SHADOW FORCE#12
ロッキーの援護によって敵兵のシールドを枯渇させる事に成功し、分隊は反撃に出た。
登場人物
アメリカ陸軍
―マウス…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の分隊長。
―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ロッキー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―アーチャー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ラインハート・セオドシアス・ウェンデル・リーナ・アル=スマイハット・モーガンスターン…シャドウ・フォースの指揮官。
―ジャレッド・マイケル・ブロック…アメリカ陸軍准将。
ブラジル陸軍
―ビディオジョーゴ…ブラジル陸軍の詳細不明部隊の隊員。
―ドゥーロ…同上、通信とサポート担当。
コロンビア陸軍
―アギャーラ…コロンビア陸軍少佐。
コロンビア政府
―アレハンドロ・ベルナルド・ナルヴァエス・ガルシア…コロンビア現大統領。
二〇三〇年二月二七日、午前十時五一分(現地時間)︰コロンビア、ボゴタ市街南端、ゴンサロ・エスコバールIED、講堂
ロコはショットガンを構え、分隊長のマウスと頷き合って二人で立ち上がった。EMPの炸裂によって敵のシールドは吹き飛び、余波で未だに怯んでいた。
レーザー砲とEMPを両方とも受けたのだから、それを思えば当然の事であろうが、しかしいずれにしても致命的な隙であった。
今や敵重装兵二名のバトル・アーマーはただの少し防御力の高いだけの負荷であり、超小型ドローンで敵の最新情報を更新中であったから、立ち上がる前から敵の現在の位置はもちろん、どのような体勢であるかも輪郭線で表示されていた。
ロコの放ったショットガンのサボット弾が重装兵の片割れを薙ぎ倒して殺し、もう一人の胴へとマウスはマークスマンライフルで五発程叩き込んで沈黙させ、だっと駆け出した。
ショックから立ち直った敵が反撃して来たが、二人してスライディングで近くの電子机へと滑り込み、位置が丸わかりなのでブラインド撃ちで簡単に二人倒す事ができた。
電子机の上を転がって乗り越えて更に前身、既に斜面となっている講堂の中間まで降りていた。
敵兵は壇上の機銃へと着いて射撃を再開してきた。それを読んでいた二人は再び隠れ、狙われていない方がブラインド撃ちして敵を怯ませる事で時間を稼いだ。
「よし、上の二人! 突入しろ!」
既にロープを掛けて待機していたアーチャーとビディオジョーゴが左手側のほとんど割れたガラス張りから突入して来た。
彼らは突き破った慣性を利用し、途中でロープを切り離してその勢いのまま壇上の敵へと空中から何発もの弾丸をお見舞いし、ターレットを操作していた敵兵は悲鳴と共に血を撒き散らして絶命した。
アーマーによって強化された身体能力のお陰で彼らは怪我せずに受け身を取れた。
「ターゲットの死亡を確認。警戒を継続」
声は軽い調子ではあったが、しかしビディオジョーゴは恐ろしい雰囲気を纏っていた。
マウスは目視とドローンの映像の両方で室内を確認、講堂内にいた敵が全員死亡した事を確認した。
「よし、全員警戒したままでいろ。とりあえず室内は制圧」それからふと現在の進捗を知りたくなった。「ドゥーロ、聞こえるか?」
『ああ、良好だ!』
「今俺達はどれぐらい制圧したんだ?」
『その建物は既に八割ぐらいは制圧できてる』
「よし。エックス−レイ、前進するぞ」
既に講堂内は地獄めいた有り様であり、既に残骸と学生の死体だらけであった室内には更にレーザーの蹂躙跡も追加されていた。
「了解だぜ」と大柄なロコがマウスの肩に手を置いた。マウスはふと、ロコには彼の安否を心配する良好な関係の家族がいる事を考え、それから己は家族とそこまで深い関係ではないような気がし始めた。
離婚間近だというのに、彼はそうした諸問題から遥か遠いコロンビアの地で戦っていた。
同時期:アメリカ某所
『アギャーラ、フェリックスだ。この通信はアメリカ軍の将校も参加してるが、高度な暗号化が施されてるからひとまず安心だろう』
『大佐? 久しぶりですね』
『早速で悪いがそちらさんの状況を知りたい』
フェリックス大佐はアギャーラと呼ばれるコロンビア陸軍少佐と連絡を取った。彼とは演習などで面識があり、また個人的にも付き合いがあった。
『こっちですか? 知っての通りボゴタでのテロのせいで大忙しです』
『ああ、それはそうだろうな…』大佐は言いにくそうにしていた。『そっちの件だが…私達が外部から見てる限りじゃ、コロンビア軍らしい対応とは思えない』
少し間があった。
『つまり?』
『言いにくい事だが、軍の出動や展開が明らかに遅いんだ。暴力の時代の頃の君達の手腕を知ってる以上は余計にそう思う』
通信の向こうで溜め息が聞こえた。アギャーラは音声のみで会議に参加しており、その表情は見えなかったが、しかし想像するのは容易かった。フェリックスはアンデスの雪のように白いアギャーラの顔が真っ青になっているのを感じた。
『まあ確かに…それは事実ですね』
アギャーラの声は堅苦しく、重苦しかった。アギャーラを知らないモーガンスターンでも彼の声がかようなものと化している理由は読み取れた。
コロンビア陸軍少佐は明らかに自軍への誇りが強く、あの地獄めいた第二次暴力の時代を強引に切り抜けてこの国を正常なかつての先進国の様相へと戻したと自負していた。
であれば現状のいかんともしがたい遅延は許せる事ではないだろう。そこで不意にブロック准将は話に割り込んだ。
「私はアメリカ陸軍のブロック准将だ。単刀直入に聞くが、君から見て指揮系統に一体どんな問題が生じている?」
少し間が合ってから相手は答えた。
『隠しても仕方無いか…では言いますが、上から命令が回って来るのがどうにも遅いんです。問い合わせても遅いし、私もさっきからずっと苛々しっ放しですよ』
言葉通りに解釈すると随分幼稚な事態であるようにも思えるが、しかし何であれおかしな話だ。
コロンビアの大統領や閣僚からの命令、あるいは軍上層部からの命令などがあるだろうが、緊急事態なのにのろのろと要領を得ない指示などするだろうか?
まさか上に立つ者達が全員違法ドラッグを服用しているわけでもあるまいに。だがアギャーラの言葉を信じるならそうとしか思えない。それでも一応確認した。
「それは通信障害か、それとも人的な要因か? 人的というのは、少し微妙な例だが、君が上に部隊の出動要請や何らかの兵器の投入などを打診したとして、それに対して上官は『わかった、検討する』と言ったままで何分も保留するとか、そういうものか?」
『後者の方が近いです。実際には私ではなく、基地の私よりももっと上の士官が『問い合わせても返事が遅い』と言っていて、その苛々が私にも伝播した形です』
しかし実際には出動している部隊もある。という事は、今回の騒動が終わり次第何人かの佐官及び将官の首が飛ぶか、あるいは今後は基地で缶詰めの個数を数える仕事に回されるのであろうか。
しかしもしかすれば非常事態に向けた法整備があって、それによって独断行動であろうともある程度のラインまではセーフなのかも知れないが。
『ああでも…』とアギャーラは言った。『思い返せば通信障害も起きているようでしたね。今現在その辺りも調査中です』
一つわかったのは、コロンビア軍が上下間の意思伝達に手間取っているか怠慢しているかして、そのせいで被害が増え続けているという事であった。南米でも有数の精鋭であったコロンビア軍らしくなかった。
二〇三〇年二月二七日、午前十一時二五分:コロンビア、ボゴタ市街南端
『エックス−レイ、気を付けろ。偵察によれば敵は自由電子レーザー砲付近に集結中だ。恐らく敗退した部隊等を再編成しているのだろう、激しい抵抗が予想されるぞ』
ゴンサロ・エスコバール校を制圧後、分隊はコロンビア軍の他の部隊とも合流した。
学校の占領を任せるために戦力を割く必要もあったが、それでも合計で三百人に及ぶ大軍となった。これならレーザー砲も奪還可能なはずだ。
「了解、敵の数はどれぐらいでしょう?」
『正確にはわからないが、予想では最初から山にいた敵部隊の数倍の規模になったとの見通しだ。周辺の市街に展開して立ち塞がる敵も含めると恐らく君達の総数以上かも知れない』
「それなら制圧可能です。味方の士気は高く、練度もかなりのものです。ならず者の群れを制圧、レーザー砲を予定通り奪還します」
『了解だ、幸運を祈る』
ぽつぽつと雨が振り始めた。うんざりするような曇天はついにその向こうの太陽の輝きをほとんど覆い隠すまでになり、不快な風が吹き荒れた。
ラ・パス程ではないが標高がかなり高いため、年間を通して温暖で一定に近い気温が続くこの世界都市にて、まだ生き残っているネオンが煌めいていた。
味方航空戦力はいないが、しかし地上戦力はかなり充実した。BVも戦車もその他の車両も数が揃い、それらは軍隊蟻のようにゆっくりと、しかし厳粛に進軍していた。そしてそろそろ敵の勢力圏内に入るであろう。
破壊され倒壊したビルの残骸が目に入り、その向こうでぼうっと浮かび上がるホログラムの広告がその周囲の傷跡を照らし出していた。
分隊はまだ生きていた白いダンプの荷台で中腰になって周囲を警戒しており、マウスは例によってドローンを先行させて偵察していた。
最近学生向けの繁華街として発展しつつあった一帯――先程ゴンサロ・エスコバール校へ向かう際に通った――へと差し掛かり、マウスは寄せ合わせ部隊全体へと警告した。
「気を付けろ、そろそろ敵の領域だ。だが予想通り敵の迎撃態勢は不充分」
この寄せ合わせ部隊の指揮官がこのまま強襲する旨を告げ、緊張感が高まった。通りの幅は先程分隊がBVとヘリを迎撃した通りと同じぐらい広かった。
通り過ぎてゆく建物は無傷と手負いが半々で、通りの行軍の振動によって崩れかけていた看板ががしゃんと音を立てて落下し、割れたガラス・ディスプレイがしぶとく映像を再生していた。
「マウス」
不意に誰かの声がした――警戒に集中し過ぎてぼうっとしていたのであろうか。この声は分隊の誰のものでもない、コロンビア人でもない。そうだった、これはビディオジョーゴ。
「なんだ?」ちらりと振り向いて彼は言った。
「俺達似たようなもんだと思うぜ。俺もお前らも、いつも世界各地を流離ってるだろ」
「おいおい、俺には帰る場所ってもんがあるぜ」とロコは笑いながら言ったが、言ってから少し後悔した。
マウスはロコのそういう心遣いが余計に心を突き刺したが、しかし虚栄というクソったれのサングラスを掛けて目の奥の痛みを隠した。
「こんな時にどうした? 別に俺達にとっちゃこれから起こる激戦だって日常の一部だろ」
マウスはビディオジョーゴにそう返したが、心の中ではそうやってタフに振る舞う事で己の人生をある程度落ち着いて俯瞰できているような気がした。
そうでもしないと、種々のテロの黒幕であるブラックハット追跡や今日巻き込まれたコロンビアにおける激戦という大任を請け負う傍らで、私生活では家庭崩壊直前という事実があまりにも残酷に思えてならなかった。
そう考えると己は確かに世界中を流離う定めにある根無し草であるのかも知れず、ビディオジョーゴは微笑んだまま返答しないのでマウスは続けた。
「まあ確かに、少なくとも俺自身に関してはそういうもんかも知れないな。それならせめて俺達は自分の行き先ぐらいは――」
敵がこちらの接近に気が付いたらしく、ドローンからHUDへと送られて来る映像で動きがあった。建物に陣取ったり車両や各種の兵器で通りを封鎖したりしている敵が慌ただしく動き始めた。
「全員に告ぐ、敵がこっちの奇襲に気付いた! 派手に行くぞ!」
ビルの上に陣取っている敵の蜚蠊色をしたBVが発砲し、それに味方部隊が撃ち返した。車列は散開してそれぞれの通りに入り、先陣を切っていた味方戦車が敵の攻撃を引き付けた。
分隊は未だに止まらないままのダンプの荷台から射撃を開始し、自分達の手持ちで倒せる目標を優先的に狙おうとした――とは言え移動中の車両上におり、なおかつ敵が建物等に見え隠れするのでそう上手くはいかなかった。
敵兵が前方の渡り廊下で何かを構えている事にマウスは気が付いた。それと同時に、今はカサドールから降りて分隊に合流しているロッキーが大声で叫んだ。
「十二時の方向、渡り廊下にRPG!」
発射されたロケット弾が悍ましい獣じみた音と共に彼らのダンプ目掛けて猛進し、分隊は荷台を蹴って必死に飛び降りた。
その直後突き刺さった砲弾の炸裂でダンプの座席中心に爆発が起き、車体のほとんどが炎上した。運転していたコロンビア兵の安否は絶望的であろうが、今は誰もが生存に必死であった。
「エックス−レイ、通りから離れて建物内部や建物沿いを進め!」
彼らはレストランへと侵入し、ひとまず安全となった。
「マウス、さっきお前が言ってた事の続きだが」ビディオジョーゴがライフルを構えて周囲や通りの様子を確認しながら言った。「せめて俺達旅人は自分の行き先ぐらいは知っておくべきらしいな」
「そうだな」とマウスは答え、歩行式の虫型小型ドローンを壁に投げた。民間人への殺戮及び一帯で発生した戦闘は壁に亀裂や穴を空けたらしかった。
その穴を通ってレストランから次の建物――進行方向上――にある別の建物へとドローンが侵入し、天井を這いながら敵の領域へと侵入した。
ドローンが映し出す映像は分隊員とも共有されるタグ及びシルエットとして成立し、敵の具体的な位置が発覚した。マウスがロコと目を合わせると、ハンサムな長身の黒人は『了解だぜ』と言いながら爆弾を壁に設置し始めた。
時代が進んでもC4が便利なのは変わりがないらしく、諸々の装置とセットになったロコ手製のこの爆弾が壁に設置し終わると、彼は振り返って親指を上向けて立てた。
「よし、全員離れろ!」とマウスが叫び、離れたのを確認後ロコは三・二・一と左手でカウントダウンしてから、逆の手で左腕に装着されたATD(先進戦術デバイス)で爆発の指示を爆弾側へと送った。
C4側の起爆装置がその指示を受信して実際に爆発が起きた。凄まじい轟音と突風が駆け抜け、壁近くにいた敵を殺傷した。
この建物は長屋のようなもので、同じ建物を壁で区切って各々の店舗としているらしかった。そのため壁一つ吹き飛ばすだけでも隣の店に侵入できた。
「行け、行け、行け!」
爆発後の噴煙を掻き分けて分隊は突入した。爆発の衝撃で傷を負ったり、未だ立ち直れないままの敵兵をさっくりと射殺し、突入点付近を制圧したが、次の敵が駆け付ける可能性はあった。
隣の建物は薄暗いクラブであり、若者達が大人数で集まって踊り明かし、そしてベランダ状の二階部分がVIP用になっているような映画などでよく見掛ける類いであった。
現在ボゴタを襲っている正体不明の敵による襲撃後も生き残ったホログラムとレーザー光が室内で乱舞し、現在彼らは大ホールとガラスで区切られた通路にいた。爆風でガラスが大きく割れ、まだ生き残っていたガラスに追い打ちを掛けた。
「他の敵が来る可能性がある、その前に散開して遮蔽物へ移動しろ。ビディオジョーゴ、お前は二階で待機だ」
部屋のレイアウト上は背後や真横から来る可能性は低かったが、それでもアーチャーがそれらを警戒した。
全員が配置に着き、乱舞するレーザー光と照明の中でスペイン語が聞こえ始めた。
慌ただしく、その様子が分隊及びビディオジョーゴにとっては爽快だった――よう、クソ野郎ども。お前らのようなクソテロリストでも慌てふためくのか?
『元気にしてるか?』ドゥーロが言った。『分隊の現在地はレーザー砲から三〇〇ヤードだ』
『クラブ内の敵の位置はわからないのか?』二階でビディオジョーゴが笑いながら言った。この状況でも陽気な彼がマウスにとっては尚更恐ろしく思えた。
『悪いな、可能な限りサポートする』
どたどたと慌ただしい足音が聞こえた。これまで見てきたところ、敵は通常の歩兵だけでなくバトル・アーマーを装備している歩兵もいる。
更には先程のシールド装備者。とは言え今までも最悪と思える事は何度もあった。これからも踏み越える事であろう。
同時期:コロンビア、ボゴタ、大統領官邸
その頃、コロンビアの大統領であるアレハンドロ・ベルナルド・ナルヴァエス・ガルシアは生放送の準備をしていた。
彼は閣僚らと話し合い、そしてそれらを閣僚らが軍へと通達したりしているのであろうが、何やらコロンビアは混乱していた。
質素な控え室で鏡を見ながらスーツを整える――実際には整えるというよりただの癖や儀式であろうが――大統領は、白髪が目を引いた。
日焼けによってビーチの地中海人のように赤くなった肌、頭部の下方が白髪で上方が黒髪という二層の髪が目を引いた。
私生活では自らもすっかり忘れてしまった理由によってレクシィと呼ばれ、本人もメディアに対してレクシィ・ナルヴァエスという表記をアピールしてきたこの大統領は非常事態に際して落ち着いているようにも見えた。
彼はピッチャーから水を注いでそれを飲み干すと、部屋の出入り口へと歩き始めた。




