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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
4/302

RYAN:THE ELDER GOD#1

 ワイオミング州ジャクソン、自然の奇跡が織り成す国立公園の風景や動植物を見ようと訪れる観光客達が拠点に選ぶこの田舎町に暮らすライアン・ウォーカーは、昨日まで自分は普通の人間だと思っていた。しかし以前パーティーで出会った女性との運命的な再会の後、彼の平穏は突然終わりを告げた。

登場人物

宿泊施設リバーハウス

―ライアン・ウォーカー…ワイオミング州ジャクソンで暮らす青年。

―ジョージ・ウォーカー…ライアンの父、夫婦で宿泊施設を経営。

―ローズマリー・ダレット・ウォーカー…ライアンの母、同上。

―シャーロット・ベネット・グラッドストーン…ロスから観光に来た女性。


宇宙の住人

―ナイアーラトテップ…プロテクターズに参加する美しい三本足神。



『悲しみの悲しい王冠』が幸せだった頃を思い出させてくれるものだ。

――アルフレッド・テニスン



一日前:ワイオミング州、ジャクソン、リバーハウス


 四月になり、ジャクソンにも穏やかな春が訪れ始めた。とは言っても寒々としたヨーロッパの山岳部のように『涼しい』もので、この地の標高がどれぐらいあるのかを不慣れな旅行者達に思い出させている。

 夜になると華氏二◯度から一◯度台まで冷え込み、寒さに慣れた住人達のみが「ああ、春が来たか」と思っている事だろう。今年はまだ暖かい方だったせいかやけに早く雪が溶け始め、町内の積雪はごく限られたものとなったので視覚的には春らしく見えた。

 ウェスト・ブロードウェイ沿いにある宿泊施設リバーハウスにはジャクソンを拠点に春季――そう呼ぶべきかはさて置き――のグランドティトン国立公園やイエローストーン国立公園を見に来た観光客が滞在中で、大抵の場合国内の観光客は外国から来た観光客と比べて、滞在するにあたって時間的な余裕がある場合が多かった。ベルリン、ロンドン、東京など国外の大都市からワイオミング州へ来た観光客は忙しい生活習慣が染み付いている事もあって、時には非常に『もったいない』時間の過ごし方をしてしまう事があった。

 そうした人々の観光はこの広い国のあそこへ行かないと、ここへ行かないと、という風にゆったりとした観光になっておらず、この場合最も贅沢な時間の過ごし方としては、例えばジャクソン湖の湖畔で車を止めて、朝から日没までお気に入りのカントリーソングのMP三をかけながら湖や野山を眺めたり、雄大な大自然に囲まれて伸び伸びとくつろいで『パンの大神』でも読むのが妥当だろう。

 『ローマの休日』を見てローマへ聖地巡礼しに向かう人々のように、『ジョー・ピケット』シリーズでも登場した有名な間欠泉の数々をゆったりと見に行くのも魅力的な選択肢ではないだろうか――些か残念な事にこの季節はイエローストーンの南口が封鎖されているので、ジャクソンから国道一九一号線を北上してグランドティトン経由でイエローストーンへ向かうルートが使えず、遠回りする事になるが。

 いずれにせよ、この雄大な自然を堪能したいのであれば、一日で何十マイルも何百マイルも車で移動し続けるよりは特定のエリアだけを見て回った方が楽しいだろう。

 現在リバーハウスに宿泊している客は全員『ゆったり派』のようで、一週間以上の滞在を予定している人々だった。彼らが今日どこどこの公園の、どこのトレイルなり名所なりへ行くのかは、さり気ない会話でウォーカー夫妻もある程度把握していた。

 ジャクソンはまだ寒さで言えばましな方だが、より標高の高い公園区域では五月になっても雪は我が物顔で野原を占領しているだろう。

 この国が外国からはカリフォルニアの暑いイメージで見られているとは、無論この国の国民の大半は知らないだろうが、そういうイメージを持った面倒臭い外国人に出会った時は、「そういう事でしたら」とこの国の玄関口とも言えるニューヨークへ行って気温を体感してもらうのが手っ取り早いと考えるだろう。冬ならさぞ地獄だろうが。

 朝八時になりフロントではニューメキシコから来たという太ったラティーノの男性が他の男性――シカゴの会社役員である事以外はよくわからないが、洒落たイリノイのナンバープレートを付け、旅に必要な荷物を荷台に載せた彼の赤いトヨタが五年前から毎年この時期に遥々と来ていて、彼は寒さが少し和らいだ春のグランドティトンが好きだと語っていた――がソファに腰掛けて、テーブルに広げた地図を指差しながら今日行く場所について話し合っていた。

 ローズマリー・ウォーカーから見たここ数日の様子からすると、グランドティトンをメインに見に来た二人は何気なく話し合ううちに意気投合したようで、昨日からは当初の旅行の予定を少し変更して二人で見て回っているようだった。

 ローズマリーからその話を聞いた息子のライアンは、旅とは不思議な縁を育むものだなと考えながら朝の雑務を始めた。今日は朝早くチェックアウトした部屋があったのでまずはそこの掃除やシーツ交換が主な仕事になるだろう。

 ライアンは父であるジョージと同じくジャクソンで生まれ育った。見栄を張ったのか大学に行きたがり、ララミーにあるワイオミング大学に通い続けた。なんとなくビジネスを専攻して、意外にも卒業している。

 卒業式の時には、嫌がる両親を遥々ジャクソンから呼び寄せて、自分の晴れ姿を見てもらい妙な満足感に浸っていた。卒業後はジャクソンに戻り、たまに地元の友達と出くわした時に大卒である事をそれとなく自慢しては、馬鹿を見るような目で見られていた。

 黒に近い短めの茶髪と、垂れてもつり上がってもいない茶色い目が特徴的で、黙っているライアンはドラマに出てくる俳優のようなハンサムさがあったが、口を開けば大抵は自然に相手の笑いを誘った。

 向こうで就職するでもなく、何のために大学に行ったのかよくわからないという経済的余裕のある学生にありがちな末路だったが、あまり迷う事なく実家のリバーハウスを手伝うと言い出した。「はあ?」と思った両親は当てつけに雑務を任せた――部屋の掃除から念入りなトイレ掃除まで――が、この絵に描いたような三枚目はこれらの業務を卒なくこなし、ジョージはなんとなく気不味くなったしローズマリーは降参したくなった。他の従業員は面白そうに見ていたが。

 ライアンのお陰でリバーハウスのトイレは地元随一の綺麗さだった――ジャクソン一綺麗なトイレの店と呼ぶ向きもあった。


 この日ライアンは機嫌がよかった。というのも、昨日は大学時代のある出来事についての夢を見ていたのである。大学三年生の六月下旬、大学の夏休みの時期に友人達からカリフォルニアへ行かないかと誘われた。

 話によれば向こうにコネがあるとの事だった。ちょうど彼は短期のアルバイトしかしていなくて、時間的余裕はあったので承諾した。当時付き合っていたサリーも一緒に来る事になって、計七人の男女がロスの地を訪れた。

 異様に暑く感じたものの、彼らには新鮮な体験だった。日程は二泊三日で、二泊とも夜はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の学生とOBが主催するパーティー――意外と上品だった――に参加した。都会の大学なので参加者も人種・民族的に多彩で、ロスを舞台にした刑事ドラマでも見ている気分になったし、本当に色々な参加者が来ていた。

 飲んでいる割には皆特にトラブルも起きない辺りエリートだなと苦笑していたライアンには、ここで一つ心残りな事があった。サリーに悪いのであまり親しく話し合いはしなかったが、微妙にヴァレー・ガールの名残りがあるアクセントで話す茶髪の女性が印象に残っていた。ライアンより五歳年上のその可愛い女性の名前や連絡先を聞いておかなかったのは、今となっては失策だった――ジャクソンに戻ったライアンと他州で就職したサリーの関係はするすると紐が解けるように自然消滅し、もう恋人ではなく友達だった。

 たまに連絡は取り合うが、やはりかつて恋仲だった事を匂わせないような昔馴染みの友達同士のような感覚になっていて、再燃はなさそうだった。

「パーティーであの子の連絡先は聞いとくべきだったな。誰に聞いても知らないだとさ。ティトンの霊峰に乾杯ってな」

 シーツを剥ぎ取りながら愚痴るライアンだったが、その様子には昔を思い出して笑う余裕があった。残念なのは事実だったが、楽しかった夏のあの日の思い出を夢に見たのはやはり幸運な事だと思えた。人間とは概して、かような矛盾と複雑性を孕んだ生物なのだろう。



同時期:中間圏、アメリカ上空


 ライアンが莫迦みたいな感慨にふけっている一方で、この地に偉大なる神が降り立とうとしていた。この星でも有数の過酷な環境下に佇みながらも、吸い込まれそうな程黒々とした黯黒のマントを露ともはためかせる事なく眼下を見下ろすその神は、この星の何者かに用があるらしかった。

 しかし地球の守護者として勇敢に、胸のむかつくような邪神に率いられた異次元の掠奪者の軍勢を相手に戦ったクトゥルー――トゥルーやカトゥルンとも呼ばれた――も狩人イオドも、未だこの星のいずこかで眠りに就いているはずだ。

 ならば眼下に見えるアメリカの田舎に、人類に友好的だったいずれかの神格がいる事になるのだが、それを知るのはこの三本の足を持つ魅力的な神を含めてごく僅かであった。その三本足の神は、何も知らず平穏に暮らしている彼の幸せを崩してしまわないかと考えて、これから彼に会う事になる己を忘れられた種族の言葉で呪った。そもそもは己に責任の所在があるのだろうと、誰かに指摘されるまでもなく知っていた。

 地球で活動する化身を通して、平穏に暮らしているとある神の様子を観察していたから、彼が幸せそうに泣いたり笑ったりしている姿が焼き付いていた。それを崩すのは、罪かも知れない。

 だが結局のところ三本足の神は、自分のせいで何も知らずアメリカの田舎で暮らす事となった地球の守護神が、自分のせいでこれから不要な苦しみを背負う事も承知していた。



同時期:ワイオミング州、ジャクソン、リバーハウス


 全く出し抜けに何かが起こる事はままある。ライアンが知らぬ間に新しい客がチェックインしてきた。水色のダウンジャケットを羽織っている女性で、襲いかかる寒冷地の寒さにジーンズとブーツとで耐えているようだった。チェックのマフラーとニット帽がよく似合っていて、ウェーブのかかった茶色い長めの髪が目を引いた。

 フロントで鍵を受け取った彼女は階段を上がって二階にやって来て、作業をしていたライアンが目に入った。

 来客に気が付かなかったライアンは部屋のシーツを外に置いてあったプラスチックの籠に入れていたところで、木の床に足音が響いているのに気が付いて挨拶しようと顔を上げた。それから現実を受け入れるのには時間がかかった。

「あれ?」と間抜けに呟くのが精一杯で、二言目は続かなかった。幸い彼女はライアンを覚えていたようだ。

「あ! もしかしてあの時の?」

 助け舟のようだった。

「多分俺の考えてるあの時と同じあの時だと思う。えっと、驚き過ぎて何を言えばいいかわからないな」

「そうなんだ。実は私も…なんかこういうの嬉しいかも」

 おいおいマジか、とライアンは己の気分が高揚していくのがわかった。

「俺もだよ! 改めて自己紹介だな。俺はライアン」

「私はシャーって呼ばれてるわ! これも何かの縁かしら?」

 全くその通りだよ。昨晩の夢を見た上での今日の出会い、名状しがたい高揚感がライアンに幸福をもたらしているようだった。あの夏の夜のパーティーで、すれ違うようにお互いの存在を知ったライアン・ウォーカーとシャーロット・ベネット・グラッドストーンが、全くの偶然に再会する事に相成ろうとは。それは偶然の奇妙さをよく体現しているに違いなかった。



数時間後:ワイオミング州、ジャクソン、リバーハウス


 他の従業員達からすると、やたらと機嫌のいいライアンの姿は不気味だった。彼の両親でさえまーたあのアホは、と思っていた。そして、いい事がありましたという雰囲気を漂わしてトイレ掃除をしに向かうライアンに、ジョージが声をかけた。

「ライアン、何かあったのかい?」

「え? ああ、まあね。感動の再会だよ」

「それは一体どういう…」そこまで言いかけて、ジョージは今日チェックインした女性の事を思い出した。

「おい、お前またいつの間にあんな美人と知り合ったんだ?」

「いやー大学の頃友達に誘われてロスに行ってたんだよ。アルバイトで溜まってた金があったから俺も一緒に行ってたんだけどさ。そこにいたむちゃくちゃ可愛い茶髪の子が気になってたけどその頃はまだサリーと付き合ってたしなー。あの時色々聞いときゃよかったって思ってたんだけど、それがまさかの再会だよ! なあ父さん凄くないか?」

「あ、ああ、そうだな」

 そうこうしているうちに午前中の業務が終わり、ライアンは昼食を手に裏手の小川へと歩いて行った。自然消滅の話を聞いた時はジョージもローズマリーと一緒にあーあと思ったが、今回は息子も上手くいくかも知れないと淡い期待をしながら、今日ライアンから聞いた話をローズマリーに話しながら事務室で昼食をとった。

 小川のほとりにビニールシートを敷いて座り込みながらライアンは今日起きた事を考えていた。あの可愛い子、すなわちシャーと再び巡り合えたのはまさに奇跡と呼んで差し支えない、神からの祝福のように思われた。安っぽいドラマや映画のワンシーンかと見紛うような事が実際に起きてしまうのが現実の恐ろしいところであるとわかっていたつもりだったが、しかしまさかこんな事になるとは、と何度も同じような事をぐるぐると考え続けていた。

 昨日母と一緒に作ったキャセロールの残りを昼食用にタッパーに入れてあったのだが、味覚を失ったかのようにその味が今ひとつ感じられない気がした。

 やがて冷静になって、どれだけ俺は興奮してるんだ、と自嘲したが、事実かなり嬉しい出来事だった。シャーは二週間滞在する予定との事で、今日はゆっくりジャクソン湖周辺を見て回っているようだ。

 夕方になって彼女が部屋に戻ってきたら話ができるなと考えて、ライアンは馬鹿みたいなニヤニヤ笑いを浮かべた。実際どう見ても馬鹿っぽかったが誰もそれを見咎める者がいなかったのだ。ついさっきまでは。

 ふわりと不思議な心地の風が吹いて、ライアンを現実へと引き戻した。上から風が吹いている気がしたので顔を上げると、不思議な実体が優雅に舞い降りてきているところだった。

 その不思議な実体を見た事などなかったはずなのに、何故かライアンは彼の事を知っていた。まるでこの実体の持つ未知の幾何学に基づく美しさを見紛うはずがないとばかりに。

「おお、慈悲深きナイアーラトテップよ。君か」

 ライアンは自分でも一体何を言っているのかわからず、自分の発言が不思議に思えた。

「って今のは何なんだ? 俺は何故あんたを知ってる?」

 その理由を考えるよりも先に、古の記憶がライアンに押し寄せてきた。

『特異点の向こう側よりも恐るべき領域へと送ってくれるわ!』

『目を覚ませ! 君は本来そのような悍ましい怪物ではなかったはずだ!』

『笑わせるな、何を言っているのか見当もつかぬぞ!』

『はっ…私は一体何をしていたのだ? まさかそのような事が…』

『君のせいではない。君はあの黯黒の実体達に操られていたのだから』

『それでも私の責任だ。私があのような行為に手を染めたのは事実だ』

『ならば君にできる方法で罪滅ぼしをしたまえ。君の力は誰かを救う事もできるはずだ』

『よかろう、美しい者よ』

『ああ…大いなるクトゥルーよ、私は君になんという事を…』

『だが傀儡であったそなたを責めるわけにもいくまい。それでも己を責めるならば、我らに力を貸してはくれまいか?』

「そうか、俺は…」全てではないが、自分がかつてどのような存在であったのか、ライアンは思い出した。

〈旧神〉(エルダー・ゴッド)たるヴォーヴァドス…在りし日において、確かに私はそうであったな」

 ライアンは立ち上がって、タッパーを持ったまま佇みながら己がいかなる宇宙的な存在であったかを思い出しては感慨深そうな表情を浮かべた。すると後ろから声がかかった。

「ライアン、その美しいお方は誰なの?」

 彼の両親は、やけに上機嫌だったライアンともう一度話をしようとライアンの様子を見に来た――ここが彼のお気に入りの場所だと知っていたので居場所がわかった。すると息子が斜め上を見上げながら、地面から八フィート程の空中に浮かんでいる、神聖なる戦士のような格好をした三本の足を持つ強壮で美しい謎の実体と向かい合っていて、途方にくれながら彼らに近付いた。

「へっ? あ、ああ。母よ父よ、私は…あーそのうん、俺は…」

 どのように説明するのが適切だろうか。ライアンが全盛期であれば一瞬で伝えたい内容を相手の心へ届ける事が可能だったが、人の身なる今となっては少々難しかった。

「おいライアン、古代人みたいな口調だが一体どうしたんだ?」


 二人の神々は大体の事を説明したが、あまりに途方も無い話であった事は否めない。自分達の息子が幾星霜を(けみ)して尚、健在なる(いにしえ)の神であったなどと言われても、そうした狂人の妄想や最も奔放な夢にのみ登場する事柄などは普通なら精神の疾患を疑われるところだろう。

「ところでナイアーラトテップ、俺とあんたは最初敵対してたよな?」

「そうだが…よもや、まだ君の記憶は未完成なままか?」

「そうなんだよ、〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)の一味だったのは思い出したけど…思い出した内容の中にはところどころ俺が他の〈旧神〉(エルダー・ゴッド)に洗脳されてたみたいな節があったし…なあ、俺は一体奴らに洗脳されて何をやってしまったんだ?」

 この日はよく晴れていて、到底春とは思えない風が控えめに吹いていたが、それでもこの地においては春と呼べるような快晴だった。しかし美しい三本足の神が表情を曇らせた――地球人と顔の作りは似ていないものの、ウォーカー夫妻さえ宇宙的な悲愴さが見て取れた――途端に、晴れ渡った空が暗澹たる漆黒のベールに包まれてしまったかのような感覚がジャクソン全体を覆った。午後からイエローストーンのトレイルを歩こうとノース・キャッシュ・ストリートを北上していたカナダ人観光客が路肩にピックアップトラックを止めて窓を開けて空を仰ぎ、アスペン・ドライブでジョギングしていた六◯代の女性が日食だろうかと同じように空を見上げた。もちろん実際には空模様は全く変わっていなかった。

 やがて、躊躇いがちにナイアーラトテップが口を開いた。

「君がかつて〈旧神〉(エルダー・ゴッド)であった事は疑うべくもない。そして君は悍ましい者どもの一員として、彼らと共にあった、ここまではよい。では、それが意味するは、すなわち…」

 劫初より数多の生命を見守ってきたナイアーラトテップの言葉が癌のようにヴォーヴァドスの心に広がって蝕んだ。記憶は全くの予想外に、実に不可解な出来事がきっかけとなって蘇る事がある。そしてライアンの心の奥底にひっそりと隠れ潜んでいた禁忌なる記憶を、近代の墓暴きめいた横暴さで掘り返してしまった。

「莫迦な、ならば私は…まさか」

 煮えくり返る溶岩の前に立たされた生贄のように躊躇うライアンを見て、美しい三本足の神は己が彼にした事の重大さを改めて感じた。罪悪感がのしかかってきてかの神を押し潰しそうになったが、しかしやがては決意してライアンの全てを暴いた。

「罪滅ぼしとして君が地球の守護神達に加わり、異次元より来たる掠奪者達を撃退した後、君は力のほとんどを使い果たしており再び罪の記憶に苛まれていた。君はそれから長きに渡って己の罪と向き合って苦しみ、悶え、掻き毟った。やがて見ていられなくなった私は数十年前、思春期さながらの無責任さで勝手に君の記憶を消し去って人間に生まれ変わらせた」

 ライアン、かつてヴォーヴァドスと呼ばれた〈旧神〉(エルダー・ゴッド)であり、後に地球の守護神となった彼の顔がナイアーラトテップの言葉によって山の気候のような急激さで曇っていった。

「君はあの悍ましい集団に参加しながらも、正気を保ち続けていた。恐らくは〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)の誰か一人がそれでは不都合であるとして、君の心を都合のいいように教化し操ったのであろう。君は目の前も見えぬまま、奴らと共に多くの種族を虐殺した」

 かの神が言い切った途端、かつて神であったライアンの怒号が天を衝いた。蒼穹に響き渡る彼の声は想像を絶する凄まじいまでの絶望や悲しみに満ちていて、あまりにも多くの哀れみを買うに相応しい辛さを持っていた。間抜け面や嬉しそうな笑みがよく似合うライアンの表情は崩れ果てて、ラグナロクやアポカリプスの到来を目にした哀れな者のような、全ての望みを失った貌をしていた。

 押し寄せる罪の記憶は昔に比べて随分ちっぽけになったライアンという存在を軽々しく飲み込んでは、その内で嬉々として蹂躙せしめた。彼の手からタッパーが滑り落ちて、まだ残っていたキャセロールが緑に覆われた地面にぐしゃりと広がった。

「お、おい。ウチの息子に何をしたんだ!」

「そ、そうよ!」

 諸世界における最も崇高な存在の一人に対して、それまでは話の不可解さや壮大さ故に黙っていたウォーカー夫妻が声を荒げて噛み付いた。これらのよくわからない話の内容がどうであろうと、それでもこのハンサムな莫迦は中々子供ができず三◯代以降になってやっとできた彼ら夫妻の大切な一人息子であるが故に。

 しかしそれもライアン自身にとっては辛い追い打ちでしかなかった。

「我が父母よ、やめてくれ! 彼に罪はない!」

 事の真相を聞いて計り知れないショックを受けたライアンはしかし、三本足の神を憎悪してはいなかった。もしもこの場にネイバーフッズのプラントマンがいれば、まやかしの幸せを押し付けられたスパイダーマンやスーパーマンのような地獄めいた憤怒を見せぬライアンの姿に驚いたかも知れない。無責任に哀れんで無責任に作られた幸せを押し付けたナイアーラトテップはあっさりと自分の非を認めていて、批難を受ける覚悟でいたため「しかし…」と口を挟んだが、やはりライアンはそれを手で制して首を横に振った。

「見たまえ」

 ライアンはしゃがんで地面に落ちたキャセロールを右手で掬って立ち上がった。べちゃりとしたそれは草や土で汚れていたが、彼の左手が触れると付着していた汚れが消しゴムで消したように消え去った。これにはウォーカー夫妻だけでなくナイアーラトテップも驚愕した。

「ヴォーヴァドスよ、力が戻ったのか…」

「少しは神としての我が力も戻ったらしい」と答えて、ライアンは強引に微笑んで見せた。駄目押しとばかりに綺麗になったキャセロールを頬張って、食べ終わった後は手に付いたキャセロールの滓を綺麗さっぱり消去して見せて、おどけた。その両目は今にも涙が決壊しようとしていたというのに。

「洗脳されていたのが事実にせよ、私はあまりに多くの種族を(あや)めてしまった。あまりに多くのな。しなやかで逞しい山蛭のような種族がいたな。私がいなければまだ生を謳歌していただろうに。ああ思い出したぞ、磯巾着じみた陽気で心豊かな種族がいたものだ。私は彼らをぐちゃぐちゃに磨り潰して虐殺した。かつての私は諸世界における最も悍しくグロテスクな外道か悪鬼であった事だろう。いや、この言い方では今の私と無関係であるかのようだな…今も愚かさにおいて大差はなかろう」

 曖昧模糊ながらも、ウォーカー夫妻にも少しずつ話が飲み込めてきたようで、ライアンの言った内容を実際に想像して気持ち悪くなりながらも、ローズマリーはフォローしようとライアンに声をかけた。

「でもそんな、その、そういうのってSF映画に出てくる怪物みたいなものじゃないの? 人間と違って心があるかもわからないのに。エルクを殺して心を痛めるレンジャーはいても気持ち悪い害虫を殺して心を痛める農家はいないわよ」

 しかしこれを受けてライアンは酷く声を荒げた。愛する母に根付いた無知故の謬見がライアンを落胆させ、更なる絶望へと誘った。

「大いなる天球にかけて、是正すべき思想だな! 彼らはれっきとした人間だ――ああ、そうだとも、神と人間という定義に照らし合わせればこの星の人間同様のな! 故に尊敬すべき父母を前にかような無礼な言葉を敢えて口にする。少なくとも今の私もかつての私も、彼らのような根源的な美しさは終ぞ持ち合わせておらぬと知れ!」

 轟々と怒りの丈をぶちまけてからライアンは「済まない」と一言謝った。息子がここまで怒ったところを見たのは夫妻にとっても始めてで、息子が受けたのと同等のショックを彼らは受けた。三枚目に甘んじているライアンだがその実とても温厚な田舎者で、何かよくない事が起きた時も笑って寛大な態度をとってきた彼がかくも遺憾を示すなれば、それは余程道理から外れた行為なのだろう。

 初めての事に呆然としていたローズマリーだったが落ち着きを取り戻して「いえ、私の方こそ。偏見があったみたい、ごめんなさい」と謝り、ジョージも病人じみたか細い声でそれに続いた。ライアンの姿はどこまでも儚く悲しいものに見え、実際既に限界が近かった。治癒が不可能な傷に気が付いた絶望を声に滲ませ、しかし躰を震わせもせずに堂々と立ち続けるその姿が逆に、フューネラル・フォー・ア・フレンドの名曲『ウォーク・アウェイ』を思わす壊れる寸前の脆さだった。

「多くのものを収縮させ消し去ってきた私の力とて、消しても消しても湧き出る己の罪の記憶を消す事はできない。これが私に与えられた罰だというのか。ならば私を罰する立場の神は、望外にも罪とは無縁な二十数年間を過ごさせてくれたのだから、慈悲深き神なのであろうよ」

 立ち尽くしたまま限界を迎えて、ライアンは無理に笑った表情をそのままに涙を流し始めるや否や、「宇宙の諸力よ、どうか愚かなる私の手で失われた黄金期を彼らに返還したまえ」と虚ろげに繰り返し呟き始めた。夫妻が今まで見てきた息子の姿の中で最も悲しげで、ジョージもローズマリーも我先にとライアンに駆け寄って無我夢中に息子を抱きしめた。

 心優しいナイアーラトテップには、ライアン直々の許しが出たというのに、彼らの姿を見て己の軽率さを恥じて責める事しかできなかった。明日は火曜で、火曜と水曜はライアンにとっては休日なのだが、彼がそのまま部屋にこもって出てこない可能性もあるだろう。



現在:ワイオミング州、ジャクソン、リバーハウス


 先日はあれから、ライアンの午前中の笑顔が綺麗さっぱり消え、一種異様な空気を醸し出していた。午後はあえてそれについて尋ねようとする者もいなかった――人は往々にして空気を読めるものだ。心の傷が再び開いたライアンはそれでも午後の業務を淡々とこなし、勤務時間終了を迎えると風のようにするりと出て行った。

 リバーハウス西側の駐車場の向こうにウォーカー一家の家があり、駐車場を渡ったライアンは葬式めいた粛々とした様子で家の鍵を開けて中に入り、他の物に一切目を向ける事なく自分の部屋へと入っていった。夕闇迫るジャクソンの空が赤々と輝き、微かな春の日差しが締め切ったカーテン越しにライアンの部屋を照らしたが、それとて真の黯黒を照らすには不足極まりなかった。

 ライアンの受けた精神的苦痛の度合を推し量りたいのであれば簡単な事だろう。すなわち彼の運命の人とも言えるシャーとの再会の喜びが、慄然たる真実を知った後は霧のように消え失せて、あとは帰宅後から日付が変わるまでひたすら懺悔の念に苛まれていたのだ。


 ライアンの心境は翌日のジャクソンとその周辺の天候に何ら影響を与えず、先日同様の晴れ晴れとした空模様だった。どこか斜陽のような寒々とした冬空に春の兆しが混ざったもので、トレイル探索にはもってこいの一日となるだろう。広がる森林の中でのんびりとグリズリーが朝の冷気の中を歩み、湯気を上げる間欠泉を背景にバッファローの親子が草を食む。この雄大な大自然を残した楽園は今日も変わらぬ様相を呈していた。ライアン・ウォーカーを除いて。


 その日の予定を終えて、シャーはあまり乗り慣れないレンタカーのSUVを運転して帰って来ながら、今朝の再会を思い出して一人乙女じみた様相を見せていた。一度だけ会った事のある年下のハンサム――お互い酔っていた事もあってか、まるで夢の世界の出来事であるかのように思えた――はシャーに再会できた事をとても嬉しそうにしており、彼女はそれを思い出しては少女趣味的な反応を繰り返していた。全くもって平和的な光景ではあるが、国道一九一号線をジャクソンに向けて帰っている最中、ジャクソンホール空港の遥か北東の辺りでのろのろと歩く謎の小動物のせいで足止めを喰らい、彼女の幸せな思案の世界は突如終わりを告げた。時間にして二分も費やさなかったが、日が暮れて薄闇の中を歩く呑気な哺乳類数匹――シャーにはその姿がよく見えなかった――にいらいらしながら、まだかまだかと待った。

 リバーハウスに戻った時にはすっかり辺りが暗くなっていて、どうやってライアンに話しかけようかと、緊張と期待とが混じり合った気持ちを抱きながらフロントのドアを潜った。周りを見渡しても彼はいなかった。


 シャーは結局、昨日はライアンの行方を誰かに聞く事ができなかった――がっついているようで少し恥ずかしく思えたからだ。翌日の朝、シャーはフロントへ降りてきてローズマリーにライアンが普段はどこでどういう業務をしているのかを尋ねた。少し躊躇った後、ローズマリーはライアンが今日は休みの日で、今朝は早くから裏手の小川のほとりで座り込んでいる事を教えた。

 蛇行する小川沿いに木々がまばらに生えており、南方を向いてビニールシートに座っているライアンが見えた。シャーが立てる足音に気付いているのにライアンは振り向きもしなかった。ライアンは足音の立て方からして女性、それもローズマリーの足音だろうと予想していたが、いつもよりも頭が鈍っていたせいか予想が外れてしまった。

「ライアン?」

 虚を突かれてライアンははっとした。

「シャー?」

 弱々しく肩越しに振り向いたライアンの表情は昨日の三枚目に甘んじる二枚目の印象を酷く損なっていた。父が暗黒卿だと知った時のルーク・スカイウォーカーよりも凄惨な表情をしていて、事情を知る由もないシャーは思わずうっとした。朝早くはテンションが低いのか、それともこれが彼の素なのだろうかと彼女は随分的外れな推測を立てていた。

「お、おはよう、ライアン…昨日はよく話せなかったから」

「ああ」

 ライアンは虚ろな様子でまた前を向き直した。

「ね、せっかくこうして再会できたから一緒にお話しない?」

 振り向きもせずライアンが答えた。

「今の俺じゃ君を失望させるだろう」

「あ、あれー…? なんか昨日と全然違うわね。ひょっとして、何かあったの?」

 ふむ、とライアンは呟き、ヴァレー・ガールのアクセントが少し残っているシャーの喋り方に幾分親しみを覚えながら考え込んだ。数秒の間を置いてからライアンはシャーに尋ねた。

「話を聞いてくれるか?」

 シャーは「もちろん! こういう時は年上を頼るべきだわ!」と明るく答えた。ライアンにとってその明るさは何ら不快ではなく、この上ない癒しに思えた。

「黙ってちゃ何もわからないでしょ? さ、言って楽になろ?」

 シャーはライアンの左隣に座って、彼の横顔を見た。勢いよく接近したのはよかったが、顔が近かったので実は少しどきどきしていた。一方ライアンは彼女の美しい顔や甘い香りによって少し活力が戻った。心の中に渦巻いていた悍ましい記憶――今日の回想では、あの胸のむかつくような〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)に自分が加わっていた事や、あろう事かあの絶望的に穢らわしい者どもと、かつてまだ神位に登る以前の人間であった頃から昵懇(じっこん)の仲であった事が特に胸のむかつくような最悪の記憶であると感じた――に漂白剤が一滴垂らされたような感覚だった。

「シャー…君は…」

「えっ? なになに?」

 かつて神であった青年は西海岸から来た女性に心を奪われた。するとライアンはもぞもぞとシートの上を動いてシャーの方へと向き直り、それから唐突に彼女の頭を右手で撫で始めた。

「え、ちょっと何!?」

 突然の出来事であったため、シャーはあたふたとどういう反応をすべきか迷っていた。そしてそれ以上に恥ずかしかった。

「私の可愛い女神…」

「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」

「君は腐れ果てた私を再構築してくれる。我が永劫なる生の中でも君程に心惹かれる子はいなかったぞ」

 空いている左手をシャーの頬に持って行って、彼女の髪を掻き分けるように滑り込ませて頬に手を添えた。その仕草がまるで恋人同士がするそれに似ていた。

「っていうかその口調は何!?」

 現在の彼が三枚目に甘んじているのは、かつてとは違う新たな人格が形成されたからで、記憶が戻った今現在も少し莫迦な部分は不変であるようだ。


「うう…私の方が年上なのにー…」

「まあね。でも俺こう見えて言い表すのが困難な年数を生きてきたんだぜ?」

「でも今は私の方が年上でしょ! 生意気ね!」

 彼女自身、いい歳をして所謂映画じみた運命の出会いのようなものを夢見ていたのは事実だが、この三枚目に甘んじるハンサムな茶髪の年下に神々しい態度を取られ、しかも逆に年下の少女のように扱われたのはさすがに恥ずかしく、中学の頃初めて男子と二人で遊びに行った時以上に顔が熱くなって汗がじんわりと滲んだ。無論それはライアンにとって都合がよく、彼女のそうした恥じらいの様子が彼の心に染み渡っていった。

 ライアンは落ち葉を拾ってそれを消して見せて、己が尋常ならざる力の持ち主である事をシャーに証明した。そのお陰で完璧ではないが、ライアンの過去――前世を生きていたという法螺じみた話――を理解してくれた。

 それと同時にライアンは、シャーが彼の送る今現在の人生においてどのような存在であるかを改めて説明した。すなわちかけがえのない大切な人であると。彼からしてみれば、前世で自分が誰にどのような恋慕を抱いていたか、あるいは抱かれていたかなどはっきり言ってどうでもよくなっていた。シャーがいれば自分はやっていけそうだと確信をしていたのだ。己が内に秘めた辛い過去の記憶も、シャーに打ち明ける事で少しは気が紛れるかも知れなかった。

「我が可愛い女神よ」とライアンは改まった態度を取った。

「な、何?」

「できれば、君と暫く共に過ごしたいものだ。君がよければ」

 ふっ、とシャーが微笑んだ。

「奇遇ね。実は私も同じ事考えてた。ねぇ? せっかくだし一緒に見て回らない?」

 ライアンは少し間を置いてからそれに答えた。

「私はかつて人であり、それから長い時間をかけて神となった。ある程度の人間性を犠牲にしていた事だろう。無粋な言い方になってしまって恐縮だが説明させて欲しい、私の想いをな。

「もう別れてしまったが、以前恋愛関係にあった女性に対する感情と、君に抱いている感情は同種のものだと思っている。今は少し混乱していて、まるでさぞかし重大そうな言い方になってしまって済まないが。要約すれば、私は君の事が好きなのだと思う。だからさっきの誘いの答えは同ずる(Aye)だ」

「ふふっ、はい(Yes)じゃなくて? ほんとに昔の人みたいね」

 そう言うとシャーはライアンの手を取って少し強引に歩き始めた。前の彼女を話題に出した事を申し訳なく思っているライアンの真面目な様子が好ましく思えた。ライアンはシャーに手を引かれて様々な感情――よい感情だった――を抱きながら、さっとシートを丸めてから歩き出した。

「それもそれ程間違ってはいないだろうな。君のフォードのSUVはレンタカーだろうか?」

「え? うん、そうだけど」

「私が乗っている中古の古びたアウトバックで君が我慢してくれるならば、レンタカー代を浮かせられるであろう。エアコンはよく機能しているし、スピーカーは交換したから音割れ一つせぬよ」

「でもキャンセルできるかな」

「ジャクソンの西にある店で借りたね?」

「うん」

「私はあそこの店主と知り合いだから話してみよう。ああそれから」

 二人は駐車場に行くため歩いていたが、そう言いながらライアンは背後の小川の方を振り向いた。シャーがそちらの方に目を向けると木陰に長身の黒人が立っているのが見えた。

「あれ誰?」

 するとライアンは大きな声で語りかけた。

「私の素晴らしい友さ。なあ、美しい者よ、私は君の事を恨んではおらぬぞ! ああ、慈悲深き神よ、君は何せ私をこの可愛らしい女神と巡り合わせてくれたのだからな!」

「ちょっと! 誰かに聞こえるかも知れないでしょ!?」

 話の途中から恥ずかしくなってシャーはじたばたとライアンにやめるよう必死に飛びついたり口を塞ごうとしたりしていた。ライアンの方が背が高く体格もよかったので、それらの努力はじゃれて父親をよろめかそうとする幼児めいた微笑ましい光景に見えた。

 やはりライアン・ウォーカー、かつて〈旧神〉(エルダー・ゴッド)ヴォーヴァドスであった彼は、今ではどこか抜けた三枚目であるようだ。そして彼はそうした今の己をかつての己よりは好意的に捉えていた。

 一方で二人を見送るジャマイカ人らしき黒人の姿で現れていた美しい三本足のナイアーラトテップは、地球人に似せた己の頬を何かが流れているのを知った。最初は汗かと思ったが、それは地球人が心に大きな影響を受けた時に起こる反応である事を思い出して、知らぬ間に己が受けた感嘆を遅れて認識して暫し感傷に浸っていた。

 佇むかの神の背後では山々が朝日を受けて輝き、前方の小高い丘の向こうでは朝日を受けたティトンの山頂がきらきらと、白い雪をオレンジに染められて煌いていた。

 1話ずつは短いのに、執筆・投稿に時間がかかってしまう自分のだらしなさを何とかしたいところです。文章がどこか薄っぺらいのも直したいところ。

 次回の投稿では全体の主人公プラントマンのオンゴーイングを書いて、そうして何本かの小説の1話を書いたらそれぞれの2話以降も書こうかなと。ナイアーラトテップやプロテクターズの冒険も書きたいですね(無謀な計画)。

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