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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
53/302

CU CHULAINN#6

 キュー・クレインはコロニー襲撃事件の事後報告でPGGの要職たる〈イモータルズ〉へ報告しに行く事となった。だがそこには彼の古い知り合いがおり、このほとんど冷淡にさえ見える騎士を徐々に塗り替え始めた。

登場人物

プロテクターズ

―キュー・クレイン…永遠を生きる騎士。

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、キュー・クレインの親友。

―クロムマン…プロテクターズを率いる元ケイレン帝国のオーバーロード。


PGG

―メズ・ロート…コロニー襲撃事件でプロテクターズと共闘したギャラクティック・ガード(ゴースト・ガード)。

―パラディン…同上、メズの親友。

―地球出身の〈イモータル〉…不死集団〈イモータルズ〉に席を置く女、キュー・クレインの知り合い。



コロニー襲撃事件から標準時で4時間後:PGG宙域、〈暁の安息所〉星系、第4惑星〈揺籃〉


「それでだ、プロテクターズの3人もちっと報告に来てもらえねぇか? 多分〈イモータルズ〉の前で説明してもらう事になるだろな」

 PGGのメズ・ロートはアーマーの戦闘モードを解除して車両の屋根に腰を下ろしていた。パラディンは後から到着したPGGの指揮官達に状況を説明しに行った。ゴースト・ガードの表情は任務達成の喜びと犠牲者への悲しみとが同居しており、夜明けの都市では生存者の捜索や火災のような危険の除去など、この街を再生させようという懸命の試みで満ち溢れていた。メズは救助や瓦礫の除去へ向かう要員達に目を向け、ワンダラーズやそれと肩を並べるPGGの古参種族、そして比較的新参のインセクトイド種や機械生命体など雑多な種族で構成され様々な価値観を持つ彼らが、それこそ瓦礫の山の中から犠牲者の千切れた腕を見付けるために団結して全力を尽くす事を知っており、その光景を何度も見てきた。遠くから生存者発見の叫び声が聞こえ、それに関してはよい感情を(いだ)く事ができた。

 アルスターの騎士キュー・クレインは呼び出せるタイプの己の鎧を既に消しており、軽装のまま車両にもたれ掛かって腰を下ろした状態で答えた。

「私は構いません。ここでの体験を冷めぬ内に伝え、そしてそれが未来のためになるならば」

 騎士の友人である美しい三本足の神ナイアーラトテップは騎士が以前言っていた事を思い出した。

「友よ、しかしPGGの〈イモータルズ〉には…」

 PGGで最も権威があると見做されている不死者達による終身ポストである彼らは、無論独裁ではないにしてもPGGの歴史上様々な政策に関わってきた。とは言え事実上は単なる議員か議長のようでもあった。その内訳は遅れてやって来たワンダラーズを含めた古参三種族の出身者が特に多いものの、〈イモータルズ〉にはワンダラーズが立ち去った後の地球出身者も3人混ざっていた。有翼で燦然と輝くほとんど半神じみたステノーとユーライアリーの姉妹は比較的新参だが、彼女らもまたこの銀河を長い年月を見守ってきた。そしてもう一人は、新たな人生を生きる騎士にとって生前からの数少ない知り合いであった。

「構いません。むしろそろそろ会いたいと思っていたので」と短く切った髪が風に吹かれて微かに揺れているキュー・クレインは答えた。彼はまるで何とも無いかのように振舞っていたが、会話を見守っていたクロムマンはその裏にある感情を見抜き、そして三本足の神も騎士の事を哀れに思った。騎士自身は今まで忘れていた事を今更ながらに思い出した――友はいるが、今や恋人や家族はいないままだ。ある意味では永遠の孤独の中で彼は己の境遇に目を逸らしながら、大丈夫だと言い続けて生きてきた。その脆い心の防波堤とて、先程かの神が発した言葉で崩れ去ってしまったのだ。

 一方メズは騎士が〈イモータルズ〉の誰かと知り合いだと知って驚いていた。

「マジか? あの中の誰かと知り合いなのかよ? 世の中狭いもんだな」

 騎士はメズの方へと振り向いて見上げたが、答えるにも答えられない微妙な表情で暫し硬直した。

「今すぐ言えないような事情なら言わなくてもいいぜ。誰だってそういう事情はあるからな。で、クロムマンとナイアーラトテップは来て頂けるのかい?」

 既に敵意を喪失したクロムマンの名前を呼ぶ際に、メズは何ら微妙な気分を味わう事など無かった。むしろ誤解していた事を謝るべきだと思い、既に彼は謝罪していた。クロム色に輝く元オーバーロードは雑多な即席チームを確固たる邪悪への怒りと弱者のための報復、そしてこれ以上の犠牲者を出さないというほとんど意地じみた意志で纏め上げ、それ故彼がPGGに少なからず害を与えてきた軍事国家の君主を務めていた事などはどうでもよかった。過去よりもその過去を踏まえて現在や未来で一体何ができるのか、重要なのはそれであろうとエリートのギャラクティック・ガードは考えた。

 クロムマンとナイアーラトテップが我々も同行すると答えるのを聞きながら、騎士はもう何世紀も会わぬままだった人の事を思った。定命者との関係を持たぬと誓って過ごした彼は今や、同じく寿命で死ぬ事の無いその人物に今更淡い期待を抱いていたのだ。その人の心を己が今更になって占められるという幻想に縋りながら、数年前にセドナの近くを飛んでいた時にロイグが言った事を思い出した。

『思えば長い人生だったよな。出会った人々のほとんどはやがては亡くなる…』



コロニー襲撃事件から標準時で1日後:PGG宙域、首都惑星イミュラスト、〈イモータルズ〉議事堂


 キュー・クレインは先程謁見した不死なる偉人達との会合を思い出していた。そうと見えぬよう振る舞ったなれど、結局のところ彼は他の〈イモータルズ〉には目もくれず、特定の人物のみを見続けていた。彼は束の間淡白な己を忘れ、青春の甘酸っぱい気持ちに満たされていた――しかし打ち寄せる波のように、彼の心には先日の凄惨な殺戮の様子が浮かんだ。ナイアーラトテップは彼の隣で御顔に微妙極まる表情を浮かべぬよう何とか堪えつつも、しかし己の友が果たしてこういう側面を持っていたのかと驚きを隠せなかった。

 肝心の人物はキュー・クレインの方を一瞥するも、それ以来は彼に話が振られた時以外は一切目を向けず、それはどこまでも冷たい冬のアイルランドの海を騎士に思い出させた。それは非常にショックでもあったが、しかし騎士は己が思っていた以上にこの再会が喜ばしいものであると身をもって知った――先日の戦いの同志達も、それどころか上座にいる〈イモータルズ〉ですらも、騎士の様子を察して配慮を見せていた。

 やがて報告会が終わり、騎士は冷めた頭で己が己らしくないと悟り、恥ずかしさで顔が紅潮した。永遠を生きるキュー・クレインは退席する〈イモータルズ〉に己の出自から先程の醜態の理由まで包み隠さず話し、己の都合に目が眩んで死者への敬意を忘れていた事を深々と詫びた。三本足の神は友がかような様を見せるのは今までに見た事も無かったが、人の身には重過ぎる永遠を背負う者には、概してかような闇がある事も知っていた。正直言って不謹慎な騎士の様子にメズは苛々していたが、事情を聞いてさすがに悲しく思った。他の〈イモータルズ〉は寛大にも謝罪を受け入れ、そして特定の〈イモータル〉との問題に関しては両者の話し合いに任せると答えた。しかし付け加え、そなたもまたいい大人であれば弁えはあって然るべきぞとやんわり毒を吐いた。

 それらをじっと見ていた(くだん)の〈イモータル〉は、己が渦中であるにも関わらずほとんど無感情に佇み、しかして一緒に話がしたいという騎士の誘いにも特に反応すらせず、断りもせずついて行った。この議事堂にいる限りスキャンダルにもなるまいが、あまり健全とは言えなかった。


 彼らは〈イモータルズ〉の議事堂からテラスへと出て、あまり天気のよくないオレンジの空を覆う雲の下で、テラスの弧型をした手摺りに騎士はもたれた。透明度の低い半透明の石材で作られた前期モダン様式のテラスは奥行き6ヤード程で長さも20ヤードはあった。テラスからは投影された数百フィートもの巨大な太陽のホログラムが回転しながら、表面の活動などを詳細に映し出しているのが見えていた。その向こうの大海原には何本もの触腕が生えた大人しい巨大海洋生物が今日も悠々と泳いでいるであろうと思われ、その生物は観光客からも可愛いとして人気であった。

「こうしてお会いになるのも久々ですね」と騎士は言った。しかし己がどのような顔をすればよいのかわからず、戸惑いを隠せぬ表情でそう言った。普段の彼ならぬ様子であったが、いずれにしてもその顔を外套のフードで完全に覆い隠した〈イモータル〉は何も言わなかった。キュー・クレインの心は更に痛み、口がぱくぱくと何を言うでもなく動いた。何かを言おうとして再び言葉を発したが、しかしそれも最初から何を言っているのかわからず、すぐに尻窄みとなった。アルスターの騎士はいつもであればかよう(・・・)におどおどする事などありえず、彼は冷淡にさえ見える常の雰囲気を今やほとんど喪失していた。好きな相手の反応に一喜一憂する思春期の少年にさえ思えたが、それを目抜き穴すら無いフード越しにじっと見据える〈イモータル〉は少し湿った肌触りの風に吹かれるまま、暫し何も言わずその様子を眺め、それから騎士がいい加減気不味くなってきたところで遂に口を開いた。空には有翼の生物が平和的に飛んでいた。

「お前は一体何をしに、私の前へと参じたか?」

 騎士は何も答えられず、最後に会った時と比べて彼女が己に対しあまりに辛辣であるのが悲しかった。怒りを感じるでもなかったが、急速に虚しく思えてきた。柔らかく温暖な陽光が雲越しに降り注ぐ中、その〈イモータル〉は相変わらず無感動に騎士を見据えていた。

 彼女は暗い紅色の外套の、頭部を完全に覆い隠すフードを手も触れずに外した。それは卵が孵化するかのような音と共に変形し、外套の胸部へと重なるように収まって平たくなった。陽光の下へと現れたる彼女の強張った赤毛は騎士が知る在りし日のそれと寸分とて変わらず、どこか並々ならぬ妖艶さを(たた)えた美しい顔もまた同様であった。戦士としての力強さと女性らしさとが入り混ざった肢体も傷だらけの細指も外套の下で隠され、それについては寂しく思えた。改めて見れば豪奢な外套はかなり古い時代――騎士自身の人生感覚から見て――のケイレン式であった。しかもこれは明らかに位の高い者しか身に纏えないような品であった。暗い紅色の外套は大腸のような質感をしており、所々が隆起したデザインは特注品のようでもあった。左右の肩部には肉腫じみたごちゃごちゃとした飾りがあり、それらが左右対称に作られている事もまた、その高級さを物語っていた。肩や首元から背中の方に計4本の触腕じみたものが膝下まで垂れ下がっており、それらは先程彼女が歩いた際に外套本体と共に優雅にたなびいていた。地球の戦で兵士達が纏った穴無しポンチョのように腕が外に出ていないデザインだが、ケイレンは必要に応じて袖や切れ込みが生じる軟体動物じみた服を悠久の間作り続けてきた。その洗練された美は彼らが鼻持ちならぬ軍事国家の支配種族である事を束の間忘れさせる程であった。外套の表面や触腕は彼女の意思に応じて脈動しているようにも見えた。外套の下端より下、脛の辺りには装甲のように彼女の脚を覆う靴と一体化した、同じく有機的なズボン――あるいはブーツのような鎧――が見えていた。かようにしてケイレンの特注品らしき美しい服で身を包んだ彼女の姿は、騎士にはかつてよりも力強く魅力的に見えた。

 だがアルスターのキュー・クレインにとって疑問なのは、何故〈イモータルズ〉に席を置く己の師がわざわざ余計なトラブルを招きそうな、ケイレンの高貴な服を纏っているのかという点であった。

「聞こえないのか? 耳をアイルランドの懐かしき泥濘に置き忘れてきたか?」

「いえ、決して…」

「ではもう一度問うぞ。お前は私の所へ何をしにやって来たのだ? まあ、お前の様子を見ていると否が応でも察してしまうというものだがな。駆り立てられた猪のように顔を赤く染めているではないか」

 師の声は明らかに呆れや嫌々そうな色を帯びていた。かつて何も思わなかった彼女の獅子の(たてがみ)じみた強張った赤毛は今や、以前ユニオンの一団と激戦を繰り広げた惑星の、夕日を受けて赤く燃え盛る山脈のように雄大であり、それでいて亡き妻のそれのように愛おしく思えた。騎士は彼女の髪に触れたくて仕方が無かった。

「…それは、ええと…そうですが」しどろもどろの返事をした。「では、単刀直入に…私は…あなたに会いたいと思ったのです。ここにあなたがいる事を思い出し、そして今まで訪れないようにしていたあなたの元へ訪れたいと。あなたに…今更私は遅過ぎた恋慕を抱いているのです」

 当然ではあるが師は騎士を蔑んだ。騎士の必死の告白を鼻で笑った彼女の思考を反映してか、外套の肩部にある肉腫じみた装飾がぐにゃぐにゃと動いた。彼女の唇は艶やかに輝き、冷たい色合いをした眼光はそれでもなお美しく、そして妖しかった。それら面妖さは彼女がただの師ではなく、成熟した一人の女性である事を騎士に再認識させたのだ。

「お前の心には妻や、あの我がかつての敵たる女領主がいるのではないか?」

「既に彼女らはいません…恐らく私が生きている限りは二度と会えないでしょう」

「そうか。だがお前は別に私の心の中を占めているでもない。まだ小王国が覇を争っていた古い時代にこの手で育てた優秀な教え子、その程度の感慨しか持ってはおらぬ」

 騎士はそれでも喰い下がった。

「私の心を満たせるのは同じく永遠を生きるあなたしかいないと気付いたのです。私は愛する者が死にゆく様を見たくないが故、あの混沌の神に蘇らされて以降は伴侶を求めなかった。共に囲う暖炉はもうありませんが、私と共にあって欲しい」

 だが一世一代かも知れない騎士の告白は無碍に断わられた。悪くはないがどこか足りぬ人生を完璧にするという自分本位な目論みは音を立てて城壁のように崩れ去った。

「生憎だがな」と師は無感動に言った。「私は影の国にいた時以上に誰かを愛した事があり、そして私はその今は亡き者の思い出と共に、銀河の民のためという己の双肩を押し潰さんとする使命を背負い、日夜我が身をPGGへと捧げているのだ」

 騎士は聞いた事を激しく後悔し、情けない嫉妬心と恥とによって死にかけた。歯を食い縛って耐えたが、それでも喪失感が満ち溢れた。

「スカサク!」

 師にして影の国の女王であったスカサクは、己の名を悲痛に叫ぶ子犬じみたアルスターの猛犬を冷淡に見るのみであった。皮肉にも雲が晴れ、腹立たしい程心地よい陽射しが照りつけた。騎士は彼女に触れようと右手を伸ばしたが、掬った水が手から零れ落ちるようにするりと跳躍した彼女は彼の背後7ヤードの手摺りの上へと降り立った。その身のこなしはまさに昔通りの師であり、質実剛健さを兼ね備えた優雅さは微塵も損なわれていなかった。

「待って下さい――」

「それ以上近付くでない」

 どこか人並み外れたスカサクは冷たく言い放ちながら右腕を外套から出した――外套に切れ込みが入って右腕を覆い、右腕を完全に出してから切れ込みが閉じ、右の外側の触腕が腕を手ごと覆う外套と癒着した。そしてそれは3つの銃身を持つ回転冷却式であり、金属溶液弾を加速して発射する事で物体を焼き切る有機的な質感の機関砲へと変形した。その過程はほんの一瞬で、騎士は動くに動けず押し黙った。はっきりとした拒絶とはかくも苦しきものかと、前世ではあまり女に不自由しなかったキュー・クレインは消沈した――今や騎士には、己の師がこの武器をも兼ねた衣服に長年の信頼と、尋常ならざる程の愛着を持っている事を悟ってしまった。彼女は亡き者の思い出を残すこの服にまるで寄りかかるかのごとく立っているのだ。今更己が割って入る事が果たして可能なのか? 騎士は既に答えが決まった問答を頭の中でぐるぐると思い浮かべた。

 というわけでこれまで言及程度であったキュー・クレインの師匠が初登場。ひとまず某師匠と被らないよう外見や内面の差別化を図った。

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