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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
183/302

CU CHULAINN#19

 キュー・クレインに合流した二人の助っ人(?)及び彼らの心中について。

登場人物

―ヴィンディケイター…二刀のドウタヌキを操るゴリラの剣士、モダン・サムライズのメンバー。

―マサノブ・マスダ…強大な老魔術師、マスダ家の一員。

―群体型コズミック・エンティティ…殺害によって新たなゾンビを増やす事で己の総体を成長させるゾンビ群体型コズミック・エンティティの幼体。



大阪での一件の翌日、追跡開始から数十分後︰日本、東京都、新宿区、新宿駅構内


 あの時、あの饗宴にて目にしたものはなんであったのか。果たして夢幻か、そうとしか考えられない程に鮮烈であり、眩かった――あるいは肝を潰されそうですぐさまその場を離れたかったのかも知れなかった。本当の所は実際どうであったのかはよくわからない。

 ただ、ヴィンディケイターと名乗る奇異の剣士は、あの時の体験を常に胸の内へと秘めたままそれ以降の月日を歩んできた。寝ても醒めても忘れられぬあの光景よ。今でもあの時アナウンスのように朗々と喋っていた声が忘れられなかった。

――古今東西、ここに集まる諸君は血に飢え、名声を欲し、富を求め、そして何より剣を己の根幹とした。諸君の中には否と言う者もいるかも知れない。やれ家族こそ第一だと、ないしは信仰や忠義こそを根幹であると。しかし素直になりたまえ、少なくとも諸君の根幹の同着一位には結局のところ剣がいるのだよ、その命題から逃げられるとお考えかな? もちろん否だろう、結局諸君はその道を放棄したつもりであっても死を迎えるその瞬間すら剣からは逃げられなかったのだと断言しておく。

――おっと、失礼致した。そもそも素直に己の本分を受け入れている者にとっては何を今更、となると私は先程まで専門家にその道のあれこれを説いていたようなもの。これはこれは、随分高慢かつ愚かな事をしたものだ。とは言えこの場に参上した我らイタリアの剣士はいずれも科学的に剣の果てを解き明かそうとした者達ばかり。剣に関するアカデミックな議論であれば喜んでお相手(つかまつ)る所存。

 よく通る声であった。そして実際あの男もまた恐ろしいまでに腕が立った突き技の名手だ。だがヴィンディケイターが挑むべきはあの科学的剣豪の第一人者ではない。あの男もまた彼と同じく、試練の坂を登る身なれば。

 現在六の剣の関所――ヴィンディケイターはそれの正式名称を覚えてなかった――には以下の六名が就任していた。これらは不定期に入れ替わるらしい。

 過去にはほとんど伝説的な決闘者ドナルド・マクベインやオスマン帝国万能の天才メイトラクシ・ナスーなども就任していたという。

――第一の関所、死を詠む詩人∶シラノ

――第二の関所、人馬両断の一刀∶シエ

――第三の関所、咲き誇る戦いの華∶フィオレ

――第四の関所、戦争及び平和を識る中興人∶イエナオ

――第五の関所、守りによりて必殺へと至る者∶ジョージ

――最奥到達点、友の輪中にて座する老師∶ジョハネス

 彼はあの場にいた何人かには勝つ事すらできた。混沌すら制する心にて二刀を自在に操るヴィンディケイターの技量はそれ程までに高かった。だが、あの古今東西より集う六人の魔人じみた剣豪達には全く勝ち筋を見出す事すらできなかった。

 彼はこれまで、身の丈程の妖刀を瞬時に抜刀して居合い斬りを放ち、新刀的な打刀で無数の悍ましき者どもを斬り捨ててきた。しかし彼は未だ己が道の途中である事をあの時思い知らされた。

 離れた位置からの遠隔斬り『という、たかだかその程度の有り触れた技』であれば容易く防ぐ尋常ならざる剣豪によって打ち砕かれた自信の破片を掻き集め、ヴィンディケイターは己がその名の通りに名誉回復(ヴィンディケイト)するには、いずれあの六つの難関を乗り越えねばならない事を痛い程に実感していた。

 だが今はまず、目の前のゾンビ群体を滅殺せねばならなかった。あるいは己がかつてある失敗によって喪失した名誉を取り戻すにあたって、その一歩となるのがこの戦いであるのかも知れなかった。

 かつての東京の市民であったか、それ以外の周辺の市民であるか、あるいはどこかの外国からこのアジア屈指の世界都市を訪れたであろう旅人であったか、なんであれそれら全てがある種の悍ましき平等によって統一されていた。

 ある意味ではいかなる法や共通語よりも人々を纏め上げており、それ故に斬り捨てねばならぬ唾棄すべき邪悪である事がよくわかった――自由意志無き単一の群体に取り込まれる事に、一体どのような価値があろうか。

「SF小説の読み過ぎだな」

 説明不足の独り言――それは当然ではあったが――を呟き、陣羽織を上着として着込んだゴリラの剣士は決して己の愛刀で攻撃を受けようとはしなかった。

 足を滑らせながらだっと駆けて来るゾンビの一部を捕捉した。数は数十だが、その背後にはその援軍として使える代替えが大量にいた。

 果たしてその総数を想像するだけでも日が暮れそうだが、何であれここを切り抜けねば次の安寧も更なる苦境もあり得ない事だけは理解ができた。

 ゾンビが彼の背後から詰め、そして戦略的に他の方向からも迫って来た。階段やエスカレーターにはずらりとかつて普通の人間であった残骸がおり、ここが世界最大級の駅である事が今では敵の戦略的優位に繋がっている事を思えば、それを踏み越えてその先にある平和な東京がとても遠くに思えた。

 いかに彼が様々な敵と対峙した経験があろうと、このような大群と対峙した経験は終ぞ――。

‹――同化を恐れるな›

 すぐ後ろ、ゾンビは既に飛び掛かっていた。

「同じ手だな。愚かな」

 短く呟いたヴィンディケイターは右側に振り向きながらスライディングして、飛び掛かって来た一部の真下を擦り抜け、その背後にいた別の一部を跳ね飛ばし、己に縋り付こうとする他の一部を人外の太い腕で一撃して振り払った。

 立ち上がりながら既にその場からずれており、空を切った振り下ろしの打撃をテンポのよい三連蹴りによって返礼、まず空振ったゾンビの腕を胴に激突させ、次の蹴りは胴を直接叩き、そして最後の一撃は脚を払った。

 その時転倒したゾンビが足掻いて立ち上がろうとするのを鞘を使って梃子のように宙へと持ち上げ、突き放すような前蹴りを突き出してボール代わりに蹴り飛ばした。

「臭い奴だ」

 それは他のゾンビへと激突し、当然ながら既に周りから数十体の一部が迫っていたが、それらこのゾンビの総体にとってのごく末端部分の細胞である者どもに対して、ゴリラの剣士は長刀から打刀へと武器を変え、桜として舞い散った長刀の代わりに雪として舞いながら出現した打刀を抜刀し、硬い床を削り飛ばしてそれを礫弾として飛ばした。

 それが顔面に激突して、まるで顔面が不意に障害物へと激突したかのようにずるりと仰向けに滑って転倒した数体を尻目に他のゾンビが迫り、それらその実単一の意識によって操作されるばらばらの細胞群をひとまず非殺傷せねばならないという現実に少々うんざりしながらも、ヴィンディケイターは迫って来たゾンビに高速でタックルを喰らわせ、怯んだそれに上段から峰打ちをお見舞いした。


 同じ頃、マサノブと名乗ったマスダ家の魔術師は古戦場の残り滓を再構成した亡霊巨人を自在に操り、それをひとまず攻防の拠点としながら、その場からはあまり動かずに戦っていた。

 巨大な両手剣を振り下ろすだけでもその衝撃波が武器となり、地球を離れて永らく宇宙を旅していたキュー・クレインは知らなかったが、実際のところ名の知られたヴィランの一人であるマサノブは他のマスダ家の者達はいざ知らず、彼自身はジョウヤマ家と無関係な市民を傷付けるような真似を許容せぬため、例えゾンビ化していようとそれらを殺害する事はもちろん御法度としても負傷させる事も可能な限り避けようとしていたらしかった。

 ところで剣士であるヴィンディケイターとは違いマサノブは明らかに魔術師であり、また武術にも関心が薄いため、彼はかように西洋的な鎧と剣とで武装した騎士が実際にはどのように戦っていたかをはっきりとは知らなかった。

 当然ながら映画やドラマでそうした剣戟を見た事はあろうが、しかし意識してそうした武術を意識した事が無かった。そのため剣士が必要以上に間合いの内側へと接近された時にどのようなレスリングの技や特殊な剣の扱いがあるか、全く知らなかった。

 殺傷力が生じない程度の威力で、鎬の側を向けた剣を振り回し、勢いが付いたタイミングで巻き込まれていたゾンビを纏めて後続へと投げ付け、巨大な腕で殴ったりしていたが、しかし何度もやっていると敵も予測をしてきたため、徐々に亡霊の装備が傷付き始めた。

 やはり敵の能力で一番厄介なのはこれだろうが、しかしこのまま引き下がるわけにもいかなかった。

 ここで踏ん張れば下等なジョウヤマの虫けらどもには到底到達不能な偉業を達成できる。そのように考えただけで心が奮い立ち、地獄めいた血と腐敗臭とて未来へのファンファーレであるように思えた。

 腕を組んだままでマサノブはじっと殺到するゾンビを睨め付け、『単数か複数かをある程度ぼかせる日本語ならともかく、果たして英語でこれら単一の群を形容する時は単数か複数かどちらで呼ぶべきであろうな』と小馬鹿にしていた。

 無論ながら巻き込まれている数十万人への哀れみは感じる。這い蹲ってこちらへ向かってくる老婆のゾンビ、お揃いの部活動用ジャージを着た女子高生らしき五体のゾンビ、その他多くを見遣り、しかしだからと言って彼らを今現在支配している悍ましい実体に対しては何ら温情を持つ事など無かった。

 強いて言えばゾンビの総体は生まれたばかりなのでまだまだ戦術や戦略が疎かであり、マサノブは己目掛けて遠距離から飛んできた雷撃を剣で跳ね返し、それを魔術的な作用によって天井へと流す事で上階のゾンビを一時的に行動不能にさせた。恐らくは数十分の時間稼ぎになるはずだ。

 ゾンビの中にはこのように低確率で何らかの能力を持った者もおり、それらはゾンビ化する前の生前の能力を引き継いでいるらしかった。

 さて、そろそろ次の手を打つか――彼がそう考えた瞬間、アルスターのキュー・クレインがゾンビの群れの上で躓いたのを視認してしまった。

 ドナルド・マクベインはスコットランドの伝説的な剣豪である。ベアナックル・ボクシング初代王者としても知られるジェームズ・フィグのような他の著名な剣豪との対戦を含み、生涯百度に渡って決闘したとされ、戦争にも従軍し数々の激戦を潜り抜けている。

 メイトラクシ・ナスー(マトゥラークチュ・ナスーフ)はスレイマン一世在位中に活躍した万能の天才で、ボスニアのダ・ヴィンチとも呼ばれる。彼は政治家であり様々な学者であり画家であり剣術の達人でもあったようだ(ここでは省略しているが彼の活動分野はこれだけではないようだ)。

 世の中にはこうして私のまだ見ぬ偉人や英雄が眠っているか、あるいは既に知らない所で燦然と輝いている。

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