GALACTIC GUARD#2
黄色が印象的な謎の少女ハサスがPGGのベテランであるメズに押し掛けた。彼女の処遇を巡って友人達と議論を交わすメズだったが、彼女の正体とは一体何なのか? だがメズには、どうしてもハサスの天真爛漫さに裏があるとは思えなかった。
登場人物
―メズ・ロート…PGGのベテラン、ゴースト・ガード。
―ハサス…メズの前に突如現れたワンダラーズの容姿を持った謎の美少女。
―パラディン…PGGで尊敬を集めるヤクトスのゴースト・ガード、メズの親友。
―オレプスド…395個体がロボットボディに乗り込んでいる群体種族メーシラのゴースト・ガード、メズとパラディンの親友。
メズがハサスに遭遇した翌日:PGG宙域、首都惑星イミュラスト、PGG宿舎、メズの私室
「お前よく考えたら何で生体ID監視システムに引っ掛からないんだ?」
今日は非番であるため暇潰しに出掛けるなり演習場に行くなりして過ごそうと考えていたメズは、監視に引っ掛からないというよくよく考えればこの異様で謎めいた実体への疑問を口に出した。
「えっ! か、監視システム!? さ、さぁ? 故障してるんじゃないかな」
「ああそうだな、この銀河で有数のエンジニア達がやっつけ仕事してるってんならそうなんだろうよ」
心臓を止める程に美しい謎めいたハサスは、その容姿に似合わぬ自信無さげで気不味そうな様相でははは、と焦った笑い方をした。恐らくこの正体不明の少女は、PGGに関する知識もまともに持っておらず、当てずっぽうで適当な問答を続ける事だろうと、メズは呆れ気味に推測した。悪意は見えず、純粋な好意をかような美少女から向けられるのは困惑だけでなくむしろ誇らしく思える面もあったのは事実で、気が付けばこの少女の面倒ぐらい見てやらないとなという妙な好意だか義務感だかを抱いていた。クソどうでもいいならさっさと保安部に突き出していた――そうしないのなら、つまり俺は彼女が案外気に入ったんだろう。
「あーあ、ハードボイルド気取りの俺様も案外チョロかったって事か? 笑えるぜ」
己を鼻で笑うメズの事を、彼の上着を掴んで見上げているハサスは不思議そうに見つめた。いやね、自分が案外女に弱いって思い知ったのさとメズが自嘲的な声色で話すと、それを己への好意と解釈したハサスはありえざる角度を持つヴルトゥームの開花のごとき満開なる笑顔の華を咲かせた。さすがにそれを見て嫌な気がするものではないから、メズはまあそんなに悪くねぇなと楽観的な心境であった。
「さてと、俺はひとまずこれから演習場で暇でも潰そうかと考えてる。いつも一緒に動いてる奴らも確か今日演習してるだろうしな。まああいつらはすぐにまた出動するが」
でだ、とメズは区切ってから先を続けた。まず演習場に寄ってから、その後はPGG本部が置かれているこの雲に覆われたオレンジ色の空の下で栄える首都惑星の都市部を見て回る事に決めた。
「お姫様よ、お前はこれからどうすんだ? このまま今日は部屋の中にいてもらうしか思い浮かばんが――」
「あっ、それなら!」と金色の華はメズを遮り、それからその姿を消散させた。後に残されたのは消えゆく黄色い煙と、納骨堂めいたグロテスクな悪臭のみであった。
「どうですか? これで誰にも見えないままあなたについて行けます!」と自慢げにハサスは不可視の躰から声を出していたが、一方のメズはハサスが不可視化する際に黄色い煙が発した宇宙的な悪臭にうわくっせぇ、と顔を顰めて咳き込んだ。ハサスは女の子に臭いなんて言わないで下さいと抗議したが、先日の〈揺籃〉事件の駅で嗅いだ死臭に匹敵する悍しい匂いにより彼はそれどころではなかった。幾ら場慣れしていようと、臭いものは臭いからだ。唯一の救いは、この悪臭が持続性でない点だろう。とは言え有毒そうな臭さであったため、恐らく今後も忘れられまい。
数十分後:PGG宙域、ギャラクティック・ガード本部、演習場
「それでどうしてこんな事に?」
メズは暗い室内で両掌を投げやりに上向けて、肩の高さまで掲げた。
「合議の結果、お前達を然るべき場所へと突き出すのが最善と結論付けた」
オレプスドの心底呆れた声が響いた。
「どうしても何も、メズ…君がこんな事に加担していた事が信じられない」
優雅なるパラディンは、親友が謎の人物を宿舎に連れ込んでいた事を大いに嘆き、そして悲しんでいた。
「いやまあ、な。大体お前何で声出したんだよ。登録してない声紋は即バレるぜ。まあ今のところ誰も駆けつけねぇしバレてねぇけどさ」
「だ、大丈夫です。私の声は多分反応しませんから!」
「あっそ…センサーは騙せても生きモンは騙せねぇけどな」
「うっ…」
オレプスドは巳らが最も信頼していたワンダラーズ個体の隠された真実について合議し始め、パラディンは呆れた嘆きを漏らしながら顔を背けて触腕を宛てもなく動かしていた。
「でもさぁ。こいつワンダラーズどころかPGGにも全然詳しくないし、別に悪意はないんじゃねぇの?」
「メズ…」パラディンは本気で辛そうだった。「考えてくれ。彼女が自称通りあらゆるセンサーに反応しないなら、それはつまりそれだけここで情報収集も可能という事だ。ああ、思えばあのナッシャーは餌だったのかも知れん。そしてメズに憑依か何かをして彼女はここまでやって来たのだ。恐らくはユニオンのスパイとしてな」
反論しようとして口を開いたが、特に何も思い浮かばなかったので、メズは口を開けたまま硬直した。思えば、こうして監視の無い倉庫で尋問してくれている事に対して、メズはパラディンやオレプスドからの最後の友情を感じていた。
「ち、違います! スパイじゃないわ!」今や再び実体化したハサスは異種族であるパラディンやオレプスドにさえ理解できる宇宙的な優美さを纏って、その見かけに反した必死の様子で反論した。
「ではお前は何者だ?」
オレプスドは犯罪者と対峙した時の調子で冷たく言い放った。
「そ、それは…でも別にここの機密情報収集とかそういうものに興味なんてありません!」
「では」と友の零落に気を落とすパラディンが口を挟む。「何が目的だ?」
その次に何が起きるか、メズは不思議と悟る事ができた。故に彼は、狙撃される直前に感じる不愉快な違和感と酷似した感覚に纏わりつかれたまま、後方へと向き直って耳を塞いだ。とは言え、心の奥底ではこの次に起こるであろう事態を歓迎していたはずだ。でなければ彼女の口を手で押さえて阻止したはずだ。
黄色のかかった金に輝く髪と黄色い衣を備えたハサスはメズが予想した通りの行動を取り、暗い室内にその声が響いた。「メズに出会うためです!」
それを聞いたパラディンはどう反応すればいいのかがわからずに、戸惑いを見せた。
「彼は私にとっての運命の人、王子様なの! ただそれだけ、他の目的なんかありません!」
メズは恥ずかしさと笑いの混じった咳き込みをして堪え、パラディンは触腕を全て硬直させたままで微動だにせず、オレプスドは合議の難しい今の状況について構成個体の3割が思考停止していた。薄い雲に覆われたオレンジの空からは今日がいい天気である事を示す燦然たる太陽光が降り注いでいたが、彼らがいる倉庫の中では微妙極まりない空気が立ち込め、悠久の時を経て暴かれた墓所のごときグロテスクな有り様であった。
その後、ひとまずパラディンの提案で賢者ガディ=イラ・ノスが呼ばれ、彼の優れたテレパシー能力で謎の少女の心が嘘を言っているかどうか調査された。しかしそれらしい兆候はなかったらしく、賢者は彼女が潔白であると証明したのみであった。ただ一つだけ、かの甲殻類じみたミ=ゴの優美な賢者が一瞬の間、何かに気が付いたかのような素振りを見せた事がパラディンとオレプスド、そしてメズにとってはどこか気になるところがあった。
だが結局、賢者は好きにせよとだけ述べて立ち去り、それらについて高速で合議したオレプスドも我々は何も見なかったと告げて消えて行った。そして現代の騎士パラディンもまた、実害がないなら君の好きにしろと言って演習場から退出した。
数時間後:PGG宙域、首都惑星イミュラスト、グランドコースト
山脈のごとく聳える高層ビルの内部をメズとハサスは歩いていた。グランドコーストは地球で言うマンハッタン程度の広さだが、その中に都市機能が高密度に集約され、3000フィートを軽く超える巨大かつ高高度のビル――中心街のビルは6000フィートを超えており、最も巨大な中央のビルはその横幅もあってか、ビルというより巨大な壁のように見えた――によって構成される人工の山脈と言える。地上と地下両方に様々な施設が存在し、海と空、そして宇宙からの便も含めた多くを受け入れている玄関口であり、永劫のごとき月日を閲してきた壮麗なる国際都市である。
水晶宮じみたビル内部のきらびやかなガラス細工はくど過ぎない程度の調和が取れた都会的な洗練された装飾を纏い、その上を流れるホログラムによる情報の洪水はここがどういう場所であるかをよく表していた。ガラス細工の色調は全体的に蒼く、地球のビルで言えばエントランス並みの広さと高さを持つこの通りは、そこに偉大なるドラゴンのクトゥルー神像のごとく佇むとある3人の賢者達を称賛する色彩を施された像に因んでトライアド街と呼ばれた――二足歩行で直立する地球人のごとき者、羽と優美な手足を備えた甲殻類じみたピンクの菌類、そして漆黒のポリプめいた肉体を備えた異界的な実体、これらを称えた繊細で大胆な彫刻は色褪せる事なくかつての彼ら3人の偉業を現代にも伝えている。
「凄い、綺麗…」
蒼々と輝く若い太陽のように美しく冴え渡るハサスの笑顔を見つつ、己をチョロいと笑うメズは彼女の手を引いてそこそこ楽しそうに案内した。
「見てるだけで結構楽しいだろ?」
ビル内に作られた荘厳な通りを行き交う多種多様な〈人間〉に、ハサスは心を奪われた。ワンダラーズやヤクトスも何人か見かけたが、他にも色々とおり、現行世代の環境スーツを纏って家族連れで歩く蛞蝓のごとき種族や、内臓を裏返したような表皮を持ち洒落た合成ゴム素材の服で着飾る多量の触腕を持つ種族、不透明と半透明の状態を繰り返して明滅する甲殻に覆われた種族。多くの種族がこの素晴らしい都市で生活活動を営み、異種族同士で高度な協調が取れていた。無論の事、仕事や観光で訪れる人々も多いが、概ね治安は問題は無いらしかった。
「ねぇメズ、あれは何ですか?」
「あれって?」
彼は視線の先を追い、その先にあったものを見つけた。そこは通りの側面にある壁の一部で、ホログラムが目まぐるしくPGG領内の星系図を映していた。被写体が然るべき位置に立てばその周囲を惑星や主要な小惑星がその公転軌道を示す線付きで回転するため、よく記念撮影に使われている。
「あれか。ああいう綺麗な奴は視角を備えた種族には普遍的な人気があるからな。だから記念撮影して行く観光客も多いのさ」
きらきらと瞳を輝かせてそれを見つめるハサスの姿を見て、メズは微笑ましい心境で苦笑した。周囲の人々は時折ハサスの宇宙的な美しさに目を向けたが、特に周囲が混雑する事もなかった。
「じゃあ記念撮影しましょう!」と言って、黄衣の少女は無邪気にメズの手を引いて走った。その明らかに見かけ以上の腕力に、やはり何らかの特殊な実体だろうなとメズは苦笑したが、既にその触腕に心を絡め取られた事を彼は承知していたし、それがどうかしたのか、と楽観的な見解を取っていた。
「おいおい、走るなって」
濃い灰色がかかった短髪のメズ・ロートは満更でもない表情で今の状況をそこそこ楽しんでいた。何せ、彼女からは一切の悪意や害意を感じないからだ。名状しがたいヤソマガツヒとオオマガツヒ、悪意に満ちた煽動者たる風のイサカ、欺瞞に満ちた契約で魂を奪う慄然たるリヴァイアサンの一族、にやにや笑いを浮かべた妖艶なる白蛆の魔王ルリム・シャイコース、グロテスクな意志を備えた高次の者達に仕える美しい暴食漢のリーヴァー、あの腐れ果てた〈一なる群体〉リージョン、そして朧げに時間の影からその悪意を滲ませるイス銀河の悪鬼達とそれを煽動する永遠なるロキなど、メズがこれまで遭遇したり記録で読んだりした尋常ならざる実体と比べれば、ハサスはその正体が何であれとても清らかに思えた。
読んで頂いている方にはハサス/Hasathがどういう実体なのか、その正体の元ネタは多分バレバレだと思いますが、基本的にはその正体は仄めかしに留めて引っ張る予定。多分あいつだよね、明言されてはいないけどほぼ確実にあいつ、こんな感じで。
アブナン/Abnanは難波/Nanbaの、イミュラスト/Imurustは鶴見/Tsurumiのアナグラムです。SF的な名前を考えるのが面倒なので今後はアナグラム中心の予定。




