SPIKE AND GRINN#27
調査は行き詰まったかのように思われたが、時には金と人脈で活路が開く場合もある。スパイクは考え方を変え、次の目的地を決めるのであった。
登場人物
―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。
―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉。
―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉。
―クレイトン・コリンズ…地元市警の刑事。
事件発生日の翌日、朝︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ヴァン・ナイズ
「そうだ、昨日言ったワンブグが出没しやがってな。あんたに教えてもらったジム・ロスは奴に焼き殺された」
焼き殺された、というのは少々語弊があろうか――しかし確かに精神や魂を焼き払われたのであろうが。
ジム・ロスの遺体はあまりにも特殊なものであったため、FBIが引き取る事に市警は反対しなかった。外見はほとんど無傷でありながら明らかに爛れるレベルの大火傷によって焼死しているという矛盾した死体など、確かに気味が悪い。
外見も人間のそれから悍ましく変異しており、低位の悪魔にありがちな腐敗したハムのような隆起した肉体は解剖するのも一苦労に思われたが、FBIにとっては貴重なサンプルであった。
解剖が済んだら死体農場へと送られ、何かしらのシチュエーション下に置かれて変化の経過を実験するものと思われた。
正直なところスパイクはそうした悪魔の辿る末路については一切同情などしていなかったが、しかし手掛かりが途絶えた事に関しては苛立たしく思っていた。
『そいつは残念だったな。何か他には?』
「ああ、ワンブグはジム・ロスに喋られたら困る事があるとか自分で言ってたな」
『自分でか?』
「そうだぜ」
『映画の悪党みてぇだな、そのワンブグって奴』
映画の悪党であればよかったかも知れなかった――実際にはガティム・ワンブグというのは現実の脅威であり、スパイクと対を成す世界最強の魔術師であり、そして金のために動く異常な殺戮者であった。
朝日が輝く中でスパイクは路肩に止めた車に凭れ掛かり、アイドリングによって揺れる車体の振動を感じていた。
助手席には〈秩序の帝〉であるグリンがおり、後部座席ではどこか居辛そうな様子でかつての地球の守護神であるライアンがいた――今時の若者にしては携帯を見る頻度が低かった。
グリンはじっと佇み、無言のまま呼吸もせず外を眺めていた。スパイクはライアンが気不味そうな事を察していたので、あまり電話を長引かせるべきでもないかと考えた。
「それと、あの野郎の死体はフェドが持って行ったな」
『はぁ』
「どうした?」
『FBIの連中に掠め取られるって本当にあるんだなって思ってな。まあ初めてじゃないが』
「そうか…ちなみに言えば、ジム・ロスの死体はハーマン構造のタイプ4で、八つの収縮器官があって、次元通過フィルターは死後も痙攣を続けて――」
『――え、なんだって? 何かSF用語か?』
「つまりそういうわけのわからんような用語を使わなきゃならねぇような、特殊な外見と中身を併せ持つ死体なんで、それでもそっちの管轄で解剖したかったかって話さ。例えるなら蛹とボディ・ビルダーを遺伝子操作で一つにしたような死体だな。あと熊とか」
『あー、まあ。ウチにはトミーリー・ジョーンズもウィル・スミスもいないし多分無理だろうな』
あの追跡撃とその後の騒動からあっと言う間に一時間程度過ぎ、既にハーパライネンば立ち去り、FBIの他の要因が一帯を封鎖して調査している。
今なら『連邦捜査官だ!』と叫んでも銃撃戦になりそうにはない。
先程ワンブグを狙撃したホワイトアウトも立ち去り、また三人に戻ったのであった。
スパイクは車内に戻った。サイドブレーキを解除してギア操作とアクセル操作で発進した。重厚なエンジン音と共にカマロは走り始め、グリンは不意に質問した。
「次はどうするつもりですか?」と彼女は前を向いたまま言った。
「お前の事だしさっきの電話も聞こえてたんだろ」
「はい、ですがわかっていませんね。私はともかくライアンはどうですか? 協力者であれば情報はある程度共有すべきでしょう」
嫌になるぐらい平坦な声であり、グリンらしかった。
「ほう、お前にもそういう気配りがあったとはな」
スパイクは昨日グリンがショーラの面倒を見てくれた事を思い出しながらも皮肉そうに言った。
「ええ、気配りどころか現実逃避で精一杯の男が私の同盟者ですから」
車内にはまたなんとも言えない空気が流れ、部外者であるライアンは蚊帳の外の気分であった。イチャイチャするのはいいけど、それはまたの機会にしてくれないかな…。
「そうか、お前と話してると一番クソつまらなかった授業がカンヌで賞取った映画みたいな傑作に思えてくるな」
「乏しく限定された人間の知識で、無理に面白い事を言わなくても構いませんよ」
「言うじゃねぇか。一ついいか?」
「なんでしょうか」
「最後に発言した方が勝ちとか思っちゃいねぇよな?」
「少なくとも私はそう思っていません」
「ならこの下らねぇリアリティ・ショーはこの辺にして説明するぞ。ライアン?」
彼らのやり取りを聞くべきか聞き流すべきか彷徨っていたライアンは後部座席で揺られてうとうとしていたが、スパイクに声を掛けられてはっと意識が覚醒した。
スパイクはちらりとミラーを見て、ライアンがどういう様子であったかを悟ったが、それには触れなかった。
「え、何?」
居眠りを咎められた学生ではあるまいに。
「正直今の電話の内容は行き詰まりだった。ワンブグにロスを口封じされ、出鼻を挫かれた。だがあいつは言ったな、『喋られては困る事がある』ってな。まあそれが嘘か本当かはどうだっていい、ふとあの野郎を見て気が付いたんだよ。つまり、あいつならイーサーと液体窒素を混ぜ合わせて、それをイサカ召喚に当てられるってな。
「あいつはマスダ家の人間にイサカを模倣するための手助けをしてやった。更にはこれまであいつの仕業とされてきた事件には高度な技術が無ければ作成不可能な魔術的な道具が使われた。さっきもディッセンなんとか帝国の武器と同じ原理のトラップを使用したが、そんな未知の代物を作れるのはあいつぐらいだろ」
そこでふとスパイクはグリンを見た――内心では彼女がそのなんとかという種族及びその帝国の名称を訂正するかと思ったが、彼女は流れてゆく車外の眺めを見続けるのみであった。
信号が変わったので交差点で車は止まった。進路はおよそ彼の自宅方面へ。とりあえず自宅向けて戻りつつメールを待つ。
爆風で引き裂かれたスパイクの上着を今も抱き止めているグリンに、そう悪くはない感情を持ちながらスパイクは先を続けた。
「イーサーはともかく、液体窒素をイサカの召喚に使えるぐらいの量を注文するとなると…で、しかも今まで似たような事件が何件も起きてるとなると…結構な量の液体窒素を纏めて購入したか、それか定期的または不定期に購入してるはずだ、まあいずれにしても総量的にはかなり目立つな。自分の所で液体窒素を用意できるってんならお手上げだが、購入してるなら調査できねぇ事もねぇってわけだ」
既に彼は『依頼』をしていた。
すなわち液体窒素をどこかのガスや化学関係の会社――あるいは複数の会社から――から購入したりしている者がいないか、何かそのような怪しい振る舞いが見られないかを、前金式の情報屋に頼んでいる。
上手く行けば残りの報酬を払う事になっている。怪しい兆候が見付かればそこに向かい、そしてクレイトンにも調査してもらう。
『新着メールです』と車内にウィニフレッドの声が響いた。スパイクは車載AIの名状しがたいホログラムに対して「依頼した調査の返信だったら読んでくれ」と頼んだ。
『了解しました。以下本文です、『マサチューセッツ工業が新規事業開拓と称して数年に渡り液体窒素を不定期購入しているが、この企業の新規事業とやらは会社概要及び参加する協会のどちらでもカミング・スーンのまま。情報更新を疎かにしているわけではなく、ホームページの最新ニュースは一週間前』
この会社はスパイクも知っていた。何をしているかまでは具体的には知らないが、会社の場所を知っていた。
会社の業績については数年赤字が続いたようだが、去年からは黒字に転向したらしい。
「ってわけだ。ライアン、あちこち連れ回して悪いが次はマサチューセッツ工業とかいうのを調査しに行く必要がある」
「いや、いいよ。これも正義のためなら。シャーロットの友達だけじゃなくて、他の人達も殺されたんなら、俺はかつて地球を守った者として何かしなくちゃいけない」
ライアンは静かに怒りが滾るのを感じた。理由があろうと、これが連続殺人だというのなら許してはおけない。
だがスパイクは、シャーロットという名を聞いて胸を突き刺されたかのような感覚を覚えた――殺された友人夫妻の妻の名前と同じだ。
「気になったのですが、犠牲者に何か共通点などはあるのですか?」
「いや」とスパイクは悲痛から立ち上がりながら言った。不意に煙草を吸いたくなり、胸の奥で何かがちりちりと燃えていた。
「まああれだ、誰かにそう聞かれる気がしたんでさっきの情報屋にはそっちも調べてもらったんだが。結果はそっちの方が早く出やがってな、人種も性別も年齢も、更には住んでる場所や社会的な階層なんかも一切共通点が無い」
しかしそこでスパイクは言葉を切って、少し溜めてから続けた。
「だが確かな事はある。最低のゲスなその犯人ってのは、誰かの息子や娘を殺し、誰かの親父やお袋を奪ったってわけだ」
「それは許すわけにはいかぬ」とライアンは神として発言した。後部座席から怒りの色が漏れているのを感じた。
「もちろん俺も同意見だ。行こうぜ」




