NEIGHBORHOODS#1
人類同士の新たな対立を深めたアメリカ――65年のV‐デイから10年経ち、ヴァリアントを巡る争議を続けるアメリカ国民を、紅色の異邦人が嘲笑う。そして彼は恐るべき予行を開始し、ニューヨークの一角が5体の殺戮ロボットに襲われた! 未来より襲い来る尋常ならざる脅威に、この時代の人間はどのような反応を示すのか…?
登場人物
たまたま居合わせた男達
―ドク/アダム・チャールズ・バート…謎の科学者。
―Mr.グレイ…放浪の騎士。
謎の来訪者
―ソヴリン…恐るべき先進技術を保有する強大なヴィラン。
『裁き来たる時、なべてを厳かに砕かん!』
――レクイエム第2曲、怒りの日
1975年3月25日…ニューヨーク州、ワーズ島
マンハッタン州立病院、このアーカム・アサイラムのごとき城塞じみた施設の南、ワーズ・アイランド・パークから見れば西の辺には林のように少し木々が生えていて、イースト・リバーの広々とした流れを一瞥できる。そして川の両側に聳えるイースト・ヴィレッジとクイーンズまで見渡す事ができる。イースト・リバーに面するワーズ島南端には、特に己の姿を隠すでもなく濃い紅色のアーマーに身を包んだ謎の男が佇んでいるが、周りには誰もいないので騒ぎになるでもない。男が装着している全身を覆うアーマーは明らかに現代の水準を超える未知の技術で作製されており、貴婦人の口紅めいたその色合いと何らかの意味を持っていると思われる意匠だけに着目すれば、前衛的な芸術とさえ思える。びゅうびゅうという風の音やぼうっという船の音が遠くから届き、ぱしゃぱしゃと打ち寄せる水の音が眼下から聴こえてくるのに耳を傾けては、濃紅の男はアーマーの下で不敵な笑みを浮かべていた。
「予想通りに虫けらどもは同胞同士で血を流しているようだ」
男の侮蔑は何も日常的に起きている雑多な事件だけを指しているのではない――むしろこの紅色の異邦人は、目の前に広がるニューヨークの街並みをしげしげと眺めては、その壮麗さに感嘆していたのだ。しかし彼は羽虫のように小さな偵察機を放ってニューヨークの様々な蔵書から情勢を調べ上げ、その結果に満足していた。アーマーのHUDにはここ10年のとある事柄に関する記事のスキャンが次々に表示されている。
――ヴァリアントの雇用均等化に関する法案が否決される。
――ヴァリアントの子供達が乗るバスに対する爆破未遂事件。
――反ヴァリアント主義のエクステンデッドの男、道行くヴァリアントを無差別殺傷。
――過激派ヴァリアントの集団、ロサンゼルスのスーパーマーケットに立て籠もる。
――ヴァリアントのマフィアないしはギャング組織の存在を確認。リーダーはウォーター・ロードを名乗る。
実に楽しい。男は策略を立てるロキを思わすような悪意に満ちた笑みを浮かべており、誰もそれを見咎める者がいないのをいい事に、それら社会問題について心底嬉しさを噛み締めていた。実際のところ、男にとってヴァリアントがそこまで旧来の人類及びエクステンデッドと差がある生物であるとも思えなかったし、更に言えばヴァリアントに対して偏見や悪意を抱いているわけではなかった。
「10年で奴らは予定通りの道筋を辿った。愚かな、扇動に惑わされて、己の頭では物を考えられぬのか? 莫迦な奴らめが、本格的なヴァリアント迫害の風潮を中興させおるとは。そのような至極どうでもよい事象に囚われおって」
これは間違いなく偽善だ――何故なら彼にとって反ヴァリアント主義などはどうでもよいからだ。彼にとって重要なのはヴァリアントの迫害ではなく、包括的に見ればそこまで差のない同種である人類及びエクステンデッドとヴァリアントの対立によって、やがて始まるスーパーヒーローの時代をかき乱して妨害する事にある。それ故、彼は熱烈な反ヴァリアント主義者達を心の中で見下している。小賢しいヒーロー達を妨害できれば人類がエクステンデッドとさえ決裂しようが何をしようがどうでもいい。彼の遊んでいる現実を舞台とした征服ゲームが楽しければそれで構わないのだ。だからこそ、10年前にヴァリアントへの警告を扇動したソヴリンは、人類史上に残る厭わしいまでの偽善者なのである。
「笑い過ぎて死にかけるところだったな」男は右手を空に掲げた。10年前のV‐デイと同じ晴空が広がり、遠くの空をJFK発の丸々太ったリヴァイアサンのごとき空の便が悠々と飛んでおり、轟々と響くエンジン音を残しながらマンハッタン付近から離れてゆく。それを見送りながら彼は指を鳴らした。
「ではゲーム開始だ」
男の今までの呟きとは違い、この呟きのみは何らかの手段によってマンハッタンとその周辺に響き渡った――ラジオやテレビから男の声が街に溢れたので、一瞬人々は何事か理解できなかったのである。
そして雷鳴…轟くわざとらしい爆音と共に、タイムズ・スクエアに慄然たる機械の魔獣が5体現れ、反応しきれなかったタクシーが玉突き事故を起こし始めた。それと同時に悍しい破壊が始まり、ビッグ・アップルに恐怖と混乱が広まったのだ。ソヴリンは未知の技術によって建造された10フィートのロボット達に搭載されているカメラ越しに成果を見ながら、ゲームの行く末を見守り始めた。そしてこの濃紅の異邦人のHUDにはあろう事か、Demonstrationの文字が表示されていたのである。
同時期:ニューヨーク州、マンハッタン、タイムズ・スクエア
鈍い鉛色をした名状しがたい5体の実体による破壊が始まると、詰まった排水管のような有り様だった通り一面の状況は更に悪化し、車での移動は不可能になっていた。二足歩行のそれらが発する見えない何かが地表を焼き、巻き込まれた市民が犠牲となった。もう1分もすれば誰かが警察に通報するか警察自らこの深刻な事態を知るだろう。そうなればこの金属製の怪物達に太刀打ちできずとも、市民の盾になって時間を遅らせる事は可能だろう。しかし問題はそれまでの時間であり、最初の1分間でどれだけの犠牲者が出るかはソヴリンにとっても統計学上の楽しみであったのだ。
襲い来る脅威は不可視の熱線だけではない。鉛色のロボット達はその装甲とパワー自体も武器であるため、わざわざ殴りに行く必要さえない――地面を蹴れば砕けたアスファルトが高速で飛散して人々に襲いかかり、彼らが車に手を掛ければそれ自体を砲弾のように持ち上げて投げるだけで人々の頭上から降らせる事さえできる。四本の腕に搭載された不可視レーザーと輝く連射弾は地面や車両を穴だらけにし、飛び散るガラスや金属片も有効な殺傷兵器と化していた。逃げ遅れた人々の屍は血や火傷で覆われ、それらを踏み越えながらがしゃがしゃとSF小説の侵略者めいた破壊を撒き散らす鉛色の魔獣達が蹂躙の波を広げ続けている。血と火災の匂い、焼けたタイヤの匂いも混ざって人々に吐き気を催させるも、それとて殺されるよりは遥かにましであるため、彼らは我先にと逃げている。しかしやはり完全なる奇襲であったため、まだ開始から40秒程度であるにも関わらず、最低でも50人以上の死傷者が出ているようだ。そしてタイムズ・スクエアから鳴り響く爆音はその周囲にも伝播し、更なる混乱を招いていた。逃げまとう市民向けてロボットの高温を利用した兵器の掃射が放たれ、運のない市民が次々と倒れ、そしてそれは次の恐怖を生み出す。
やがて忌まわしい破壊ロボットの一体が一人の少女を捉えた。彼女は通り沿いの歩道でぼろぼろの人形を抱えており、傍らに倒れている母親らしき人物は既に息がないようだった。千切れた右袖の下には鱗のようなものに覆われた茶色の腕が見えている――エクステンデッドもヴァリアントもいる以上、驚く事もなかろう。その不完全な変体の状況から察するに彼女はヴァリアントで、ある種の変身能力を持っていて、我が子を守るために使い方のよくわからない変身能力を使おうとしていたのかも知れなかった。もしも彼女が悪しきヴァリアントであるウォーター・ロードのように己の能力を熟知していれば結果が違っていたのかも知れない。一つ言えるのは、首元と腹部の弾痕めいた火傷が母親らしき人物の命を奪い、その娘は死という子供には不可解な概念の意味をまざまざと知ったために泣き崩れているという事である。
そしてロボットはその背後まで迫ると、使用兵器を選択した――足を振り下ろして踏み潰す気だ。少女は振り向き、そして己の運命を悟って人形を抱きしめた。ロボットは未知の金属で作られた重厚な左脚部を持ち上げて、少女の茶色い髪が生えている頭部を踏み抜こうとした。
しかし突如響き渡った激突を思わせる轟音と共に、砕けたガラスの音が続いた。
通りに面した店舗のガラスを突き破って絡み合う何かが突入していった。激突音の後は金属を強打する音が2回聴こえ、それから今度は何かが店舗の中から吹き飛んで来て、通りに乗り捨てられている角張ったイエローキャブに激突した。依然タイムズ・スクエアは悲鳴とクラクションによる混乱に包まれていたが、そこに新客が現れたのである。軽々と立ち上がってガラス片や金属片を手で払うその男は、古い時代を描くイギリスの物語に登場する物と同じ白と灰色を基調とした鎧に身を包み、兜まで装備しているものだからその姿はまるでモンティ・パイソンに登場する騎士団の男達じみていた。実際、ロンドンから旅行に来ていた目のいい男性は、逃げながらふと振り返った100ヤード後方でちょうど騎士が店から出てきたロボットと取っ組み合いを始めたのを見て「アーサー王が助けに来たぞ! アーサー王がロボットと戦ってる!」とイギリス人らしいアクセントで叫びながら再び逃げ始めた。
そしてそれはロボットと取っ組み合う騎士にも聴こえ、彼は心の中で悪態をつきつつ少女に逃げろと叫んだ。
「君の母上は私が後で送り届ける! まずは逃げろ!」
轟々と叫ぶ騎士の気迫は運良くヴァリアントらしき少女にも伝わり、他の市民同様に避難を始めた。遠くからパトカーのサイレンが鳴り響くのを聴きつつ、騎士は素手で邪魔なロボットを相手取っていた――なんと騎士は帯剣していなかった。
巡回中の警官及び市警分署からの警官達が到着したが、パトカーは接近できずにいる。見えない熱線や光弾以外にも強力なキャノン系の兵器まで搭載する敵の火力も厄介だが、そもそも乗り捨てられた大量の車がタイムズ・スクエアという配管を詰まらせている以上、進むのは無理だ。今のところロボット5体の注意は謎の騎士に向いているものの、明らかにあの侵略者達と戦ってくれている騎士への誤射を恐れて――意外と人は空気の読める生き物なのだ――警官達も援護射撃がままならない。
あと何十分か待てば軍が到着するはずで、それまでは保てそうであった。その様子を見ているソヴリンは、予想より早いこの時代の人々の対応を賞賛すると、ロボット4体を離脱させた。4体の注意を戻そうと必死に追い縋る騎士は、残っていたロボットに後ろから掴まれて仰向けに転倒させられた。4体は依然ブロードウェイをコロンバス・サークル向けて前進中であり、その表面は何らかの力場で覆われているため銃弾も効果は薄いが、しかし被弾を抑えるために恐竜のように地響きを立てて走っている。邪魔な車を踏み抜きつつ迫るそれらに対して、そちらの側で待機していた警官隊が発砲したが、まるで拳銃で戦艦ウィスコンシンを撃っているようなものだった。このまま進むと大学やセントラル・パークなど、ウェスト・サイドの主要なランドマークが密集しているエリアに出るため、既に付近一帯へ避難勧告を申請したとは言え先に通すわけにはいかない。そして更に空から何かがが降りてくるのも見えた――紅色のアーマーは悪魔そのものにさえ見え、もしくは堕天使であろうと思われた。それは腕を組んで250フィート程の上空に留まっては、破壊の有り様を観察しているのだ。そして遂に4体の悍しい悪魔達は劇場沿いでラインを形成している警官隊の直前まで走り寄って来ていた。むしろその姿は踏み潰しながら先を急いでるかのように、減速さえしない。パトカーを盾にしている彼らは必死に射撃したりリロードしたりしたが、しかし止める事叶わない。踏み潰される事を避けるため、彼らはロボット達の進路から飛び退いた。ロボット達は横2列に並んでいるので飛び退くのは苦ではない。しかし彼らの真ん中にいた警官――出勤する前に息子と喧嘩していたブラックの警官ジェイコブ・ウッズはリロードに気を取られ、予備のマガジンを装填した時には最早5ヤードのところまでロボット達が迫っていた。咄嗟の事過ぎるため必死に飛び退こうという思考さえ思い浮かばず、このままでは死ぬ。同僚警官達がジェイコブの名を叫んでいた――異様な機械音がして、ロボット達は動きを止めた。
「面白い、干渉しおったか…何秒でシステムから締め出されるかが見物だな」
上空で肩幅に脚を開いて腕を組みながら情勢を見守る紅色のソヴリンは、眼下で己のロボットへ干渉している人物を直視とHUDの両方で見ていた。実際にはロボットのカメラを映しているHUDの右端は映像が乱れて何も見えない。ロボットの簡易AIが攻撃を受けており、代替システムを起動しつつ部分的に停止したファイアウォールを再起動、そして再起動の隙を狙ってくるであろうウイルス攻撃や人為的な書き換えを潰すため偵察ドローンに搭載しているアーマー本体とはネットワーク接続の無い独立型サイバー・ウォーフェアを起動した。とは言え、この時代のエンジニアだか何かが未来の防御システムの『白血球』に対応できるのか? 虫けらがそもそも我が兵器にクラッキングを敢行してきたのが驚きというもの――実際、一瞬ファイアウォールを擦り抜けてソフトウェアを誤作動させただけでそれ以上の干渉ができず、数十秒で同じ攻撃は通用しなくなった。しかしやはり、虫けらごときが一瞬たりともやりよるとは、面白いものだ。しかもその間に警官隊は後方へと退却して体勢を立て直したようだ。服のフードを被り顔を隠しているあの工学的・科学的知識を持っているであろう男は、なかなか楽しませてくれるかも知れない。彼が腕に付けている端末が、恐らくクラッキングに使われたのだろう。背中に隠れてよく見えないが何かを背負っているようにも見える…その時である。
『01の構造的健全性、50パーセント』
何事か。見れば01で足止めしておいたあのイギリスコスプレの男は素手で01の胴体を貫通させ、手刀で腕を切断した。慌てて不要なウィンドウを消し、01からの中継映像を確認。
『01の構造的健全性、5パーセ――』
『01の信号、途絶』
警告アナウンスが追いつかない速さで1機潰されたようだ。これはソヴリンにとっては損失であるが、ニューヨーク市民にとっては朗報だ。
「ふむ…興味深い…」
幾分かの負け惜しみを声に含ませて、ソヴリンは顎に右手をやりながら考えた。全ては下らぬ偶然。イギリス騎士のコスプレをしたあの男と、同じく突如現れたフードの男は、ソヴリンの視点から見てたまたま面白い連携を見せた――彼はいつもHUDのモニター右側に開いたウィンドウやファイルを表示させ、できる限り視界が開けるようにしている。これは実用性以上に彼の癖や好みだ。ひとまず01から05までの内蔵カメラ映像を縮小して右端の縦に並べていたが、フードの男が02から05までを一時的にクラッキングしたため、それに対応した…ここまではよい。しかし01の状況は後回しにしようと考えており、なおかつ02以降のカメラが機能不全なので、それら5つの映像を映す縮小ウィンドウの上に、ファイアウォールに関するウィンドウと小型ドローンのサイバー・ウォーフェアに関するウィンドウを重ねて表示させていた。それぞれの進捗を見るために、それらを中継映像のウィンドウを覆う形で依然表示させていたので、01のシールドがダウンした時に気が付かなかったらしい――本体の耐久度・ダメージレベルに関する警告アナウンスだけ設定し、シールド減少の警告アナウンスを設定していなかったのが仇となった。騎士は強力な打撃でシールドを削り続け、シールドが破れた後は手早くHJ5合金製反発装甲で被われたロボットをスクラップに変えてしまったという事になる。この装甲はスペック上、24世紀の10メガトン級バイナリー砲の直撃にも一回は耐えられ、実戦でもレーヴァテインの強力な呪いには98パーセント以上の抵抗を見せた――面白い虫けらではないか。
そしてフードの男は背負っていた物体を構えて、それをロボット達に発砲していた。未知の技術体系によって作られているらしく、電撃らしき何かを受けてロボット達が膝をついている――目まぐるしく状況は変わっているが、しかし依然ソヴリンは余裕であった。
「貴様らを見くびっておったようだな。所詮我が手によって敗北を喫する運命とは言え、暇潰しにはなる」
紅色の異邦人は音量を上げて、灰色の騎士にわざとらしく言い聞かせた。
「黙れ、蛮族め」
「蛮族だと? 虫けらよ、あまりほざかぬ方がよいぞ」
ソヴリンがそう言った瞬間に騎士は飛び上がってきた。ソヴリンはある程度予想していたようで、フードの男に足止めされている残りのロボット達を手繰り寄せた――空中で後退する自身と飛行できるらしい騎士との間にロボット達を挟んだのである。
ロボット達が殺到するも、騎士の両腕に赤いオーラが発生した。それはそれぞれ10フィートの大きな刃の形を取り、それらの齎す必殺的な斬撃はロボットを全機叩き落として地面に激突させた。
「そう来なくてはな!」
「強がりはよせ! 貴様の弱さが浮き彫りになっているぞ」
「ふっ、抜かしおったわ! これはどうだ?」
迫る騎士から距離を取りつつソヴリンはタイムズ・スクエアのネオンの一部をもぎ取り、それを騎士めがけて投げた――実際は投げた瞬間にほぼ命中していた。
騎士は空中でふらついており、予想以上のダメージを受けているようだった。未来より訪れた紅色のソヴリンは時間操作を実施して投げたネオンの一部を加速させたのだ。時間的な加速によりネオンは極超音速などという生易しいレベルを超えた速度に到達していた。
その隙に騎士の真上に移動した冷酷な征服者は右掌を下へと向けて、コップの中身を逆さ向けるような調子で罰を下す。放たれた強力なブラストは騎士を地面に叩き落とし、クレーターの形成と共に落下地点にある車の残骸や遺体を周囲に押し退けた。
「大丈夫かい?」
フードの男は、走って駆けつけた。結構な距離があったので息が荒い。
「問題はない。しかし私と君だけではこの悪魔達を止めるのは厳しいな。君をなんと呼ぼうか?」
騎士は至って落ち着き払っている。
「私はアダム・バート…ひとまずドクと呼んでくれないか。Mr.グレイ、君は?」
ドクの脳裡に昔の記憶が再生された。
「グレイだって?」騎士はわざとらしく自分のイギリス鎧を見渡した。「ふっ。Mr.グレイ、それで構わないよ。それでどうする?」
「我々だけでは確かに足りないな。君の怪力やあの特殊な能力であれば――」
「エクスカリバー」
「え?」
「あの魔力の刃は大いなる剣エクスカリバーだ。私はあれを己の内に秘めているんだ…父に奪い返されぬように」
騎士の正体は大体予想通りであった。
「君は伝説のモードレッド卿?」
「そうだ。ところで私は別に己の正体を隠す必要はないんだけどね」彼は打ち捨てられたタクシーの中を探ってタオルを取り出す。「君はコミックのスーパーヒーローのように、正体を隠すべきだと思うぞ。あれこれ詮索されては面倒だしな。フードだけじゃなくタオルで口元を隠せばかなり人相は見えなくなる」
騎士がタオルを差し出す。ドクはそれを受け取って、口元を隠すように巻いた。
「ありがとう。あの男、さっきから我々を見ているな」
「そうだな。君の装置や武器、それに我がエクスカリバーで受けたダメージが無いかロボットをチェックしているようにも見えるが…」
上空で浮かんでいる未来人のソヴリンは未だ、余裕そうにしている。白と灰の騎士は立ち上がって上空の侵略者に大声で叫んだ。
「卑劣な侵略者よ、私はモードレッド。貴様の名は!?」
モードレッドの大声に反応し、ややあって紅色をした悪魔は音量を上げて答えた。
「卑劣? 下賤な。貴様らごときに名乗るのも馬鹿馬鹿しいが、まあよい。貴様らは私をソヴリンと呼ぶ事ができる。私がそう呼ぶ事を許したが故に」
モードレッドは呆れ、そして周囲の破壊に改めて怒りを覚えた。
「ドク、聞いたか? あの前時代的な侵略者はどこまで傲慢な奴なんだ」
ドクは顔に出さないよう努めつつ、無言でモードレッドを見つめた。しかし実際、ドクの顔には言いたい事が『黒海文書』のラテン語版ぐらいはっきりと、声に出して読もうと思えば読めるぐらい明白に書かれていた。
「私があいつと同じみたいなものとでも言いたいのかね? 王族の出身だから?」
「いや、そうではないんだけど…」
「そうかそうか。それでどうするんだい?」
最初ドクは何を『どうするんだい?』と尋ねられたのかがわからず、一瞬ぼんやりとした。やがて意味がわかった。
「ドク、君は少し緊張感が足りないぞ。仮面の下で残酷な笑みを浮かべているであろうあの男は、恐るべき殺戮者なんだ。周りを見てみなよ」
ドクは周りを見た――破壊された車やアスファルトの欠片が散乱し、割れたガラスが死体に刺さっている。逃げようとして手を前に突き出したまま、うつ伏せに倒れた死体などは、その背中にべったりと残されている火傷と焦げている貫通痕を見るに、その断末魔はいかに悲痛なものであったか、その苦痛故にいかな恐怖と絶望に塗れながら生への渇望と死の渇望との間で揺れ動いたか。頭部が横を向いているため、右半分だけ見えている顔に貼り付いた壮絶な表情もまた、それら地獄めいた惨劇について物語っていたのだ。数百年の時を閲してきたこの壮麗なる世界都市の一角を虐殺場に変えたのは他ならぬ、悪魔じみたソヴリンなのだ。
我が名はオジマンディアス、王の中の王。全能なる神よ――ジーザス! 『あの時』と同じだと言うのか!
ドクが敢えて目を背けようとした地獄めいた現実を齎した紅色のソヴリンは、無窮にして無敵なるラーン=テゴスのごとき傲慢さでニューヨーク中心街の頭上にどっかりと腰を降ろしては、その魂さえ凍えさせる殺戮の宴に窮極的な愉悦を見い出しているのだ――しかも殺戮そのものは彼にとって些細な産物に過ぎず、この狂気じみたゲームさえ楽しければ、後はどうでもよいのだ。
一本続けて書き切る予定でしたがとりあえず分割します。
偽善者云々の部分はマーベルのオンスロートが言っていた事のパロディです。そういう定義の偽善者もいるんだ…当時受けた衝撃は凄かった。




