SPIKE AND GRINN#21
ワンブグが撤退し、残されたメンバーが合流した。アメリカ入りしたホワイトアウトの壮絶な覚悟と、その原因。何故ガティム・ワンブグを止めないといけないのか、その理由とは。
登場人物
―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。
―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉。
―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉。
―ホワイトアウト…スパイクと協力し合っているラテン・アメリカの魔術師。
―ジェラード・ハーパライネン…FBIの魔術対策部署に務める特別捜査官、ハーパライネン家の魔術師。
事件発生日の翌日、朝︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ヴァン・ナイズ
「ホワイトアウト? まさかこんなに早く着くとはよ」
スパイクは近付いて来た男と悪手を交わした。その男の露出した首と前腕には黒い刺青がびっしりと入っており、褐色の肌をしていた。
顔は一昔前のラテン系の男前であり、どことなく若い頃のセルジオ・メンデスに似ていた。
燦々と降り注ぐ六月の陽光の元で綺麗に剃ったクルーカットの黒髪頭、映画で軍上がりの傭兵が着ていそうな黒いシャツと黒いハーネスと黒いカーゴパンツ。
陽射しがそうさせたのか汗が浮かんでおり、日光を恨むように目を細めて眉間に皺を寄せていた。
「前にも言ったがケニアのために何かしたいと思う時があってな」それから付け加えた。「もちろんアメリカのためにも」
「しかしお前〈旧大陸再要求〉に割り込めたって事は…」
「使った」
言いながら彼はシャツを捲った――心臓周辺、皮膚の下で黒い墨のようなものが脈動していた。
「え…なんだよ、これは…」
会話に入れないでいたスパイクが口に手を当てて驚いた。ホワイトアウトはそちらをちらりと見たが、彼が答える前にグリンが割り込んだ。
「彼は時間遅延に通常速度で割り込むため、ホワイト・ティーの名で知られる劇薬を心臓に注射、全身にその成分を回して遅延を無効化しました」
「その通り」とホワイトアウトはシャツを戻しながら肯定した。「って事はこれがあんたの新しい彼女か」言いながら彼はグリンの美しさに驚いていた。
「それは正しくありません、まだ彼と交際関係に発展していないので」
「『まだ』?」と彼はにやりとした。スパイクは肩を竦めた。
「スパイク・ジェイコブ・ボーデンは地球最強の魔術師ではありますが所詮は脆弱な人間。彼がそれに値する程成長した時には、私は彼を己の永遠にとっての一時的な伴侶とする事でしょう」
それを聞いてホワイトアウトは訝しみ、スパイクに言った。「あんたの彼女って…その」
だが彼はそこでふと思い出した、先程この美少女は、明らかに遅延の中を悠々と通常の速度で行動していたではないか。数秒考えてから彼は結論を出した。
「なるほど、あんたも色々事情があるってわけだ」
「そんな『色々大変そうだな』みたいな哀れむ目で見るんじゃねぇよ。ところでなんで奴がここにいると?」
「そりゃまあ、俺も金はあるし情報ってのは金があれば買えるしさ」
「そうか、じゃあ今度気が向いたらそのネットワークを俺にも紹介してくれよ」
だが納得のいかないワイオミングの青年は再び割り込んだ。
「ちょって待って、さっきのって体に何か影響出てるんじゃないか!?」
それを聞いてスパイクは頷いた。「直射日光と同じだ、使用し過ぎると体に慢性的な悪影響が出る」
「ちなみに」と刺青だらけの男が話を続けた。「今全身に麻酔無しの虫歯削り喰らってる気分だな」
ホワイトアウトは明らかに暑さのためではない発汗と共に我慢をしていた。一体どれぐらいの苦痛であるのか、想像は難しかった。
「ああ、現代の魔術師よ。何故そこまでせねばならぬのだ…?」
不意にライアンは己の全身から銀色の焔を発し、かつての神として振る舞った。
「あんたの知り合いってなんか凄そうな人が多いんだな」とホワイトアウトは痛みに耐える壮絶な笑みでスパイクに言い、スパイクは軽く頭を振り続けるように何度も頷いて視線を彷徨わせて肯定した。
「あんたとそこの美少女がまあ、なんかワケアリなのはよくわかった。あんたの口振りからするとあれだな、サソグア一族の知り合いか何かだろう。で、なんで俺がここまでするかって? じゃあ話をしよう、肉屋と呼ばれるガティム・ワンブグについてな。
「あの野郎はケニアで生まれた。俺が前に調べた時はかなり貧しい家庭に生まれて、スラムで地獄のような日々を送ったらしい。それから何があったのかは知らないが、ワンブグは気が付けばこの惑星で最強の魔術師の片割れになっちまった。最強のもう片方ってのは目の前にいるスパイクだ。遺物使いって呼ばれる魔術師達がいて、彼らは滅びたアトランティス――俺が通ってた魔術学校じゃ実在する事になってたが、どうだかな――の時代に使われたとかいう強力な魔術を蘇らせたとかなんとかで――」
「――俺が守ってたアトランティスにそういう魔術は無かった」とライアンは真顔で言い切った。ホワイトアウトは現代社会があまりにも何でもありなのでほぼ『諦めて』おり、あらゆる事を信じる事ができた。
「信じられないな、アトランティスの生き証人がいるってのか。じゃあそっちは実在するとして、アトランティスの時代の魔術だってのは嘘っぱちだったって事か。まあいい、話を続けるぜ。とにかく、遺物使いはさっきみたいな時間の遅延を引き起こす事ができて、しかもそれがかなり強力なもんだから、並みの魔術師やその他の連中じゃせいぜいエキストラ出演として硬直したままの背景役か、一方的な殺戮になるかって事だ。遅延してても普通は何も異変に気付かないから、もし攻撃でもされたらあまりにも高速過ぎてどこから誰に攻撃されてるのかすらわからない。
「もしそれでも遅延に対抗したいって事なら、予めさっき話に出たホワイト・ティーを摂取する必要があるのさ。使うと全身の神経に激痛が走るし、しかも精神にまで激痛が及ぶもんだから、ただ痛みを和らげるだけじゃ意味が無いし、生憎痛みを和らげちまうと効力が下がってな。どうやら俺が調べた限りは使用者の感じる痛みを、ホワイト・ティーに調合されてる芋貝の毒で引き起こしつつ、そいつを二酸化マンガンのなんかイカれた版で四次元的放射に置き換えて、時間の異常が発生してる中でも通常通りに行動する事ができる。
「話が長くなったから本題に戻るか。なんでそこまでするかって? そりゃワンブグがどうしようもない殺人マシーンで、悪魔よりもグロテスクなクソ野郎で、単純に人間の姿をした怪物だからだ。あいつは俺が知る限りで五〇〇人以上の男女から父親や母親を奪った。もちろん彼らはある程度危険性を覚悟した上で仕事してたが、それでも送られてきた彼らの耳を見るとふざけんなって気分になったよ。俺が通ってたのはケニアの東アフリカ教導院っていう魔術師の学校でな、まあこっちの位相に校舎があるわけじゃないが、とにかく俺の魔術師としての母校だった。さっき言った犠牲者となった父親だとか母親だとかには教導院の教員や関係者も含まれてて、俺が世話になった人も当然いた。だがワンブグは自分を排除しに来た全ての魔術師を殺害して、更には例のヘル・スクワッド(エクステンデッドのフランス人傭兵四人組み)の襲撃も退けたらしい。それ以前に、あいつが金のために引き受けた依頼で一体何人殺されたかもわからない。
「考えてもみてくれよ。ワンブグは誰かが木っ端微塵に吹き飛んだ事で得た金を自分のベッドの周りに並べて、誰かが永遠に忘れられない恐怖と苦痛を押し付けられた事で得た金を湯船に浮かべてるんだろうぜ。あいつは誰がどんな風に何人死のうと金が手に入れば全く興味も持たない。地球最強の魔術師としての実力を自分の欲望のために使って、全てを自分と無関係のフォルダに入れてる。自分を危険視した誰かが送ったヒットマンを全て死体に変えて、そのままその隣で昼飯を食べる野郎だ。事件現場の泣き叫ぶ声や、葬式の慟哭、それから不定期に戻って来る消えない傷痕、俺はそういう家庭を幾つも見た。そのどれもがワンブグの引き起こした事なんだよ。犠牲者ってのは帰って来ない、それに奪われるのは父母だけじゃなくて、誰かにとっての息子や娘かも知れない。自分より早く死んだ子供がいて、しかもその犯人が一向に捕捉されないまま今ものうのうと生きてる事を考えてくれよ、そんなのってないだろ?」
故に彼はこう言いたかった、ワンブグの引き起こした悲劇の数々を目の当たりにすれば、ケツにドリルを突っ込まれて脳と内臓に割れたガラスを入れられたかのような、『たかだかその程度の激痛』でワンブグに対抗できるなら安いもんだろと。
ホワイトアウトは自身も犠牲者遺族達から永久に消えない傷痕を移植されたらしく、彼らの泣き叫ぶ様やドラッグに溺れる様が忘れられなかった。額から汗が流れ、苦痛は徐々に和らいできたが、反比例して表情は更に険しくなった。
「今回の事件にワンブグが絡んできたのは予想外だったが、とにかくこれでわかっただろ」とスパイクはライアンに言った。「ホワイトアウトはこれ以上、『ねぇ、お母さんはいつになったら帰って来るの?』っていう疑問を抱いたまま成長する子供をこれ以上増やしたくねぇんだ。もちろん俺もな」
スパイクは言いながら、己の友人が遂に完全な怪物に成り果て、ショーラから両親を奪いシンヤから兄夫妻を奪ってしまった事を意識せざるを得なかった。
グリンは何も言わぬまま冷たい表情をしていたが、しかし存外慈悲深いこの〈秩序の帝〉は先程己が逃した相手がこれから発生させる混沌の数々を計算し始めた。
三〇分後:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ヴァン・ナイズ
「スパイク・ボーデン! また君か、また私の人生に君が土足で踏み込むのか! しかも面倒そうな連中を連れて来て!」
三〇分経ってFBIの特別捜査官が到着した。スパイクは昨日の時点で各所にワンブグの件を警告しており、そして今到着した顔見知りの捜査官を電話で叩き起こして先程ワンブグがヴァン・ナイズに現れた事も警告した。
つまり特別捜査官のジェラード・ハーパライネンはスパイクと既に電話で話した後であるにも関わらず、かようにして大袈裟な口調と声色で言い放ったのであった。
現場は警察及びFBIに封鎖され、どこかで誰かが縄張り争いしている声が聞こえた。
「俺だってお前の邪魔がしたいわけじゃねぇが、ここにいたのはあのガティム・ワンブグなんでな」
「ふん、悪魔をこの国に呼び寄せたのは誰だろうな?」
イギリスの大学に留学していたこの男はその地方のアクセントを意識して喋り、言葉や表現もアメリカ英語ではなくイギリス英語であった。
ジェラードは第二次大戦終結の数カ月後にアメリカへ越して来たハーパライネン家の一員であり、本国フィンランドでもハーパライネン家は独自の勢力を持っていた。
ハーパライネン家は裏では魔術師の家系であって、資産も多く、『貴族社会の現代アメリカ』とは相性がよかった。
ジェラードはFBIに密かに設けられているオカルト関係の部署に勤めていた。
フィンランド人の血を濃く引く彼はしかし、寒いニューヨーク支局勤務が嫌なのでわざわざ故郷LAに異動して来たという変わった経歴――及び性格――をしており、端的に言えば面倒臭かった。
とは言えCIAから独立したPTE(異能・科学及び地球外存在対策局)に務めるマシュー・フォーダーはジェラードと歳の離れた友人関係にあったが。
「俺とホワイトアウトはあのクソを叩き潰す、それだけだ」
スパイクがそう言うと『ブルックスブラザーズ』の着古した濃い紺のスーツを着込むジェラードはネクタイを直しながら顔を顰めた――スパイクが汚い言葉を使うといつもこうなる。
「しかしその、地獄に叩き込まれるべきMr.ワンブグは今も自由の身じゃないか」
「なんならお前に任せようか? あいつはこの惑星で最も危険な人類の一人なんだが」
そう言うとジェラードは黙った――ワンブグに一度だけ遭遇した事があり、その時は生きた心地がしなかったからであった。
ワンブグはスパイクのアーク・ヴィランの一人としてレギュラー化の予定。




