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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
72/302

ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION#5

 停泊中の駆逐艦を奪われ、反撃を受けてヤーティドの艦隊は甚大な被害を受けた。地上ではギャリソンが着々と暗躍し、時間の彼方ではソヴリンが戦い続けていた。しかしアメリカ軍が奪回したマンハッタンに慄然たる風が吹き荒ぶ。

登場人物

―イサカ…神王として猿人種族ヤーティドを率いて混沌を広める〈混沌の帝〉エンペラー・オブ・カオス

―ルースレス・ドゥーム・オブ・オール・ビトレイヤーズ…ヤーティドのステルス艦隊を指揮する黒いアーマーの海軍提督。

―マシュー・コンラッド(マット)・ギャリソン…『ワークショップ計画』責任者。

―ソヴリン…未来人の征服者。

―護衛の男…ソヴリンに同行する分厚いアーマーを着込んだ護衛。

ネイバーフッズ

―Mr.グレイ/モードレッド…ネイバーフッズのリーダー。

―ウォード・フィリップス/ズカウバ…異星の魔法使いと肉体を共有する強力な魔法使い。



駆逐艦奪取後:ニューヨーク上空、MEO(中軌道)、ステルス小艦隊旗艦『ドゥーム・ブリンガー』ブリッジ、司令部デッキ


 地球人にとって不幸にも、ドゥーム・ブリンガー自体は全くの無事であった。それに乗艦し、その最も上座に座する者が咄嗟に発動させた異界じみた暴風で、破壊し尽くさんとして迫った砲弾や高温のエネルギーは弾き飛ばされて太陽への衝突コースへと入ったか、一瞬で蒸発したらしかった。しかし他の艦は甚大な被害を受け、巡洋艦一隻が撃沈されてしまった。ブリッジでは先程までとは打って変わって慌ただしい罵声や叫びが響き、彼らはこの艦に乗せているはずの己らの神王に対する配慮というものをすっかり忘却する始末であった。

 当の神王は薄暗い艦内で己への敬意を忘れてしまっている将兵達に内心苛々させられたが、何より腹立たしいのは敵にかくもしてやられたという変えられない事実であった。何故優位であったというのに、かような痛手を被る事態となったのか? 猿人の神王は苛立ちをできる限り押し隠しながら、提督を呼んだ。

[この事態は一体どういうものなのですか?]

 呼び出されたルースレス・ドゥームは忙しいにも関わらず神王が呼んでいるという板挟みの状況に臓腑をきりきりと痛ませながらも、足早に駆けて玉座の下までやって来た。

「申し訳ございません。ご存知の通り、地上との連絡が取れなくなり、そして我が方の兵器で艦隊が攻撃を受けたのです。恐らく敵は駆逐艦を――」

[そのような事はどうでも構いません]神王の苛立ちを反映し、黒い焔で編み上げた甲冑がめらめらと燃え盛った。恐らくこの混沌の実体がその気になれば、辺り一面が慄然たる黒い焔で焼き払われると思われた。ヤーティドに神王として君臨する風のイサカは、あくまで穏やかな声の調子を崩す事はなかった。しかしそれが逆にルースレス・ドゥームにとっては恐ろしい事に思えてならなかった。この本質的に〈人間〉とは異なる高次の巨人は、この艦隊に勤務する将兵全ての生死を握っているのであろう。もしかするとそうした無駄な思案は状況の急激な悪化と、怒りを滲ませているイサカという巨星のごとくめらめらと輝く2つの大きな不安要素に迫られているせいで生み出した、焦燥感の具現としては最悪の部類のものであるやも知れなかった。

[本来であれば今頃既にケイレンから預かった兵器が発動し、陽動部隊も引き上げているはずですね? ではこの無様なやられ方はなんとしましょう。何に起因しているかとか、そのような至極下らない説明でこの私を煩わすのはおやめなさい。私が知りたいのは、あなたがこれからどうするかという事です。どうせあなたもこう考えている事でしょう、恐らく兵器は停止させられ、孤立している陽動部隊は甚大な被害を受けていると。その上で問うのですよ、では今これからいかよう(・・・・)にしてこの下劣で憤然やる方ない、私に対する最大級と言っても過言ではない背信と叛逆に満ちた、忌々しき事この上ない状況を覆すつもりなのですか?]

 神王は玉座の肘掛けを右手で握り潰し、豪奢であったその甲殻じみた細工は粉々に砕けるどころか、何らかの物理法則に反した振る舞いによって蒸発した。恐怖と美が同居する猿人の神はあくまで静かに、しかして確実かつ激烈な怒りを発し、そのこの世のものとは思えぬ()に恐ろしき処刑人じみた風体は猿人の提督の腰を抜かさせ、情けなく彼が後ろ向けて尻もちをつき、恐怖のあまり声も出せず、栄えあるヤーティドの軍高官がかようにして無表情で震えている有り様はその黒い立派なアーマーを玩具のように小さく見せた。ブリッジにいる誰もが忙しいため、この見窄らしい様に気付く者は他にいなかった。

 猿人の神王は恐ろしいまでに美しいその(かお)を微かに歪め、すうっと風が吹いたかのようにいつの間にか玉座から立ち上がっていた。そして春の昼間の微風(そよかぜ)がごとく滑るように、未だ立ち上がれない提督の方へと近付いた。本質的に己らとは全く別の次元にいるこの実体の怒りを買ってしまったという絶望的状況により、ルースレス・ドゥームは両手で頭を庇うように(うずくま)るのみであった。死神がその身に纏った襤褸(ぼろ)を靡かせて命を狩ろうと鎌を振り上げているかのような、命を収穫されるという根源的な恐怖が彼を蹂躙せしめた。

 しかし、実際には何も起きなかった――慄然たる風のイサカは、単に放射線が血肉を貫くかのように、しかし全く無害に眼前の提督を擦り抜けて通過し、まるでそこにその者が存在していないかのように振る舞いながら司令部前方のモニターへと近付いた。慌ただしいながらも接近に気が付いて敬礼する将兵を手で制し、神王として君臨するこの混沌の実体はガス惑星で渦巻く大嵐がごとき己の本質を顕現させながら言い放ち、全艦にその荘厳な声が響き渡った。

[そこで見ていなさい。私があの不浄なる惑星に溜まった膿を浄化してあげましょう]

 慄然たる風が轟々と吹き荒び、そして次の瞬間、暴風がモニターを割ったかと思うと既に尋常ならざる風の神格は艦内から完全に姿を消していた。



同時期:ニューヨーク州、某所


 3人の兵士はニューヨーク郊外にある廃アパートの一室で血を浴びたまま、しかしそれをさして気にした様子も無く佇んでいた。ギャリソンが持たせた携行式の電話を内一人がバッグから取り出すと、彼はロスアラモスへと電話を掛けた。呼び出し音が一巡した辺りですぐに相手が出た。

『私だ』

「『粗大ゴミを運び出した』」

『そうか、よくやった。可能ならそのままニューヨークでの戦いに加われ』

「了解だ」

 コードレスだが嵩張る受話器を置き、その兵士は目抜き帽を脱ぐと後頭部を掻くような仕草をした。海兵隊がやるように狩り揃えられた髪の一部に丸い傷痕のような箇所があり、そこだけ髪が疎らであった。

 この距離では他の仲間とのリンクが取れず、彼らは孤立していると言えた。別の兵士はその手に血が滴る新鮮な肉を持っていた。ぽたぽたと断面から血液が流れ続け、既にどっと流れる状態は終わったものの、その強烈な血の匂いは消えるでもなかった。仮に数日後腐敗した死体が発見されたとして、銃を使用せずに戦ったためあまり痕跡は無かった。全身を黒い特殊部隊の戦闘服で覆い、浴びた血は彼らにとってはどうとでも処分できた。電話の相手は通話後に電話機を破壊するか川にでも破棄しろと事前に通達しており、彼らはこれからそれを実行するつもりであった。肉塊を持っていた男がそれを破れたソファの上にどさりと投げ、その肉塊に付いている2つの球体が窓に打ち付けられた板の隙間から投げ掛けられ日光を浴びて鈍く輝いた。だらしなく空いた開口部からは不快な匂いが漂い、その内部にエナメルとセメントなどで構成される物体がずらりと並んでいるのが見えていた。

 部屋の中には得体の知れない書物やグロテスクな何かが入っているガラス瓶が無造作に置かれており、もしアメリカがニューヨーク侵略後も存続しているとして、警察はそれらオカルティズムの忌まわしき品々を見るや、最近世間を騒がせていた怪事件と結び付けようとして、その途中で頓挫するのが関の山であろう。



同時期:ニューメキシコ州、ロスアラモス国立研究所


 ギャリソンは先程の報告に満足していた。超人兵士達はニューヨークの戦線を立て直しつつあった。だが同時に、彼の兵士達の活躍を霞ませたネイバーフッズの大活躍に彼は嫉妬心を抱いた。そしてどうにも邪魔であると。だが彼らがアメリカ存続に手を貸すのであれば、決定的に袂を分かつその時まではせいぜい頑張ってもらおうと考えた。煙草を取り出してライターで火を付け、それを咥えるともう一つの報告の事を思い出して、彼は目を細めながら満足気な笑みを微かに浮かべた。

 椅子を回転させて窓の外を見ると、ニューヨークで起きているという苛烈極まる事件が嘘であるかのように穏やかな春の風が吹いていた。煙草が発する煙が部屋の上部へと立ち昇り、ギャリソンは己が使命を果たした事で得られると約束されていた報酬の事を思い浮かべ、先行きの明るさに顔を綻ばせていた。彼は既にテレビの生中継でニューヨークの地獄絵図を見ていたにも関わらず、己の歪んだアメリカの未来像の犠牲となった彼らにお粗末な哀悼を捧げるのみであった。それ故この男も、この時代に生息する怪物の一人なのであろう。彼の不思議な瞳が陽光を浴びて宝石のようにきらきらと輝いていた。



詳細不明:未知の領域、ソヴリンの帝国


「栄光ある帝国の兵士達よ、我々は翌日も、その翌日も仔細変わらず存続し続けるであろう! 恐れる事はない、貴様らはこの国において最も神聖かつ冒しがたい者と共に戦線に立っておるのだ。無事に生還できた暁には、その貴様らの身には到底重荷にしかならぬ光栄の極みを子に孫に語り継ぐがよい!」

 紅色の異邦人は己の未だリブートが終わらないアーマーを纏ったまま、しかし顔面部の装甲を透過させて尊顔を兵士達に晒していた。そろそろロキは過去と切り離されるだろう。時間の果にいるが故に、永遠なるロキは信者を使っている。だがそれも時間の問題であった。ソヴリンは演説しながら振り向きもせず右手に持っているレーザー銃を背後向けて発射し、それは不可視光線による破壊を背後から迫っていた何らかのぐずぐずになっている(けだもの)の頭部を撃ち抜いた。彼の頭上や周囲には即席で手を加えて追従するよう設定しておいた同型の銃三挺が浮かび、それらは自動で敵を射抜いていた。しかし味方が射線近くに来ると停止するように設定され、誤射の危険を減らしていた。彼の護衛と思われるアーマーで全身を覆った男はコブラの頭を思わせる複合兵器を発射し、強烈な散弾が射線上にいる怪物の群れを真っ二つに引き裂いていた。

 彼の勇猛さに救われたあの女性兵士は、周りの戦意に影響を受けながらもなんとか慣れない激戦へと追従しているところであった。ブーツは怪物の血で塗れて悪臭を放ち、自慢だった髪にもそれらが飛散しており、早く帰ってシャワーを浴びたかったものの、この国を支配する者の眼前故に、何事もないふりをして必死に戦っていた。


 あとリブート完了まで60秒を切り、このいずことも知れぬ帝国の君主として絶対的に君臨するソヴリンは、両手に剣のごとき形をしたレーザーライフルを持って戦線を押し上げ、それに続いて他の兵士達も敵を次々と殺傷した。ソヴリンが屈んでダンサーのように回転しながらレーザーを正確に発射して味方兵士に飛び掛かっていた蜘蛛と人間の混血じみた体長3フィートの畸形を尽く葬り去り、ソヴリンの向こうから更に迫る別の群れを彼の護衛らしき男が発射したコンカッション・ブラストがびしゃりと音を立てて粉砕した。

「見よ、この情けない虫けらどもを! 奴らはかくも弱く、容易く傷付くのだ! 貴様ら兵士達が強くあろうとすれば、奴らなど狩りの獲物に過ぎぬ!」

 その瞬間空から何らかの物体が傲慢なる君主の不意を撃つかのように急降下して来た。それは尖った長い爪を前に向けたまま突っ込んで来た畸形の鳥類であるらしく、翼を広げると8フィートはあるように見えた。かなり重量があったらしく、激突の瞬間誰もが信じられない様子で息を飲み、己らの君主が崩御したのではないかと固唾を飲んだ。女性兵士は束の間の絶望に襲われた。この窮極なる紅色の異邦人が死に絶えたなれば、巡り巡って己は恋人と再会する事さえ叶わぬのではないか? 彼女の目に恐怖の涙が滲んだ。

 しかし紅色の異邦人は透過させているアーマーの下で邪悪な笑みを浮かべるばかりで、彼は体を微かにずらして爪を避け、その衝突のエネルギーをほとんど逃がしたらしく、微かにその体が揺れたのみであった。空を切った爪は赤く輝き、ロキが何らかの強化を施して鉄砲玉として使ったのは明らかであったが、しかし実際には射程圏内に入った時点で彼に追従するレーザーライフルが先制攻撃を仕掛けてその血肉を焦がし、そして激突した時に狙いを外した穢らわしく輝く爪がソヴリンのアーマーの肩の上に乗っかっているのとは対照的に、ソヴリンはあの一瞬で腕を交差させて脇の下を通し、レーザー銃の剣のように尖った先端部が怪物の体を衝突の勢いで刺し貫いていた。彼のものではない腐敗臭のする黄色い血液がどくどくと流れ、びしゃびしゃと飛び出る勢いのままソヴリンのアーマーを汚していた。彼の浮かべる狂気じみた形相はそのエキゾチックで整った美麗なる顔を恐ろしく見せ、その眼力に兵士達はただただ圧倒されるのみであった。

「無礼な」

 狂った専制君主はあくまで冷たく言い放ち、どこまでも蔑みながら怪物の体に突き刺さったレーザーライフルを発砲した。レーザーが貫通して飛び出て背後の別の敵を殺傷し、そしてソヴリンは右のレーザー銃を手放すとそのまま右腕を振り上げ、それを振り下ろした――それと同時に彼の4フィート上に停止していたレーザーライフルが怪物の頭部へと次々に突き刺さり、その怪物は更に内部を焼き払われ、完全に沈黙した。

「所詮虫けらは虫けら、私を傷付けるなどという叶わぬ願いを胸に生きる廃棄物以下の、下劣なものどもを掻き集めた寄せ集めの軍勢に過ぎぬ。奴らを蹂躙しろ、奴らを恐怖させろ、奴らの命乞いを聞きながら脳髄を吹き飛ばせ」

 怪物の声にならぬ断末魔の悲鳴さえも無情なソヴリンの鼓舞によって掻き消え、その一連の出来事を見ていた兵士達は束の間、帝国の最も上座にいるこの恐るべき君主が本当に何らかの加護を受けた、神の使徒かその仔なのではないかと思ったが、君主の背後から迫る敵に気が付き、そして当のソヴリンが再びレーザー銃を構えて攻撃を開始した事で再度攻撃に加わった。彼の護衛は重厚なアーマーの下でそれらの光景を複雑な感情で眺めるのみであったが、やがて彼も他の兵士達と同様に複合兵器を発射し、散弾が敵を薙ぎ払った。怪物どもの吐き気を催す血が飛び散り、旧市街の向こうに広がる荒野にそれらが染み渡った。多くの部隊が加わり、戦線を押し上げるソヴリンは、残り8秒でアーマーのリブートが完了するところであった。



マンハッタン制圧後:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン


 ニューヨークでは戦況がかなり地球人有利になりつつあった。ネイバーフッズとアメリカ陸軍が市街で奮戦してるところへアメリカ軍を名乗る兵士達が現れた。彼らはそれこそメタソルジャーのごとき身体能力を持っており、常人とは思えないパルクール能力によって戦線を押し上げ、そして敵兵のシールドを確実に破壊していった。激烈極まる射撃でアーマーを貫かれて倒れ伏した敵兵の銃を拾って使用したり、携行しているグレネードランチャーで吹き飛ばしたりした。接近戦を挑む者もおり、その動きは高度に連携が取れていてどこか不気味でもあった。陸軍の現場指揮官達は訝しんだが、彼らは上から何かを言われたらしく表面上は黙っていた。

 やがて制圧が始まり、そして空では敵機がいきなり味方であるはずの駆逐艦から攻撃され、次々と撃墜された。そして空が片付くと駆逐艦は上空へと凄まじい砲撃を敢行し、その狙いは定かではなかった――やがてどこかのコネから陸軍や空軍にも情報が入り、CIAの連中が駆逐艦を制圧したとの情報が入った。そして上空に砲撃した理由も。

 空軍機部隊は不利にも関わらず奇跡的なまでに持ちこたえ、彼ら損失率は予想よりも低かった。駆逐艦がエクスカリバーの一閃と爆撃で損傷した後、敵戦闘機部隊は今まで以上の熾烈な攻撃を仕掛け、空軍は再度の駆逐艦攻撃をできかねていた。だが恐らく、彼らはネイバーフッズの魔法使いが何か不思議な力で機体を保護してくれていた事を知っていたらしかった。そしてCIAが駆逐艦を制圧し、対空砲火によって空が片付いたお陰で荷が降りた彼らは、部隊を再編成しつつ更なる敵が現れないかと目を光らせて飛んでいた。

 ネイバーフッズはようやく全員が合流し、墜落したMr.グレイも既にかなり力を取り戻していた。ずっと単独行動を取っていたメタソルジャーは今まで何をしていたのか説明するのが面倒だったので、後で話すとお茶を濁していた。己の血で白いコスチュームを汚したメタソルジャーは、鎧の所々が焼けて煤けながらも凛としているMr.グレイの顔を見ると、彼らに報告もせず世界を救った事がどうにも申し訳なく思えた。カデオはカイルとブライアンと共に駆逐艦を抑えており、彼らは更なる脅威に備えてエンパイア・ステート・ビルに横付けされている敵駆逐艦を対空陣地として使うつもりであった。

 あれ以降大気圏外からの砲撃は無く、洋上の海軍艦艇も警戒を続けていた。彼らの対空砲火も少なからず空軍の助けとなり、概ねアメリカは未知の侵略者に対してよく立ち向かっていた。

 その時であった、慄然たる風が吹いたのは。


 最初は気のせいであるように思えたが、その風は先程とは違い明らかに不気味であった。空は快晴で、『リターン・トゥ・センダー事件』の時と同じく春の蒼穹がマンハッタン上空を覆っていたが、晴れているにも関わらずどんなに暗い夜やどんなにどんよりとした曇天の昼よりも、完全で(げき)とした闇に閉ざされている気がした。風が吹いているのにその風音は聴こえず、寒くはないがどこか寒気のする風がミッドタウンを中心として吹き荒れていた。それらは避難者はおろか軍人達をも恐れさせ、ミッドタウンを中心に観測されるこの風の正体を突き止めようとしていた。ネイバーフッズは何かを悟り、特に引っ込んだ状態であったズカウバは未だ引っ込んだ状態のままで、不気味な無音の風が地球外的で、宇宙的な何らかの実体が起こすものだと震えた声で告げた。

「どういう意味だ? まだ何かいるのか?」

 モードレッド卿は警戒しながら空を眺めつつ、ズカウバが言わんとしている事を急かした。彼は今まで以上の脅威を何となく予見し、焦りを隠せないでいた。異星人の軍隊は強力であり、彼は今日危うく死にかけていた。なればそれ以上の脅威とは? ウォードが言い掛けて言えなかった事を思い出し、彼はもしやと思った。

【この実体は遠いどこかの星の万神殿(パンテオン)に居座る捕食者にして、名状しがたい混沌そのもの。奴こそが今回の侵略を統率せしもの、その名も――】

 それ以上言う事は叶わかなった。黒い焔がネイバーフッズの方へとすうっと降り立ち、それは大したスピードではなかったにも関わらず、ネイバーフッズも軍も誰一人として動く事ができず、その実体が降り立つのを見守るしかできなかった。当然の事だ、その猿人の顔をした黒い焔の甲冑を纏う、長身でがっしりとした実体は窮極的なまでに恐ろしく、そして美しかった。暴力的とも言える美の奔流がマンハッタン全域を駆け抜け、その姿を直接見ていない者でさえも恍惚とさせられた。

[初めまして、遠い彼方のものどもよ。私はヤーティドに神王として君臨するもの、私は天球の玉座に座するもの、私は風に乗せて混沌を蔓延らせるもの、そして(ひとえ)に…私はトーテムに印とて無きもの]

 美し過ぎて大気が歪んで悲鳴を上げる程の声が紡いだその言葉が、今朝の話し合いで話題に登った石を思い出した。その石は単に2つの点があるのみで、それ以外には一切の装飾も見られず、そして2つの点を描いているだけでも愚かである事は明らかであった。

[私は風のイサカ、尽く殺すものです]

 自分でも結構ソヴリンが気に入った。

 読み返すと大気圏外から地上の砲撃が苦手なはずのヤーティド艦が地上から大気圏外へ正確に砲撃していて苦笑い。裏で暗躍している奴の仕業にしておこう。

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