NEIGHBORHOODS#2
ニューヨークを襲う未来よりの脅威に立ち向かうのはドクとモードレッド卿だけではなかった! 現れた6人のヒーローvsソヴリンの激闘、ネイバーフッズの結成秘話を綴る。
登場人物
たまたま居合わせた男達
―ドク/アダム・チャールズ・バート…謎の科学者。
―Mr.グレイ/モードレッド…放浪の騎士、アーサー王の息子。
―ウォード・フィリップス…とある小説の登場人物と同じ名の魔法使い。
―ホッピング・ゴリラ…知性を持つ謎の超ゴリラ。
―キャメロン・リード…元CIA工作員、高度な戦闘技術の持ち主だがヴァリアントを快く思っていない。
―レイザー/デイヴィッド・ファン…強力な再生能力を持つヴァリアント、近接戦闘の達人。
未来からの来訪者
―ソヴリン…恐るべき先進技術を保有する強大なヴィラン。
RETURN TO SENDER
――これまで数多くの郵便物に付けられてきたタグやシールに書かれている一言。
1975年3月25日:ニューヨーク州、マンハッタン、チェルシー
2人の男はマディソン・スクエア・ガーデン近くのレストランで料理を食べていた。小奇麗で結構美味いが値段も手頃なレストランで、彼らはしっかりとしたソファのある席を選んだ。ウォード・フィリップスと名乗った30代後半の痩せ気味な男は和風の生牡蠣料理と白身魚のソテーを食べており、もう一人の身長が2フィート7インチ以上はある大柄な体躯の男はラム肉を食べていて、会話も弾んでいた。
「私は以前まで、海産物なんか気味が悪くて食べられたものじゃなかった」後退しつつある生え際を少し気にしながら男はゆっくりと牡蠣を味わい、その生の名状しがたい風味を楽しんでから飲み込んだ。紳士的な振る舞いとどこかニューイングランドを思わすアクセントが特徴的だ。「何故だろうね。今じゃ普通に食べられるんだ」
「俺は、何というかラムの微かな臭みが気に入っている…出所してから一番好きな料理がこいつだ」もう一人の大きな男はテーブルマナーが別段よいわけでもないし、言葉も装飾が少なくからからに乾燥している感じだが、出所者としては行儀よく社会に馴染んでいるようである。
「私も君も似ていると思うよ。どちらも暫く世の中から離れていた」とウォードは微笑んだ。
「それは違う。俺は最悪のごみだ。俺がやった事は許される事じゃないし、それを熱狂のせいにする事も許されない」
「そうかね?」
「何?」
紳士は口を拭った。
「私だって人間だし恥ずべき点が全くなかったわけではないよ。今考えると後悔すべき事も多かった。君のように裁かれないだけで、私がいなくいなった間に私を避難する者だって少なくなかった。私は自分に全く落ち度がなかっただなんてとても言えやしなんだ。自分に自信はないしね」
大柄な男は暫く黙っていたが、再びラム肉を食べ始めた。口の中に広がる独特な風味をじっくりと味わっていると、己の過去がちらちらとこちらを見ているような感覚がした。しかし出所後、ヘイトクライムによって死に瀕していたあの時、彼を救いやり直しのチャンスを与えたジャマイカ人風の天使は、この大男の善性を信じくれていた。ある意味では、それこそが最後の希望だった。
「老人の小言のように思えるだろうが、君にもまだこれからがある。そして私にも。それは忘れないでくれ」紳士は『老人』の部分にアクセントを置いて強調し、大男もそれを聞いて少し笑った。
「…若い爺様だな」
「これでも外見の2倍は生きているけどね」
【我はもっと長く生きている】
しわがれた声が静かに響いた。どこか虫のようなその声色には、賢者の叡智の一部が垣間見えていた。外では車が猛スピードで7番街を南下して行った。
「そうか。困ったらあんたに相談しよう」
【我が故郷の星では民族的な対立が無かったが故に、それ程役には立てまいが考えておこう】
「こらこら、私を置いて勝手に話を進めるなよ」
紳士とその内から響く異質な声も、この大柄な男にはそれ程不思議な事とは思えなかった。
「確かに俺達は似た者同士かも知れないな」
「そうだろう?」
【汝に宿る別な意思にも、よろしく言っておいてくれ】
「さすがに全部聞いてると思――」
やけに大きな音が聴こえた。ある種の爆発音めいたものが。強烈な音であり、どこか心騒がせる予感がした。
「妙だな、独立記念日のパレードよりもうるさい」
紳士は目を細め、彼の内に宿る異質なる実体も警戒をし始めた。
以降は会話も無く黙々と食べたため、2人は数分で食事を終えた。ウォードの奢りだったので彼が勘定を終えて2人で外に出た時、紳士は妙な肌寒さを感じ、大男の方も野生の勘が働いて猛烈に嫌な気配がした。そもそも北の方から猛烈な違和感がする――人も車も北から逃げてきてはいまいか?
「以前友人達と新年を楽しんだ…あれはもう随分前の事だが、確か向こうは光と情報の洪水たるタイムズ・スクエアのはず」
紳士が指を向けた先を凝視していると、何かが光っていた。そして暫くすると再び爆発音が聴こえ、何かのイベントやパレードとは思えない。何か大事件が起き、崩落か人が多過ぎるかで、タイムズ・スクエア真下の42丁目駅やその周辺駅に逃げ込まなかった人々がここまで逃げて来たというのか。人々は一目散に逃げて来た興奮によって体臭や汗の匂いが漂う事も気にせず、その顔に必死の形相を貼り付けて、へとへとになりながらも走ったり歩いたりしている。
「ただ事じゃないな…だが俺は罪滅ぼしのチャンスを得たのかも知れない」
「多分そういう事だ。行こう、私は飛ぶが君は?」
「俺は走る」言うが早いか、巨漢が宙を舞って建物の側面に飛び付くと、そのまま猛スピードで壁を走ったり飛び移ったりしながら駆け抜けて行った。
【我らも往くぞ】
紳士ウォード・フィリップスもそれを追いかけるように宙へと浮き上がり、空を飛んで追いかけて行った。タイムズ・スクエアのまだ見ぬ地獄を求めて。彼らを見たりカメラで撮ろうとした市民もいたが、タイムズ・スクエアにおける惨劇を知っている者がほとんどであるため、大抵の市民はちらりと見るだけに留めて逃げ続けていた。ここ数年ヒーローを見たという目撃証言は増えつつあるが、大抵の市民にとってそれより問題なのは己の命であった。
数十秒後:ニューヨーク州、マンハッタン、7番街歩道、タイムズ・スクエアまで3ブロックの地点
ウォードは先行する大男が停止して歩道に降り立ったのを見て、速度を緩めた。それから彼の隣に降り立つ。彼らの前に2人の男がいる。タイムズ・スクエアの異変に気付いて離れようと走り去る人々を避けるように、歩道の建物沿いには4人の男が突っ立っているわけである。
「おい、ここで何してる?」引き留めている方の男はいきなり現れた紳士と大男をひとまず無視して、見えてないふりをしながら東南アジア系の男に尋ねている。
「向こうに用がある」と尋ねられた男は答えた。寡黙な印象を受ける。
「どうしたんだ、早く逃げたまえ」
紳士は口を挟んだ。
「空飛ぶ男と凄い身体能力の男にいきなり逃げろと言われても困る。あんたらこそ逃げろ」
「では君達は何をやっている?」
溜め息をついて尋問者が答えた。「見ろ、この男はローワー・イーストサイドの住人だ」
『ローワー・イーストサイド』という語句へ不快そうにアクセントを置いた言い方に、大男はぎろりと睨みをきかせた。ローワー・イーストサイドはここ10年近くでマンハッタンにおけるヴァリアント街として変化していったエリアだ。尋問者の話を普通に解釈すれば、東南アジア風な男はヴァリアントだろうし、そして尋問者はヴァリアントを警戒している可能性がある。それが大男には気に入らない。
「ウォード、幻影はもういい。個人として話す必要がある」
「ああ、しかし急がなければ」
紳士が指を鳴らすと大男の体は消え失せ、代わりに短距離走者のような服装の巨大な毛むくじゃらが現れた。よく見れば、それが服を着た二足歩行のゴリラである事がわかった。
尋問者は睨みつけるゴリラに尋ねた。「何か言いたい事があるのか?」と辛辣な口調で問い、それから付け加えた。「お前は最近噂になっているホッピング・ゴリラだな」
「そうだ。強盗してる奴を止めたりしている」
「ほう? お前は怪物じゃないってか。それで?」
「お前のヴァリアントに対する偏見が気に入らん。どうせ、そのヴァリアントの青年がタイムズ・スクエアの騒動に関わっていると言いたいのだろう?」
ずいとゴリラの顔が迫る。直立する大柄なゴリラの威圧にも屈せず、尋問者も言いたい事を言う。
「じゃあお前もヴァリアントか」
「違う、俺はかつて人間だった」
「お前が人間だと?」
蚊帳の外のウォードは早く話し合いを終えてくれとそわそわしている。東南アジア風な男は黙ったままだ。そして知性あるゴリラのヒーローであるホッピング・ゴリラは、いらいらした様子で声を荒げて叫んだ。
「俺があのインディアナ事件でヴァリアントを殺した犯人だ! 俺は刑に服して自分が何をやったかを悟った!」
さすがに尋問者も驚いた。あの事件は全米でも知名度があるからだ。
「お前が?」
「そうだ。わけあって俺は出所後、このゴリラの体を得た。俺は穢れた己を浄化し、罪滅ぼしをするために人助けをしている!」
普段は寡黙なこのゴリラは息を整えつつ、伝えたかった事を口にした。
「お前が俺と同じ過ちを繰り返すのを阻止したいだけだ」
「何様のつもりだ?」尋問者はあくまで頑なで、腕を組んで反論する。「俺は政府で働いていた。色々とな。その中でヴァリアントのテロ計画を阻止した事もあった」
「だから何だ」
ゴリラはむすっとした様子で言い放った。
「何?」
「だから何だと言っている。人間のテロ計画は? エクステンデッドのテロ計画は? 存在しなかったのか?」
「それは…俺は主にヴァリアントの対応が仕事だった」苦しい言い草だ。
「お前は以前の俺と同じだな。視野が狭い」
「黙れ。ヴァリアントがどれだけ恐ろしいか俺は知ってるんだぞ。あいつらが俺達をどうするつもりかも」
「お前は何を知っている? カミングアウトしたヴァリアントの大半が生活に困窮し、バレないよう生きている事も知らないだろう? お前はウォーター・ロードのような『クソったれな部類のヴァリアント』といがみ合う『クソったれな部類の人間』に過ぎん。『クソったれじゃない部類の人間』がいるように、『クソったれじゃない部類のヴァリアント』がいる事を学べ。人間もヴァリアントも善悪が入り混じっている。単純にどちらが正義でどちらが邪悪などという話じゃないぞ」
むかっとした尋問者が言い返そうとしたところでウォードが口を挟んだ。
「諸君、それよりタイムズ・スクエアが危険だぞ!」
そこで漸く、一同はそもそも自分達が何をしに来たのかを思い出した。一応はあそこで起きている混乱を止めに行くはずだった。
「俺は行く。自分の経験が役立つかは知らんが素人じゃない」と尋問者は言って歩みを進めた。
「もちろん俺も行く」ホッピング・ゴリラは北を眺め、尋問者が立ち止まった。「お前との言い争いは後だ。まずはやるべき事をやる。それでお前の名は?」
「…キャメロン・リードだ。みんなリードと呼んでいた」リードは背を向けたままで答えた。
ウォードも続けて自己紹介をしたが、気になったのでずっと黙っている男に尋ねた。
「君は?」
ややあって、彼は答えた。「俺はデイヴィッド・ファン。レイザーでいい…俺はどうやらかなり強力な再生能力を持ってるらしい。武術も得意だ。役に立つかも知れない」
背を向けたままのリードは、それを聞いていたが、暫くして呟いた。
「好きにしろ」
「好きにする」レイザーは淡々と答えた。
【心せよ、大通りに陣取っている者は尋常ではないぞ】
リードとレイザーが振りむいた。寡黙なレイザーでさえ不思議そうな表情をしている。
「今のは誰だ?」リードが尋ね、ウォードは気不味そうに答えた。
「その、私の同居人だ」
「そ、そうか。行こう」
タイムズ・スクエアに6つの意志が集いつつあった。歴史を大きく動かす程のパワーを持つ意志の体現者達が…。
数十秒後:ニューヨーク州、マンハッタン、タイムズ・スクエア
ドクとモードレッドは上空のソヴリンと対峙し続けていた。紅色の異邦人は腕を組んだまま、余裕な態度を取り続けている。わざと油断した様子を見せて相手の油断を誘っている風でもあるが。
「虫けらども、こちらのロボットの点検は終わった。今すぐ貴様らを血祭りに上げてやろうか?」
見下したソヴリンの言葉が降り掛かった。
「やれるものならやってみろ」
モードレッド卿は言いながら周囲を見渡す。ちょうど彼らを取り囲むように、周囲30ヤード半径以内には彼が叩き落とした4体のロボットが墜ちている。しかしそれらは遂に立ち上がり、再び攻撃を開始するはずだ。そうなれば、卿はともかくドクはかなり危険だ。正直なところかなり不利だ。
「ドク、君自身は奴らの攻撃を防げるか?」小声で彼らは話し合った。
「フォース・フィールドを張れば時間を稼げるが、多分長くは持たないと思うよ」
降り注ぐソヴリンの嘲笑を厭わしく思いながらも、しかし彼ら2人はただただ覚悟を決める他なかった。ロボットだけでなくソヴリンその人まで攻撃に加われば、彼らは圧倒的に不利だ。
しかしMr.グレイが歯を食いしばり、ドクが唾を飲み込んだその時、ソヴリンは南に目を向けた。
「貴様らは何か用があるのか?」
ソヴリンが自分たちではない誰かに話しかけている事に気が付き、2人も南を見た。もはや彼ら以外誰もいなくなったタイムズ・スクエアに、4人の男達が入って来ているのが見えた。
【やっと相まみえたな。汝はこの時代の者ではなかろう】
異質な声が響き渡る。ソヴリンは面白そうな素振りを見せていた。
「失礼、私の…同居人はこの星の住人ではないのでね」
ウォードは高らかに言い放った。
「何者かは知らぬが、同居人の躾がなっておらぬな」
「我々は対等の立場なのでね」
上辺の皮肉を言い合った。
「私はウォード・フィリップス。こちらの大柄な彼はホッピング・ゴリラ。それでこちらの彼はリード、こちらはレイザー」
「それが私にとって何か意味があると申すか?」
「いいや、ただ確実に言えるのは、我々は君の横暴を許容するつもりはないという事だ」ウォードは物腰の柔らかい雰囲気を崩してはっきりと言い放った。すなわち、我々は君の敵だという事を、厳罰に処す用意があるという事を。
暫し両者は睨み合い、火災の音と鳴り続けるクラクションの音だけが通りに響いている。すると地獄と化したこの地の沈黙を、ソヴリンがぞんざいに破った。ウォード達は警戒したまま歩き続け、タイムズ・スクエアの中央エリアまで近付いて来た。この距離ではソヴリンを見るためには頭ごと上向けて見上げる必要がある。
「では我が名を抱きながら、恐怖して死ぬがよい。我はソヴリン、貴様らのごとき虫けらでは到底及ぶ事なき王者」
ゆっくりとソヴリンは移動し、そしてモードレッド達からもウォード達からも距離を取った。
「では最後の饗宴を始めようではないか!」
ソヴリンはロボット全てに攻撃を開始させ、遂に戦いは再開された。ひとまずドクは水色をした球形のフォース・フィールドを展開して防御を固め、包囲網から出ようと少しずつ南へ移動し、モードレッドは注意を引くために高速で動き回ってロボット達を散発的に殴打した。ソヴリンはドクを仕留めるために自らプラズマ・ブラストで攻撃した。放たれたプラズマの焔をドクはフィールドで防ぎ、次の攻撃は走って回避した。
「ではこれならどうだ?」
ソヴリンは再びブラストを放つ。それは何故かあらぬ方向へと飛んでいった。それを見たドクが一瞬油断した瞬間、強烈な衝撃が彼を前方から襲った。フィールド越しの衝撃を受けてドクは後ろ向けに転倒してしまった。
「その技術…やはりお前は!」ドクは上空向けて叫びながら立ち上がった。
「気に入ったか?」ソヴリンは愉快そうに笑っている。ドクは苦しそうにしながらも、ソヴリンが何をしたのか理解していた。というのも10年前の未来人も彼と同じ技術を使っていたからだ。ドクは世間で囁かれていた『ミサイル迎撃にレーザーが使われたという説があるが、地球は丸いのでレーザーが直進するのには限度がある』という疑問について独自に調査を進めていた。彼が出した結論は、『あれがレーザーなら未来人はそれを任意に屈折させる技術を持っている』というものだった――あろう事か、ソヴリンも同じ技術を使っているではないか。紅色の異邦人はドクを奇襲するためあらぬ方向へと放ったコンカッション・ブラストを屈折させて、予想外の方向から攻撃してきた。これでは下手すると、回避しても再びブラストが角度を変えて襲いかかり、容赦なくフィールドを削られてしまうかも知れない。
「おっと我々をお忘れか?」
そうはさせんとウォードは浮遊しながら接近し、ドクのフィールドを魔法で補強した。守りの手薄な者から潰すソヴリンの目論見は潰えた――ロボットを全機あのドクとやらに向けるか…却下。ではウォードの仲間でも攻撃するか…却下、奴の防御魔法で防がれる。厄介よな。
ソヴリンが思案している間にドクはウォード達と合流し、前方では果敢にMr.グレイがロボット達と戦っている。このまま放置するとロボットとソヴリンの集中砲火に晒されてしまう。恐らく今ソヴリンは卿をいかに倒すか思案しているはずだ。
「ありがとう。私はドクと呼んでくれ。彼はMr.グレイ、モードレッド卿だ」
「伝説の騎士か。何にせよ早く掩護すべきだね」
「それなら考えがある」
ドクは腕の端末を見た。そしてそこに表示されている結果は彼の期待通りの結果であり、思わず大声を出した。
「よし! あのロボット達のシールドを一気にダウンさせられそうだ」
やり取りを見ていたリードが口を挟む。
「ドク、あんたはもう安全か?」
いきなり話しかけられて、ドクは一瞬躊躇ったが返答した。
「え? ま、まあひとまず、もう大丈夫だと思う」
「そりゃいい。じゃあそのフィールドに俺を入れてくれ。それからウォード、あんたはもうこっちの掩護をする必要はないと思う」そう言いながらホッピング・ゴリラとレイザーを見て、躊躇いがちに尋ねた。
「お前らはウォードの掩護無しでも大丈夫か?」
「多分な」
「俺も多分大丈夫だ。大怪我をした事ならある。すぐに傷が塞がった」
「わかった。レイザー、さっきは悪かったな…俺が間違ってた。終わったら一発殴ればいい。今は協力しよう」
少し横柄気味だったリードは素直に謝罪の色を見せた。ホッピング・ゴリラに新たな人生を与えた三本足の天使のごとく、彼にも謙虚さがあった。
「それより終わったらみんなで劇場にでも行こう。働いて貯めた金の使い道にちょうどいい」
「ああ!」
勝手に話が進み、一番驚いたのはホッピング・ゴリラだった。
「どうしたいきなり?」もっともな疑問をリードにぶつけた。
「あそこを見ろ」リードが指を指した先は歩道だ。その路上に転がる女性の死体は、異形の腕からしてエクステンデッドかヴァリアントだろう。
「彼女はエクステンデッドかも知れない。もしかしたらヴァリアントかも知れない。ただ一つ言えるのは、他のみんなと同じように死んだという事だ。犠牲者ってのは人間もエクステンデッドもヴァリアントも、関係ない。人種や民族、思想の問題でもない。犠牲者という事実は不変なんだって、当たり前の事に気が付いた。みんな分け隔てなく苦しんで、分け隔てなく死んだ」苦しそうに言い放ち、そして紅色の異邦人を睨みつけた。「あいつのせいで気付けた! 俺に気付かせてくれた礼にあいつの野望を俺が叩き潰す!」
「俺達が、な」
「手を貸す」
「もちろん私も貸すさ、なあズカウバ?」
【無論の事。種族が違えどあの時間旅行者の虐殺は見過ごしておけぬ】
「えーと、それじゃ私も」
リードは他のメンバーを見渡して、覚悟を決めた。
「よし、じゃあドクは俺と一緒に行動しつつ、あんたの奥の手を使おう。ウォード、もうバックアップは結構だ。あんたも魔法を攻撃的に使ってくれ! ゴリラとレイザーはロボットの注意を引いてグレイの負担を減らして欲しい」
5人は全員で声を張り上げ、攻撃を開始した。ラーン=テゴスのごとき傲慢なるソヴリンを叩き伏せるため、彼らは持てる全ての力を合わせた。力を合わせれば、必ずこの殺戮者を倒せるという確信があったのである。
ソヴリンが異変に気が付いた時にはもう遅かった。どのようにロボットを動かしてどのように自分が攻撃するかを決め、これから難攻不落のモードレッド卿を捻り潰そうとした矢先であり、傷や鎧の損傷が見え始めた卿の様子に満足しつつ、実行しようとした際に、02から05まで全機のシールドがダウンしたとの警告文が中継映像に表示された。何だと莫迦な? よもやあの虫けらの科学者は、ファイアウォールを擦り抜けた際に悪性のプログラムでも潜り込ませたとでも? たかが虫けらごときが私に探知できぬ高度な改竄を?
異様な音が鳴り、明らかにロボットを包む不可視の鎧が消えたため、Mr.グレイはその隙を逃さなかった。エクスカリバーは魔力の消費も大きく多用できないが、彼は今こそその時だと悟った。赤い輝きのエクスカリバーが彼の両腕を覆い、その二刀による一閃は丸裸のロボット達全機に大きなダメージを与えた。鬱陶しく思ったソヴリンが上空から砲撃を実施したが、卿は軽々とそれを回避して包囲網を脱した。引き裂かれた装甲から脆弱な内部構造が垣間見えており、充分破壊可能そうだ。
「やりよったな虫けらども! よくもまあ貴様らごときがここまで狼藉を働きおる!」どこか楽しんでいるかのようなソヴリンは、手持ちの火器や追従式の浮遊砲台を虚空から呼び出し、再び有利に立とうとした。
「どうしたソヴリン、怖いのか?」モードレッドはソヴリンに飛びかかった。
「私が恐れる? それは面白そうではないか。貴様は、己が私を恐怖させられる存在だとでも?」
2人は空中を飛び交って、激しくぶつかり合った。古き騎士と未来の王者は縺れ合ってセントラル・パーク上空へ向かい、次にイースト・リバーの方へと向かい始めた。
【我も汝に牙を剥こう】
一瞬声のした方へとソヴリンが目を向けると、紳士が二足歩行の昆虫じみた獏顔の実体へと姿を変えており、飛行魔法で追いかけて来ていた。
貴様ら虫けらは、どれぐらい私を驚かせるであろうな? ソヴリンの疑問に答える者は誰もいない。
同時期:地上
ホッピング・ゴリラは疾風怒濤のごとくロボット達を翻弄し続けた。時折装甲の割れ目に打撃をお見舞いしつつ、プラズマ機関砲を軽々と避け続けた。レーザーは野生の勘と焦点に高温が発生するまでの一瞬のラグを利用し、不可視であるにも関わらず当たらない。
レイザーは壮絶な姿で戦っていた。彼は優れた身のこなしを持つが、それでも被弾した時は再生能力で耐える…服がぼろぼろになり、肉を焼かれようと、その闘士は消え失せない。そしてレイザーの名を体現するかのごとく、最初に破壊されたロボットの装甲片を拾って剃刀刃の剣のように使い、少しずつロボット達の内部構造へダメージを与えた。照準が狂い始めており、かなり弱ってきているはずだ。
そしてビルの谷間を通ってヘリが2機現れると、それを見てリードは歓声を挙げた。
「よし、兵員を乗せたヒューイとコブラが来たな!」
遂に軍は到着した。この時代の軍だけで未来の怪物に対処するのは困難だっただろうが、しかしスーパーヒーロー達の力添えもあって、彼らは心強い援軍となった。まず、素早く出動できる部隊が駆けつけたのだろう。しかしそこでリードはふと気が付いた。
「弱点を教えたいが叫んでも聴こえそうにないか」
うーん、とリードが考え込んでいると、ドクが懐を探って円筒状の物体を取り出した。
「これは拡声器として使える」
リードはこくりと頷いた。
「そこの2機に告ぐ」
ややあって、拡声器でヒューイが呼びかけてきた。
「お前は誰だ?」
「キャメロン・リード、以前CIAで働いていた。重要なのは、あのクソったれロボットは胴体の損傷した箇所が弱点だって事だ。奴ら銃弾も跳ね返すが中身の防御はカス同然だ」
暫く間が開く。
「了解、情報に感謝する。下の奴ら全員離れろ!」
レイザーは射線上から離れ、ホッピング・ゴリラもロボットを引き付けるためにぴょんぴょんと移動して、建物のネオンを飛び移るように上へと移動していった。ロボット達は出鱈目に射撃を食らわせるが全く当たらない。
そしてロボットは背中を見せた――エクスカリバーはロボットを貫通していたので背中側にも穴が空いている。ヒューイは分隊をロープで降ろし、コブラは無防備なロボットを攻撃した。機首の7.62ミリのガトリング砲が夥しい数の銃弾を吐き出し、側面のハードポイントに設置されたロケット砲と対戦車ミサイルも脆弱な内部構造へと殺到した。兵員を降ろし終えたヒューイも加わった――高度を上げて旋回しながらドアガンで大量の銃弾を浴びせ続けた。加熱と冷却を繰り返す銃身からは悍しいロボットを滅殺せんと銃弾の嵐が迫り、それらをずたずたに引き裂いた。分隊もライフルや中折れ式グレネードランチャーで掩護した。ロボット達は無音の悲鳴を挙げてのたうち、異常な動きを見せてからどたどたと倒れた。火薬や燃えた何かの匂いがタイムズ・スクエアを覆い尽くし、ヘリの音が鳴り響く。ヘリの齎した破壊にヒーロー達は釘付けとなった。
虫けらめ、楽しませてくれる。遠方でその様子を知ったソヴリンはぎりぎりまだ動くロボットの一機を再稼働させ、それがドクとリードの入っているフォース・フィールドを襲った。砲弾とレーザーでフィールドが破られた――その瞬間ソヴリンの元から飛来したプラズマ・ブラストが屈折して届き、高度を下げていたヒューイの尾翼を焼いた。
時間がゆっくりと流れる。
「ドク、ヘリを救えるか!?」
「可能だ!」
「クソったれが、ここで決めるぞ!」リードは自分に言い聞かせるようなニュアンスで『クソったれ』と呟き、ドクにもそれが理解できた。
「よし、私はヘリで君はロボットだな!」
時間は長い――極度の興奮によりスローに見える世界を見つめて、ドクは回転して落下するヒューイの下方目掛けて、不可視の力場のクッションを作り出した。
スローの世界を見つめて、リードはフィールドを破壊され無防備になった自分達に攻撃しようと、よろよろと照準を合わせるロボットの割れ目に、恐らくロボット側の妨害で不発したミサイルが刺さっているのが見えた…ふと下を見ると、さっきの攻撃でドクが落とした自作銃が転がっていた…リードは懐からリボルバーを抜き、ロボットの内部構造を狙った。ロボットも兵器を使用するために動いた…。
だが早撃ち対決はリードが制して、ロボットは再度の内部ダメージによろけた。その隙にリードはドクの自作銃を拾ってよろけたロボットを追撃した。放たれた強烈な電撃めいたものに貫かれ、ロボットは動けなくなり再び倒れ伏す。そしてリードが背を向けた途端、内部で始まった爆発はミサイルに誘爆し、硬い装甲の中で爆発が駆け巡り内部を破壊し尽くした。奴は終わりだ。
世界が再び普通の速度で動き始めると、ヘリは落下速度を落とすことに成功し、墜落した時も爆発はせずパイロットも救出された。ヒーロー達は兵士達と礼を言い合い、お互いを称え合ったのである。
同時期:上空
モードレッド卿は多数の砲台を交わしてソヴリンと激闘を繰り広げていた。熟練なるズカウバも幾重もの呪いと攻撃魔法でソヴリンに猛攻を仕掛け続けた。ソヴリンは巧みな戦いぶりを見せたが、ロボットの最期の足掻きを阻止され、遂にゲームの興が削がれた。そして撤退しようと思ったところで、ズカウバの呪いが防御機構を遂に貫通してアーマーのシステムに重大なダメージを与えた事に気が付いた。もはや時間移動は不可能だった。するとソヴリンはあっさりと攻撃を全て停止させ、砲台を全機自爆させた。
「面白かったぞ…虫けらどもよ、貴様らは私の予想を超えていた」
「みっともなく命乞いでもするつもりか?」
Mr.グレイはソヴリンをぞんざいに掴み、タイムズ・スクエアまで戻った。
「命乞い? 何故そのような?」
ソヴリンは不思議そうな声色で喋った。
「さて、アーマーの時間移動機能が破壊されてしまった」
どさりと地面へ落とされたというのに、ヒーロー6人の眼前でソヴリンは座り込んで寛いでいる。
「あと30秒で基地が時間を越えて私を未来へと連れ戻す」
ソヴリンはアーマーを操作して顔を露出させた――紅色の異邦人はタイ人風のエキゾチックな顔立ちで、年齢は40代辺りに見える。顔立ちだけ見れば整った顔を持つ長身の中年紳士であろう。
「笑わせる、捕虜にできないだとさ。じゃあこのクソったれは殺すべきじゃないか?」リードはがちゃりとリボルバーを向けた。続いてレイザーも無言で装甲片の剣をソヴリンに向けた。刃がソヴリンの頬に触れ、血が微かに流れ始めた。しかしソヴリンは全く恐れてなどいないようだ。
「それは貴様が選ぶ事よ。私が貴様なら躊躇いなく殺す!」ソヴリンは楽しそうに嘲笑った。
「しかしヒーローが殺しをするかね」
【場合によらぬか?】
ウォードに主導権が戻っており、彼らはそれぞれ異なる見解を示した。
「甘い考えだ。私を殺さねばまた来るぞ。虐殺者? よろしい。気に入らぬなら殺せばよい。選択するのだ、敬意に値する勇士達よ」
ソヴリンは『虫けら』ではなく『勇士』と呼んだ。彼にしては、とても珍しい。表情も満足そうだ――それ故まさにこの男は狂人である。
【では我が決める】
「何?」
【回収を魔法で妨害し、汝は門を抜けて時間流を漂う】
「何だと!?」
ズカウバの魔法が時間越しの回収ビームを弾き、そして門を開いた――その背後には時間流が轟々と流れているのが見え、そのスティクス川のごとき悍しさにヒーロー達はぞっとした。
「よかろう! 追放か、時間稼ぎにはなろう! だが忘れるな――」ソヴリンは初めて焦りや猛烈な悔しさを見せていた。それを見て6人は思った、ざまあみろ。
「――私は必ず戻る! 今日殺さなかった事を後悔させてくれようぞ!」
どかっと6人全員に蹴られて、紅色の異邦人は宛てもなく時間流へ飲み込まれて消えた。門が閉じると、再び静寂と正常さが戻り始めていた。
破壊の爪痕を消そうと消防隊など様々な人間がタイムズ・スクエアに入って来ていた。それを眺めつつ、6人は歩道で休んでいた。
「最初に駆けつけたのはグレイ、あんただ。あんたがリーダーを務めるのに一票」リードはこの集いを一度限りにしたくないらしい。
「私が? しかし君も指揮能力は高いし…」
「じゃあ俺は参謀だな」
「ふむ。わかった、問題なければ私がリーダーという事で」
誰も反対しなかった。
「チームの名前はどうするのかね?」
【我が種族の命名基準を使うか?】
「それは今回は見送るよ。リード、案はあるかな?」
「そうだな…ネイバーフッズというのはどうだ? 俺達は隣人のようなヒーローを目指す」
くすっとレイザーが笑った。
「リード、それならわざわざ複数形にしなくてもいいだろう」
「えっ」リードは珍しく呆けた表情を見せた。
「ネイバーフッドじゃなくてネイバーフッズだと、隣人達じゃなくて隣人達達になるんじゃないか?」ホッピング・ゴリラも面白がった。
「では諸君、栄えある我々の集いを祝してチーム名はネイバーフッズにしよう」ウォードがそう言うと5人で爆笑し始めた。そして自分以外の全員が爆笑する中、リードは目をきょろきょろと泳がせて顔をあちこちに逸らしていた。
「えーとそうだ。演劇でも見に行こう。そうしよう」
華氏0度のクールガイは随分恥ずかしそうにしていた。
かくして未来人は75年の人々に撃退された。未来という漠然な情報だけで詳細不明なソヴリンを殺さずに送り返した事への批判もあったが、ほとんどの人々はネイバーフッズを称賛した。そしてこの事件はソヴリンへの皮肉を込めてリターン・トゥ・センダー事件と呼ばれるようになった。
これ、征服者カーンじゃない?
というわけで実際書いてみると思いっきりソヴリンが征服者カーンのパクリになってしまいましたね。
ソヴリンの使う屈折攻撃ですが、お気付きの通りV-デイで未来人は『数千マイル先の』ミサイルを『レーザー』で破壊しました。要塞の位置は摩天楼の上空なので地平線や水平線は少し伸びるでしょうが、基本的に直進するレーザーでは多分当たらない気がします。私には高校生レベルの科学的な知識しかないですしほとんど考えずにノリ書いてますから、かくして激寒屈折レーザー砲が誕生してしまい恥ずかしかったので、今回は再利用した次第です。
そういえば75年当時のコンピューター事情を見るに、ドクのサイバー攻撃はソヴリンからすれば相当驚きだった事でしょう。最新のステルス戦闘機で黎明期のジェット戦闘機を攻撃しに行ったら時代にそぐわない第三世代のジェット戦闘機が出てきたようなものでしょうかね。じゃあドクって何者か。この辺りも後々。
なお、ソヴリンの襲撃及び撃退という構想の根底はCoD:MW3のミッション『Return to Sender』、及びCoD:Gのリターン・トゥ・センダー作戦の名称から思いつきました。前話で怒りの日の歌詞を引用してソヴリンの荘厳さをアピールしつつ、そんなソヴリンが今回の話であっさりとリターン・トゥ・センダーされる皮肉や落差を書きたいだけの話だった。




