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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
42/302

THE HOLIDAY

 クリスマスが訪れ、今年の事を振り返りながらアールは街を巡回した。するとただならぬ様子の混血の男性を見付け…。

登場人物

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…エクステンデッドのヒーロー、出版エージェント業。



12月24日:ニューヨーク州、マンハッタン


 クリスマス・イヴ当日となり、年末の忙しい一連の商戦も遂に大詰めとなった。ブラック・フライデーやサイバー・マンデーのセールで若きヒーローはゲームやその他の雑多な趣味に関する商品――もちろん実体の無いデジタルの商品も含む――を買い揃えており、特に言うべき事はなかった。プラントマンと呼ばれる彼は今年を振り返り、そして去年はいてくれた友の事を思い出した。彼とはヒーローになる前からの付き合いで、大学の頃は勉強をコーヒーを料金に教えてもらったものだった。願わくば、次元の壁を隔てた尋常ならざる角度の領地(ドメイン)で、彼が少しでもよい扱いを受けている事を…。

 他にも色々あったが、特に印象に残っていたのはあの黒いロボットを駆る謎の青年であった。いきなり襲い掛かり、しかも派手に破壊を引き起こしたにも関わらず、犠牲者は出なかった。それ以降も何度か遭遇したが、やはり結果は同じであった。あの青年は難しい言葉を使い、婉曲的な表現故に少々言っている意味が不明瞭ではあった。しかし彼もまた、アールが〈救世主〉であると知っているらしい。美しい三本足の神は彼を警戒せよと言っていたが、今のところは熱心なファンにしか思えなかった。恐らく次に対峙する際は、あの青年は金髪エルフの仮装をして押し掛けて来るのかも知れなかった。

 今日はイヴだからという事で午後4時に仕事が終わり、アールはプラントマンとしてのアイデンティティを纏いながら人々の間をすり抜けていった。往々にして手を降ったり写真を取られたりして、お祭り気分で奇行に走ろうとする人々をやんわりと諫め、残念な事にこの日を狙って犯罪へと手を染めるような輩を何人か拘束して警察へ引き渡した。こんな日にも勤務する市警へ尊敬の念を抱きつつ、古参の小悪党であり先程拘束したラヴェージ・ジョーの加齢臭を鼻で笑った。

 彼の恋人であるフィリスは、遅い時間に来たらいいと言って彼のヒーロー活動に今日も理解を示してくれていた。彼がエクステンデッドのヒーローだと知ってからも、彼にとって世界で最も可憐な女性は変わらぬ安らぎを与えてくれた。では日頃の感謝を示すため、高い酒と彼女がいつも着ているような色合いのストール――こちらは既に買っていた――を持って行くとしよう。数日前に読了したコナリーの新刊のストーリーを頭に浮かべながら、クイーンズで建物の屋上のへりに座って往来を眺めた。ブロンクスやブルックリンで炊き出しを手伝った。他州ではホームレスへの風当たりが州法改正などで強くなっているらしく、手伝いながらも内心複雑なものだった。しかし饐えた匂いを放つ汚れて擦り切れた服の人々が見せる笑顔は本当にヒーローになってよかったなと彼に思わせた。

 ベンジーやボールディは今頃何をしているだろう? 今年中西部や西海岸の若手ヒーロー達でLAに住む地球最強の魔法使い宅にて交流をしたものだが、あの家の持ち主であるスタイリッシュでダーティなブラックの青年は今頃何をやっているだろう。

 思うに皆、よきクリスマスを尊守するためにそれぞれの活動に忙しいのかも知れない。


 雪は止み、アールが尋常の人であった頃には身を切るがごとき寒さを感じたこの時期の冷風は少し穏やかになった。温暖化の影響で比較的暖冬であるようにも感じる。ヒーローの恰好のままでチキンとジュースを買い、写真を撮られるのも気にせず店を出ると、再び雪がぱらぱらと舞い落ちるのが見えた。冷めない内にそれらを食し、塵芥箱に包装紙や紙コップを捨てて再び街を見守ろうと思った矢先、ぐるりと目を動かして怪しい動きが無いかを確認したところ、1ブロック先のグロサリー・ストア前で擦り切れた蛍光色のコートと剥き出しの素手が特徴的な男が立っているのが見えた。ヒーローを始めてからの勘で色々な予兆がわかるようになったから、彼は空へと少し急いで舞い上がると、そのまま低空を時速数百マイルの速さで飛んだ。ヒーローの突然の出立に、ヒーローという存在に慣れたNYCの住人達は、彼が何かを察知して急行したのだろうかとざわざわと騒いだ。

 ミルク入りコーヒーのような肌のその男は擦り切れた赤いコートと同様に摩耗し切った表情と顔の皺が目立ち、どこまでも悲しそうに見えた。あと50ヤードという時に男は手を懐に突っ込んだ。アールは加速した。アルスターの大英雄が電光石火の早業を披露する時のごとく、今では違うチームのリーダーを務めるネイバーフッズの偉大なる元リーダーのごとく。


「よう、こんな日にしけた面してどうしたんだい?」

 男が顔を上げると白いマスクと灰色のコスチュームを纏ったふざけた仮装のヒーロー気取りが彼の肩へと腕を回してきた。

「俺に触るんじゃねぇ! てめぇ――」

「それよりイルミネーションでも見に行こうぜ? あともうちょいで街全体が宝石みたいに輝くのも見られるしな」

 雪と溶け合う白いマントをはためかせ、アールは強引にその男を連れてそのまま歩いた――そしてすかさず、逆の手で男が懐から出そうとした銃に対し、己の手で銃口――及び最悪の場合破裂するであろう箇所――へと添えつつ、男の懐へと戻させた。先程までまるで水が橋桁を避けてそのまま流れてゆくかのように、立ち止まっている男を無視してそのまま歩いて行った人々は、急に現れた匿名有名人とそれに肩を抱かれて去ってゆく男を訝しんだ。何人かが『あれは何か事情があるのだ』と悟ったが、単に『不幸せそうなクリスマスを送る男をヒーローが激励しているだけだろう』と考えた人々の方が多かった。あるいはその他の大半は、一体どういう状況なのかもわからずに困惑していたのかも知れなかった。同じ程度の高さの古い建物が立ち並び、それらの上に積もった雪が夕焼けのオレンジ色を映して輝き、人々の吐く白い息はどこかこの街に暖かみを与えた。空は再度の降雪により灰色の薄雲が現れていたが、雲に覆われていない部分は燦然と燃え盛る落陽がオレンジに染め上げ、人々の服に落ちて染みを作る雪の溶けた水滴でさえ輝いて見えた。


 人々の目を避けてすうっとアールは男を抱えて建物の屋上へと上がった。それ程高くはないし、男が状況を把握して初めての空中浮遊に恐怖する暇も無く足が着いた。出る寸前で行き場を喪った悲鳴が男の開いた口の奥で押し殺され、それから口を閉じた。

「銃で撃たれるとどうなるのかは知ってるよ。少年が撃たれて息を引き取るところを見た。自分の血の海の中で苦しそうに呻いて、恐怖に染まった目が今でも思い出せる」

「だから?」

 鬱陶しそうに男は言った。

「あそこの店を襲う気だったんだろ?」

「殺す気はねぇよ」

「で、新聞に載るわけだ。ツイッターに流れる他の雑多なニュースと一緒に世界へと広まるんだよな。『彼に殺す気は無かった』と減刑を求める国選弁護人の発言付きで。銃だろうが能力だろうが、極限状態でそいつを持ってたら何を仕出かすかわからないもんだよ」

「うるせぇんだよ、クソガキ! ぬくぬくと育った癖に偉そうな事――」

「俺のダチのジャンパーは昔アルファベット・シティだった辺りで数少ないホワイトの一家として暮らして、そこでブラックの友達と一緒に苦しいながらも楽しく育った。この前は例の西海岸にいる超すげぇ実名公開の魔術師にも会ったけど、ゲットーで生まれ育った力強くてスタイリッシュでダーティなブラックの好青年だったよ。彼らだって誘惑はあっただろ。銃に薬に。でも真っ当に生きてるしな。俺は確かに甘ちゃんだけど、そうじゃない人達も知ってる。色んな人がいて、中にはあんたみたいに道を踏み外しかける人もいる――時々人種さえ問わず色んな人がどん底に落ちる。でも全員がそうってわけじゃない」

「それもどっかで仕込まれた受け売りだろ?」

 尚も男は頑なであった。男のぼさっと伸びた髪に雪が落ちて湿らせていた。

「だから?」

 根に持っていたのか、プラントマンは男と同じ返しをした。

「あ?」

「俺がどうとかってのはこの際ほっとけよ。それよりあんたがなんであんな事をしてたのかの方が気になる」

「それをお前に言う必要があんのか?」

「まあまあ、お悩み相談でもどうぞ」


 男は結局折れて、嫌々ながら話し始めた。数分立つと警戒を解いて話が饒舌になった。彼らは屋上で突っ立ったまま向き合っていた。雪は強まり、日は暮れ、寒さは本番であった。

「親父はニューオーリンズから越してきて、メキシコから来たお袋と結婚した。もちろんクソみたいに貧しくて、フッド(地元を意味するスラング)じゃ危険も多かったが楽しかった。でも俺が15歳になると親が相次いで死んじまって。俺は自暴自棄になって道を踏み外した。何度か逮捕されて、学校も通えねぇし、ひもじくて最悪だった。

「俺はその後の何年かにも色々あったけど最後は殺人未遂で塀の向こうに。この前やっと出てきたが、俺は結局マザファッキンでサグな界隈でしか生きられなかった。真面目に働くのも無理そうで、結局行き詰まって…後はお前が見てた通りだな」

 男は息を深々と吐いた。下の通りからは誰かがカバーした『オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマス・イズ・ユー』が聴こえた。

「でも…あそこでマジで押し入ってりゃまた塀の中か。いや、射殺かもな」

 男は銃を取り出してそれをアールに差し出した。アールは受け取りながら言った。

「道で拾った事して届けて処理するよ」

「いいのか?」

「俺は『悪い』ヒーローだしな」とアールは笑った。「それにあんたにもちょっとはまともなクリスマスを送って欲しい。これからどうする? 行く宛は? というか家は?」

「いや…」

「あー、じゃあ俺は飛べるからあんたを担いで最寄りの炊き出しにでも連れてってやるよ。人間発電所サンタからのプレゼントだ」

 男は驚いて目を大きく開いた。『オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマス・イズ・ユー』が終わり、ジェイソン・アルディーンのシングルカット曲が流れ始めた。ハードロック寄りの伴奏が始まり、好きな曲だったのでアールは爪先をとんとんと踏んでリズムを取った。

「ありがとう」

 男は初めて笑顔を見せ、それは宝石以上の報酬に思えた。

「それが聞けて嬉しいね。さ、俺の格安航空は寒いしあんまり乗り心地よくないから覚悟しておいてくれよ」

 まあ私がこの手の貧困層を書いても薄っぺらいステレオタイプにしかならないし、あまりリアリティがないようにも思う。

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