AMAZING POWERS#4
暗殺者コンビとの戦闘に乱入して助けてくれたビリーの話を聞くオリヴィアと、ビリーに嫉妬するブラッド。彼らはビリーから、あの恐るべきヴァリアント過激派リーダーの話を聞かされる。
登場人物
―ミステリアス・ストレンジャー/ウィリアム・ベンジャミン(ビリー)・フィッシャー…多彩な能力を持つヴァリアント。
―オリヴィア・アンナ・ウルフ…自身をテレポートできる能力を持つ少女。
―ブラッド・ジョンソン…電撃を操るヴァリアントの少年。
ヴァリアント過激派組織ニュー・ドーン・アライアンス
―マインド・コンカラー/ケンゾウ・イイダ…アライアンスを率いる巨漢、地上最強クラスのテレパス。
戦闘から数十分後:ニューヨーク州、マンハッタン、ローワー・イーストサイド、公園
「リヴィア、その怪我は!?」
「あー、もう」
少女は自分で膝横のかすり傷を手当てしていた。擦り剥いて少量だが滴り落ちる程度の怪我をした時のようだったが、彼女の身を案じるブラッドは気が気ではなかった。
「大した傷ではないさ。弾は掠めただけだから殺菌さえできていれば――」とビリーは言おうとしたが、そこでブラッドに遮られた。
「部外者は黙ってくれ!」
先程あの恐るべきスーツの男に言われた事と同じような事を言われ、彼は肩を竦めたが特に気にしている風でもなかった。それを横目で観察しつつ、オリヴィアはなんであんたが怒ってんのと呆れていた。
「その部外者は私をあの道化野郎から守ってくれたんだけどね。あんたは水遊びで忙しかったみたいだけど」
ブラッドは何も言い返せず言葉を飲んだ。
「いや、彼はあの怪物じみた男に勇敢にも挑んだんだ。若くして勇気がある」
ビリーはブラッドから辛辣な言葉を投げかけられたが、それでも彼に対して公平な評価を下した。ブラッドとてそれを嫌味だと解釈して苛立つ程は捻くれていなかったので、言うべき言葉が見付からず黙っていた。
「気を悪くしないでね、ビリー。こいつもあたしもお子様だから。それであの危なっかしい2人は誰なの?」
ビリーは顔を顰めて腕を組んだ。
「殺しを請け負っているヴァリアント達がいると耳にしたんだ。最初はヴァリアントである彼らに誰も仕事を依頼しなかった――誰かが面白半分に対象を消させてみると、次第に名が売れ始めたらしい」
「あー、ブラッドがそんな話してたわ。続けて」
ブラッドは彼女に名を呼ばれただけだが、少しそれに反応した。
「だがそれも噂だからどこまで本当かはわからない。わかっているのは、彼らが既にその稼業でかなり稼いでいる事だけだ。いずれにせよ、仮に彼らが律儀に裏社会の人間だけ殺すよう仕事を選んでいたとしても、既にイメージの悪いヴァリアントが違法な事をするのと人間やエクステンデッドが違法な事をするのでは全然印象が違う。私はただでさえ印象の悪いヴァリアントが余計に悪者扱いされるのを避けるため、噂になっている危険人物達を探し始めた。そしてさっき漸く見付けたと思ったが逃げられてしまった。警戒されただろうな」
なるほどねぇ、とオリヴィアは呟き、それから疑問を口にした。
「そう言えばビリーって何者なの? ハンサムでミステリアスなヴァリアントだって事しかわからないけど」
そう言われてビリーはその端正な顔に皺を寄せて苦笑した。
「私は…大学卒業後までは自分がヴァリアントである事を隠していたんだ。それまでは、例えば私が黒人だから、例えば以前は地方の訛りがキツかったからという理由で嫌がらせを受ける事は、少なくとも表向きには無かったと記憶している。世間的に見ると私は運がいい方だよ。家も充分に裕福だった」
ビリーは大学で教鞭をとる者のような知性ある喋り方をするものだから、彼の話はとても聞き易かった。まるで喋る訓練を受けているかのように。
「だが私がヴァリアントである事を告白すると、周囲の目は一変した。アルコールでは酔わないが、深夜だったから気が高ぶっていたんだろう。ホームパーティー会場は静まり返った。私は孤立し、適当な理由で解雇され、そして家に嫌がらせが来るようになった。白人以外の友人にも冷たい目で見られ、私のあらゆる繋がりは腐り果てた。
「ある休日の事だ。愛情の深さによって私の誠実な味方であり続けた両親は、私が留守にしている間、いつものように『お前の息子はクズの化け物だ』と言いに来た人々に対して、家の外へと出て抗議したそうだ――私はその日ヴァリアントを取り巻く環境の不当性を訴えるための活動に参加していた。そして帰った時には全身痣だらけの両親が横たわり、病院では二度と歩けないと診断された。幸い金はあったから、財産は私生活の全面的な手伝いや不届き者からの警護に使われている。だが…聡明な両親が今や食事さえ自分ではできないという現実は、あまりにも辛い心痛だった。胸が張り裂けそうで、ヴァリアント以外の全てをぶっ飛ばしてやろうかとさえ思い詰めた。反ヴァリアント派の集会に乗り込んでテレキネシスで暴行を防ぎつつ、『この臆病者どもめ、文句があれば私のところに来い!』と叫んだ事もあった――そんな事をしても逆効果なのにな。裁判は茶番だったし、両親に大怪我させた者達を刑務所に入れるまで8年もかかってしまった。それでも彼らが裁かれた事は、昔からすれば特筆すべき事なのだろうがね。
「話が逸れたな。その後私は世界を旅した――幸い自分の知性には自信があって、どこに行っても危ない場面を切り抜けられた。色々な人に出会ったが、ほとんどはいい人達だった。粗暴な相手でも、話してみればわかり会えた事も多かった。欧米的な価値観とは違う国へ行き、そこではヴァリアント差別もほとんど無かったという事もあった。だが日本は残念だったな…別の価値観に期待していたが、やはりとても私がヴァリアントだとカミングアウトできそうじゃなかった。戦前からヴァリアントやエクステンデッドに関して色々とあったし、戦後はあのイイダが起こした事件で更に風当たりが強まった。いつの時代も馬鹿が何かをやらかして、無関係なその他大勢が風評被害に苦しむ。だから私は先程のアウトローは元より、イイダ…またの名を――」
「マインド・コンカラー」
オリヴィアがその名を口にした。現実問題として、ケンゾウ・イイダなるあの怪物は先程の2人よりもヴァリアント蔑視を助長する存在であった。マインド・コンカラーの名前通りに、精神への干渉力は恐ろしいレベルにまで達していた。曰くこの惑星に存在する何某かのテレパシー妨害が無ければ、下等な人類諸君を例外無く我々新人類の下僕か家畜にしてやろうとの事だった。お陰でその能力は大きく射程が制限されているらしいが、テレキネシスによる物理面への干渉は一切の制限を受けていなかった。
「ビリーはあのテロリストに会った事ある? あいつとあの組織…名前何だっけ?」
「ニュー・ドーン・アライアンス」とビリーは補足した。
「そうそれ。そいつらってどっからともなく現れるけどビリーなら面識ありそうって思ったの」
「一度だけなら」
「マジで? どんな感じだった?」
するとビリーは先程のように、昔の事を淡々と語り始めた。
1968年:メキシコ、メキシコ・シティ
この国にも学生運動の波が伝播したが、オリンピックを目前にしながら壮絶なデモ弾圧が起き、平和の祭典を前に多くの若者の血が流れた。市内は騒然とし、皆一様にその話をしていた。
「君も我々と共に来ないかね?」
その日本人の男は怪物じみた己のオーラを押し殺し、観光客の身なりでステーキをナイフで切っていた。まさかあの事件の首謀者たるマインド・コンカラーがここにいるとは誰も思うまい。
「行ってどうなる?」
サングラスをかけたままビリーは男の問いに答えつつ、その姿を観察した。男は肥満体型で毛髪は無く、同じくサングラスで目元を隠していた。サングラスの奥に見える目元はビリーの記憶では東北に見られる特徴があり、全体的に顔の彫りが深かった。痩せていればさぞ見栄えがしたであろうそのがっしりとした顔には年齢を感じさせる皺が刻まれ、椅子からはみ出る勢いの体は安物のサイズの大きなスーツで包まれ、そこそこ金のある旅行者然としていた。
「君は私の力を持ってしても心を読むのが困難だ。それ程の逸材、我々に加わればさぞや輝かしい貢献を見せるだろう」
「悪いが君の持つヴィジョンが見えない。どういう理想があるのか知らないが」
きっぱりとビリーは言い放った。コンカラーのステーキを切る手が止まった。ビリーはその隙にアイスコーヒーで喉を潤した。
「第一、君の言うアライアンスとやらはどこでこそこそやっているんだかな。アンデスかヒマラヤか、それとも南極でも占領しているのか」
一瞬この日本人から怪物じみた空気が滲み出た――後に遭遇する事となったあのウォーター・ロードと同種の尋常ならざる空気であった。しかし他の客が気付く前に彼はそれを覆い隠し、牛肉をナイフで切って口に運んだ。そしてそれをゆっくりと噛み切って味わい、飲み込んでから取り留めも無い事を答えた。
「2回程だが日本で上等な肉を食べた事がある。あれは本当に柔らかかった。こういうレストランというかダイナーというか、そこの肉をあの時の物と比べるべきではなかろうがこちらの肉は本当に硬いね。体中弄られた私の咀嚼力でも硬いと感じる」そしてふんと鼻で笑って続けた。「だがこちらにはこちらの文化というものもあろう。なるほど確かに、硬い肉も噛めば噛む程肉の味わいが感じられるものだ。おっと、英語では『旨み』を何と言えばよかったかな?」
ビリーはそれを無視した。
「東京であんな事を起こして、それで何か変わったのか? むしろ世間はより一層ヴァリアントを警戒し、憎悪している」
不敵な表情でイイダはビリーを眺めた。
「私が数年前日本に行った時、学生がプラカードにヴァリアントは出て行け、能力を制御できないアドヴァンスドは消えろと書いてデモ行進をしていた。以前からあの国でもヴァリアントやエクステンデッドを巡って色々あったとは言え、あそこまでは嫌われていなかった。お陰でエクステンデッドも大変そうだな。
「何の意味があるのかわからないな。君は自分の行動で他の、その日暮らしのヴァリアント達がどうなろうと知った事じゃないとでも言いたいのか? それに日本は特殊で、エクステンデッドまでも巻き添えで矢面に立たされている。君にとって人間もエクステンデッドもどうでもいいんだろうな。だが本当にヴァリアントのためを考えているのか? 君のせいで多くの善良なヴァリアントが白い目で見られているが、そうまでして何の代償を得られた?」
やれやれと、怪物と化したそのヴァリアントは首を振りながら答えた。
「我々が人類やエクステンデッドよりも上に立てば、もうヴァリアントが不当な扱いを受ける事はないではないか。違うかね?」
この男は何を言っているのか。ビリーは耳を疑った。
「君はあれかね、いずれはヴァリアントが人類と共に歩めるとでも? エクステンデッドと協調できると? では我々のもう一つのアイデンティティに目を向けようか。私は日本人で、君は…喋り方からすると生粋のアメリカ人だな。発音からすると恐らくはニューヨーク近郊で生まれ育ち、車はサンダーバード辺りだろうな。恐らくはコーネル大学を卒業し、そして高収入の職に就いていた。私のつまらん推測は横に置くとして、君は黒人である事で何か不当な扱いを受けた事はあるかね?」
「いいや。表立っては」
「そうかね。私も幸運な方でね。ま、たまに面倒な田舎者や粗暴な者からジャップと罵られるぐらいだ。言うまでもなかろう、この私の体格を見て堂々と言える者はそうはおらんよ。集団であろうと少し凄めば怖気付くし、相手がショットガンを持ち出したらテレキネシスで頭を小突いてやればいい。だがどうだね? 実際のところ、所謂有色人種は白人の中でもトップ・カーストにいるグループと、いずれは共に歩めるのかね? そもそも、白人の間の階層はいつか消滅するのかね?」
ビリーは馬鹿馬鹿しいとでも言いたそうに溜め息を吐いて、イイダをなじるように反論した。
「200年後ぐらいには、そうした格差も消えているだろう」
「ほう? ではその間にヴァリアントがいくら迫害され、殺されても構わないのかね?」イイダは本題に話を切り替えた。
「ならばその新たな夜明けとやらのためなら、無関係なヴァリアントが地位の低下に苦しんでも構わないとでも? 君のような過激思想の持ち主がいる以上、あのよくわからない未来人が言っていた未来におけるヴァリアント脅威論が人々に浸透するのも無理はないな」
イイダは持っているフォークを人差し指でとんとんと軽く叩いていた。まるでそれが何かを紛らわせているかのように見えた。
「では面白い話をしよう。インディアナ事件はどうだね? 君のご両親の事も知っている。他にはシアトルやLAで起きたヴァリアントだと発覚した児童への集団リンチ…LAの事件では被害者は死亡したな。なのに世間はやれ子供だから、やれヴァリアント相手だから正当防衛だのと」
「それのどこが面白い?」
「面白いじゃないか。何せ我々ヴァリアントはその程度の扱いだという事だよ。これを笑わずして何を笑う? 我々ヴァリアントは常に妥協や服従を強いられている。『ローマではローマ人のするようにせよ』だな。日本でも似たような、『郷に入れば郷に従え』という言い方をする。そんな具合で溶け込む、そこまでは許容できるのだがね。考えても見たまえ、己がヴァリアントであると打ち明ける事さえできぬではないか。発覚すればそれで終わりだし、そもそも何故それを隠さねばならない? だから私はこの世界を変えねばならないと悟ったのだよ。このままでは我々は淘汰されてしまう」
「では反ヴァリアントの人々は自分達が正しかったと思うだろう。我々ヴァリアントの正当性が無くなるな」
「そこがおかしいとは思わないかな? その連中は『正しい、間違っている』と言っているだけだが、我々虐げられる側はその『正しい、間違っている』に翻弄され、最悪の場合重度の後遺症を負うか、あるいは死亡する。そんなふざけた連中の承認を得て我々が正当性がどうとか主張するのが異常事態だ。だから私はヴァリアントが何者にも妨げられない世界のためにニュー・ドーン・アライアンスを結成した」
尋常ならざるマインド・コンカラーは『重度の後遺症』という部分を強調して喋った。両者の声が段々と大きくなり、英語がわからない周囲の客もちらちらと彼らの方を見た。
「君は自身を、君が批判している相手と同レベルにまで貶している」
「そうだとして、何か意味はあるかね?」
沈黙が流れた。奥の席では子供連れの夫妻が食事しており、子供は覚えたてのスペイン語で肉料理を美味しいと言っていた。それを尻目に大胆にもマインド・コンカラーは牛肉を再び食べ始めた。5分後に食べ終わると、その恐るべき男はビリーに言い放った。
「実を言うとこの店の周囲はアライアンスのメンバーで包囲している。路上、屋上、ついでに店内」
ビリーは『店内』と言われて思わず周囲を見た。彼らは窓際の席だが、壁際の席で新聞を読んでいる男はアメリカの白人に見えた。
「今となってはどうせ君は我々を止めると言うだろう。だからそうなった場合君を強引に連れ去るか、再起不能になるまで痛めるつもりだったが、この街、この国は既に大いなる痛みに苦しんでいる」
何の話なのか、ビリーにはよくわかった。
「今日のところは大人しく引き下がろう。次に会ったら、その時は敵同士だ」
「私は君に賛同などできないが、今日矛を収めてくれた事には感謝する。我々は必ず再会するだろう」
「ああ。また会おう、フィッシャー」
席を立ったイイダはにやりと笑って歩き始めた。会計を済ませるとスペイン語で店員に礼を言い、ちらりとビリーの方を見て右手を挙げ、それを別れの挨拶としながら店から出て行った。窓から観察していると店の外で何人かと合流し、そのまま通りの向こうへと消えて行った。
「あの男にも、ヴァリアント以外に対する良心が残っているのだろうか」
掠れたようなか細い声でビリーは呟き、コーヒーを飲み干した。
現在:ニューヨーク州、マンハッタン、ローワー・イーストサイド
オリヴィアは話に聴き入っていた。ブラッドの方はオリヴィアがビリーの話に聴き入っている事を妬みながらも、ヴァリアントを取り巻く状況を改めて考えていた。彼とオリヴィアは彼らがヴァリアントになった事を両親が知った瞬間にこの街へと捨てられた。それぞれ貧しい家で、どちらもいい親ではなかった。そして彼らはこの街のグループ・ホームで世話になっており、長い付き合いだった。
「やっぱさ」
オリヴィアが唐突に切り出した。
「それなら私とこいつとビリーで悪いヴァリアントと戦うべきじゃないかな」
ブラッドは驚き、ビリーは渋い顔をした。
ここらで強いデブキャラが欲しかった。




