NEW WORLD NEIGHBORHOODS#6
オサダゴワーの目的は不明であり、平均的な能力の神とは言え、やはり神相手にネイバーフッズは苦戦を強いられた…。
登場人物
―アッティラ…現代を生きる古の元破壊的征服者、ヒーロー活動という新たな偉業に挑むネイバーフッズ・チェアマン。
―ジャッカロープ/ジャクリーン・クック…コズミック・エンティティより強力な能力を授かったアメリカ初の女性ヒーロー、ネイバーフッズ・チェアウーマン。
―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…スーパーマン的能力を持つ新人ヒーロー。
―Dr.シュライク/パトリック・チェスター・ジョンソン…現代の魔術師。
―スティール・ナイト/ジョセフ・ドゥク・ソン…天才的な頭脳を持つ鋼鉄の騎士。
―ダニエル・オーバック…生活費のため正式登録のヒーローとして働く事を決意した新人ヒーロー。
―二代目キャプテン・レイヴン/ルイス・ジェイソン・ナイランド…軽度の超人的肉体と飛行能力と〈否定〉系能力とを持つヒーロー。
―レッド・フレア…とある事件で世に現れた女性人格の赤い多機能ロボット。
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:ニューヨーク州、マンハッタン
神とは往々にして怪物じみた力を有する次元違いの生物である。厳密に言えばハヌマーンもまた神の縁者ではあるが、しかし彼は人間界では己の全力を封印していた。
というのももし神のごとく振る舞えば、あくまでハヌマーンの化身として顕現しているという事になっているはずの己が、人ならざるものどもすら魅了してしまう驚異の美を振り撒いてしまい、大混乱を引き起こすからであった。
妖魔ならばいざ知らず、神ないしは悪魔にとって人間の棲む環境というのは細心の注意を払わねば一瞬で崩れてしまう事もある。
まるで撮影のセットとして作られたミニチュアの街を歩くようにせねばならなかった――そうした気遣いをする神格であればだが。
激しい雷雨が春のニューヨークを蹂躙し、冷たい雨が逃げ惑う人々を容赦無く濡らし、それを引き起こしている蟇の神格は実に楽しそうな笑みを浮かべて己への攻撃を振り払っていた。
「どうしたの? そんな程度じゃ楽しめないだろ?」
神の声とはそれ自体が既に兵器であり、神その人にその気が無かろうと精神へと食い込んで影響を及ぼすのである。
これに耐えるには強靭な精神力か何らかの防御手段が必要であった。
耐神装置は今のところ機能を十全に発揮していたが、しかしそれもいつまで保つかはわからない。
ビルの屋上に設置された避雷針じみた金属棒を備えた六フィート四方の立方体型の装置が負荷に耐えていたが、果たしていつまでそれも続くのか?
現在のところオサダゴワーが一体何を目的に現れたのかは全くわかっていない。流浪の神であるサソグアの息子は、誰かの召喚に応じたか、あるいはただの自由意志という気紛れで訪れた可能性もあった。
いずれにしてもキリスト教右派の中でも特に凝り固まり排他的な集団にとってみれば、一神教における神と多神教における神の定義とが異なるとしても、しかし有翼の蟇の姿をした神――しかも恐ろしいぐらい美しい――というのは失神ものであった。
アッティラは戦闘用の肉の襞じみた鎧を纏い、降り頻る雨の中で前線の指揮に当たった。摩天楼の少し上ぐらいを魔馬が駆けた。
「接近する要員は長時間留まるでないぞ! ハヌマーンやDr.シュライクはいざ知らず、加減しない神の近くにいればどのような影響が出るかわからぬ!」
それを聞いて曇天の下で鈍い水色に輝くジャッカロープが叫んだ。
「今の聞いたわね、プラントマン? 私とあなたとで二交代制にするわよ!」
「了解!」
言いながらプラントマンは一旦後退するジャッカロープと空中でバトンタッチし、最前線向けて上昇して行った。
上空では尋常ならざる異星の蟇の神がせせら笑い、地獄めいた美が乱舞していた。
ハヌマーンが一迅の風となって突撃し、手にした鉄骨を両手持ちで上段から振り下ろし、神の魔力を通して強化されたそれは軍神オグンが作り上げた巨大な鉄塊じみた剣と激突した。
その衝撃が凄まじい音響と共に駆け抜け、一時的にマンハッタン全体がミュート状態となった。
アールはその隙に殴り掛かった。彼はまだ日が浅く、能力の練習はヒーローになる前から積んでいたものの、しかし歴戦のネイバーフッズのメンバー程ではなかった。
そのため彼はまだ己の能力がどこまで伸びるのかは現段階ではわかっておらず、そしてエクステンデッドとして脳内に流れてくる能力の詳細以外は何も知らなかった。
一応訓練はしていたがやはり実戦となると興奮で訓練内容が活かせず、彼はフェイントも何も無しに真っ直ぐ極超音速で突進したのであったが、当然神には通じなかった。
「可死者としては速いじゃん?」
有翼の蟇は六本の太い触腕を持ち、八本の細い補助触腕を持っていた。鉤爪じみた二本の前腕を持ち、同様の脚を二本持っていた。
そして太い触腕の一本でアールの凄まじい怪力が繰り出すスピードの乗ったパンチを受け止め、いなした。
「まあそれだけだけどね、さっきと同じ結果しか得られないって」
うっとりとしてその幸福感故に思わず自殺したくなる程の声で蟇の神は喋り、細い触腕を連打してアールを打ち払い、他方では太い触腕で保持している〈神の旗竿〉の廉価版を使ってハヌマーンと打ち合った。
アッティラの〈神の鞭〉を甲冑の機能をも備えた優雅なキチンじみた赤服で受け止め、アールの代わりにブラストを連射しながら突進して来たジャッカロープと伸ばした触腕によって打ち合った。
スティール・ナイトは前衛が離れた時のみアーマーからブラストを発射したが、これらも全て受け止められた。
レッド・フレアは威力が周囲に拡散しないよう抑えられたモデルの三〇テラトン級バイナリー砲を召喚して発射したが、これも神造大剣によって無力化され、凄まじい突風が起こるのみであった。
ただ、キャプテン・レイヴンの指定したエリアの運動方向を逆転させる〈否定〉には、オサダゴワーも物理法則の改竄によって対応せねばならなかった。
あの恐るべきレベル5の異常重力体にも通用した彼の能力によって、オサダゴワーの能力に制限を与える事ができた。
数十分前:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
「一体何が起きたの? 敵襲?」
ダニーはむすっとしたままであったが、しかし不安そうでもあった。アールは己もまだまだ新人であるが、しかしダニーもまた不安である事を見てふっと微笑んだ。
「まあ深呼吸でもしようぜ。もしかしたらただの落雷ってだけかも知れないしな。まああんまり被害が酷そうなら俺達は支援のために出撃する事になるだろうけど」
「ヒーローってそんな事までするの?」
すると誰かが小走りで近付いて来るのを事前に察知した。既にジョセフはドクらと協議に向かい、果たして誰かと思ったアールの心に声が響いた。
『よう、新人を虐めるなよ』
『冗談言うなって、お前とベンジーとが街中の下水に間違った文法でローマ人への野次を書くなら手伝うが、断じて新人を虐めるわけがない』
生まれながらに超裕福であった気品がありながら、しかしどこか蛮勇を秘めた地球最強クラスのテレパス、ボールド・トンプソンであった。
『そうか? それにしてもさっきのシミュレーター内でのお前の悲鳴は本気で酷かったな、『ゲームオーバー・メーン、ゲームオーバー!』ってそりゃもう』
『お前プライバシーの侵害はしないって誓ってるんだよな?』
無言でボールド・トンプソンと向き合うアールは呆れた笑みを浮かべた。
『お前と俺の仲じゃないか』
それから彼らはやっと声を出してハイタッチし、不可思議な光景にダニーは困惑した。
「この人は腹話術の使い手なの?」
それを聞いてアールは吹き出して顔を逸らした。
「だってさ、ボールディ!」
すなわちダニーはまたチーム内での紹介をよく聞いていなかったのか。可愛い弟分であった。
「まあそんなところだな。俺は、自分でもイカれてる話だと思うが地球最強クラスのテレパシー能力を持っていて、味方の精神干渉への耐性を上げたり敵の思考を筒抜けにしたり、あるいは敵の行動を完全停止させるような精神的攻防が俺の専門分野だ、後は資金面だな」
「そ、こいつ金持ちだからな、お陰でウチのチームは色々後援してもらってるってわけだ。知ってると思うが今はチェアマンの一人でとある大富豪と同一人物のキャプテン・フェイドが行方不明、っつーか時空の果てにぶっ飛ばされててな。帰って来られるようズカウバっていう異星人の魔術師や他の何人かが手はずを整えてくれてはいるが…。
「ドクは元々いた異宇宙で色々あったから自分の発明で稼ぐのが嫌って言っててな、まあ必要な分の特許料しかもらってないし、ジョセフもその考えがクールだって支持しちまってな。だからこいつの援助はかなり助かってるんだ。政府からの予算も限られてるし、俺達はあくまで善意の団体で、利益を優先してるわけじゃない」
「何調子乗ってらしい事言ってんだよ」と大きな女の声で窘めるような言葉が投げ掛けられた。
アールは目に見えて嫌そうな顔をして、皮肉っぽい表情を浮かべた。
「あー、はいはい。俺らが訓練中どこでサボってたんだろうねぇ」とアールは振り返りもせず言った。
気不味そうにしてボールド・トンプソンは立ち去った。
「ああ?」と鋭い声がした。「私生活ってもんがあるんだけど?」
かなりの美人であった。年齢はアールよりも幾つか上であり、黒い髪を金に染め、目や眉が鋭い印象を与えた。
顔の雰囲気もシャープで、全身がすらっとしており、モデルのように優れた体型をしていた。
「そうかよ、前から思ってたが俺が気に入らないんだろ、ああ? 違うのか?」
ダニーは『こんな人いたっけ』と思いながらもアールがこのように怒鳴るのを初めて見た。
実際のところアールにはこれから仲良くしようと思っていた新人の前で、早くも弱い一面を見せたくはないという考えもあった。
チームの矢面に立って断固たる態度を取っている時のマクギャレット少佐を意識して喋った。
相手は何も言い返さずじっと睨み返し、彼らは暫しそうしたが、やがてアールは『勝手にやってろ』と言い残して立ち去った。
「なんだよ、結局腰抜けかよ?」と後ろから声がしたが、振り返りもせず手を振った。
「行こうぜ、ダニー」
アールに呼ばれてダニーは彼とその言い合い相手を交互に見てから追い掛けた。その様子を相手は苛立たしそうに見送ったが、結局同じ方向に用があるのでどたどたと歩き始めた。
「今のは?」
「あいつはエリカ・フィンチ、三代目のライト・ブリンガー。つまり地球で三人目のプライマル・ブリリアントの適合者」
「よくわからないけど、なんで仲悪いの?」
「いつもすぐ怒ったような言い方するし、気に入らないとすぐ威圧感な態度取るから、それがどうにもムカついてな――」
すると背後からがつんと何かが彼の肩にぶつかった――超人的な防御力を誇る彼を揺るがすとなれば、それは限られる。
「邪魔、さっさと歩けよ」
エリカであった。
「一つ貸しだな、今度奢れよ!」と馬鹿にした声色でアールは言い返した。
「あいつ、俺が歩行音を聴き取れないようにわざわざ床から少しだけ浮いてたな。まあそれも俺がその音を聴き取れない間だけ通用するけどな、俺が更に覚醒すれば終わりだ」
アールは己が更なる能力拡張を経験する前提で話しており、そこにはかつてあの三本足の神に言われた〈救世主〉という言葉が漠然とした根拠になっていた。
ダニーは今のところアールが一番接し易かったが、彼が怒鳴る姿はあまり見たくはなかった――それを言い出す勇気や気力は無かった。
「とにかく出動の準備をしようぜ、この分だと今日は酷い雨の中色々するかも知れねぇけど」




