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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
177/302

NEW WORLD NEIGHBORHOODS#3

 アール・バーンズはアッティラの動向を気にしていた――彼は何を調べ続けているのか。そしてチームには新人が入ろうとしていた…。

登場人物

―アッティラ…現代を生きる(いにしえ)の元破壊的征服者、ヒーロー活動という新たな偉業に挑むネイバーフッズ・チェアマン。

―レッド・フレア…とある事件で世に現れた女性人格の赤い多機能ロボット。

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…スーパーマン的能力を持つ新人ヒーロー。

―Dr.シュライク/パトリック・チェスター・ジョンソン…現代の魔術師。

―スティール・ナイト/ジョセフ・ドゥク・ソン…天才的な頭脳を持つ鋼鉄の騎士。



『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース


 アールは早朝に出勤前のパトロールでもしようかと思い、ホームベースへと顔を出した。まだヒーローとして日が浅いので、他の誰かの支えを求めるところがあった。

 交代勤務の警備員と挨拶を交わし、偉大なる初期メンバーのDr.エクセレントとチームの次世代の頭脳であるスティール・ナイトが作ったセンサーで身分を照合し、彼は大きなエントランス・ホールの内部に飾られたヒーロー達の像や、彼らの歴史に残る激戦を再現したジオラマ類に見守られながら誰かがいそうなエリアへと向かった。

 彼はまだ知らなかったし他の者も説明してなかったが、実際にはホームベースのAIを呼べば館内の案内をしてくれるのであった。

 そうとは知らぬまま数分間彷徨(うろつ)き、ふとアッティラがまだいないかと思って彼がよくいる部屋へと向かった。

 行ってみると彼はガラス張りの部屋の内部で案の定ホログラムに囲まれて何やら思案しており、ここ一カ月はずっとそのような調子であった。彼は一体何を調べているのであろうか。そしてその内容を知っているメンバーは彼自身の他に誰かいるのか。

 思い切って聞いてみる事にした。

「おはよう」アールが入室した事には気付いているはずだが、アッティラは振り向かぬまま、己の周囲に展開させたホログラムを手で操作して何かのファイルと睨み合っていた。

「早いものだな、アール・バーンズ」

 かつて破壊的征服者として振る舞いながらも虚しさを抱えていた西ローマの大敵は、アールから見てとにかく物事への取り組みが並大抵ではなく、なんだかんだでネイバーフッズのチェアマンの一人として定着した事は疑うべくもなかった。

 国内のキリスト教右派――特にある種の蔑視すらそのニュアンスに含まれる所謂キリスト教原理主義者達――やネオコンなどの層からは声高に批難を浴びてきた。

 しかし神の災いたるアッティラはあえて己の恐ろしさを隠そうともせずに、アメリカ国民やその他の国々の人々を害する敵、並びに地球そのものや宇宙そのものを冒瀆するグロテスクな輩どもと最前線で対峙してきた事実は覆しようのない事実である。

「早く慣れないとって思って。ところで…」

 アッティラは振り向いた――それだけで言葉が詰まった。

 いざかつての破壊的征服者を前にすると気が萎縮するのを意識せざるを得なかった。眼前の男は歴戦であり、大力の者であり、およそ知られる限り恐れを知らなかった。

 そのような男を前にして発言するとなれば、なんと言葉が詰まるものか。彼らの前には数ヤードの距離、そしてホログラムや多機能の机が横たわっていたが、それらはまるでその場に存在しないかのように存在感が損なわれていた。

「ところで、とは? 私に何か言いたい事があるなら、包み隠さず話すべきであろう。それがお前にとって重要だと思うのであれば尚更な。雑談ならとりあえず乗ろう、罵倒なら鼻で笑って流そう、賞賛なら頷いて心に刻もう、まあ何であれ…胸に秘めたままでは伝わりはせぬぞ」

 アッティラの言葉は東欧に広がる平原のように朗々たる響きがあり、同時に鉛色の空を頂く山岳地帯のごとく重苦しく思えた。ある種の尋問であるかも知れなかったが、しかし搾り出すようにしてアールは問い掛けた。

「じゃあ遠慮なく。そのさ、あんたはここ一カ月ぐらい何かを調べてる。もちろんあんたがどういうヒーローなのかはわかった。終身でそれを続けるような覚悟があって、強い義務感だかなんだかを持ってて、自分の時間と活動がほとんどイコールだ。でも、それでも時間がある時はずっと何かを調べてたから、何かあったのかって」

 アールは言いながらも、『そうやって調べものをするのはアッティラのいつも通りのスタンスなのではないか?』と思えてきた。

 この質問は酷く見当違いなのではないか、そのような思いによって、声の後半部分は坂を転げ落ちるように小さくなっていった。彼は己が教師に怒られる子供に戻ったかのような気がした。

 少し間が空き、言いようのない重圧が立ち込めた。アッティラは値踏みするようにしてアールを睨め付け、腕を組みながら思案に耽っていた。果たして彼が何を考えているのか、アールにはさっぱりわからなかった。

 アールとも歳の近い地球最強のテレパスであるボールド・トンプソンならアッティラの考えを読み取れるかも知れなかったが、しかし彼は進んで仲間のプライバシーを読みはしないであろう。

 不意にかつての破壊的征服者は沈黙を破った。

「では、そうだな…いきなりに思えるかも知れん。これから私が話す事は幾分、否、相当に唐突であり、理解ができないであろう」

 何やら考えが纏まった風な様子でアッティラは言った。

「アールよ、プラントマンとしての側面を持つ次世代を担う若者よ。これから何が起きようと決して驚くな。お前を私の計画に引き込む、お前の役目は決して驚かず、そして常にヒーローとしてあれ。今言えるのはそれだけだ」

 アールは神の災いと呼ばれたかつてのフン帝国の支配者が何を言っているのか暫し理解に時間が掛かった。そして今、己が何らかの計画にどうやら組み込まれたであろう事を理解する事ができた。

「え?」と彼は怪訝な顔をした。「一体何の話? これから何が起きるんだ?」

「すまぬな。これ以上お前に話す事はできぬ。計画の全貌を知る者が増えればそれだけ計画が露見する可能性が増えるのだ。ただ、これから起きる事がどのような性質であるかだけは教えておこう、地獄へと飛び降りるならば先にそこの地理や性質を知っていた方がよかろうしな。

「これから、恐らく数日か数カ月の間にネイバーフッズを揺るがす大事件が起きると私は予測している。我々はしかし現代の民草の守護者であり、なればこそこれから起こる事件もまた、これまでの危機と同様に踏み越え、征服せねばならぬ。我々が征服せねば市民は安心して生活を送れまい」

 こうして歴戦のヒーローであるアッティラ王と話してみると、アールは彼の特徴がより理解できたような気がした――己が何に巻き込まれているのかはさっぱりわからなかったが。

 ハヌマーンであれば人中のインドラと呼ぶであろうこの男はそれこそ毛皮のコートと古い鎧とが似合いそうな雰囲気の豊かな髭を生やし、鋭い目はあらゆる者を見抜いて征服しようとしているように見えた。

 美しいという類いの顔立ちではないが、実際には世間の女性人気及び同性からの人気も意外と高かった。

 何であれ彼が近寄りがたい人物である事は間違いないが、彼が『征服』という言葉を好んで使う事はわかったし、なおかつ恐らくはあらゆる計算に基づいて彼の振る舞いが決定されている事もなんとなくだがわかった。

 ライブ時のロックバンドじみたシャツとジーンズ姿で、その上にかつてあるアングロ‐サクソンの勇士からもらった毛皮の外套を纏うアッティラは更に話を続けた。

「お前はこれから起こる事を表面上は驚けばよい、しかし内面では冷静を貫き通せ」

 アールは何を言っても恐らく何も変わらないような気がしてきた。ならば物分りというか、状況の理解が早い風を装うのが得策であろうか。

 彼はビデオゲームのRPGで主人公に『つべこべ言わず了承し解決する』という選択肢を選ばせる事が多々あった。

「わかったよ。何が起きてもってね。どうせ質問しても無駄だろうしな。だけどこれだけは約束して欲しいんだけど」

「それは何か言ってみよ」

「何が起きるのかは知らないけど、何があっても俺の味方であってくれ。そうすれば俺もあんたの味方であり続ける」

 アッティラは真摯な態度でそう言い放った若者を真っ直ぐに見据えた。肉体の周囲でやる気や不屈の闘志が燃え盛っているのが見えた。

「そして人々の味方であり続けろ、か。そのいずれも了承する。そして私は決して裏切りはしないとここに宣言する」

 しかしいかに覚悟していようとも――あまりにも直面する事実が驚愕すべきものなれば、思わず心の底から…。


「で、彼が新人ってわけ?」

 赤い塗装で覆われた人型ロボット――と言ってもそのデザインは人間とかけ離れている――のレッド・フレアは首を傾けながら言った。

 彼女の声は機械的だが、かつて悍ましき執念に駆られたある男の亡くなった愛娘を思わせるところがあった。彼女の声を聞く度にメタソルジャーは不思議な想いが胸を駆け巡ったが、それは悪い感情ではなかった。

 世界は神の知る範囲で常にいずこかへと移ろい、そして人の知らぬ範囲で常にいずこかへと流れ着くらしかった。現在ネイバーフッズを率いるメタソルジャーは腕を組んだままで新人を柔らかな眼差しで観察した。その隣では神の災いと呼ばれた元破壊的征服者が鋭い目付きで観察していた。

 この場にはメンバー全員がいるわけではなく、今いるのはメタソルジャーとアッティラとレッド・フレアとボールド・トンプソンとスティール・ナイトとDr.シュライク、そしてプラントマンであった。



数時間後:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース、エントランス・ホール


「別に…あいつの事なんかどうでもいいし」

 新入りヒーローになりそうな十八歳の少年はむっつりとした様子でそう言った。彼の父は横須賀に赴任していた海軍の軍人であり、勤務自体は陸上であったが忙しくて家族と会えない日も多かった――アメリカ兵と近隣住人のトラブル等によってMPは更に忙しくなったらしかった。

 母は元は大阪生まれ大阪育ちだが、大学が神奈川だったのでそのままこちらで就職して奇妙な縁で少年の父と出会って結婚した。

 決して仲は冷え切っていないが、しかし会えない夜が増えてここ数年は特に寂しそうであった。それもあって少年は更にむすっとしたらしかった。

 気の強い母と穏やかな父を持っていた少年であったが、しかし父は去年訓練中の事故で下半身不随となり、それどころか上半身も厳しいリハビリが必要であった。

 メタソルジャーとアッティラは話があるとかでいつの間にか立ち去っていた。アールはふと現リーダーであるあのアメリカ超人兵士の男もまたフン帝国の元支配者の計画とやらに組み込まれているのであろうかと考えたが、何もわからなかった。

「あいつのせいで住み慣れた日本からこんな知らない土地に」

 少年が『住み慣れた日本』と言った時の声色に混ざった皮肉の色は、微かではあるがアールは確かにそれを感じた。するとDr.シュライクは『そりゃどうも』というような口調で零した。

「お父上と何があったのかそんな事言ってるとあっという間に不本意な別れになるぞ。俺なんて親父と仲直りする前に、親父が湾岸戦争で戦死しちまったよ。生憎親父は満州からの候補者マンチュリアン・キャンディデイトになり損ねて、今も平たい石の下で眠ってる」

 すると話の後半部分を聞いたスティール・ナイトとメタソルジャーは目を見開いて互いに顔を見合わせた。満州云々の意味がわからない少年はお悔やみと疑問の板挟みとなった。

 天才的な頭脳を持ち先輩のドクと共にチームの頭脳労働を受け持つスティール・ナイトことジョセフ・ドゥク・ソンはエクステンデッドであった。

 だが彼は変わり者で、自然界の様々なエネルギーを変換して己用のエネルギーとして使用できるその能力――やろうと思えば手から強力なブラストを放つ事も可能――を別の用途に使っている。

 彼は今もこうして近年のSFゲーム的なアーマーを纏い、そのエネルギー源として己の能力を使用しているのであった。そう、彼にとっては己の頭脳と知識こそが最大の武器であり、エクステンデッドとしての能力はその補助でしかなかった。

 Dr.シュライクことパトリック・チェスター・ジョンソンは中流家庭上層の息子として生まれた。

 ブレア・アンダーウッドをごつくしたような顔立ちのこの男は綺麗に剃られたスキンヘッドを撫でながら、目が痛くなるぐらい純白なワイシャツにコバルト色のベストにコバルト色のスラックスを着込み、ベストには紫色の舞い散る花弁模様が散りばめられ、そして表面では陸揚げされた鬼磯蚯蚓(おにいそめ)じみた名状しがたい物体が巻き付くようにして付着して脈動していた。

 この素晴らしい服一式は明らかにケイレン帝国の技術かその廉価版と関連があったが、ともかく長身かつ体格のよい彼は様になっていた。

 だが新人とされる少年はシュライクの服で蠢く謎の物体を気味悪く思い、それについて尋ねた。

「それ…」

「ん?」

「それ、その気持ち悪い奴はなんなの?」

 するとシュライクははぁ、っとやれやれとした態度を取った。少しヒーローチームに慣れてきたアールは『あーあ』とにやにやした。

「何言ってんだ…どうせ気持ち悪くて吐きそうとか思ってんだろ。俺はメディアに映る時はこの服でいつも佇んでるんだけどな――まあ気持ち悪いって言う奴もいるが。それにお前さんが日本のどこに住んでたかは知らんが、NYCの冬は辛いぞ? そういう時こいつは温度調整もしてくれる。しかも持ち主の考えも反映してリアルタイムで調整を…っと熱く語る内容でもないな」

 するとアーマーの頭部を露出させつつスティール・ナイトが割って入った。彼の意を汲んでか頭部装甲が半透明に輝きながらすうっと消失し、その様に日本から来た少年は魅了された。

「よう、この魔術師の言う事は本気にすんなって。みんなお前を歓迎する気マンマンだしな」と少年の腕を親愛と共に軽く叩いた。

 少年が顔を上げると、髪をオールバックにしたアジアンのハンサムな青年がアーマー姿で立っているのが見えた。

 チームの装備を開発したりしているジョセフはどちらかと言えば美青年というよりも男前系の顔立ちであり、程よく日焼けし、広い額と静観な笑顔が目を引いた。

 だが少年はそこでふと気が付いた。

「魔術師? じゃあ何かその、パートナーと一緒に生き残りを賭けて…」と言い掛けて彼は黙り、言い直した。「ディズニー映画みたいな?」

 それを聞いて、なんとなく己とジョセフは波長が合うなと察知し始めていたアールは、やはりちらちらと彼の方を見た。アーマー姿の天才は首を横に振って何かを否定し、アールも同様の否定を示した。

「なあレッド・フレア、あいつら何やってんだ?」とパトリックは疑問を呈した。

「さあね、何かわかり合えてるんじゃない? 共通の趣味とか思想とかさ」

 アールは彼らの小声の会話をその超人的な聴力で全て聞いていたが、聞かなかったふりをして新入り候補の少年に話し掛けた――自分よりも後輩ができた気分はなんとも言えない感慨があったが、しかし彼はここで一つブラフを試した。

「ヒーローしたいって言ってたよな。まあ一応給料もらえるコースもあるし、それで家計を楽にさせようってなら立派だと思う。俺はプラントマンことアール・バーンズ、よろしくな!」よし、出だしは完璧だな。しかし彼はまだ仕掛けない。

「俺はスティール・ナイト、テレビでも見た事あるかもな。気軽にジョセフって呼んでくれ――」

「――直接(アシューミング)制御下(・ダイレクト)に移行(・コントロール)

 いつの間にかスティール・ナイトの背後に忍び寄っていたプラントマンが彼の背後でわざとらしいぐらい重厚な作り声でそう言うと、何故かチームの頭脳屋はにやにやを必死に隠そうと口許を手で隠しながら堪えていた。

 アールはちらりと少年の方を見た――内気そうな少年はしかし、アールの行動の意味を全く理解していなかった。アールは深い絶望に包まれた。

 怪訝な顔でチームのオカルト担当は彼らを眺めていたが、彼自身も実際にはある分野でのオタクである事は間違い無かった。

 これだけは言えるだろう。

 通じないネタは意味不明でしかない。

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