GAME OF SHADOWS#4
オスマン軍と十字軍はいかなる激突を迎えたのか――超人的な戦闘能力でフランス軍が戦場を荒らし回る序盤、そしてその背後で蠢く雷帝…世に言う『ニコポリスの戦い』で一体何が起きたのかが明らかになる。
登場人物
―ジーン二世・レ・マングル…フランス軍元帥、超人元帥ブシコート。
―バヤズィッド・ビン・ミュラード…雷撃を操るオスマン帝国の第四代スルターン、雷帝バヤズィッド一世。
一三九六年九月二五日:ブルガリア、ニコポリス郊外
フランス騎士達は逸っており、突撃を開始した。丘に布陣するオスマン軍の全貌は見えず、ハンガリー軍や各騎士団を差し置いてフランス勢は先行して行った。
一応は同じ志しで集まった十字軍でありながら、全体の統制は微妙であった。
敵の前衛に接敵すると激烈な突撃を喰らわせ、馬上槍ないしはより汎用性のある通常の槍がオスマン側の前衛に容赦無く襲い掛かった。
盾を使って防ごうとした者が、あたかも建物の二階建てにも達そうかという古代の大猪に跳ね飛ばされるがごとく吹き飛んだ。
怖気付いて背を向けたところを人馬もろとも装甲された重装騎兵に踏み潰され、中には片手で馬上槍を振り回して撲殺を図る猛者とて存在した。
これら騎士達は顔をすっぽりと覆う兜の下で怪物じみた形相を浮かべ、凄まじい声を張り上げ、一人でも多く殺すために奪い合っているようにさえ見えた。
そのような群れが、地平線の彼方から襲来するフン人の略奪隊じみた様相の横並びで我先にと殺到し、そして後続も大勢いた。
そして先陣を切る騎士などは己の持つ権力を変換し、更に強化されていた。
そのためジーン二世、またの名をブシコート元帥と呼ばれた超人的な騎士とそれに追随する位の高い騎士達は、遥か後世において開発される列車の衝撃にさえ匹敵する凄まじい破壊力を纏って戦場を荒らした。
木っ端微塵に砕ける異教徒達を尻目に、フランス騎士達に流れる過去の様々な戦闘民族の遺伝子が疼き、特にブシコートらの一団は遅れて追随する下級の騎士達にすら少なからぬ戦慄を与えた。
ウー伯は大元帥の地位にいたため強大な権力を手にしており、他の騎士達と同様にそれを用いて己の身体能力を飛躍的に強化し、鎧の防御力は馬上の要塞であった。彼が突進するだけで地面が抉れ、衝撃波が襲った。
ヌヴェール伯は馬上槍で貫いた武装した敵歩兵そのものを武器として振るい、『人体とそれの付随物は時に鈍器となり得る』という普段あまり意識する事はないにしても基本原則である事項を戦場で示し、多くの歩兵を殺戮した。
無畏公として知られる事になる時のブルゴーニュ公は全くの向こう見ずであり、撤退を開始した敵歩兵部隊を追い回し、馬上槍の代わりに持ってきた柄を短くした長槍――それでも七フィートを超えていた――を片手で操り、刺し、殴り、斬り裂いた。
クシー伯もまた果敢に戦い、馬上槍で敵を数十人殺した後はそれを投げ槍のように無理矢理投げ付けて不幸な三人の歩兵を串刺しにすると、そのまま馬上で抜剣して敵の手足を斬り飛ばし、丘の上でそれらが下向けて転がった。
しかしそれらの中でも一際化け物じみていたのはやはりブシコート元帥であろう。
彼はこの場のフランス軍全体で見ても最高の権力を保有するわけではないが、しかし彼は権力という不可思議な力を用いた戦闘にとても長けていた。
彼は馬上槍と三日月斧とを各々の手に持ちながらなおかつ盾を左腕に括り付け、馬上槍で三人の歩兵を纏めて貫いてから、今度はそれらを貫いたままで馬上槍を地面へと叩き付け、その衝撃で立ち向かってきた者どもを纏めて転倒させた。
彼の馬はそれから大きく跳躍して衝撃波が蹂躙した箇所へと着地して皆殺しにし、踏み潰された敵兵には串刺しのまま藻掻く同胞が加わり、それらは馬上槍を再び振り下ろされて纏めて死んだ。
元帥は己の周囲から槍を突き出してきた歩兵らの突きを全て両手の武器で逸らし、彼の馬が後ろ足で蹴ると土と石とが弾丸のように発射され、軽装の歩兵らを殺傷した。
フランス人は馬を軽く旋回させて振り向き、先程土と石とで蹂躙されて少し兵が開いた方角へと馬を走らせ、すなわちそれは進軍する方向からすると後方であり、彼がいかに敵陣のど真ん中で孤立しているかがよくわかった。
彼は撤退中の歩兵隊の中央に降り立ったので、彼の位置からその後方に向けての歩兵の層はおよそ三〇ヤードもあった。
いかに散らされようがかなりの数がおり、あまりにも無謀に思えた。
しかし彼が超人元帥である事は敵方の大将にしてオスマン帝国の現スルターンである雷帝バヤズィッド一世とて承知しており、その武勇は妨げられる事無く発揮された。
元帥は後方向けて疾走しながら敵を蹴散らす馬からすぐに跳び上がり、それに対して槍や剣が突き出されたので、彼は己の権力によって要塞化された鎧の右肩から真っ逆さまに落下し、突き出された全ての刃が鎧によって砕かれた。
落下の衝撃が巨大投石機のそれじみていたので、それだけでも八人殺し、更には鎧のまま軽業師のごとく跳ね起きつつ蹴りで駆け寄る敵を殺した。
続け様に立ち上がりつつの斜め回転とその次、完全に立ち上がった状態の横回転で周囲をそれぞれ薙ぎ払った。
馬上槍と三日月斧は敵兵の血で塗れ、古代ギリシャ兵か、あるいはヴァンダル人のそれじみた恐るべき形相を兜に覆われた内側で浮かべた。
そして一瞬振り被ってから馬上槍を横回転させながら右へ投げ付け、それが数十の敵を殺しながら勢いよく飛んでゆくのを尻目に三日月斧を右手に持ち替えた。
背後から斬り掛かる敵の顔面を柄で突いて撲殺し、前から来た敵に対して切っ先を素早く向けて突撃を抑止した。それから構え直し、本来両手で構えるべき得物を片手で構えた。
彼は自然な動きで上段で構え、あたかも上から攻撃する風を装いながら一瞬で両手持ちに切り替えて下段から斜めに斬り上げ、それは敵の鎧を貫通して斬り殺した。
斜め右後方へと向き直ると剣を振り被って来た敵兵の振り下ろしをガードし、そのまま流れる動きで三日月斧を敵の腕の下から通し、それから首の後ろに斧の刃をめり込ませた。
悲鳴を上げ、しかし斧の柄と元帥の腕とで己の腕と剣とを拘束されて何もできずに苦しむ敵兵を担ぎ、それを武器代わりにして突進した。
鎧を着た人体そのものが凄まじい突進力で突き進むのであるから、その不運な敵兵は仲間を殺傷しながら次々と丸太で殴打されたかのようなダメージを負い、道程で三〇ヤード丘を登った所で絶命し、元帥は斧を首に引っ掛けた先程まで生きていた死体を勢いよく投げた。
「来い!」と大声で叫び、それに呼応して何かが離れた所から敵を蹴散らしながらやって来た。
最初の到来者は彼が投げた馬上槍であり、それは右方向にいた進路上の敵を全て殺してから突き抜けて山肌に突き刺さり、そして今度は高速で軌道修正しながら己の主人目掛けて回転しながら飛来した。
そしてもう片方の到来者は彼が後方向けて行かせた馬であり、鎧と白いサーコート状の馬衣を纏っていたが、血飛沫と泥とで汚れ始めていた。
伝説に出てくる類いの馬にも匹敵する怪物じみた勢いで次々と敵を跳ね飛ばして主人の下へと急いだ。
ジーン二世・レ・マングルは左手で逆手持ちにして抜剣し、飛び掛かりながら身を捻って突き出された槍を回避し、着地までの間に三日月斧と剣とで周囲の連中を斬り裂いた。
着地すると前転して、膝立ちになって止まると両手を振るって敵集団の脛を斬り付けた。
そうこうしていると馬上槍が己に追い付いてきたので、彼はそれの回転を盾で止め、しかし勢いは殺さずその上に一瞬で乗り、馬上槍そのものの勢いと三日月斧と剣とがそれぞれ殺傷を始めた。
彼はそのまま斜め前方へと丘を登ったが、数百ヤード進んだところでそれまで蹴散らされるのみであった歩兵隊が決死の壁となった。
勢いが殺されて接地した段階で周囲から無数の敵兵が群がり、攻撃しているのか集っているのかわからない様相でリンチを始めた。
蟻の群れのように掴み掛かってドーム状となったが、しかしその圧死しかねない状況へと彼の馬が凄まじい勢いで強引に道を作って迫り、そしてそれに呼応して元帥は敵を周囲向けて跳ね飛ばした。
ブシコート元帥は馬に跳び乗って剣を収め、そして小さな木の枝を操るように馬上槍と三日月斧とを元の持ち方へと持ち換えた。
このあまりにも超人的な単独の進撃から遅れて他のフランス騎士達が駆け付け、そして彼らもまた各々で敵を討ち始めた。
しかし未だに敵の撤退先と見られる丘の上の方はよく見えず、フランス軍はそこ向けて敵を追い込む事に躍起となった。
フランス軍は軽装の弓騎兵等も有したが、しかし先導する重装騎兵が突撃する先々で蜘蛛の子を散らすがごとく敵を粉砕するものであるから、あまり活躍する機会も無かった。
他の兵科も明らかに重装騎兵達から遅れ、そしてフランス以外の国の軍勢も遅れていた。
実際はまだ正式な神聖ローマ皇帝でもないのにそれとして振る舞う事で権力を増大させたポーランド王シギスムンドは後方に布陣し、己に従わないフランス軍を内心馬鹿にしていた。
彼の異母兄であるローマ王ウェンゼルからその称号を一時的に借りる形でローマ皇帝となっており、皇帝としたのはウェンゼルのアイディアであった。
とにかく失政続きで世間の陰口の常連のような人物であった兄ではあるが、しかしこうしてローマ皇帝としての地位を一時的に授けてくれた彼の眼差しは本物であった。
余の意を携えた代理として存分に戦えと言ってくれた時の眼差しはまともなものに思えた。
世間に言わせれば旧ローマ時代の衰退を招いた愚かな皇帝達と大差無いか、それに勝るとすら言われるが、しかし己にとってはそれでも家族であり、見捨てられなかった。
鎧で身を固めたシギスムンドはフランス軍の蛮勇を遠巻きに眺めていた。
先程の会議までは内輪で対立し、誰々の指示には従えだの忠告は聞いておくべきだの様々な意見が出ていたフランスの上級騎士達も、結局戦いが始まればああして我先にと『仲良く』駆ける始末。
せっかく部隊を分けたのに、それを率いる者どもがあれではあまり意味が無い。
さながら、異教徒の中でも特に畏怖と敬意を払うべき猛将ハーリドが、ムーターの戦いにおいて東ローマの将を相手に次々と一騎討ちを申し出ては、力及ばず討ち死にしてゆく上官達に苦笑いをした時のごとく。
ワラキアやホスピタル騎士団はシギスムンドの軍勢の周辺におり、敵の反撃に備えていた。
するとその時、先程までは蹂躙されるままに任せていたトルコ人達が反撃を開始した。戦争捕虜を再教育した軍団――後の改宗奴隷兵――と、馬上の税権騎士から矢が放たれ、曲射のそれは大粒の雨のごとく一斉に野を穿った。
大した権力も持たず、あるいは権力を戦闘で活用する術を知らないような下級の騎士達はこれが不運にも鎧の弱い箇所へと突き刺さったり、馬をやられて落馬するに至った。
「では始めようか」
フランス軍からは見えない丘の上の向こう側に布陣する本陣で騎乗している雷帝がそう言うと、丘の中腹にいきなり雷そのものの杭が無数に出現した。




