表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
197/302

GAME OF SHADOWS#6

 追い詰められたフランス人の強固な意志と決意とが膠着状態を作り、遂に雷帝は自ら斬り込んだ。オスマン帝国の雷帝バヤズィッド一世がフランス騎士達の即席方陣へと突入し…。

登場人物

―ジーン二世・レ・マングル…フランス軍元帥、超人元帥ブシコート。

―バヤズィッド・ビン・ミュラード…雷撃を操るオスマン帝国の第四代スルターン、雷帝バヤズィッド一世。



一三九六年九月二五日:ブルガリア、ニコポリス郊外


 フランス騎士達は互いに距離を狭めて密集し、徐々に後退を始めた。

 初めて彼らは連携らしい連携を見せ、高位の騎士達は己らの権力を使ってその場の全員を強化して討ち取られるリスクを減らした。

 空はどんよりとした雲に覆われ始め、ごろごろと遠雷が轟くのが聴こえた。しかしこれならば充分に持ち堪える事は可能である。

 ある種の安心感が心に余裕を取り戻させ、フランス人達は喝を入れ直した。それを見た雷帝バヤズィッド一世はふんと鼻を鳴らし、それから不意に詠唱を始めた。

――その決断は常に稲妻の煌めきよりも速く、その処断は常に雷鳴が轟くより前に下る。帝国の旗に集う者どもよ、我が(いかずち)の一端、その身に宿して敵を穿て。

〈雷電皇帝・壱式〉イルディリム・プライマス!」

 オスマンの高貴な血筋を受け継ぐスルターンはその実ルーム(イスラーム世界におけるローマの呼称)の後継のようなものであると自認している節があり、それ故シギスムンドの神聖ローマ皇帝としての仮の称号は少々目障りであった。

 そして彼が発動した〈授権〉(オーソライゼイション)はそれを失墜させるに至るための第一歩であった。

 雷帝の軍は今やセルビア軍も含めたその全員が、その矢や刃に電撃を宿していた。

 その身、そしてその鎧にすらも雷帝の外延としてそれらが宿り、まず税権騎士(スィパーヒー)らが第一の脅威として襲い掛かった。

 切り結ぶだけで刃や鎧を通して高電圧・高電流が流れ込み、これだけでも下級の騎士には脅威であった。

 ブシコート元帥とヌヴェール伯が反撃して数人の税権騎士(スィパーヒー)を討ち取ったが、しかし後退の命令が出て騎兵特有の迅速さで退いた。

 これを追い掛けてもよいが、しかしそうなってはこの大軍を前に中堅以下の騎士は統制が崩れた隙を突かれて全滅するであろう。

 そして今度は矢衾(やぶすま)であり、雷撃を纏うこれらの雨がざあっとそこらに降り注いだ。

 地を穿つ音はぞっとさせられ、それに負傷あるいは戦死してゆく騎士達の悲鳴も混ざった。

 騎馬ごとがくがくと痙攣し、身を焼かれ、体内はずたずた(・・・・)であった。

 死の雨が止むと再び騎兵が殺到し、それら税権騎士(スィパーヒー)は西洋の封建騎士と同じく、勇猛果敢であり、自らの命よりも名誉を重んじるところがあった。

 そのためその攻撃にはおよそ容赦というものが存在しなかった。

 騎兵とは止まった状態ではその優位性が大きく削がれる。それでも脅威には変わりないが、しかしいざ自らの側が騎兵突撃を受ける側となると馬上では守りにくい。

 となれば基本的には未だ下馬していない騎士とはすなわちそれだけ強大である事を意味していた。

 ブシコートらは税権騎士(スィパーヒー)が退いた隙に他の高官らと短く話し、方陣を組んで跳ね返す事を選択した。

 これは別に臆病者の行為ではなく一丸となって攻防を共にする行為であった。

 強大なペルシャ帝国とギリシャ世界が事を構えた大戦におけるテルモピュライの戦いにて、たった数千人で殿(しんがり)を引き受けたスパルタ人やテスピアイ人の故事のごとく戦うというのは大変名誉であった。

 名高きフランス軍最強の騎士達は己らの権力によって丘の上で残り百人を切った騎士全体に防御強化を施した。

 彼らの鎧や盾は雷帝その人が付与した稲妻の加護への強力な抵抗を発揮し始めた。

 再度の矢の大雨が襲い掛かり、しかし騎士達は気合いでそれに耐え、クシー伯は全体の治癒能力を加速させ、あたかも傷を負いながら同時に治癒が始まる半不死のごとく戦えるようにした。

 フランス聖霊騎士団の団長であるジーン提督は全員にイーサーで形成された盾を出現・瞬時に配布させ、そして彼の号令で騎士達は耐えた。

「まだだ! 更なる栄光を見たくば盾を下ろすな、高く掲げよ! そのままだ、まだ雨は上がらぬ!」

 重苦しく落下して揺るがす矢の雨は地獄めいており、それらが無数に降って押し潰されそうな感覚があったが、しかしジーン提督の声が不思議と勇気を与えた。

 若くして馳せ参じたとある下級騎士は矢が膝を貫き、血がどくどくと流れた。このまま逃げ出せればどんなに楽かと考えたが、しかし最終的には勇気がこれを制した。

 終わってみればだからどうしたのかと言う他無く、オスマン軍は優勢なはずでありながら、目の前のただの蛮勇の徒どもがよもやかくも耐えるとは思わず、微かにだが恐怖が沸々と湧き上がり始めた。

 最も弱い部類の騎士が、何でもないように矢を膝から引き抜き、再び方陣に戻ったではないか。

 一体この田舎武者どもは何を根拠にこうして凛としていられるのか?

 一方でブシコート元帥は若き騎士に語り掛けた。

「それでこそフランスの武者。そなたが他の騎士と同様に勝利を強く信じる限り、我らは無敵なのだ」

 その若い騎士は短く答えながらブシコート元帥を見た。

 一時的にバイザーを上げたフランス軍の元帥は己よりは歳上ではあっても、思っていたよりも若かった。思えば声もまだ若々しさが残っていた。


 雷帝バヤズィッド一世は己の思うように事が運ばなかったのを確認して苛立ちつつも次の手を考えた。

 なるほど蛮勇は蛮勇であれど、しかし世の中にはその中でも厄介な部類が存在するのか。

 彼の決断は早かった。何故なら彼こそはサラディンの側近であったイマードゥッディーン以降の中では特に強大な部類の雷電の支配者であり、そしてそれに恥じぬ迅速さを持っていた。

 彼は馬から飛び上がるようにして下馬し、そのまま地を這うようにして抜剣したまま飛んで行った。目指すは強固なフランス式即席ファランクス、望むはそれらの無様な失墜。

 騎士達は『これなら援軍が来るまで耐えられる』と考え、そうした心境はより一層高位の騎士であるブシコート元帥らの権力を補充・増強するものであった。

 実際のところ古来より強い部隊というのはこの権力のサイクルが部隊内で発生している事が条件の一つであった。

 隊長等の権力者が命令や権力による何かしらの強化を与えて、そしてそれらが上手く機能して部隊が敵を挫いた時、権力者への強固な信頼が生まれて権力が集まる――この循環によって己らの士気及び戦線を維持する。

 であれば、まずはこれらを一気に崩壊してやるのが手早かった。

「じゃあちょっと遊んでやろうか」

 父母の美しさを受け継いだハンサムなスルターンは地を這うようなうつ伏せ体勢の高速飛行を方陣の二〇ヤード手前で終え、そのまますうっと地面から何ヤードか浮かび上がった。

 彼の接近はトルコ人達が旧約聖書の故事のごとく左右へ割れるかのように道を開けるものだから、それによってフランス軍にもわかった。

 しかしこれは矢衾終了からまだ十秒未満であった。

 十秒になろうかというその時、武器を上空向けて構えたフランス軍に対し、バヤズィッド一世は己の刀を投げ放った。

 細身のそれは未来の加速兵器じみた速度で方陣に激突し、それと同時に稲妻の杭が彼らの足元から再出現した。

 そしてその効果を確認するのは後回しにして、雷帝は右手に凄まじい電撃を発生させ、それを振り下ろすようにして斜め下方の方陣へ急降下した。

 途端周囲が暗くなる程の凄まじい光量の稲妻がそこらを蹂躙し、耐え切れなかった下級の騎士が三〇人纏めて蒸発した――否、まるで何かのエネルギーに変換されつつ消失するかのような有り様であった。

 ブシコート元帥は先程短いやり取りを交わした下級騎士へと手を咄嗟に伸ばした。全身を雷撃で蝕まれ、そしてその肉体は分解され始めていた。

 スローになった主観的世界で元帥はなんとかしようとしたが、しかしスローで徐々に肉体が発光しながら消失してゆく若者に対して何もできなかった。

 やがてスローの世界は終わり、未知の恐怖が張り付いた瞳がバイザーの隙間から見え、元帥は無念の叫びを上げた。

 上位の騎士達も無傷ではなく、この恐るべき『床ドン攻撃』の衝撃から立ち直る事に必死であった。

「大元帥、ご無事で?」

 ジーン提督は晴れゆく雷光の中で宛ても無しにウー伯を呼んだ。

「あ、ああ。まあなんとかな――」そこで彼は、この攻撃を引き起こした本人を視認した。

 円形の胴部装甲を備えたオスマンの作りの鎧であり、比較的軽装で、そして鎧の縁や服飾は豪華であった。全体は紺が入った濃い青色であり、顔面が露出した兜はその持ち主が誰かを邪魔せずさらけ出していた。

 そしてウー伯はびっくりした様子で沈黙を破った。

「ああ、主よ! 全員立ち上がれ! 目の前の男はバヤズィッドだぞ!」

「やあ、フランスの諸君。生憎君達が何を言っているのかわからないが、せっかくブルガリアまで来たんだし遊んであげるよ」

 雷帝はトルコ語でそう言い、ブシコートを除けばほとんど誰もその意味は理解できなかったが、しかし騎士達はこれに殺到した。

 ヌヴェール伯は長い馬上槍(ランス)を使ってフェイント混じりの槍の瞬速連打を放った。背後からは周り込んだ下馬騎士達が剣で斬り掛かった。

 しかしこれらの突きは雷帝が突如浮遊させた何かに阻まれた――彼は戦死者の鎧をいかなる術によってか剥ぎ取って盾代わりに浮遊させた。

 金属が次々に宙へと舞い、まるで蝙蝠の群れのごとく一匹の大蛇じみたものが渦巻いた。

 それらの破片が背後から来る下馬騎士達に襲い掛かり、混乱によってその効力が薄れた権力由来の防御の加護はもはや無敵ではなかった。

 バヤズィッド一世は不可視の力場によってヌヴェール伯の鎧へと干渉し、これの動きを封じようとした。しかし相手も死にものぐるいでこれに抵抗した――なるほど、僕の力に抗えるか。

 雷帝は戦場に転がったり突き刺さったりしている持ち主不在となった武器へと干渉し、金属製であるこれらを猛スピードで己のいる方角へと手繰り寄せつつ、フランス軍の猛攻に挑んだ。

 ブルゴーニュ伯は長槍(パイク)を馬上から地面を穂先が掠めるようにして振るい、凄まじい衝撃波が一種の爆風としてバヤズィッド一世へと襲い掛かった。

 オスマン帝国のスルターンは衝撃波が当たった瞬間、全身が光ったかと思うとその場から消えた。

 次の瞬間にはブルゴーニュ伯の背後におり、彼が槍を背後向けて振り下ろすのを蝙蝠の群れじみた金属片どもによって受け止めさせた。

 ブルゴーニュ伯は己の切り詰めた長槍(パイク)と拮抗しつつ柄を這い上がって来た金属片を追い払った。

 しかし次の瞬間突如ブルゴーニュ伯を呑み込まんとして襲い掛かったこれらの群れに対して、ブシコート元帥が一閃するや、たちまちそれらは力を喪失して地面へばらばらと落下した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ