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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
23/302

AMAZING POWERS#3

 尋常ならざるウォーター・ロードとジョン・スミスに追い詰められたブラッドは友人であるオリヴィアによって助け出された。だが彼らが再び追い詰められたその時、謎のヴァリアントが現れた。

登場人物

ローワー・イーストサイドの住人

―ブラッド・ジョンソン…電撃を操るヴァリアントの少年。

―ミステリアス・ストレンジャー/ウィリアム・ベンジャミン(ビリー)・フィッシャー…多彩な能力を持つヴァリアント。

―オリヴィア・アンナ・ウルフ…自身をテレポートできる能力を持つ少女。


怪物じみた来訪者

―ウォーター・ロード/ピーター・ローソン…自衛できるだけの力を手に入れ裏社会に潜ったヴァリアント、水を操る。

―ジョン・スミス…ウォーター・ロードと行動する謎のヴァリアント、未知の強大な力を持つ。



1973年:ニューヨーク州、マンハッタン、ローワー・イーストサイド、裏路地


 投げられた酒瓶がゆったりと宙を舞い、間合いを空けていたブラッドの眼前でそれは音を立てて割れた――その瞬間水が意思を持ったかのように動き始め、形成されたゾンビか亡霊を思わせる吐き気を催す顔と腕とがブラッド目掛けて襲い掛かった。一瞬その予想外の光景に恐れを抱いたが、銃弾を防いだ時のように電磁シールドを展開して攻撃を防いだ。怨霊のようにそれを破ろうとする水が滑稽に見えたが、それを笑おうとした瞬間に別の酒瓶が投げ込まれ、どこでその原案を見たのかもわからない犬じみた怪物が襲い掛かった。前方からは怨霊、彼の左からは犬じみた怪物がシールドを喰い破って入ろうとして来た。反発に抵抗して強引に侵入を試みるそれを退屈そうに見ていたジョン・スミス――ふざけた名前だった――はにやりと冷たく笑って消え、次の瞬間電磁シールドに張り付いていた。ばちばちと音が鳴り、スーツ姿の美青年は素手でシールドをこじ開けようとしていた。電流を浴びてもびくともしないこの男は明らかに妙だった。

「ねぇねぇ結局殺していいんだっけ」

「そうだな…どうしようか」

 剃刀のように鋭い美しい容姿のスーツ男と冷ややかな眼光で睨め付けながら水を操作するロシア訛りの英語で喋る杖男は、胡椒の瓶を棚に仕舞うか否かを悩んでいるような気楽さでブラッドの命を値踏みしていた。彼は2人の怪物達の塵芥(ごみ)を見るような目を見るや、心の中にじんわりと恐怖が広がって行くのを感じた。この街にも面倒な手合いは幾らかいたが、ここまで狂っている相手と退治するのは初めてであったため、あるいは最終的に己が殺されてしまうのではないかという懸念に飲み込まれかけた。そうした不安が集中力を蝕み、彼の周囲を覆う電磁シールドの弱った箇所に無形と化した水がずるりと侵入して来た。それはぐにょぐにょと蠢いて穴を強引に広げ始めスーツの男は穴の空いた箇所へと手を突っ込み、そのまま力強く上へと掬い上げた――尋常ならざる怪力でシールドを引き裂かれ、ブラッドが狼狽しているところでジョンは手刀を彼の腹目掛けて滑り込ませた、そのはずだった――一瞬強烈な光が発生した。


「あれ、何今の? どうなってるわけ?」

肉を引き裂く感覚が訪れなかったため、鋭く尖った美形のジョン・スミスは両手を広げて困惑しつつ友であるウォーター・ロードの方へと振り向いた。群青のコートに見を包む杖男は暫し考え込んだが、それらしい結論を出した。

「テレポートの類だろう」

「えーと、彼って電磁気力のどうこうでテレポートができるとか、それとも別の能力も持っていたの?」

「いや…もしかすると仲間がいるのかも知れん」

「あ、なるほどねぇ」

 モデルのようにスーツを着こなす怪物じみた男は、己の失敗をさして気にしていない風であった。そう、これは仕事ではないのだから次は確実に殺せばいい。



同時期:ニューヨーク州、マンハッタン、ローワー・イーストサイド、建物屋上


 煉瓦作りのアパート屋上へと転移したブラッドは、いきなり移動した事によるショックから立ち直りながらそれを実行した相手を見た。

「リヴィア!」

「あのさ、その呼び方やめてって言ってるでしょ」

 スケートにでも乗っていそうなシャツと膝丈ズボンのその少女は、実際に膝と肘へそれらしきプロテクターを嵌めつつ嫌そうに答えた。

「ま、あのままほっとくとどうせあんた死んでたでしょ」

 それに言い返す事はできなかった。

「あんたまた治安維持ごっこでもやってたの?」

 彼女の黒々とした長い髪が風に吹かれて揺れていた。

「友達だから助けてやってるけどさ、いつか死ぬんじゃない?」

「そ、今死んじゃうと思うよ!」

 突如割り込んで来た声の方を振り向くと、片手であのロシア訛りの男を抱えたスーツの男がすうっと屋上に降り立ったところだった。飛行なのか跳躍なのかはわからなかったが、このふざけた男にはかなりそこの知れない部分があるように思われた。彼の隣に立つ杖の男は群青のコートをはためかせ、自由な方の腕には酒瓶2本分の水が蛇のように巻き付いて渦巻いていた。彼がそれを伸ばして剣のように屋上の地面を引っ掻くと、嫌な音がしてその表面が削れた。

「結局何なのこいつら?」

「人殺しのヴァリアントだ!」

「じゃあさ、私まだ手袋嵌め終わってないんだけど、待ってもらっていい?」

 年齢以上に成熟して見えるオリヴィアは、この場に不似合いな調子で言ってのけた。

「ああ、構わないとも」

 冷ややかな笑みを浮かべたロシア訛りの男は、状況を値踏みして隣の仲間に耳打ちした。今後のためになる貴重な体験になるだろう、驚異的な戦闘能力を持つ者同士で交戦するのはこれが初めてじゃないか。

「あ、もちろん僕も構わないよ。その代わり、こっちも準備しちゃうけど」

 モデルのように映えるスーツの男は懐から磨かれた拳銃を取り出し、両手を頭の辺りまで上げたポーズで銃を横向きに持った。彼らを仲間にするかどうかなんてどうでもいいよね、今後のために力を持つ者同士で戦った方がいいよね。ま、僕は経験豊富だけど。

「こっちのモデル野郎はどんな能力持ってんの?」

 オリヴィアは隣で緊張しているブラッドに尋ねた。

「え?」

「いやだから…」

「あ、ああ。こいつは…わからなかった。こっちの攻撃が効かないんだ」

「英語で喋ってよ」

 それを聞いてジョンは笑った。

「君訛りキツいからからかわれてるんじゃない?」

 冷ややかな眼光の男はパナマ帽の鍔を摘んで苦笑した。

「アメリカもまた、多様な差別の見本市だからな」と彼はそのジョークに乗った。「さて、若者達よ。個人的に言えばヴァリアント同士で殺し合いをしたいと思っているのだが、準備はいいかな?」

「そうそ、行き当たりばったりでいきなりおっ始めるのも楽しそうでしょ?」

 モデルのような男はさぞ楽しそうに、冷酷な笑みを浮かべていた。濃く真っ直ぐな整った眉と短めなカストロ・スタイルの髭が目を引き、端正な顔立ちはどこか中近東の貴公子を思わせた。

「じゃ、始めよっか!」とこの髭男が楽しそうに叫びながら銃口をブラッドに向け、突然の事で反応が遅れたブラッドを掴んでオリヴィアはその場から消えた。消音された情けない銃声が虚しく響き、男はスーツを直しつつどこに逃げたのか屋上から確認した。別の建物の屋上に彼らが見え、そこ目掛けてこの冷え切った笑みの美男子は建物の屋上をとんとんと踏み越えて行った。残された群青のコートのウォーター・ロードは、既に展開している水をけしかけようかと考えたが、隣の建物の屋上に給水タンクが見えたためそれを中断した。


「なんであたしがこんな事してんだか」

「だよねぇ、不思議なものさ」

 短めに伸ばした髭と力強い目元が特徴的なジョン・スミスは、左手をその場で振り抜いて衝撃波を放ち、オリヴィアはそれをテレポートで回避した――彼女が立っていた煉瓦のパラペットが砕け、その音に驚いた下にいる人々は落下する細かな破片から逃れるために逃げ出した。

 エアロスミスという新人バンドの曲が風に乗って微かに聴こえてくる中、彼は背中から衝撃を感じて振り向こうとしたが、次の瞬間顔面や膝の後ろにも衝撃を感じた。その程度では微動だにせぬなれど、しかし意外性のある攻撃に思え、警戒を強めた。何せ今の攻撃では蓄積できなかったからだ。

「ビルでも殴ってる気分だわ」

 ジョン・スミスの背後にある屋上入り口の屋根の上からあの少女の声が聞こえ、彼はやれやれと肩を竦めた。いつでも右手の銃を発砲できるよう、そちらに神経を集中させていた。

「なんかさぁ、ズルくない?」

「よく言うわ。じゃああんたも自分の能力を事細かにプレゼンしてくれたら嬉しいけど」

 オリヴィアは映画の女優のように色っぽい笑い、それにつられてスーツ姿の男も笑った――油断を誘えたと信じてそのまま振り向かぬまま背後の上方へと発砲した。

「あれ、外したかな」

 振り向いて見上げると屋上入り口の屋根には微かに血が付いていたが、どう見てもかすり傷だった。ぎりぎりで逃げられ、表面を掠るに留まったらしかった。耳を澄ますと下の方から彼女の痛いという声が聴こえ、彼は屋上から飛び降りた。


 オリヴィアがあの髭のモデルじみた男を分断してくれたお陰でブラッドはあの厄介なパナマ帽の男に集中できていた。彼女の事が心配だったが、まずはこの氷点下の男をなんとかしなければなるまい。ブラッドが立つ建物の屋上から通りを挟んだ反対側で、杖をついて立っているあの男の周囲にはブラッドの電磁シールドと似た球形の水の層があり、その上では引き裂かれた給水タンクから溢れた膨大な水が巨大な蛸を形成していた。それに気が付いたこの街の住人は、この見慣れぬ能力のスケールの大きさに驚き、遠くに離れてそれを見ていた。

 水の蛸はその触腕を反対側にいるブラッド目掛けて数本伸ばし、刺し貫こうとした。ブラッドは反発でそれを押し留めたが、怪獣映画に出てくるようなそれは巨体を捩って触腕を捩じ込ませようとした。逸れた触腕がブラッドのいる建物の側面にぶつかり、砕けた壁とガラスが落下した。負けじと向こう側の男目掛けて電流が発射されたが、それは周囲の水のシールドで防がれた。


 あともう少しで圧倒できると思い、ピーター・ローソンはブラッドの頭上から水の触腕を振り下ろし始めた。ばちばちと電磁シールドの反発が発生したが、それも間もなく破られようとしていた。

「チェックメイトだな」とパナマ帽の鍔を右手で摘んで見上げるような冷ややかな眼光を送りながら、彼は最後の一発を振り下ろそうとした――その瞬間集中力が途切れて、水は雨のように広範囲へと散らばって通りに落下した。水に濡れた人々の悪態が聞こえる中、ピーターは原因を探ろうとした。

「そこまでだ」

 知的なアクセントの声が響いたため、ロシア訛りの杖男は左の方へと視線を向けた。腕を組んで大柄な黒人の男が立っており、均整なその肉体は服の上からでも目立っていた。

「君は誰だね?」

 反対側からすかさず飛来した電撃を防ぎながら、ウォーター・ロードは淡々と、しかし苛々しながら尋ねた。何故かは知らないが、何もかも見透かされている気がしたのだ。

「私の事はミステリアス・ストレンジャーとでも呼びたまえ。以前暫定的だがそういう風に呼ばれていたのを聞いたから。私は君とそのお友達を追っていた。そして――」

「今漸く追い付いた、とでも?」

「そうだ」

「ふん、追うなら過激派の連中でも追えばよかろう。私達はただ脅かされる事なく利益を得たいだけだとも」

 冗談だろう、と黒人の男は答えた。凛々しく整った顔立ちは、目の前の怪物じみたヴァリアントへの嫌悪感で顰められていた。

「その過激派とやらは本拠地がわからないので手出しできない。だからまず君のような身近にいる危ない輩を止めるのさ」

「何故?」

「ヴァリアントが悪目立ちすればそれだけ善良なヴァリアントも風評被害を被る」

 冷え切った目付きで睨め付けつつ、ロシア訛りの尋常ならざる男は苛立たしそうに呟いた。

「やれやれ。さっさとそのよくわからない能力を解いてくれると助かるのだが。一体何をした?」

 腕を組んだまま端正な顔立ちの美しいブラックの男は言い放った。

「テレパシーだよ」

「ええい、私の頭から出て行け!」

 ピーターは気合いで精神への干渉に抵抗し、強力なテレパシー能力を持つミステリアス・ストレンジャーは更に攻勢を強めた。そのため彼らは拮抗し、水を支配するこの男とて防御にしか能力を使用できぬ有り様であった。

「君はそこで大人しくしているといい」

 そう言うとストレンジャーは飛行してその場から離れた。ピーターは悔しそうに歯噛みする他なかった。


「え、何君?」

 自分達のいる屋上へと突如現れた黒人の男にジョン・スミスは驚いたらしかった。段々と追い詰められかけていた少女は、突然の乱入者をありがたく思った。

「君を止めに来たんだ。その少女を追いかけ回すのはそこまでにしてもらおう。言っておくが君の能力は君の友達の記憶から読ませてもらった」

「ふーん。じゃあどうやって僕を止めるのかな?」

「試してみるかね?」

 ふむ、とスーツ姿の男は考え、それからぽつりと呟いた。

「アッラーはどっちの味方だろうねぇ」

 ストレンジャーは間を置かずに答えた。

「君の味方ではないと思うがな」

「うるさいなぁ。大体、君雰囲気からしてプロテスタントでしょ。部外者が神の忠実な下僕であるこの僕にとやかく言わないでよ」

「確かに私は部外者だが、アッラーは君のようなシャイターンに唆された賤しい犯罪者をどうお考えになるだろうね?」

 すると悔しそうにジョンは爪先でとんとんと地面を叩き始めた。

「うっわ面倒臭い事言うなぁ! この屁理屈マン! わかったよ、今回は手を引こうじゃないか」

「まだだ、罪を償ってもらわなければ」

「え? 聞こえなかったんだけど」

 そう言った次の瞬間には既にジョン・スミスは姿を消していた。ミステリアス・ストレンジャーは彼の後を追いかけようとしたが、あのウォーター・ロードなる犯罪者の気配も消えた。恐らく回収して一緒に撤退したのだろう。恐るべき身体能力であった。

「世界中を旅した過程で様々なイスラム教徒を見てきたが、皆敬虔でいい人達だったよ。それなのにあの男ときたら面汚しだな。彼らの名誉のためにも、いつか必ずとっ捕まえてやる」

 自分に言い聞かせるように言いながらミステリアス・ストレンジャーは息を切らしていた少女に手を差し伸べた。彼女はその手をとって立ち上がった。

「ありがと、助かったよ。恩人の名前を聞きたいんだけど」

「私はビリー・フィッシャー」

「あたしはオリヴィア・ウルフ。あ、リヴィアって呼ばないでね」

 その様子を数百ヤード向こうから眺めていたブラッド・ジョンソンは、あの怪物じみた男がいなくなった事で心に余裕ができたものの、オリヴィアに近付いたあの謎の黒人の男に嫉妬心を抱いた。

 遠くから遅いパトカーのサイレンが聞こえ、野次馬は事件の終息を悟ったらしかった。事件から数日経った頃、この街から柄の悪いヴァリアントが不特定数いなくなっていたが、人々はその真相を深追いする事はなかった。

 ピーターはそんなにイケメンではないがジョンは超絶イケメン。もちろんビリーもかなりイケメン。イケメンキャラが多すぎる気もしますがご愛嬌。

 別に飽きたわけではないがこの導入部を今まで書いてなかったせいでヴァリアント関連の話を数ヶ月放置していたので、次からは楽に過激派関連の話を書ける。

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