもりであったがそれはできなくなった。散弾を発射する寸前でソヴリンの護衛らしき男は射撃を中断して舌打ちし、ロキは己を傷付ける事叶わぬなれど邪魔なその女を強烈な爆発で吹き飛ばした。血肉が破片と共に飛び散り、胸から上の部分がどさりと荒野の砂の上に落ち、右腕を含めた残りの部分は細かく千切れてそこらを汚した。顔面を血で染めたロキはそれを指で取って舐め取り、予想外の事態ではあったもののどうせこの後に来るであろうソヴリンの次の手に備えた。

「予想外ではあるが、それは別としてだ。貴様にも少々罰を与えたいところでな」

 ソヴリンがそう呟くとアーマーが生き返り、ロキにさえ効果があるアーマーの武装が使用可能になった。今なら上空からバイナリー砲を撃たせてその破壊力を一点に隔離してロキにのみ浴びせる事も可能であった。ソヴリンが召喚した砲台がロキに襲い掛かり、ロキは予定が狂ったためそれらを回避できず吹き飛ばされ、車両から地面に叩き落とされた。咄嗟の反応では間に合わず、HJ1合金で編んだローブの上から強烈な苦痛を味わった。

「奴らは私の駒だが、私は己の駒が己ではないものによって損なわれるのはあまり好きではないのでな」

 ソヴリンがそう言った瞬間に倒れた態勢のロキはすうっと姿を消した――恐らくソヴリンを殺し切るのは無理にしても打撃を与えておきたいがためにこうして出向き、時間が来たら自動で元いた座標まで戻されるようセットしておいたのだろう。アーマーは修復を始め、胸の傷にも治療が始まったが、ソヴリンはそのような機能など持たないアーマーしか着ていない女兵士に近付いて見下ろした。ソヴリンは常人であれば喋る事はおろか呼吸さえも困難な傷にも強引に耐え、肉体の大半を失った彼女に声を掛けた。

「余計な事をしてくれたな。しかし貴様はソヴリンを守ろうとした。私のようにあらゆる脅威に備えているでもなしに、あの混沌が受肉した生物であるロキに挑みおった。なるほど貴様には気概があり、それ故私は今貴様がこうして勝手に死に向かっておる事が許せぬ。貴様は助かるであろう、貴様の肉体はクローニングで復元され、再び貴様が最も大切にしておる者の腕に抱かれるであろう」

 ソヴリンはそう言うと彼女の頬に触れ、ステイシス技術でその肉体を停止させ、それから駆け付けた衛生兵が後方へと彼女を運んで行った。彼女は終始無言であったが、その苦痛と勇気に満ちた目は専制君主の望外な配慮に対する感謝を湛えていた。肉体が停止する直前に、君主の手の冷たいが温かいアーマーの感触が彼女の心に刻まれていた。



マンハッタン制圧後:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン


 ウォード・フィリップスは己が強大な魔術師である事をこの日程感謝した事はなかった。ミッドタウンには巨大な混沌が出現し、その姿をある種のフィルターにかける事で、生中継による事実上の大量虐殺を防ぐ事ができた。下手すれば数々の交通事故が置き、重要施設の致命的な操作ミスが発生し、世界中が炎に包まれるところであった。

 恐らくそれの背丈はビルとの対比から300フィートはあると思われ、壁のように聳える高層ビル街の中で狭そうに立っていた。その瞳はあの稚拙な石に描かれた点と同じく燃え盛り、手にした風そのものの剣は今現在の使い手の背丈に合わせて自由奔放に巨大化し、地獄めいた黒い焔の甲冑は見上げるとまるで太陽の途方もなく巨大なプロミネンスのようでさえあった。こうして見ると頭部の毛並みはラインの黄金がごとく美しく、もしもウォードの魔法が無ければ今頃は全世界で即死する者が多発していた。この神格は混沌の度合いが高いのか、その姿を見るか声を耳にするだけで精神に異常をきたすのは目に見えており、場合によってはそれが立てる足音や甲冑が擦れる音でさえ殺人的な暴力を纏った美の一旦であった。

 今やイサカは巨神と呼ぶべき大きさを誇り、ウォードが防護しているにも関わらずその姿を見たテレビの前の人々の中には、綺麗だとか美しいだとか呟く者が何百万人もいるらしかった。この実体はあくまで慄然たるものであり、今こうして神罰を下すために降臨したのだが、それを理解できているのはこの場にいるネイバーフッズや軍人達、そして固唾を飲む政府中枢や機関の高官、それとテーブルに並んで事態の深刻さに顔を顰める軍上層部のみであった。

[地球の民よ、私自ら遊んであげましょう。死にゆくあなた方への、せめてもの餞別として]

 その声はちょうどよい大きさであり、巨体であるにも関わらず航空機が立てるような響き渡る轟音ではなく、とても美しい調子であった。アメリカ軍の指揮官達はその声に圧倒されたが、やがて攻撃命令が下された。ミサイルに爆弾、そして無数の砲弾が突き刺さり、猿人の神王は当たった箇所から血を迸らせた。己に降りかかる災難にも関わらずその様を面白そうに見ていたこの風の神格は、この世のものならざる美しい声でせせら笑いながらすうっと浮かび上がった。

[地表は建築物が邪魔で歩きにくいですね。さあ、命を捨てる覚悟で攻撃してきなさい]と風のイサカはエンパイア・ステートよりも高く浮き上がって笑い、ゆっくりと宙を歩き始めた。その巨体にも関わらず軽やかな足取りは物理的な制約の外側にいると思われた。

 無数の攻撃が剥き出しの頭部や黒い焔の甲冑の上から突き刺さったが、恐るべき事にこの実体の肉体は血を流しているにも関わらず傷一つ付いていなかった。

 長いので分割する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ