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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
179/302

SHADOW FORCE#11

 ブロック准将達は状況を整理しながら訝しんでいた――地獄めいた時代を踏み越えてそれを征服した『あの』コロンビア軍にしては、テロへの対応があまりにも稚拙過ぎないか?

登場人物

アメリカ陸軍

―ジャレッド・マイケル・ブロック…アメリカ陸軍准将。

―ラインハート・セオドシアス・ウェンデル・リーナ・アル=スマイハット・モーガンスターン…シャドウ・フォースの指揮官。


ブラジル陸軍

―ルイス・レジーナ・フェリックス…ブロックと協議しているブラジル陸軍大佐。



ゴンサロ・エスコバールIED奪回戦の同時期:アメリカ某所


「フェリックス大佐、一つ気になる事がある」

 ブロック准将は相変わらず無愛想な様子でモニターの向こうのブラジル陸軍大佐に言った。

『奇遇だな。私も気になる事がある』

「ではモーガンスターンも交えて話そうか」

『構わないが』首を素早く傾けて戻すという動作で『どうぞ』とブロックは促した。

 ブロックは電子机に表示されているデジタル・キーボードを操作して、シャドウ・フォースを率いるモーガンスターン大佐を呼び出した。

『准将』

「大佐、ブラジル陸軍のモーガンスターン大佐と君と、私とで少し話がしたい。私の部屋にはわざわざ来なくてもいい」

 モーガンスターンは今でも慣れないブロックの冷ややかな雰囲気に内心苦笑した。シャドウ・フォースの指揮官は腕にATD(先進戦術デバイス)を付けており、見て回りながら自撮りする観光客のように左腕の端末で己を映して会話しており、近くの士官に『少し外す』と断ってから席を立ったらしかった。

 薄暗くモニターと基地詰めの兵士とで埋め尽くされた部屋にいる大佐が個室に入ると、ブロックは先を続けた。

「既に存じていると思うが…コロンビア軍の対応があまりにも稚拙なのが解せない」

 ブロックは歯に物着せぬ物言いでコロンビア軍の遅延について無感動そうに言った。とは言えモーガンスターンも何かが変であるとは思っていた。

『確かにそれはあると思いますし、准将と大佐もやはりモニターの前で首を傾げていたものかと。今更振り返るまでも無いかも知れませんが、コロンビアは長き平和の奇跡ミラグロ・デ・ラ・パスを享受し、南米では二大巨頭に次ぐ経済的発展を遂げていながら、第二次暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)に突入し、しかしこれを解決。その間にコロンビア軍が積んだ経験を思えば…』

 ちなみに二大巨頭とは本気ではないにしても微妙な睨み合いを長年続けて来たブラジルとアルゼンチンである。

『第二次のあの忌々しい時代終結から五年が経った。その間に鈍ったかと言えばそうなのかも知れんが、到底そうとも言えないだろうな』

 フェリックスは『第二次のあの忌々しい時代』と呼び人口に膾炙(かいしゃ)した『暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)』という語を使わず、言い方自体も何か事情があるような風であった。

「加えて周辺国との微妙な関係でスクランブル発進や国境緊張も多かった、それも第二次暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)以前から。それらの経験が生かされなかった原因が読めない」

 ブロックはそれに気付かないまま話を続けた。

 九〇年代初頭から〇〇年代初頭までにコロンビアの経済が大きく傾くまでは、コカ栽培の巨大拠点として知られるペルーやその上のエクアドール、逆側で大きく国境を接するヴェネズエラとの国境を緩く見張っている程度であり、平和が長く続き国民全体がかつての悲劇が嘘であったかのように暴力的傾向を捨てていた。

 平和ボケと言えばそれまでだが、しかしお陰で経済発展を重視する事ができ、何かしら有事があろうと良好な関係の続くブラジルの傘の下にいる安心感が国を支配していた。

 エメラルドや石油など豊富な天然資源を持ち、広大な農園でバナナやコーヒーの莫大な生産を誇り、そして工業や製造の分野でも発展を遂げて来た。

 ボリビアなどは北の経済大国コロンビアの黄金の輝きを見ながら、そして憧れながら追い付け追い越せと発展の努力を続けて現在の位置にいると言える。

 コロンビアの治安はかつて南米一と言われ、むしろ麻薬戦争の前線でないために、種々の違法薬物の一大消費国であり強力な取り締まりを続ける強国ブラジルよりも安全であった。

 薬物があくまでも芸能界等のそれなりのブームとして定着し、第二次大戦後大きな戦争を経験しなかったアメリカとは違い、ブラジルでは不幸にも大きな需要が生まれてしまった。

 ともかく素晴らしいポテンシャルを秘めた国土と、痛ましき暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)から脱して本気を出したコロンビア国民。複雑な歴史と民族構成とを持ちながら、しかし『コロンビア人』としての連帯意識が育まれ、カトリック気質の真面目さや愛が更なる高みへと向かった。

 さて、経済危機の時期から周辺国との関係が悪化したのは間違い無かった――違法薬物の原材料以外の代価生産品を提示できない政府と対峙する新興かつ急成長の国内左翼ゲリラ等が国境を接する国の向こう側に避難所を作ったり、あるいは〇〇年代半ばから激化した内戦や紛争によってコロンビア難民が周辺国の国境を侵犯したりした。

 こうしてコロンビアは国境警備を強化せざるを得なくなった。ゲリラが国境を越えて活動したり、あるいは非公式にヴェネズエラなどがそれらを支援していると睨んでいたためである。そして国内ではこうして始まった泥沼の暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)によって、否が応でもコロンビア軍及び官憲組織は経験を詰まされた。

 コロンビアの農業は今では回復に向かいつつあるが、かつての経済危機から第二次暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)に掛けては大きく衰退していた。安価な外国農産物との競争で押され始め、政府はこれを改善する政策を打ち出す事ができなかった。

 そもそもの失敗は経済自由化の波に乗ろうとして政策を誤ったところから始まった。堅実であったコロンビアの経済に綻びが生じ、IMFらの介入を受けねばならぬ始末となった。不景気は農村にも及び、コロンビアの伝統的な農業体勢が打撃を受けた。

 コロンビア農業界最大の生産物であるコーヒーに目を向けると、これは手摘みによる高品質を売りにしており、国際市場でもこれを武器に他国のコーヒーとの差別化を図ってきた。生産者全体の体制を俯瞰すると、コーヒー生産者は大きく次の三種類に分類できる――企業経営農家、小農、零細農家。

 これまで別段改革もせずとも上手い事回ってきたコロンビアのコーヒー業界は九〇年代から恐るべき外国産のそれとの対峙に曝された。

 国外においては『コロンビアのコーヒー』というブランド性によって、確かに打撃は受けたものの他国のコーヒーとも拮抗できる競争力を発揮し、被害を抑える事ができた。

 だが国内市場においては運悪くか、安価でそこそこの品質がある外国産コーヒーとの競争で大打撃を受けてしまった。

 特に零細農家の生活が困窮し、小農も無事では済まなかった。となれば、雇用等の関係でこれらと複雑かつ密接な関係にある企業経営農家も巻き添えである。

 コーヒー以外の分野でも不味い事になっており、コロンビア第二の農産物である生花や第三のバナナも影響を受けた。とは言えコロンビアの農業はその標高差の激しい国土故の複雑かつ多様な地形及び気候により、地域によって主な生産物が異なっていた。

 そのため外国産のものがほとんど入って来ないような農産物――例えば熱帯果実業界は対岸の火事であった――はあまり影響を受けずに済んだが、しかし『農業界が全体的に大打撃を受けた』という事実は覆りようが無かった。

 安易な門戸開放による農家の悪夢の始まり、それを挽回できぬ政府――そうだ、悪いのはあのような失政に走ってそれを改善してくれない政府ではないか。ならば我々地方の農家は、貴様らに頼らず独自路線で行こ残る他無い。

 このような思いがあったのかどうかは定かではないが、ともあれ困窮して明日の展望すら難しい人々は悪魔の農産物に手を出す事となった。そう、それがコカやケシと言った類いのものである。


『ゴンサロ・エスコバール校を奪還したか。やはりそちらの部隊は優秀らしいな』

 家族を愛する黒人の大佐は、自国と関わり深いあのコロンビアで起きている惨劇を複雑な心境で眺めながら、遠隔の会議を続けていた。

「そちらから派遣してもらった兵士もとても優秀なようだ」

 ブロックは冷静に状況を見ようとしていた。とりあえずコロンビア軍の不手際の原因を探らねばならない。

 多くの兄弟姉妹が死に、警官が殺され、多くの軍人が傷付き、そして政府や司法の要職達も死を免れなかった、そんな壮絶な内戦を踏み越えて漸く新たな黄金時代へと向かおうとしていた南米北方の巨人。

 その巨人が、こうして蟻の群れに手間取ってわたわた(・・・・)としている理由が必ずあるはずだ。だがブロック個人ではコロンビアとの関わりが無い。モーガンスターンにも無いようだ。

「ところでフェリックス大佐」

 大佐が二人いるので紛らわしかった。フェリックスの英語はかなり流暢であり、それも印象的に紛らわしかった。

「大佐は個人的にコロンビアの…軍かその他と関わりは無いか? 知り合いなどは?」

 モニターの向こうでブラジル側の大佐は少し考えた。モーガンスターンは黙って聞いていた。

『超能力か?』とフェリックスは真面目な顔で言った。モーガンスターンは一瞬にやりとしたが、ブロックは何も反応しなかった。

『冗談だ。まあ一応は知り合いもいるし、そろそろ連絡を取ろうと考えていた』そう言ってからすぐさま画面の向こうのブロックを手で制した。『言わなくていい、確かに状況が混沌としていて少し呆気に取られていたのは認めるがね』

 モーガンスターンは内心笑いそうになったが、今は笑いが適切な状況でもなかった。地獄を潜り抜けた国に、誰かがまた地獄を塗りたくった拳を叩き込んだのだ。

『そう言えば元々はブラックハット絡みの一件を追っていたんでしたね』と言いながらモーガンスターンは両者にも見えるよう自分で作っておいたタイムライン画像を呼び出した。

『まず昨日のカラカス、我々はここで我慢できなくなって、ブラックハットを潰そうと動き始めましたね』

 カラカスでチリ人観光客が重火器を用いた抗争の巻き添えで死亡した。ブラックハットはこうした火器も取り扱っている死の組織だが、実態が掴めず、具体的な構成員も判明しなかった。

 ブラックハットはアメリカ国内で爆破未遂事件が起きた際の爆弾の出処で、なんにせよアメリカもブラジルもブラックハットが大嫌いだった。

『ブラックハットと関連があると思われる我が国のエクシード社、エクシード社と関わっているカルロス・オリヴェイラ、オリヴェイラから恐らく記録媒体と見られる何かがエクシード社の代理人に渡り、代理人は空港で抑えましたが、それが別の男に渡ってボリビアへ』

 追跡劇の様子や監視映像がダイジェストのように表示された。

『ボリビアの男は我々の共同で確保しましたが、解放した翌日に男はブラックハットの人員と思わしき何者かが殺害。殺害の前日行なわれた尋問の結果男に接触していたのはコロンビア人であり、ボゴタから来ていたとの事。荷物はコロンビア人に渡ったと思われます』

 そしてあの旅客機撃墜、ボゴタへの大規模テロ、現在の混沌。

『話をアメリカに戻しましょう。ドナルド・ヘンズマンという男がオリヴェイラと関わりを持ち、ヘンズマンを調べると何やら背景のバラバラな様々な人間を毎回一人ずつ乗せて車内で奇妙な行為に耽っていました。ヘンズマンと会った後の男達はニューオーリンズ南部の廃ビルへ、廃ビルにはブルンヒルドと名乗る謎の男がいて、FBIがこれを射殺。

『ブルンヒルドはヘンズマンと会った男達を代理のように使っていたようです。しかし聴取したところ連中は何も知らないとかで難航しているようです。ところでFBIの友人は面白い事を言っていましたよ』

 ブロックもフェリックスも知らない情報を、モーガンスターンは手に入れていた。

「それは何だ?」

 准将は興味深そうに尋ねた。

『更により『調査』したところ、男達は何らかの洗脳を受けた可能性があるようです』

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